20 初めての異世界【薬草採取の護衛1】
それは、セーフ・ゾーンの自滅事件があった二日後のことだった。
事件当日からハンターギルドでの聴取がひとりずつ順不同で繰り返し行われていて、二日後の今日は、朝一からラッシュ・フォースの四人と一緒にハンターギルドに顔を出していたが、ユリの聴取が最後となり他の四人は先に宿に戻っていた。ユリが開放されたのは、正午より少し前の時刻。午後からは暇だ。
ユリは、ラッシュ・フォースに仕事があるなら、それに付き合ってもよかったのだが、あちらはあちらで、いつハンターギルドからの呼び出しがあるか分からないからと、新しい仕事を受けることも出来ず、午後からは空き時間となっていた。つまり、ユリはお昼からすることが無い。そして、今日も天気がいいし、宿に戻って部屋に籠っているのはもったいない。
というわけで、暇な時間を持て余したユリは、宿には戻らず、人目のない砂漠草原で何か魔法の実験でもしようか、あるいはひとりで何か半日の仕事を受けてみようかと、ギルドの依頼ボードを前にして張り出された依頼票を眺めていた。すると、ミラが偶にしかないと言っていた、薬剤師から出された薬草採取の護衛依頼があるのを見つけてしまった。
「ありゃま、珍しい……珍しいんだよね? これって」
その依頼票の掲示日は五日前であったが、そこに書かれた仕事の日時が今日の正午から夕方までとなっている。にも拘わらず、この時間になっても依頼票が張り出されたままなのは、ハンターたちから無視されているせいだ。特別に危険で困難な依頼というわけでもなさそうなので、提示された報酬額が低くて気に入らなかったんだろうかと思ってしまう。ユリは、ラッシュ・フォースに出会って、ミラからハンターの仕事を説明された際に、『素人が集めた薬草は、ただのゴミ』と言われたことを思い出す。だったらプロの薬草採取はどういうものだろうか、そう考えたら俄然興味が沸いてきた。もしかしたら、護衛依頼のついでに途中で新しい魔法の実験もできるかもしれない。そう思うと居ても立ってもいられなくなり、ユリはこの依頼を受けることにした。
「ええっと、掲示された依頼を受けるにはどうするんだっけ?
小説でも受注したい依頼票を自分で剥がしてくパターンと、勝手に剥がしちゃいけないパターンがあったんだよね。実際問題、間違って剥がす奴とか、受注する気も無いのに嫌がらせで剥がす奴とかいそうだし、依頼者に会ってみたら、あんたじゃダメって門前払いされたりもするから、依頼票を勝手に剥がすってのはありえないんだよね。ハロワだって、掲示物に触っていいのは職員だけだもんね。
ただ、映像化するときは自分で剥がして受付窓口に持ってい く方が見栄えがいいんだよね~。だから冒険譚を書く際も、そういう記述にした方が読者の受けがいいんだけど、それが事実と違うなら嘘になっちゃうし。
私、冒険譚に嘘は書きたくないんだよね~。
とりあえず、受付のお姉さんに訊いてみよっと!」
そう長々と独り言を言うと、ユリは受付窓口に移動した。
朝は多くのハンターが訪れるので、複数の窓口でその行列を捌いているのだが、この時間は閑散としていて、開いている窓口もひとつしかない。
「すみませ~ん。ちょっと教えてくださ~い」
「はい、何でしょうか」
元気よく胸を揺らして応対に現れた受付嬢は、実年齢なら恐らくユリよりも歳下だ。しかし見た目はユリよりお姉さんだった。きっと、このフロアにいる誰に訊いても、そう答えただろう。この受付嬢本人もそう思っているに違いない。
なぜなら、子供のように落ち着きのないユリに対して、受付嬢は落ち着いて大人っぽい雰囲気を醸し出していたからだ。それに、今のユリはこの世界に来た時に日本人としても五歳以上若い見た目に変わっていたし、同い年の西洋人と日本人では見た目の年齢が全然違う。この受付嬢も、ユリより背が高かったし、体格もしっかりしていて、なにより、胸の膨らみが全然違う。
ユリは、相手の胸は見なかったことにして、自分のハンターギルド証を取り出しながら質問する。
「依頼ボードに掲示されていた、薬草採取の護衛依頼を受けようと思うんですけど、依頼の仕事を受けるのは初めてなんで、どうしたらいいですか?」
「ええっ! ユリさん、あれ受けちゃうんですか!?」
(いや、そんな『お客さん、高菜食べちゃったんですか!?』みたいなテンションで言わなくてもいいでしょうに……。
あれ? いま名前言われた?
このお姉さん、ハンターギルドに登録したときのひとじゃないよね?
なんで顔を覚えられちゃってるの?)
「ユリさん?」
「あ、はい。受けようかな~って思ってます。
ところで、お姉さんとは初対面だと思うんですけど、よく私のことをご存じでしたね」
「あら、ユリさんてば、やだなー。
あのセーフ・ゾーンの自滅事件の当事者で、毎日ギルドに来てる有名人じゃないですか。
さっきも取調室から出てくるの見てましたよ」
「あ~~、それでか~~。
それにあの部屋、面会室かと思ってたけど、取調室だったのね」
「あっ、いや、別にユリさんが容疑者とか、そういうわけじゃないですよ。
ただ、可愛い顔して犯人の女を丸焼きにして灰も残さずに消し去って、今牢屋にいるのはユリさんが作ったホムンクルスだっていう噂まで流れてるんで、どんな人かな~って、見に行く職員が多くって、ここの職員全員がユリさんのことを知ってるってだけですから。もちろん、噂が出鱈目だってことは分かってますから、ここでそんな話してるのを聞いたら、それは違いますよって教えてますけど、世間の噂までは私の手に負えませんしね。
そういうわけで、行動には注意した方がいいですよ」
「はい。そういったことは自分が一番よく分かってます。
あっ、『可愛い』って部分じゃなくって、容疑者じゃないこととか、行動に注意しようって部分のことですからね。
それで話を戻しますけど、私が受注するのに何か問題でもあるんですか?
