41 勇者討伐【シャイニング・スターズ編7】
これで終わった、誰もがそう思って安心しかけたとき、突然地面が大きく揺れて、そのすぐ後に轟音が鳴り響いた。
ずぅぉおおおおーーん!!
何事が起きたかと音のした方向に目を向けると、巨石で組まれていたダンジョンの入り口を破壊して、巨大なスケルトンが姿を現していた。コロシアムの安全であったはずの観客席にまで瓦礫が飛んで行って、近くにいたハンターたちと、見ていた観客たちが悲鳴を上げる。
「「「「ぎゃぁあああーー!!」」」」
その姿はまるで巨大なムカデのように見えた。今見えている部分だけでも十メートルを優に超え、頭部を空に向けて、全身をうねうねと揺らしている。
「ちょっと、ユリ!
あんた、あんなムカデの骨、どこで拾ってきたの!
子供じゃないんだから、何でもかんでも拾ってくるのは止しなさい!」
「えぇえっ! あれは私じゃありませんよ!!
それに外骨格のムカデに骨なんてないですよーー!!」
それは馬の頭の骨に脊椎が長々と続き、脊椎のそれぞれの骨から何かを抱えるかのような骨が生えている。それはムカデの脚に見えなくもない。だから確かにシルエットはムカデそっくりなのだが、ムカデの骨格ではありえない。ユリは、かつてそれを博物館で見たことを思い出した。
「みなさん! あれは、遥か昔に絶滅したブラキオサウルスの首です! 首長大トカゲです」
ブラキオサウルスやブロントサウルスの首には、はっきりとした頸肋骨がある。ユリは、それらの骨格標本を見たとき、キリンの骨格標本とは大きく異なり、首から上がムカデそのものだと感じたことをよく覚えていた。ただし、その説明で『雷竜』や『首長龍』では龍だと誤解されると思って『首長大トカゲ』言い換えたが、結局わけのわからない説明になっただけだった。
がががっがががががっ!
ダンジョンの入り口の崩れた巨石を押しのけて、胴体部分と尾の骨も姿を見せ、全体像があらわになった。左足には足かせのように巨石が付いたままになっている。
(あぁ、やっぱり)
あれは巨石の中に眠っていた化石がスケルトンになったのだと、ユリは理解した。ここのダンジョンの元になった神殿か何かは、巨石が積み上げられてつくられている。そして、砂岩が押し固められた巨石とか、あるいは大理石とかは、その中に化石が埋まっていることが多い。今回は、その化石が、スライムストームの影響を受けてスケルトンと化して、出てきたのだ。
その恐竜スケルトンは、全長約二十五メートル、体高約十六メートル。そのダンジョンの通路よりも遙かに大きな巨体で、闘技場を囲む壁よりも遙かに上から、周囲の観客を見下ろしていた。この闘技場の設計者が想定していない事態である。
「「「「わぁあああーー!!!」」」」
見下ろされた観客たちがパニックになり、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「リーダー! ジェイクさん! 私があれを押さえつけて、おふたりの足場を用意しますから、あの首を切り落としてください!」
ユリはそう叫ぶと、巨竜の骨の胴体を丘のような形状の防護障壁で上から押さえつけ、そこから飛び出ている首も、頭部を防護障壁で動かないように固定した。丘のような防護障壁は表面をざらざらにして滑り止めを施し、視認可能にしてある。
「なんだか分からんが分かった!」
「まかせろ!」
リーダーとジェイクは、防護障壁の丘を駆け上がり、リーダーが露出している首に大剣をたたきつけ、その反対側からジェイクが首の骨を蹴り飛ばした。
ぼすんっ!
ぼわっ!
リーダーたちが首を切り落とした瞬間、全身の骨が一瞬で粉々に砕け散った。その衝撃で尻餅をついたリーダーたちは、格好悪く防護障壁の丘を滑り落ちてきた。
(滑り止めをヤスリ仕上げにしなくて良かったぁ……)
「リーダー! やりましたね!
格好良かったです! (滑り落ちるまでは)」
「ちょっと、ユリ! あんた今、何やったの」
「あれですか? 私の田舎だと『オランダの涙』とか『ルパートの滴』とか言われている結構有名なやつなんですけど、無理やりカッチンコッチンにしたやつに、ほんのちょっと傷をつけると、全身に衝撃波が走って一瞬で粉々になるんですよ」
「そんなの、聞いたことないわよ」
本当は、リーダーたちが、首を切った瞬間に、ユリがスケルトンを覆った防護障壁の内側に衝撃波を放って粉々にしたのだが、それは黙っていた。
「「「うぉおおおおおーー!!!」」」
巨大なドラゴンのようなスケルトンの討伐に、観客席の大歓声は長々と続き、いつまで経っても止む気配がない。
そんなとき、ユリたちに向かってじわじわと近寄ってくる集団がいた。
シャイニング・スターズとその補助要員たちだ。闘技場に降り立った補助要員は三十人もいたが、魔物討伐中に既に二十二人が死亡して今は八人しか残っていない。シャイニング・スターズも二人死亡して残り六人となっている。
闘技場では、彼ら以外に死者は出ていない。それは、討伐に参加した他のハンターたちに危険が及んだときに、襲い掛かる魔物からハンターたちを、ユリが保護していたからだ。ときには防護障壁で保護し、ときには魔物を雷撃や家電粒子ビームで撃ち、ときには砂煙で目隠ししておいて魔物をアイテムボックスに収納していたのだ。
シャイニング・スターズとその仲間にだけ死者が出ていたのは、ユリが意図的に保護対象から除外したからではない。彼らを除外しようにも、そもそもユリは、当日雇われた補助要員たちの顔を知らなかった。いや、情けないことに、シャイニング・スターズのメンバーの顔さえ知らなかった。
だから、大人しくしてさえいれば、彼らもユリが保護してくれたはずで、実際に何度もユリに助けられていたのだが、連中は乱戦に紛れて、ユリたちを攻撃してきていた。ユリは、その攻撃の瞬間に魔物に襲われた奴だけは保護しなかった。自分のことを殺そうとしてきた瞬間に、その暗殺者を手助けする馬鹿はいない。彼らが大きく人数を減らしたのは、その結果である。そのシャイニング・スターズの間抜けな所業、すなわち、ユリ達に襲い掛かって背後から魔物に襲われる姿は、多くの観客に目撃されていた。
そうして討伐終了に観客が沸き、シャイニング・スターズが意気消沈する最中、いつの間にか貴賓席から一般の観客席に降りて来ていたブルックナー伯爵が、闘技場に面した手すりを掴んで大声で叫んだ。
「貴様ら、儂に恥をかかせたら、どうなるか分かっているのか!
