31 勇者討伐【レッド・グレイヴ編5】
ユリは自分が殺されかけていたと知って驚いた。ユリは普段から、自身でマジックアーマーと名付けた防護障壁を応用した見えない鎧を着こんでいるので、北欧神話の槍で刺されようが高周波振動ナイフで切られようが、何で刺されても刺さることがないし、切られても切られることがない。なので、自分では『背後から刺された』ことと『背後から突き飛ばされた』ことの区別がつかなかった。
ユリが全然分かっていないようなので、脇で目撃していたエマが、何があったのかを説明する。
「そっちの男、ユリちゃんをナイフで突き刺そうとしてたのよ。
ナイフの刃先が何か硬いものにぶつかる音がして、手が滑ったのか、ナイフを落っことしてたからよかったけど、そうでなかったら、間違いなくユリちゃんが刺されてたわ。
だから、この三人の中じゃ、こいつが一番の悪党なの」
おそらく、相手の男は狙いを外してはいない。ユリが、常時張っている防護障壁に守られただけだ。だが、レッド・グレイヴにはマジックアーマーのことは秘密にしなければならないので、ユリはすっとぼけることにした。
「あぁ、そうだったんですか~。
そういえば、何かぶつかる音がしてましたね~」
(こいつら、私とすれ違う瞬間にイオトカ君の影響受けたのかな?
でも、根っからの悪党でなきゃ、こんなことしないわよね。
私がいなかったら、きっと今夜、誰かを刺してたんだろうなぁ。
あるいは既に刺してるとか)
「でも、切るのはちょっと~。
手足の骨を折るぐらいじゃ駄目ですか?」
(無抵抗な奴にあんまり酷いことすると、冒険譚に書けなくなっちゃうんだよね~)
「ユリちゃん、あんた、結構エグいわね~」
「ええっ!? でも骨折なら血も出ないし、いつか直るから、手足を切っちゃて達磨さんにするよりは人道的なんじゃないんですか?」
「あ~、嬢ちゃん。『手足の腱を切る』っていうのは、すっぱり丸ごと切るんじゃなくて、軽く傷つけるって意味なんだ。ほとんど血も出ない。それだけで当分の間、動きが不自由になるからな。さっき言ったろう? マーキングだって」
「あ~、そうだったんですか。確かにそれに比べれば、手足の骨を折るのはやり過ぎでしたね」
そう言いながらユリは、昔読んだ推理小説で、不正を企んだ飼育係が競走馬の足の腱を少しだけ傷つけようとして、暴れた馬に蹴られて死んだ話があったのを思い出していた。その男のことは、他人の恋路の邪魔をしたわけでもないのに、馬に蹴られて死んだキャラとして記憶に残っていた。
結局、全員の右足を酷く捻挫させて、その場に置き去りにすることにした。もしかしたら、跡を付けてきているラッシュ・フォースの一行が何かしてくれるかもしれない。
ユリたちが捻挫させた盗賊たちを置き去りにして少し先に進むと、エマが近くに寄って来て、内緒話するように話し掛けてきた。
「さっきロードが怖がらせちゃってごめんなさい。
あいつが言った魔術師対策は嘘だからね。あれはただの脅しなの」
「えっ? そうだったんですか」
「あいつにそんな酷いことできるわけないじゃない。実際には精霊魔法を使わせないために、精霊よけのポーションを頭から掛けるだけよ。
これがね、すっごくクッサいの。だから正直言って、あんまり使いたくないんだけどね。必要ない殺しはもっと嫌だから、我慢して使うの。
でもね、魔術師対策はパーティーによってまちまちで、盗賊の魔術師はその場で殺すって決めているパーティーもあるから、ユリちゃんが次にどこかと組むときは、そういうこともあるかもって覚えておいてね」
「そうなんですか、勉強になります」
「ウルフ、さっきの見た?」
「ああ、やっぱり刺さらなかったな」
例によって、後を付けているラッシュ・フォースが、一部始終を見ていた。
「あの子、防御結界か防護障壁を張ったままなのねぇ」
「それはすごいことなのか?」
「普通は無理よ。少なくともあたしは無理。
それに、普通はそんなことしたら、石像みたくなって動けなくなるわよ」
「ほんと、ユリさんは規格外ですねぇ」
「ところでさ、ウルフ。連中が転がしてったあいつら、どうするの?」
「助けたくはないんだが、ハンターギルドに証拠品として渡さにゃならんのだよな~。まったく面倒なことしてくれる」
* * *
その日、ダンジョン内で一泊するまでに、魔物に襲われたのが合計三回、盗賊パーティに襲われたのが三回、他のパーティーが盗賊パーティに襲われているのを助けたのが一回だった。盗賊パーティの方が多い。
毛布に包まって雑魚寝しながら、話をする。
今日はロードが見張り役を買って出ている。最初ユリが申し出たが断られたのだ。
「ダンジョンって、魔物より盗賊に出会う方が多いんですね。
私、全然知りませんでした」
そんなユリの呆け発言をグレイスが否定する。
「そんなわけないでしょ! ここが変なのよ」
「多分、お宝が残り少ないんだろうな。そういう所は、ダンジョン探索して魔物と戦うより、他のパーティーを襲った方が金になるからな」
「ダンジョンのお宝が全部なくなったらどうなるんですか?」
「中に入ってくるハンターは思いっきり減るだろうな。俺たちみたいにリハビリや訓練目的のハンター以外、入る理由がなくなるからな」
「そういえば、ハンターギルドの人から、皆さんは王都から来たパーティーだって伺ったんですけど、王都じゃハンターの仕事がなかったりするんですか?
