42 勇者討伐【束の間の休息1】
戦闘の後始末は全てハンターギルドの職員に任せることにした。ユリがアイテムボックスに収納した分の魔物の数が合わないと言い出す者もいるかもしれないが、ユリは知らん顔している。
(完全に灰にしちゃったのもいるし、普通の狼とか弱い魔物は強いのに食べられちゃってたから、本当の数なんて誰も把握できないし、誤魔化せたよね。
うん、大丈夫。引き留められることなんて何もない……)
そう考えたユリだったが、事態の収束を見届けたユリとラッシュ・フォースの一行が闘技場を出たところで、ハンターギルドの職員に呼び止められ、今日中にギルドまで報告に来るようにとのギルド長からの通達を受けた。
(げっ、やばっ……)
「ったく、ハンターギルドは人使いが荒いぜ。少しは休ませろよ」
リーダーのウルフが不平を漏らしたのは当然だ。ただ、レッド・グレイヴの報告のときと同じく、彼ひとりがハンターギルドに出向いて報告せざるをえなかった。ユリを連れて行けば、どうやってスライムストームを切り抜けたか、どうやってスタンピードを引き起こしたか、正直に喋ってしまいそうだったので、それだけは阻止する必要があったからだ。
(ありがとう、リーダー)
そして、他の四人は早々に宿に戻ってリーダーの帰りを待つことになった。
四人はそれぞれ、宿の部屋で身奇麗にして、階下の食堂に集まる。ユリは、できれば入浴して、服も新しいものに変えたかったのだが、この宿に浴室は無いし、着替えるための服もない。それは叶わぬ願いなので、ユリは洗浄魔法と清浄魔法で代用した。なんならミラとマリエラもユリが奇麗にしようか考えたが、ユリがするまでもなく、二人が奇麗に汚れを落としてきたので、それが女魔法使いの常識なのかもしれない。
ジェイクは水で身体の汚れを拭いてきていた。ジェイクのことも、ユリが魔法で奇麗にしようと思えばやれなくはないのだが、彼には声を掛けなかった。というのは、洗浄魔法や清浄魔法を使う際に、対象に直接手で触れるような感触があるので、男性のジェイクを全身撫でまわすような感覚を味わいたくなかったからだ。もちろん、マリエラたちに『仲間なんだし、奇麗にしてあげたら?』なんて言うこともない。そんなことを言ったら、マリエラが顔を真っ赤にして怒るのが目に見えている。
四人揃うと、ユリが後ろめたさもあって、念のため確認する。
「マリエラさん。毎度々々、リーダーひとりにハンターギルドへの報告作業を押し付けちゃってて、本当によかったんですか?」
「そりゃ、いいっていうか、レッド・グレイヴのときにも同じ議論したじゃない。ユリを連れてって、下手なこと喋られたらまずいから、仕方ないでしょ」
「え~~っ、私、そんなにお喋りじゃないですよ~」
「その自覚の無さが問題なのよね」
「どういう意味ですか。
ちょっと、ジェイクさんとミラさん! なんで一緒に頷いてるんですか!」
「マリエラの言う通り、ユリは自覚が無さ過ぎるな」
「そうですねぇ。ユリさんは、もう少し御自分が話す言葉の影響を考えた方がいいでしょうねぇ」
「みんな酷いです。ぶぅ~」
「そういえばあんた、ダンジョンに自前の便所を持ち込んでて、個人的には凄く助かったけど、あれも絶対に秘密だからね」
「ええ。あれは、ダンジョンみたいに暗がりで人目に付かない所でしか使わないから大丈夫です!」
「本当に? 便所を持ち歩いてるなんて知られたら、あんた妖怪便所娘って呼ばれることになりかねないんだから、十分に注意しなさいよね」
「べ……便所娘……。
そ、そんな、酷いです、マリエラさん!
私は花子さんでも頑張る有働さんでもありませんよ!
それに■器女でも肉■器でもありません!」
「そこまで言ってないでしょ!
