32 勇者討伐【王都進出1】
その後、ハンターギルドへ行ってレッド・グレイヴの調査結果を報告をするのに、何人で行くか多少揉めることとなった。
ユリは自分も一緒に行くと主張する。
「だって、レッド・グレイヴと直接に接触したのは私だけなんですよ。私が行かなかったら、ギルドで細かい質問があったときに誰も答えられないじゃないですか」
しかし、他の四人の意見は違う。
「あんたが行ったら、いろいろと余計なことまで喋り過ぎちゃうのが目に見えてるじゃない。危なっかしくて連れてけないわよ」
マリエラの言葉に、ミラとジェイクが続ける。
「ときどきユリさんが話す理解不能なお話もぅ、ギルドの人が聞いたら全部記録してぇ、後で分析するんでしょうねぇ」
「この仕事を受ける前は、偶にユリを監視している目があったな」
そこにウルフが駄目押しをする。
「今回の調査報告を呼び水にして、ハンターギルドがユリから秘密を聞き出そうとすることは目に見えてるんだ。
そもそも、指名依頼の時にそれで脅迫まがいのことをしてきた奴等だ。
それに最近、この街のハンターギルドが金に困ってるって話もあるしな。
そんな連中を完全には信用できん。
だから、そんな危ないところにユリは連れて行けるわけないだろ」
結局、ユリを連れて行かないなら、ユリ一人を置いていくのも不自然なので、ハンターギルドへはリーダーのウルフ一人が行くことに決まった。
ハンターギルドも商業ギルドも、自分達は国家を跨ぐ、独立した組織だと嘯いているが、実際にはそんなことはない。魔王がいた時代の設立当初とはわけが違う。今は、どんな組織であっても、国の統治下にある。かつては教会が国王よりも偉そうにしていた時代があったが、それが国を滅ぼしかける切っ掛けとなった教訓から、今では国内の全ての組織が国の定めた法に従うことが義務付けられている。
そういう訳で、さすがに国家の犬とまでは言わないが、ウルフはハンターギルドを完全には信用していない。金に困ってるなら、尚更信用できない。だから、国が手を出してくる可能性が高いユリの秘密は、相手がハンターギルドであっても、渡す気にはならなかった。ただ、ユリ本人がホイホイと渡してしまいそうなのが、一番の懸念事項なのだ。
* * *
ユリを連れて行かなかったことへの腹癒せだろうか。調査報告の聞き取りで、ウルフはかなりの時間を拘束された。案の定、ユリのこともいろいろと繰り返し訊いてきたが、ウルフはそれを全てうまくあしらった。訊かれたことには、害が無いように見える質問もあったが、それは罠だ。
彼らは、捕まえた盗賊をその場で事情聴取する技を身に着けている。マリエラと違って自白魔法を使えないので、言葉の遣り取りで情報を引き出す。
その場にユリがいたら、あまり気にせずにペラペラと喋っていただろう。ウルフが一人で来たのは正解だった。
調査報告が終わり、彼がハンターギルドの建物を出て、寄り道もせずに宿に戻ってくると、そのまますぐに全員で王都への移動準備をすることとなった。
そこで、まずは乗合馬車の手配をする。
この街には、東西南北にそれぞれ城門があり、城門の内側近くに乗合馬車の乗降場がある。街と街を繋ぐ乗合馬車と、街の中を走る乗合馬車のほぼ全て集まっている。公営と私営がごちゃ混ぜのバス乗り場みたいなものだ。ここには、貴族が乗るような立派な馬車もあれば、荷馬車に毛が生えたような馬車もある。リーダーのウルフが、王都行きの馬車のひとつ、荷馬車に毛が生えたような四頭立ての馬車を選んで御者と話しを始めた。なにやらごにょごにょと話していて、二人が手でパーだのチョキだの出しているが、まさかジャンケンしているわけではあるまい。互いに顔を振ったり頷いたりしていたと思ったら、最後にウルフが相手の肩をたたいて、握手して帰って来た。
「何を話してたんですか?
まさか、あっち向いてホイをしてたわけじゃないですよね」
「ん? 相変わらず訳の分からんことを。
普通に価格交渉してただけだが」
リーダーが選んだのは、私営の乗合馬車だった。公営だと価格が決まっているが、私営の場合は価格交渉次第で値切ることが出来る。ジャンケンかと思ったのは銀貨の枚数だった。
「私営の乗合馬車って、ワゴンの個人タクシーみたいなものがあるんですね。
あ、でも発着場所が決まってるならバスになるんですかね?
