34 勇者討伐【王都進出3】
ユリは親切な女性客から逃げだすと、道を外れて林に入り、人目が完全に無くなったところで小さい声で掛け声を掛ける。
「出でよ! ドロンチョ!」
例によって、アクセントは「ロ」の位置だ。
ドロンチョは召喚獣ではなく、AI搭載の鳥型ドローンだ。アイテムボックスの異次元空間に収めてあったものを、ユリ自身が取り出して空中に放つので、呼び出しの掛け声は全く必要ないのだが、その気分は大切にして声掛けするようにしている。それは、いつか人前で使って見せるときのための練習でもある。
実を言うと、この科白は「出てこい! ドロンチョ!」とどっちにしようか、少しばかり悩んで決めてたりする。というのも、『出でよ』は最近の漫画やアニメでは普通に使われているが、『出でよ』は古語の『出づ』の命令形だ。古語を使って格好よく見せているのだろうが、これは呼び出しに使う言葉ではない。呼び出す場合は『出でこよ』でないとおかしい。それに周囲から「(こっちに)お出でよ」と言ってるように聞こえたらちょっと格好悪いんじゃないかという思いもあった。
最終的に大衆に迎合して『出でよ』にしたのだが、周囲には日本語で聞こえているわけではないので、本当にどうでもいいことではあった。
姿を現したドロンチョがユリの頭の上に留まると、ユリは見上げるようにして語り掛ける。
「君、結構重いわね。私のマジックアーマーの上で爪も立てずにどうやって留まってるのか不思議で気になるんだけど、まぁいいか。
ねぇ、ちょっと遠くて悪いんだけど、ここから王都までの間に魔物や野獣がいないか偵察してきてっ! 私も荷馬車みたいな乗合馬車で王都に向かうから、戻ってきたら報告してねっ!」
ユリがそう言うと、ドロンチョは飛び立ち、頭上で少し旋回して甲高く「キィーッキーッキーッ」と鳴くと、王都に向かって勢いよく飛んで行った。
「お待たせしました~」
林の中でドロンチョを見送ったことを隠して、しれっと戻ってきたユリを、ラッシュ・フォースの四人が怪しいものを見るような目つきでユリを見ていた。
「ユリ、あんたまた変なことしてないでしょうね?」
「そんな、変なことはしてません。冤罪です。濡れ衣です」
「服なんて濡れてないじゃない。お漏らしでもしたの?」
「それこそ濡れ衣です!!」
(あぁ、自動翻訳のバカ~~~)
* * *
ごとごとごとごと
馬車の移動が再開されて、ユリは他の乗客たちの会話を聞きながら暇を持て余していたが、王都に到着するまで残り五時間ぐらいとなったとき、偵察に行っていたドロンチョが戻ってきた。
ドロンチョがユリたちの頭上で旋回しながら「キィーッキーッキーッ」と鳴くと、驚いたユリが立ち上がって叫んだ。
「え~~~っ!!」
「ちょっとユリ、何急に騒いでんのよ! 危ないから座りなさい!」
乗客全員の注目を集める中、マリエラに叱られたユリは座席について、ラッシュ・フォースを手招きして集めて小声で伝えた。
「この先で、素っ裸のゴブリンが百匹くらい、集団で待ち構えてます」
それは、ドロンチョがユリの頭に直接送ってきていた映像を語ったものだ。ユリがゴブリンを見たのはそれが初めてのことだったが、以前ウルフたちに説明されたとおりの醜悪な姿なので間違いないだろう。待ち伏せしている最中だというのに、平然と共食いしてる奴までいる。仲間に手足を食われる奴がいても大して騒ぎにならないのがユリには不思議でならない。
「「「「はぁっ!?」」」」
大声で叫ばれて、さらに注目を集めてしまう。御者も、何かあったのかと思って振り返って見ている。
「す、すみません。何でもありません!」
ユリが謝るが、注目の目は無くならない。
「そんな大声出しちゃ駄目じゃないですか!」
再び小声で話すユリに、リーダーが小声で問い返す。
「どういうことなんだ。なんで、そんなことがわかる」
「え、え、え~~っと」
(しまった、ドロンチョちゃんのことはまだ教えてなかったんだ。う~ん)
「臭い? ほら、ゴブリンって凄く臭いって言ってたじゃないですか」
「ユリ、おまえゴブリンを知らなかったろ。見たことすらないのに、なんで臭いがわかるんだ?