それにハナコとか頑張るウドウって誰!?」
「間違えました、二つ目は加牟波理入道さんです」
「結局分からないわよ。
あたしはね、あんたが女性として終わりたくなかったら、もう少し自重しなさいと言ってるの!」
マリエラが厳重注意するのは当然だった。犬の散歩中に糞を回収するのとはわけが違う。現代日本でも、たとえそれが臭いの漏れない袋に厳重に入れられてたとしても、人糞を常時持ち歩いてる女と付き合いたいと思う男が果たしているだろうか?
マリエラが言っているのは、そういうことだ。
* * *
その頃、リーダーのウルフは、ギルド長であるデイドロールの執務室で、ひとりで事態の経緯を説明していた。
「……ダンジョンでスライムストームが発生したときに、俺たちはすぐに脇道に反れたんだ。遠くからじゃ、俺たちがスライムストームに巻き込まれたように見えたかもしれんな。
どこに繋がってるか分からないその暗い道を、走って走って走って走って走り抜いて、途中でミラとユリが力尽きたから俺とジェイクで担いで走ったんだ。その道がスライムストームを迂回して、地上の出口に出られる通路に繋がってて、いや~本当に助かったよ。通り抜けた直後に、天井が崩れてきちまってな。いや~、危なかった。もう少しで生き埋めになるところだったな。
ま、そういうわけで、その脇道はもう残ってないんだ」
「脇道どころか、入り口付近の階層は巨竜のスケルトンに破壊されて何も残っとらんよ」
「ほう、そうなのかい。
まあ、俺たちはそうやって、なんとかスライムストームからは逃れたんだが、今度はスライムストームから逃げてきた魔物の群れに追い立てられることになってな。とにかく必死に逃げて、闘技場に辿り着いたんだ。その後のことは、闘技場で見られてた通りさ」
「おまえらがダンジョンから出てくるところは俺も見ていたが、女たちを負ぶってはいなかったように記憶してるがな」
「そりゃ、ミラから『負ぶわれた姿を見られたら恥ずかしいから降ろして』って言われて、外に出る前に降ろしたに決まってるだろうが。ミラにどれだけ多くの信奉者がいるか、おまえだって知ってるだろうが。俺だって夜道でミラの信奉者に刺されたくはないからな」
もちろん大嘘である。
実際は、スライムストームにはがっつり巻き込まれたし、脇道なんてものはなかった。ウルフが夜道を歩くときは、返り討ちにしたいから、暴漢が現れるのを心待ちしてたりもする。
さらに彼らは、その後に大量のスケルトンを浄化したが、それを言ってしまうと、スタンピードで大量のスケルトンが出てきたことの説明がつかなくなるので、スケルトンの発生は見てなかったことにした。
さらに、ダンジョンの出口近くで、ユリのアイテムボックスから魔物を放出しておいて、ダンジョンの奥にファイアーボールを放つことで、スタンピードを引き起こしていたのだが、それも秘密だ。
事実を正直に語れば、ユリの異常さが注目され、ラッシュ・フォースのメンバーの実力も思いっきり過大評価されることになる。ユリのアイテムボックスの存在が公になるのもまずいし、今も、いつでもどこでも、ユリが大量の魔物を放出可能というのも知られるとまずい。知られれば、ユリが危険人物と見なされる。ユリがある意味危険人物であることには違いないのだが、力ある者を恐れる貴族に理不尽に排除されるようなことは避けたかった。
そういった問題を避けるための嘘だった。脇道の話も、ダンジョンで大崩落が起こったことを知ったうえでついた嘘なのだ。
ここのギルド長は、その姿が鬼やギガンテス・トロールなどの巨漢の魔物に例えられる姿なので、例え必要な嘘であったとしても、この男を前にして、いけしゃあしゃあと嘘をつけるウルフの胆力は相当なものであった。
ウルフの話は、かなり白々しい嘘だったが、ギルド長はウルフを胡散臭いものを見るように白い目で見つめながら、その報告を受け入れた。
「そうか。まあ、おまえたちが全員無事でなりよりだ。ブレイヴ・ソードが王都に戻るまでは好きにしてくれ。
だが、報告は改めて詳しく聞くことになるから、そのつもりでいるように」
