33 勇者討伐【王都進出2】
思いがけなかったレッド・グレイヴの見送りを受けたユリだったが、乗合馬車が出発するといきなり暇になってしまう。こんなところで異世界の本は出せないし、スマホは持ってきていない。ダルシンには、たとえ通信が出来なくてもスマホは必需品だと主張したのだが、精霊がいるこっちの世界では機能しないといわれて泣く泣く諦めたのだ。
日本では、電車の中で赤の他人と仲良く喋るおばちゃんたちをよく見かけたものだが、ユリはそういうことが苦手だった。今にして思えば、イオトカ君の影響だったのだろうが、隣に座ってくる人に感情が不安定な人が多かったので、そもそも仲良く出来なかった。イオトカ君の存在を知ってからは、他人と話すことも増えてきているのだが、今は誰と話すことも無く暇を持て余している。
がたんっ! ごとごとごとごと
馬車は発車してからずっと、音を立てながら進んでいる。街道は舗装されているわけではないので、でこぼこ道なうえに時々石や木の枝を踏んだりして結構揺れる。
貴族の乗る馬車なら、懸架式とかいう、紐や鎖で座席を吊り下げた作りをしていたが、この荷馬車に毛が生えたような乗り物では、そのような上等な仕組みはなく、悪路ではガタピシガタピシと音をたてて上下左右に荷台の座席が揺れていた。その揺れる座席の上で、他の女性客たちは、互いの顔を近づけたり離れたりしながら世間話をしているが、大抵の男性客はユリと同じように口を閉ざして暇そうにしている。
四頭立てなだけあって、荷台は広めだが、箱馬車ではないので、荷物は屋根の上に置くとはいかず、人と一緒に荷台に乗せられる。そこには馬の為の水と飼い葉を積んでいるので、客席はそれほど広くはない。ユリとラッシュ・フォースのメンバーも、色々と話したいことはあったが、他の客に聞かれても困らない、当たり障りのない話しかできなかった。
ごとごとごとごと
「み、みなさんは、うぉ、王都には、く、詳しいんですか?」
揺れが激しいので、会話すると舌を噛みそうになり、話が途切れ途切れになる。
ごとんっ!
「い、いや、王都での仕事も、何度か請け負ったことは、あるが、最近は行ってないから、今どうなっているかは、知らんな」
がたんっ!
「俺も知らん」
「そうですねぇ、私が聞いているのは、教会の状況、くらいですねぇ」
「あたしも、行動はみんなと、一緒だから、特別に知ってることは、無いわね」
「一番詳しいのは、連中と仲良くしてた、ユリじゃないのか?」
ごとごとごと!
「そんな、ダンジョン探索に、い、一回同行しただけ、なんですから。無理言わないで、く、ください」
(って言うか、レッド・グレイヴから聞いた話は全部伝えたでしょうが)
「おや、嬢ちゃん、ダンジョンなんて潜るんかい。親御さんが心配するぞ」
近くにいた、名も知らない乗客に話し掛けられた。乗り慣れているのか、座席が揺れても会話が途切れない。
「えっ? あぁ、心配してくださって、あ、有難うございます。
でも私、こう見えて、は、ハンターなんですよ。
まだ、どこのパーティーにも、属してなくて、ふ、フリーですけど」
ごとんっ! がたんっ!!
そこまで話したとき、馬車の車輪が石を踏んで、乗客たちの体が拳ひとつぶんほど宙に浮いて、木製の座席の上に落ちた。
「ぐぇっ!」
(お尻が痛いです!!)
そこにきて漸く、ユリはとても大事なことを忘れていたことに気がついた。
ユリは、あわてて自分の荷袋を漁るふりをして、収納バッグから肩幅の大きさの藁を詰めた座布団を取り出すと、自分の尻の下に敷いて、ほっと息をつくことができた。
「あぁ、肝心なものを使うのを忘れてました~」
「ユリ、あんた、そんなもの持って、旅してたの?」
「いえ、これは昨日の夜に用意したもので、皆さんの分もありますよ」
座布団の効果で、普通に話せるようになったユリは、そう言って、あと四つ取り出してラッシュ・フォースのメンバーに渡した。
「いや、折角用意してもらったのに悪いが、俺はいい」
「俺も無くていい」
リーダーとジェイクは、男の矜持を守る必要があるようだ。
ユリは断られても全く構わなかった。この余った座布団に、他の乗客たちの熱い視線が集まっていたからだ。その視線は、さほど大きくもない荷袋から座布団を次々と取り出したことへの驚きだったかもしれないが、ユリは座布団自体への欲求だと解釈して、乗客たちに声を掛ける。
「よかったら、みなさんも使います? ええっと、料金は……」
「ユリ! 乗合馬車の中での勝手な商売はご法度よ!」
「ユリさん、いけませんよぅ」
「ええっ! そうなんですか!?」
「それに、大量の荷物は追加料金をとられますよぅ」
ふと前方を見ると、御者が振り返って睨んでる。しかし、熱い視線が集まる中、今更商品を仕舞うこともできない。
(折角用意したのに……)
「……料金はいりません」
そう言って、数多く用意した座布団を乗客たちに無料で配るユリだった。
* * *
乗合馬車が、街を出てから約二時間。ウルフやジェイクにとっては平和な時間。馬車の揺れに慣れていないユリにとっては、拷問の時間だった。どこぞのオールマイティな転生メイドみたいに、馬車の揺れを抑える魔法でも使えたらよかったのだが、残念ながらユリには使えない。揺れる馬車の中で、どうやって実現しようかもんもんと考えるユリであった。
そんなとき、御者が慌てて手綱を引いて、馬が前足を上げて嘶いて立ち止まったので、何かと思えば馬車の行く手を狼の群れに塞がれていた。
「えっ!? この街道には、魔物は出ないはずじゃ?」
「あれは魔物じゃない! 獣だ! 警戒!!」
護衛不要の街道なんだから、それが魔物でなくて普通の獣であっても十分異常事態なのだろうが、今はそんな議論をしている場合ではなかった。リーダーの掛け声に、ユリは自分が含まれていたのかどうか判断できなかったが、言われなくったって警戒はする。リーダーとジェイクが前方を、ミラが中央、マリエラが後方を担当したので、ユリは中央から後ろに意識を向ける。すると、ぞろぞろと、全方向から狼が集まってきた。
「なんでこんなにいるんですか!
