30 勇者討伐【レッド・グレイヴ編4】
ユリたちは、その後も魔物を倒しながら、順調にダンジョンの通路を先に進んでいた。
(うん。確かにこれなら、エマさんが言ってたみたいに、ダンジョンが死体だらけになっててもおかしくないわよね。
でも、ここに来るまでに、死体ってほとんど見てないんだけど、前のハンターたちが倒した死体って、どこに行っちゃったの?
エマさんは『半分くらいは他の魔物が食べちゃう』って言ってたけど、それにしては少ないような気がするのよね。食べられちゃったんなら骨ぐらいは残ってそうなんだけど、骨も残ってないし)
不思議に思ったので訊いてみた。
「あの~、前のハンターのみなさんが倒した魔物の死体の数が少ないように思うんですけど、全部食べられちゃったんですかね?」
「少ないか? 普通だと思うぞ」
「でも、さっきも黒虎狼を数十頭倒しましたよね。
もっと死体が残っててもよさそうに思いますけど」
「ああ、そういうことか。
さっきみたいな大集団は例外中の例外だ。黒虎狼は普通の狼と同じように群れを作るんだが、狼の群れはあんなに多くなることはない。
野犬は血縁関係のない群れをつくる傾向があって数十頭の群れを作ることもあるが、狼の場合は野犬と違って、基本的に家族で群れを作るから、群れの構成はつがいとその子供たちで、その数は多くても十頭かそこらだ。魔物の黒虎狼も狼と似たような習性だから、さっき出会ったような大集団で現れることは滅多にない。
それに、ハンターは出会った魔物を全て倒すわけじゃない。ダンジョンには目的があって潜っているから、魔物との不必要な戦闘はできるだけ避けようとするものなんだ。余計な戦闘で怪我をして目的を達成できなきゃ意味ないからな。魔物の討伐依頼を受けだときでも、指定された魔物だけを狙って、他の魔物からは逃げることも多い。
今日の俺たちはリハビリ目的で来ているから、出会った奴等は全部相手にしているが、普通のハンターはそんなことはしない。先行して潜ってるハンターも、俺たちが作ってるみたいな魔物の死体の山は作らないから、俺たちが死体の山に出くわすことはほとんどないと思っていい」
「あ~、そういうことなんですか」
ユリはまだ納得しきってはいないが、ここで議論するは止めておいた。
(下手に議論して、私がいるせいだとかになったら嫌だもんね。
っていうか、やっぱり私がいるからなのかな~。
残った骨がスケルトンになっていなくなったとかもありそうだよね~)
そんな雑談をしながら進んでいたら、今度はコウモリのような魔物が現れた。
ユリは、雑魚のような魔物には全く興味が無く、出会うたびにロードたちが教えてくれた名前もいちいち覚えていなかったのだが、コウモリのような魔物が現れたときには歓喜して快哉を叫んでいた。
「あぁっ! 怪しいのが出ましたよ!
なんですかあれ!?
見た目がコウモリなのに毒々しい色してますし、間違いなく魔物ですよね、あれって。
吸血コウモリですか? それともバンパイアだったりします?
小説のバンパイアって、一人が一匹のコウモリに変化するケースと、数十匹のコウモリに変化するケースがありますけど、後のケースは何匹かやられちゃったときに、元の姿に戻ったらどうなんだろって、いつも不思議に思うんですよね。あれって脳が分散して、絶対にうまくコントロールできないだろうって思うんですよ。
それに、あんなに集団が一か所に固まっていたら、ファイアーボールをぶつけたときに、粉塵爆発ほどではないにしろ、よく燃えそうですよね。いや、それだと爆発に巻き込まれそうだから、ファイアーボールじゃまずいのかな。どう思います?」
興奮するユリの問いに答える者はいない。ロードとスティーヴは警戒態勢に入り、エマとグレイスは詠唱を始めているからだ。
「ユリ! 目眩は打てるか!?」
ロードの問いに、ユリは即座に気持ちを切り替えて答える。
「全員、目を瞑って!」
次の瞬間、閃光手榴弾を使ったような、強烈な光がコウモリ集団の中で炸裂した。目を瞑っていてもかなりの眩しさがある。いや、それだけではない。周囲に『キーーン』という耳が痛くなるような高音が聞こえていた。
ギギャギャギャギャギャ!
数多くの魔物の叫びがダンジョンの通路に響き渡る。
そこへ、エマとグレイスの水魔法と風魔法の攻撃が襲い掛かる。
びしゅしゅしゅ! しゅぱぱぱん!
びしゅしゅしゅ! しゅぱぱぱん!
びしゅしゅしゅ! しゅぱぱぱん!