貴様らより目立つ奴らはさっさと排除しろ! 殺してしまえ!」
「うるせぇ、俺たちが盗んだ金で爵位を買った奴は黙って客席で見てろ!!」
(ありゃ~、観客のみんながドン引きしてますよー。
これから暗殺を実行しようとしてる人たちを大声で応援するとか、悪事をばらしちゃうとか、こいつら大馬鹿野郎ですねー。
それにしても、ここまで周りを見えなくするもんなのね。
イオトカ君って、やっぱり怖い!)
ブルックナー伯爵との遣り取りの後、シャイニング・スターズは、血走った目付きで、狂犬のようにユリたちに襲い掛かったが、彼らの剣も攻撃魔法も、ユリたちを傷つけることはもちろん、ユリの防御結界を破ることは一切叶わなかった。次に、ユリがシャイニング・スターズを裏返しの円柱状の防御結界で囲うと、盗賊のひとりが放った強力な火魔法が防御結界内で炸裂し、焔の柱が天に向けて吹きあがった。
「「「うぎゃーーー!!」」」
ラッシュ・フォースにとって、この道はいつか来た道。やることは同じだ。
黒焦げの消し炭になりかけた者たちを、エティスの加護を受けたミラの魔法で奇跡の治癒を施して、全員縛り上げ、闘技場に現れた警備兵たちに引き渡す。
(あぁ、観客たちがうっとりしちゃってるよ。ミラさんの詠唱を、手すりにかぶりつきで聞いてたからね~。まぁ、そうなるよね~。素敵だもの。
あっ、警備兵にも見惚れてる奴がいるじゃないの)
ユリは、これでやっと気が抜ける……と思ったら、まだ終わりではなかった。
縛られたシャイニング・スターズの一番いい恰好をした男、多分あれがリーダーなのだろう、その男を、警備兵の一人が正面から剣で刺し殺そうとしたのだ。
(なにやってくれはりますの!!)
ユリは、シャイニング・スターズと警備兵たちを囲むように風魔法を展開し、衝撃波を浴びせて全員まとめて気絶させた。
(よし! これは使える!)
それは、恐竜のスケルトンを破壊した魔法をかなり弱くしたもので、力加減を間違えればあたり一面血の海になるところだったが、誰も止める者がいなかった。もし、マリエラが事前に聞いていたら、絶対に止めていただろう。
そこに新たに現れる警備兵たち。さっきの警備兵たちとは恰好が違う。
てことは、さっきのは偽物か?
新たに現れた警備兵たちは、先に来ていた警備兵たちの武装を解除させると、全員縛り上げてしまった。その陣頭指揮を執っていた男が、ユリを見つけると、近寄ってきた。
(あんたもかい。イオトカ君に近づくと火傷するよ!!)
「君が噂のユリか」
「えっ!?…………は、はい」
(なんで身バレしてんの!?)
「私は、エルトア領で伯爵をやっている、アルベヒト・イエ・グランバルトという者だ」
「えっ、貴族様!!」
(そう言われてみれば、確かにいい恰好してるわね。
けど、こういうのって、せいぜい男爵とか騎士爵の仕事じゃないの?
伯爵様のする仕事じゃないでしょ)
「そちらにいるのは、君の仲間のラッシュ・フォースの諸君かな?」
ユリが振り向くと、ラッシュ・フォースの四人全員が、片膝ついて控えていた。
「ああああああ、失礼しましたぁ!」
棒立ち状態から、慌てて跪くユリだったが、グランバルト伯がユリの手を取って立たせる。
「皆、格式張ることはない。よくやってくれた。
あの男もブルックナーに裏切られたと分かれば、素直に喋るだろう。
君たちには、いずれ正式に褒賞を与えるので、期待していてくれ」
そう言うと、手を振って去っていった。
「はへぇ~~~」
「おい、大丈夫か? こいつ」
「ユリさんの魂が抜けかけてますねぇ」
「気合い入れてみるか?」
「ちょっと、ユリ! しっかりしなさいよ!」
マリエラが、肩を掴んでガクガクと揺すってみるが、正気に戻る様子はない。
「相変わらずグダグダだが、何とか終わったな」
「ねぇ、ウルフ。あたし、もう疲れたわよ。
残りの一件、誰かに放り出せないの?」
「そうもいかんだろ……」
(なぜそこで全員で私を見るの!)
* * *
ブルックナー伯爵が、盗賊の上前を撥ねて爵位を買っていたという噂が、その日のうちに王都中を駆け巡った。誰かが意図的に流したのかもしれない。
シャイニング・スターズとその仲間の生き残りは全員捕らえられ、ブルックナー伯爵は王城に連行されていった。なんであの場で正直にあんなことを叫んでしまったのか、ブルックナー伯爵自身、全く分かっていなかった。