それでいくらだったんですか?」
「相変わらず変なことを言ってるな、おまえは。
料金については、最初、一人当たりリトルー銀貨五枚と言ってきたのを、メスリー銀貨二枚に値切った。ここから王都行きの街道じゃ護衛なしが普通なんで、残念ながら護衛として更に値切るのは無理だった。出発は明日の朝一だ。寝坊するなよ。」
リトルー銀貨五枚は、小麦価格換算で約一万二千五百円。メスリー銀貨二枚なら約一万円だ。あのボロ馬車で一万円というのが、高いのか安いのか、ユリにはいまいち分からない。
ユリが元いた世界では、ヨーロッパで本格的な『乗合馬車』が登場するのは中世末期から近世の間にかけてのことだったが、それは技術的にはもっと早くに実現可能なものだったのに、人の移動が著しく制限されていた時代背景によって、そのような時期になったと考えられている。ダルシンがこの世界のことを「ヨーロッパの中世とルネサンスの混合文化」と言っていたが、「中世とルネサンスの狭間」ではなく「混合文化」といっていた理由が、ユリにはなんとなく分かる。魔法や魔物存在が強く影響して、文明の発達が遅れて基本的な文化が中世の前半であるのに、同じ理由で宗教の影響が少なく、人の移動が多かった。そのおかげで、馬車や宿屋が発達していたのだ。
だから、この世界で、荷馬車レベルの乗合馬車があることは、べつに不思議なことではない。乗り心地が最悪なだけだ。
今回はギルドに依頼された仕事なので、馬車の料金は後で必要経費として請求できる。だから、自分達専用の乗り心地のいい……多少いい馬車を仕立てることも出来なくはなかったのだが、そんなもので王都に乗り込んだら目立ってしまうので、一般客と一緒に乗合馬車で行くことになったのだ。ちなみに、今回は有料でも無料でも関係ないが、この街と王都との間は魔物や盗賊が出ることもないので、護衛の名目で無料で同乗させてもらうことはできないらしい。
距離的には、この街から王都までは、それほど遠いわけではない。朝早くに出発する乗合馬車なら、順調に進めば遅くとも夕方までには王都に到着する。ただし、何かあって、馬車が使えなくなれば、元の街か王都か、どちらか近い方に行くのに徒歩で三日かかることになる。なので、まず商業地区へ行って、全員の三日分の水と食料を買い込むと、ユリがその8割を収納バッグに収め、残りを各自で装備することとした。買った食料は、堅パンや干し肉で、常温でも長期保存可能なので、他人に見られてもいいように、収納バッグを使っている。最もユリは、傷みやすい果物や、柔らかい白パンなども購入していて、それはアイテムボックスに収納していた。一人で隠れて食べるつもりはない。ユリの他にラッシュ・フォースしかいないところでなら、全員で遠慮せずに旨い食事をしたいと考えていたからだ。
ちなみに、ダルシンからせしめた、元いた世界の食料や料理は、ひとりで食べればまだ三年分くらいあるが、補給する手段が無いので、ときどき、ちまちまと食べることにして、今は温存してある。
ところで、買い物の際、小説の知識の豊富なユリは、ここで何かしら仕入れて収納バッグに詰めて行き、王都で売り捌こうかと考えていた。ユリは金に困っているわけではないが、ボロ儲け話は、ユリが執筆するつもりでいる冒険譚を飾る重要なイベントだったからだ。
しかし、聞けば王都には各地の名産品で溢れていて、この街で王都より安く仕入れられるものがないということが発覚し、ユリのボロ儲け計画は、発動する以前に、いきなり頓挫したのだった。
(街の名産品のひとつぐらい用意しといてよ!
くっそ~~、何か商売になるものは……そうだ!)
* * *
「ユリ!」
「えっ!?」
翌朝、ユリとラッシュ・フォースのメンバーが予約してあった乗合馬車に乗り込もうとすると、なぜかレッド・グレイヴの一行が先に来ていて、そのリーダーのロードに、ユリが声を掛けられた。
(あちゃー、ラッシュ・フォースのメンバーと一緒にいるところを見られちゃいましたー)
「レッド・グレイヴのみなさん、こんなところでどうしたんですか?」
態とらしい話し方になったのは、一応ラッシュ・フォースのメンバー全員がレッド・グレイヴのメンバーの顔を知っていたが、ユリが念のため、仲間にすぐ分かるようにと、その名前を出して訊いたからだった。
「ユリが今日、王都に行くと言ってたからな。ユリには、いろいろと世話になったから、みんなで見送りに来たんだ」
「えーっ! 朝早くから、態々ありがとうございます!
お世話になったのは私の方ですよ。
初めてのダンジョン探索はいい勉強になりました。
あっ、こちらは王都まで私と同行してくださるラッシュ・フォースの皆さんです。私が泊ってた宿の食堂で、ひとりで王都に行くのが不安だって言ったら、こちらの皆さんが予定を切り上げて一緒に行ってくださることになったんです(大嘘)」
「そうか、俺たちが同行してやれればよかったんだがな。ユリに話したように、俺たちは王都に近寄れないんで、一緒に行ってやれなくて済まんな」
そう言うと、ラッシュ・フォースの四人に語り掛けた。
「あんたたち、ラッシュ・フォースっていったか。
ユリには話したんだが、王都には碌でもないパーティーが多いから、十分に気を付けてくれ。ユリを宜しく頼む」
「ユリを宜しくな」
「ユリさんをお願いしますね」
「ユリちゃんは、すぐに変なの呼び寄せるから、くれぐれもお願いしますね」
「ちょっと、みなさん、ラッシュ・フォースの方々は、私が護衛で雇ったわけじゃないんですよ」
「だったら、俺たちが雇おうか?」
「はははは、ユリ、おまえは随分愛されてるんだな」
「ウルフさん、揶揄わないでください」
普段は『リーダー』としか呼ばないが、ここには二人のリーダーがいたので、めずらしく名前で呼んだのだが、呼ばれた当人は少し嬉しそうになっている。
「おまえさん達、レッド・グレイヴっていったか。おまえさん達もそうみたいだが、うちの連中も、こういう世間知らずを放っておけない奴らばかりなんでな。ユリの面倒はちゃんと見るから安心してくれ」
乗合馬車が出発して、レッド・グレイヴの手を振る姿が遠くなってきたとき、ロードの大声が聞こえてきた。
「ユリ~~!
大暴れし過ぎて、みんなに迷惑かけんなよ~~!」
「うっさいわよ!」