これから行くのに、私、それじゃ困るんですけど」
「ああ、ハンターの仕事ならいくらでもあるさ。俺たちは都落ちしてきただけだからな」
ロードが苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「都落ち?……ってどういうことですか?」
「王都には、ベルマン子爵の子飼いで、レイジー・オウルってパーティと、セーフ・ゾーンっていうパーティーがいたんだ。どちらも、子爵から勇者の称号貰ったと言って、勇者パーティーを名乗ってはいたんだが、実際は両方とも碌でもない破落戸パーティーだったのさ。
俺たちは、見るに見かねて、セーフ・ゾーンの不正行為を告発しようとしたんだが、連中からみかじめ料をせしめてたベルマン子爵の私兵に王都の森で襲われることになってな、戦闘になったんだよ。エマの妹のデニスが、……まだ若かったんだよ。エマとは歳が離れてて、グレイスのひとつ下だったんだ。それが、あの子は、その戦闘で爆裂魔法を食らって吹き飛ばされちまってな。あれは、人間に使っていい魔法じゃないってのにな。あいつの体はもちろん、形見の品といえるようなものすら、何一つ残らなかった」
(それがドラ〇スレイブとかエクスプロージョンだって言うなら、対人戦闘で使うのは非常識過ぎるわね)
マリエラから「あんたが言うな」と言われそうな考えだった。
「そのあとの戦闘で、奴らは殲滅させてやったんだが、王都に帰ったら、騒ぎになっててな。森で訓練中だったベルマン子爵の私兵が何者かに襲われたってことになってたんだ。それで俺たちは王都にいられなくなったのさ。それに、セーフ・ゾーンの奴らも居辛くなったんだな。俺たちが王都を出る前に、奴らが一足先にこの街に逃げたのが分かったから、俺たちはそれを追ってきたんだ。デニスの敵を討ちたかったんだ。
だが、この街に来てみれば、セーフ・ゾーンの連中はいきなり自滅してて、一人生き残ってた女は、おかしくなってて不正の証言なんて期待できないっていうじゃねぇか。それに噂じゃ、あの生き残りの女が亭主の敵討ちでやったらしいから、それじゃ文句も言えねぇもんな」
(あぁ、ごめんなさい、それ、イオトカ君のせいです!)
「俺はな、きっとデニスが、敵討ちで俺たちが身を亡ぼすのを止めたんだと思うんだ。だから、デニスの為にも、この街で出直しを図ろうってみんなで決めたんだ。
今回のダンジョン探索は、そのリハビリさ」
「この話。私なんかにしてもよかったんですか?」
「顔は全然似てないが、嬢ちゃんにはデニスの面影がある。
嬢ちゃんが俺たちを止めてくれたような気がしてな。
つまらん話を聞かせちまって悪かったな」
「そんなことないですよ。ホホホ」
(それやったのは私じゃなくて、イオトカ君です!)
翌日は、奥に進むことはせず、そのままUターンして街に戻ることになった。帰途にも黒虎狼との戦闘が一回だけあったが、大したことは無い。
ユリが目眩ましのフラッシュライトを使ったときに、無音の荷電粒子ビームで数頭の黒虎狼の頭を討ち抜いたくらいだ。目眩ましの最中で、誰にも見られてないから問題ないだろうと考えて使っていた。ユリは気づいてなかったが、魔物の頭と天井を静かに撃ち抜いた荷電粒子ビームは、通過した部分にあった分子を全て抱え込んで断熱圧縮した火球と化し、上の階の床を爆散させていた。そして彼らは、帰り道で上の階を通るときに、やたら床が散らかっていることに首を傾げることになるのだった。
「誰よ、ここをこんな瓦礫の山にしたの」
「酷いな。床を耕して畑にでもしようってのか?」
「まるでユリみたいな奴だな」
「確かに、ユリちゃんならやってそうね」
* * *
「外れでしたね」
ユリは、潜入調査の報告をだらだらとした後、簡潔な言葉で締めくくった。そして『外れ』と言った割に、やたら嬉しそうだった。
「ユリ、あんたねぇ。あんた達が置いてった盗賊パーティの後始末させられたのは私達なんだからね。一回ならともかく、何度も何度も。知らないでしょうけど、もっの凄く面倒だったんだからね!」
「そういうことは襲ってきた奴に言ってくださいよ。
それにしても、帰りに見たときに全員骨ひとつ残ってなかったから、魔物が巣に持って帰ったのかと思ってましたけど、皆さんで処理してくださったんですね」
「あんなクズでも証拠品なの。その場で殺さなかったのは良かったけど、この次はもうちょっとやり方考えてよね。
あんたたちは慈悲深く捻挫させたつもりかもしれないけど、それじゃ運べないから、ミラが治癒魔法で捻挫の治療して、ウルフとジェイクが上と下の見張りに立って、自分たちで滑り棒登らせるとか、いろいろと大変だったんだからね」
「あははは」
「ところで、偉そうに勇者パーティーって名乗ってることについては、何って言ってたの?」
「セーフ・ゾーンを告発したときに、ハンター仲間からそう呼ばれたことがあるだけで、自分達から名乗ったことは一度もないって言ってました。最初の顔合わせで私と自己紹介しあったときにも、勇者パーティーとは言ってなかったです」
「裏取りは必要だろうが、ギルドへの報告には、これで十分だろう。
ご苦労だったな、ユリ」
「でも、まともなパーティーだっていうなら、ユリが抜けちゃったら困るんじゃないの?」
「それは最初に、このダンジョン攻略の一回限りということで参加したんで大丈夫です。これからも一緒にどうかと、誘われはしましたけど」