相手が小さいので、黒虎狼のときとは魔法の使い方を変えて、威力を弱くして同時に複数を相手するようにしたようだ。
その後に、ロードとスティーヴが混乱した魔物の残党に突っ込んでいき、剣を振り回した。相手は混乱しているので剣を避けることもなく切り裂かれていく。致命傷でなくても、羽の一部でも傷つけば、飛び続けることもできず、次々と地面に落ちていく。数匹生き残った魔物は、先を競うように逃げて行った。
「おぉ~、みなさん見事ですね~」
「いや、見事なのは嬢ちゃんだろ」
ロードの指摘にグレイスが続ける。
「凄いです。私、あんな魔法、初めて見ました。いえ、目は瞑ってたから直接見てはいないんですけど、それでも眩しかったですから。そのせいか、なんか耳がキーンってしちゃいました」
(あぁ、聞こえちゃったか。グレイスさんは若いですもんね)
ユリは閃光と一緒に、二万ヘルツから十二万ヘルツの超音波も浴びせていた。二万ヘルツはモスキート音と呼ばれる音なので、若い人なら聞こえても不思議ではないので、指摘されたらどう誤魔化そうかと思っていたが、ロードとエマに聞こえていなかったので、とくに訊かれることはなかった。
「何匹か逃げられちゃいましたね。
フラッシュライトがまだ弱かったんでしょうか」
逃げたのは、ユリが攻撃を放ったときに、仲間の陰になって閃光や超音波を浴びなかった奴等だろう。
「いや、あれ以上強力だと、俺たちの眼が閃光に耐えられない。
殲滅が目的じゃないから、逃げられても深追いはしない。
ただ、嬢ちゃんがいないときにどう戦うかは、帰ってから検討しないといかんな」
「で、今更ですが、さっきのって何だったんですか?」
「おそらくエマトファギアスかその仲間だな。
吸血コウモリの魔物だと思っていい」
「エマトファギアス。初めて聞く名前ですね。
覚えておきます」
「念のために言っておくが、エマとは全く関係ないからな」
ロードがそういうと、エマが絡んで来た。
「あら、わざわざ思わせぶりなこと言って、どういうつもり?」
「いたっ、いたたたたっ。おい、つねるのは止めてくれ!」
ギリシャ語のエマ(Αιμα)は血を意味するので、全く無関係ではないのだろうが、ユリはエマの機嫌を損ねたくはなかったので、深追いはしないでおいた。
ある程度予想されていたことだが、ダンジョンで襲ってくる外敵は、魔物だけではなかった。
レッド・グレイヴの進行方向に、下層から戻ってきた三人組のハンターパーティーが現れ、すれ違いざまに挨拶してきたと思ったら、いきなり目の色を変えてユリに襲い掛かってきたのだ。
ユリは、調査対象のレッド・グレイヴに襲われることは警戒していたが、盗賊ハンターパーティーがこんな所にもいるとは思っていなかった。
がしっ!
「ふぇ!?」
「ユリ!!」
「ぎゃーー!!」
レッド・グレイヴの一行も、まさか自分たちがいるところで、追い剥ぎするバカが現れるとは考えてもみなかったので、初手を取られてしまった。賊の一人はユリに体当たりしてきて(ユリはそう思った)、他の一人はユリの荷袋を奪おうとし、もう一人はユリが腰に下げていた例の銭袋を握りしめていた。叫び声を上げたのは、泥棒除けの罠に掛った最後のこいつだ。
(どっちも盗られそうになるの二度目じゃない。
これって、呪いでも掛かってるの? 実は呪物?)
どかっ! ぼかっ! どすっ!
ユリが対処するまでもなく、無言で動いたロードとスティーヴによって、賊は全員、あっけなく叩き伏せられ、エマとグレイスによって縛り上げられ、猿轡も噛まされた。
「あの~、助かりました。ありがとうございました」
「なに、ユリを怒らせて天井崩されても困るしな。ははは」
「ねぇ、ユリちゃん。あなた、こいつに何を握らせたの?」
賊の一人が、今も右手首を抑えて悶え苦しんでいるのを見て、気になったエマが訊いてきた。別に助けたかったわけではないだろう。相手が子供ならともかく、ユリもこんな奴を助ける気にはならない。
「あぁ、泥棒退治用の銭袋ですよ。ここに来る前に仕舞うのを忘れてました」
「まあ、たまにそういうの持ってる人はいるけど、ダンジョンに持ってくる人は珍しいわね。役に立ったみたいだからいいけど」
「ロードさん、こういう連中って、この後どうするんですか?」
「昔ながらのやり方なら、この場で全員処刑する」
「「「(ふがふがふがっ! もがもがっ!)」」」
盗賊たちがロードの言葉に抗議しているようだ。
「もっとも、最近は手加減するようになっていてね、ダンジョンの暗黙のルールに従うなら、手足の腱を切って置き去りにするんだ。
その結果、魔物に蹂躙されて、『ああ、こんなことなら、さっさと殺してくれてればよかったのに』とか思うことになるのさ」
「「「(ふがーーっ、ふがふがっ! もがもがっ!)」」」
ロードの脅しは(脅しだよね?)結構利いているようだ。
「残酷なようだが、下手に連れて歩くと、こっちが殺されかねないからな。
魔術師の場合は、追加で詠唱できなくする必要もあるんだが、こいつらは違うようだな」
「詠唱できなくするって、何をするんですか?
熱湯を流し込むのは、肺に入って死んじゃったりしますし。
頭の特定の部位を傷つけると、考えたり喋ったりできなくなるっていうから、そっちですかね?」
「「「(ふがっ、ふがふがっ! もがもがっ!)」」」
「やり方は決まってないが、顎を割る、唇を縫い付ける、喉に棒を突っ込んで声帯を潰す、薬で眠らせる。まぁそんなところだな。
なんなら全員、念のためにそうしとくか?」
「「「(ふががーっ、ふがふがふがっ! もがもがっ!)」」」
ロードの発言を聞いた盗賊たちは、全員慌てて横に振って否定する。
「まぁ、今回は手足の腱だけで勘弁しとくか。
その傷のせいで、魔物に食われても自業自得。
生きて逃げ帰れたとしても、この傷があるとダンジョンを出たところで取り調べを受けることになる。そのためのマーキングだからな。
そういうのは嫌か?」
「こんなところで人を襲うなら、仕方ないんでしょうね。
でも盗みに参加しなかった人も同じっていうのはちょっと」
それを聞いて、エマが、ユリの勘違いを指摘する。
「ユリちゃん、あなた殺されかけたの気づいてなかったの?」
「ええっ!?」