そんなに難しそうな依頼でもなさそうですし、とくにハンター歴の条件とかは書かれてませんでしたけど」
「はぁ~~。そういう話じゃ~ないんですよね~」
受付嬢は何を思ったのか、大きなため息をついて話し始めた。
「依頼票に書かれている採取場所は街の近くですし、滅多に魔物の出ない場所だから、新人のユリさんでも全く問題はありません。
ただその~、これは言っちゃってもいいのかな~、昔っからハンターは薬剤師から目の敵にされてるっていうか、なんていうか。薬剤師がハンターを騙すような依頼を出して危ない仕事をさせたり、仕事中にハンターに喧嘩売るようなこと言ったりするから、血の気の多いハンターと喧嘩になったり、ハンターが怒って途中で仕事を放り投げて帰ってきちゃったりして、いろいろとトラブルが多いんですよね~。
ハンターギルドとしては、取り次ぐ依頼はハンターに受けてもらえた方がいいんですけど、個人的には、正直言って、この依頼はお勧めできませんね~。何かあったときの後始末は、担当した私がすることになるんで、薬剤師の護衛って扱いたくないんですよねー」
「あの~、お姉さんがそんなこと言って、上司に怒られたりしませんか?」
「大丈夫、大丈夫~」
「そうですか、それなら良かった。
お姉さんと話し始めてからずっと、ギルド長がお姉さんの後ろから睨んでたんで、ちょっと心配してました」
「えっ……、んぎゃ~~!!」
後ろを振り向いた受付嬢が叫び声を上げて、ギルド長の説教が始まってしまった。
「あの~、依頼の時刻が迫ってるんで、早く手続きしてもらえませんか?」
* * *
教会が鳴らす正午の鐘の音が聞こえてきた。江戸時代の不定時報でも正午は正午だったが、隠し持っている目覚まし時計を覗いてみると、正午からは十分以上ずれている。教会の時報がいい加減なのか、この世界の一日が二十四時間じゃないのか、あるいはその両方なのか。正確なことを知るには本格的な天体観測をしなければならないが、ユリにはそのための道具も知識も無かった。一日の時間を測るだけなら、日時計と目覚まし時計でも可能だが、この世界では一日の長さが毎日同じかどうかもまだ分からないのだ。
「そんなに困ることでもないから、まぁいっか。
そのうち暇になったらちゃんと調べよっと」
そんなことを考えていたら、若い男女がハンターギルドの建物に顔を出していた。
二人がフロアに入ってくるなり、なぜか周囲から冷たい視線が向けられている。ハンターと薬剤師の仲が悪いとは聞いたが、この二人は別に白衣を着ているわけでもないし、薬の臭いもしないし、特殊な装備を身に着けているわけでもない。もしかして顔を知られている有名人なのか?
頭に瘤をひとつ作った後でユリの手続きをした受付嬢は、二人にユリを紹介すると、ユリを残してさっさと受付の奥に隠れてしまった。
(なんだ? ありゃ)
紹介を受けた二人が、ユリに挨拶をする。
「俺は薬剤師のサム、彼女は同僚のイライザだ。
魔物が出没する山に、午後から薬草採取しに行かなきゃいけないんで、ハンターギルドに護衛依頼を出してたんだが、……本当にあんたが受けたのか?」
(あっ、こんな小娘で大丈夫かって顔してる。
衣装は大急ぎで『ヒルのいる山で藪漕ぎしてもいいようなもの』に変えたから問題ないはずなんだけど、私って見た目が弱そうだもんね。
実際、力勝負なら最弱だし。
さて、どう言ったら納得してくれるかな?)
「はい。私がこの依頼を受けた、ハンターのユリです。
この街に来てからは、ラッシュ・フォースっていうパーティーと一緒に行動してたんですが、そのパーティーには入ってなくてピンで仕事してます。
あっ、さっきハンターギルドのお姉さんからの紹介もあったんで必要ないでしょうけど、これがハンターギルドの斡旋証書です。
私の実力はギルドが保証してくれてるってことで」
「えっ、ラッシュ・フォースと一緒って、もしかして魔法のオーブンで殺人鬼を蒸し焼きにしたっていう……」
「ちょっと、サム。それをここで言ったら駄目でしょ」
(えっ? そうなの?)
「ああっ、すまない。凄い有名人だったんで驚いたって言いたかっただけで、悪気は無かったんだ」
(あ~、つまり、ハンターは残虐だとかいった類の悪口だったんだ)
「ん~~、どういう噂になってるのか、さっき受付のお姉さんからも聞いたし、怖いからそれ以上は聞きませんけど、街中でファイアーボールを連射した女を私が制圧したというのは事実です」
「おぉ、実力はよく分かりました。本日は宜しくお願いします」
「こちらこそ」