それはつまり、この報告が嘘であることは見え見えなので、もっと話を練り直しておけということだ。
「ああ、了解した。今日のところはもう休ませてくれ」
そう言って、ウルフが執務室を出て行った。
すると、入れ違いに、ギルド長の秘書が客の来訪を告げた。
「アルベヒト・イエ・グランバルト伯爵がお見えになりました」
ウルフが去るのを待っていたかのようなタイミングだった。実際、態々待っていたのだろう。
「よう、デッドトロール。生きてるか?」
「死んでもいねえし、トロールでもねえ。デイドロールだ」
「なんだ、魔王と間違えられて、闘技場で討伐されたかと思ったのにな。
どうせ間違えるなら、ディル〇ロールの方がよかったか?」
ウルフ同様、この男もまた、巨体のギルド長を全く恐れることなく、古くからの友人のように冗談を言った。
「上級貴族のくせに、相変わらず下品な奴だな。
そんなにディル〇が好きなら、裸にひん剥いて発情した雄牛の群れに放り込んでやるぞ」
「冷たいなー。せっかくブルックナー伯爵の近況を教えに来てやったのによー」
「うるせぇ。こっちは忙しいんだ。さっさと言え」
「あいつは王宮に連行した」
「そんなことは知ってる。他には」
「これから王宮で軟禁して取り調べをして、ほぼ間違いなく褫爵になる」
「爵位剥奪か。なぜそう言い切れる」
「あいつの発言は大勢が聞いていたからな」
「そんなもの、言った覚えがないって言い張るだろうが」
「国王陛下が奴の真後ろで聞いておられたから、その言い訳はできん。
そしてあの発言は、その内容が事実であるかどうかに関わらず、貴族の名誉を著しく棄損した。陛下が奴を褫爵するには十分な理由だ。
その後は多分、追放じゃすまないんじゃないかな」
「はぁ? 国王陛下がコロシアムに来てたなんて聞いてねぇぞ。大体、来てたとしたって、王族の専用席にいるはずだろうが。なんで、あんな危ねえ所にいんだよ。巨竜のスケルトンまでいたんだぞ。おかしいだろうが」
「俺が案内したのさ」
「案内だぁ?」
「魔物討伐が終わる頃に、ブルックナーのやつがシャイニング・スターズを責付きに行くのが見えたんでな。その後ろを一緒に追ってもらったんだ。国王陛下は、いい話が聞けたと、たいそうお喜びだったぞ。これで俺に対する国王陛下の覚えも、一段と目出たくなったわけだ」
「はんっ! バチあたりな楽な仕事ばかりしやがって。
まあいい、ついでにやってもらいたいことがある」
「ほぅ、何だい?」
「ブレイヴ・ソードが王都に戻ったときに、後ろ盾のブルックナーが失脚したことに気付かれないようにしてくれ」
「それなら問題ない。王宮で軟禁して取り調べをしているが、表向きは伝染性の食中毒(注、地球でいうノロウイルス感染症のこと)で面会謝絶ってことにしてある」
「なんじゃそりゃ」
「あいつにお似合いの間抜けな理由だろ?」
「けっ! 好きにしろ!」
「じゃ、俺は帰って酒飲んで寝るから、おまえは徹夜で働いてくれ」
「とっとと帰れっ!」
ギルド長と秘書を残してグランバルト伯爵が執務室から出て行くと、部屋の中は一気に静かになった。
「何はともあれ、ウルフたちが無事でよかった」
「彼はギルド長の古くからの知り合いなんでしたっけ?
私としては、ギルド長が復活されてなによりです」
「シャイニング・スターズ一味の処分も、ブルックナーのアホの横槍が無くなればなれば、もう誰にも口出しはされんだろ」
「残りはブレイヴ・ソードだけですね。
王都に戻ってきたら、ブルックナー伯爵のことはどう伝えますか?」
「グランバルトの奴が言ってたとおり、面会謝絶の食中毒ってことにしてくれ。ブルックナー伯爵の失脚は、十日も隠せればいい」
「ところで、レッド・グレイヴの容疑についてはどうしますか?」
「あいつらを告発したベルマン子爵は、ブルックナー伯爵と共に処分されることになる。それが済んだら、虚偽告発による冤罪であることが確定したと伝えるさ。ただ……」
「ただ?」
「あいつら、王都には戻ってこねぇだろうなぁ」