それに王都の方向は風下だ。こっちに臭ってくるわけがないだろうが」
「ユリさん、たった今、見てきたかのように『素っ裸』って言いましたねぇ」
「ユリ、あんた何を隠してんの。言っちゃいなさいよ」
「マリエラさん、目が怖いです」
「さぁ、さっさとお言い!」
(あぁ、もう言うしかないか……)
「あの~、じつは私の召喚獣から報告があったんです。
今、この馬車の上で飛んでいる子がそうです」
乗っているのが天井のない馬車なので、頭の上は丸見えになっている。ラッシュ・フォースの四人が空を見上げて鷲の姿を確認すると、マリエラが納得した顔をする。
「あんた召喚獣も使えたんだ。
まぁ、ユリならそれぐらいしても不思議じゃないわね」
「距離はあとどれくらいだ」
「キィーッキーッキーッ」
「聞こえました? あと五分くらいだって言ってますね」
「いや、キィーキィー言ってるだけで、わかんないわよ」
「えっ?」
(いや、はっきり『あと五分で遭遇します』って言ったよね?
んん??…………あああっ、自動翻訳か~~!!)
今頃になってやっと気づいたユリであった。
「で、ウルフ、どうすんのよ」
「ゴブリン相手なら先手必勝だ。街道を壊さないように、マリエラの魔法で蹴散らして、ミラとユリが防護障壁を張った状態で突っ切る」
「「「了解!」」」
「ふぁ~い」
一人だけ気の抜けた返事をしているが、今は誰も気にしなかった。
「全員前へ。ジェイク、御者に説明してやってくれ」
「おぅ!」
ジェイクは普段無口なのに、こういうのは得意だと言うから不思議だ。
御者の隣に割り込んだジェイクが、御者の肩に手を回して、何やらごにょごにょと話していると思ったら、御者の顔が青くなったり赤くなったりして、やがて落ち着いて真剣に前方を睨んで手綱を握りしめた。
ミラとマリエラは、すでに詠唱を始めている。
「見えました!!」
乗合馬車の前方に、ゴブリンの集団がぎっしりと街道を塞いでいた。街道の両脇の並木の枝にも、沢山のゴブリンの姿が見える。
ユリは馬車全体に防護障壁を張っておく。
防護障壁は魔法を通すので、マリエラの魔法攻撃には影響しない。
「撃て!!」
しゅぱぱぱぱ!
ずびゅびゅびゅびゅ!
ひとつ目の音はマリエラの魔法攻撃で、ふたつ目の音はユリが実験ついでに試した電磁パルスの攻撃だ。
乗合馬車の前方直線上にいたゴブリンが蹴散らされた。
「突っ切れーー!!」
前方にはまだゴブリンは残っていて、街道の両脇の木にいたゴブリンたちも一斉に襲い掛かってきたが、防護障壁に守られた乗合馬車は、除雪車のようにゴブリンを跳ね飛ばして突き進んだ。
どがががががががががががっ!