多すぎです! ここはダンジョンですか!」
「攻撃開始!」
ユリの戯言を無視したその掛け声とともに、リーダーとジェイクが前方に飛び出して、狼の群れに切り込みと殴り込みをし、ミラとマリエラが詠唱を始め、ユリが後方の狼の群れに、ダンジョンでも使った普通のファイアーボールを放って吹き飛ばした。
ずっがーん!
がらがらがらがら!
「「「キャーー!!」」」
ユリが防護障壁を張ったので、直に被ることはなかったが、爆発音と空から降ってきた土砂と赤黒いものに、女性客たちが悲鳴を上げた。その後、周囲には、防護障壁から滑り落ちた土砂と、表面が黒焦げになって、なお血だらけの狼の残骸が円を描くように積みあがっていた。
ばしゅばしゅばしゅ!
「ユリ! やり過ぎよ!」
ミラが清浄魔法で狼の闘争心を削いでいるなか、マリエラが詠唱を終えて魔法を放つと怒った声を上げた。マリエラは、すぐにでも怒りたかったが、詠唱中だから我慢していたのだろう。
「すみませーーん!」
後方を見ると、街道に巨大な穴が開いてしまっている。これでは後から来た馬車が通れない。
がつん! がつん!
左右に残っていた狼が、ユリが張った防護障壁に鼻先から激突して地面に転がる。
(こいつらって、黒虎狼とやることが同じね)
「キャウン、キャウン、キャウン!」
リーダーたちが前方の狼の群れを蹴散らしたようだ。
辺りに生きた狼がいなくなると、ユリは防護障壁を解除し、他の男性客にも手伝わせて狼の死体を集め、マリエラが火魔法で灰にして道端に埋めた。そのまま置いておくと、より狂暴な獣や魔物が寄ってくるからだ。
ユリは、狼の毛皮なら売れるだろうと思ったが、ここで皮を剝いでいる時間はない。正直言って、他人の目が無ければ、アイテムボックスに収納してしまえば、早いし簡単だし、丸ごと持って行って売ることも可能なのだが、これだけ人がいるところでは、そうすることは出来なかった。最も、戦闘中に土砂を被った瞬間、ユリは、狼の数を減らす目的で二十頭ほどアイテムボックスに収納していたので、それで我慢することにした。
ユリは、魔法で瓦礫と土砂を集めるふりをしながら、アイテムボックスを駆使して街道にできた大穴に瓦礫と土砂を放り込み、地面が平らになるまで強く揺する。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
防護障壁で囲って作業しているが、それでも土木作業の騒音が辺り一面に鳴り響いた。
「ユリ、あんた変わった魔法使うのね」
「ああ、最後に使ったのは振動魔法です。ただ埋めただけだと、雨が降った後で陥没しちゃいますからね。そして、全体を揺するんじゃなくて、いくつかマーキングした石だけを揺らすのがコツなんです」
「いや、それ聞いてもできないって」
* * *
「ちょっとお花摘みしてきます」
「お嬢ちゃん、ここら辺に花なんかないよ」
再出発前に、少し道から外れる用事があって『お花摘み』と言ったら、他の女性客からNGを出されてしまった。この街道を何度も利用しているからか、周辺の事情に詳しく、親切に指摘してくれたのだった。
「えっ!? 『お花摘み』って通じないんですか?」
和製ファンタジー小説でよく出て来る『お花摘み』という言葉は、元々は日本の登山用語であって、海外のものではない。昔はベルサイユ宮殿の中にトイレが無かったから、花壇で用を足していたというまことしやかな話もよく聞くが、それも事実とは違う。西洋貴族は、室内では携帯便器を使っていたし、庭園には専用の場所が何か所も設けられていて、花壇のど真ん中で用を足すことは決してなかったからだ。むろん『お花摘みしてきます』などという言葉もなかった。そもそも、たとえ花摘みの対象が庭園の薔薇の花であったとしても、それをするのは下女の仕事であって、貴族令嬢がすることではない。貴族令嬢が『お花摘みしてきます』と言うことは絶対にありえないのだ。
ユリは、日本の小説に毒されていたので、その事実に思い至らなかった。さらに、仮にここが和製ファンタジー世界で『お花摘み』という言葉があったとしても、そんな貴族の隠語を平民が知るはずもなかった。
「お花摘みってのは、花を取ってくるって意味だろ?
花を摘みにする奴なんていないし、他に何があるってんだい」
「あぁ、いや、ちょっとした植生調査で、少し見て来るだけです」
「あんな獣が出たばかりなんだ。すぐに戻ってくるんだよ!」