その後、千メートルほど進むと、馬車は速度を落とした。
後ろを振り返ると、先ほどの襲撃が嘘だったかのように、ゴブリンの集団は姿を消していた。
「死体もないですね?」
「そりゃ、あいつらにとって、仲間の死体は食料だからな」
「うへぇ~」
「死体の始末しなくて済んで良かったじゃない。一匹残らず殲滅したときは、さっきの狼みたいに、死体を集めて焼いて灰にして埋めなきゃいけないんだけど、ゴブリンだと物凄く臭いし、服に臭いが移るし、あの作業が嫌なのよね~」
* * *
王都まで、あと3時間ぐらいとなったとき、ユリが小さく悲鳴を上げた。
「ひぇっ!?」
「急にどうした。座席の下に嫌いな虫でもいたか?」
「リーダー! この先で毒蝮が集団でうねうねしてます!」
「「「「……」」」」
ラッシュ・フォースの四人が、無言のまま『何言ってんだおまえ』という顔でユリを見ている。
ちなみに、マムシなら毒があって当たり前なんだが、毒蝮は魔物ではない。集団で塊になって、全身に目がある魔物のように見えるヘビだ。ただし、普通のマムシと違って、噛みつくのではなく、遠くから毒液を飛ばしてくる。更に、マムシ毒と違って、毒液を浴びただけで身体が侵される。その毒々しい姿と、毒を吐くことから毒蝮と呼ばれている。
四人の反応を無視して、ユリは問いかける。
「リーダー、聞こえてます?」
「悪い冗談だったら良かったんだが、今度も使い魔からの知らせか?」
「ええ。最初は私の田舎で百目って呼ばれてる奴かと思ったんですが、よく見たら毒蝮の集団がイトミミズみたいにひと塊になってて、うねうねうねうねしてるんですよね。
ですので、作戦計画をお願いします」
「まるで自分で見てきたように言うんだな」
「あっ……え~、ドロン……じゃなくて召喚獣がそう言ってたので」
(本当は頭の中に映像を見せられて、それで悲鳴を上げちゃったんだけど、それを言うと面倒なことになるもんね。ここだと他の人もいるし、誤魔化すしかないよね)
「数は分かるか?」
「う~ん。うねうねうねうねしてて、数えにくいんですが、おそらく三百匹はいると思います」
「かなりの数だな。だがひと塊なんだな?」
「はい、ひと塊です」
「ジェイク。魔物に近づいたら、その十馬身ぐらい手前で馬車を止めるように御者に伝えてくれ。
マリエラ。馬車が止まったら、火魔法で一気に焼いてくれ」
「了解。 あぁでも、あいつの姿は見たくないんだよね~」
「蛇なら慣れてるんで、私がやりましょうか?」
「ユリは火魔法禁止! また街道を壊したいの?」
「え~っ、今度は弱めにやりますよ~」
「いいから攻撃はマリエラにまかせろ。その代わりユリは、セーフ・ゾーンの女にやったように、防御魔法で取り囲んでくれ。
作戦開始!」
その掛け声に応じてジェイクが御者台に行き、マリエラが詠唱を始める。
しばらくすると、ウルフが遠目にその姿を発見した。
「いたぞ!」
何のことかと前を見た乗客の何人かが石のように固まっている。
(メドューサじゃないんだから、石化の真似しなくてもいいのに……。
あっ、蛇が嫌いなだけか……)
馬車が十馬身ほど手前で止まると、マリエラが魔法を放った。
「フレイムビュレット!」
ぼふっ!
毒蝮の塊に火がついて一気に燃え上がった。
(えいっ)
ユリが、毒蝮の周囲をドーム状の裏返しの防御結界で囲み、周りに延焼したり、毒蝮がばらけて逃げ出したりしないようにする。
焔のドームは数分で火が消えた。
あとには灰しか残っていない。
「おぉ~、凄いです!
あんな沢山いたのに、マリエラさんの魔法で灰になっちゃいましたよ!」
「いや、あんなに火力は無いはずなんだけど……」
「まぁ、ユリさんがお祈りしたんでしょうか?」
「な、な、何を言ってるんですか。あれはマリエラさんの実力ですよ」
ミラがエティスの加護を指摘するが、ユリはすっとぼけた。
* * *
王都まで、あと1時間ぐらいとなったとき。
「リーダー! この先で盗賊が集団で待ち構えてます!」
「……もう、勘弁してくれ」
* * *
乗合馬車は、途中でかなり余計な時間を食ってしまったが、夕方にはどうにか王都に着くことが出来た。馬車を降りるとき、よかったら座布団は置いていくので好きに使ってくれと御者に伝えると、持ち込み料金を請求されることもなく素直に喜んでもらえたから、色々とやり過ぎたことは水に流してくれたのだろう。
「さて、やってきました、初めての王都です!」




