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18 初めての異世界【初心者教育4】

「なんなんですか、これは……」

「「「「……」」」」

 ユリとラッシュ・フォースのメンバーが隣のエリアに駆け込んで来てみると、その惨状は、ユリがやらかしたことを遙かに超えていた。野球場くらいある広大なエリアには、一面に砂埃が舞っていて、その中央の巨石があっただろう場所が大きく(えぐ)れてクレーターになっており、周囲の防護壁のほとんどが崩れている。防護壁のない北側を見ると、砂漠草原に多くの瓦礫が飛び散っていて、三十メートルほど先に砕けた巨石の一部が落ちていた。

 そして、ユリたちの足元には、右手と左足を失った男が血を流しながら瀕死の状態で倒れている。眼窩が凹んでいるので両目も潰れているかもしれない。

「ミラ、怪我人の治癒を! ユリ、おまえも出来るな?」

「えっ、いや、私は毬栗(いがぐり)のトゲが刺さったくらいならいいんですけど、瀕死の怪我人はちょっと。でも、ミラさんが治癒魔法を掛けるときの補助ならできます!」

(私でも多分治せるけど、治し過ぎちゃうんだよね~)


「……まぁそれでもいい。ミラを手伝ってくれ」

 明らかに納得していない様子だが、やらせれば結果は残すだろうと、リーダーがユリの行動を認めると、ミラがユリに作業開始を伝える。

「では、この方からやりますねぇ」

 まずは足元の怪我人だ。


(あれ?

 一遍にやるのかと思ったけど、ひとりずつなんだ。まぁいいか)


 小説(ラノベ)に毒されているユリは、聖女は広範囲を対象にしたエリアヒールを使うのが当たり前だと思っていたので、ひとりずつ治療するのが少し意外だった。折角の機会なので、ユリはミラの施す治癒魔法をじっくりと見届けることにした。

 ミラが静かに歌うように詠唱を始めると、患者には淡い光の粒子が集まってきて、その全身を包み込んだ。詠唱で何を言っているのか注意深く聞いていたのだが、ユリには自動翻訳があるにも関わらず、その内容が全く分からない。傷口に多くの光が集まっているのを見ると、その光の粒子が治療を施しているようだ。


(奇麗な声ね。それにこの光は何?

 私の治癒魔法じゃ全然光らないんだけど。

 ミラさんのこの詠唱って、もしかして精霊魔法?

 自動翻訳されないんだけど、言葉じゃないのかな?

 精霊語なら翻訳されてもよさそうなんだけど……)


 ユリが考えた通り、ミラが使っているのは精霊魔法だった。精霊魔法は、エーテル(物理学でかつて存在すると信じられていた媒体)のように普遍的に存在する精霊たちに依頼して、精霊の力で目的の効果を得る魔法である。だから、精霊魔法を使うには、精霊に依頼する内容を精霊の言葉で伝えなければならない。それがミラの美しい詠唱の正体だった。

 ユリにミラの詠唱が理解できないことにも理由がある。じつはユリの自動翻訳は、訳すと意味を失う言葉は翻訳しない。それはユリがよくやるジェスチャーを翻訳できないのと一緒だった。言葉としての精霊語なら翻訳するが、詠唱の時の精霊語は、訳してしまうと機能しないから翻訳されないのだった。そのあたりのことを、ユリは未だに理解していない。もっとも、ちゃんと説明しなかったダルシンが悪いのであって、ユリが悪いのではない。

 同じ理由で、自動翻訳が邪魔するので、ユリは精霊魔法を使うことができない。そもそも、ユリ自身はまだ気づいていないが、なぜか精霊たちがユリに近づこうとしないため、ユリが精霊語を話せるようになったとしても、精霊魔法を使うことは難しかっただろう。


 やがてミラの詠唱が終わって光が収まると、傷口の消えた怪我人の姿が現れた。

「まぁ!」

 なぜか、治癒を施したミラ本人が驚いている。

「どうしたミラ!」

「この方の手足が……」

 痛みが消えておとなしく寝ている男の姿を見ると、両手両足が揃っていた。潰れていた眼窩も膨らみ、僅かに目を開いている。

「驚いたな。ミラの本気の治癒魔法はこんなに凄かったのか」

「ミラさんって凄い方なんですね~」

「いえ、私は傷口を塞ぐようにお願いしただけですよぅ?」

 ミラはそう言って、視線をユリに向けて来る。

「えっ、ほらっ、見てたじゃないですか。私はまだ何もしてないですよ」


(本当に今は何もしてない……。

 あっ、もしかしてエティスの力でミラさんがパワーアップした?

 それともまさか、エティスが精霊に働きかけたとか?)


「『まだ』か。まぁ今はどうでもいい。次の怪我人を頼む」

「ユリさん、次に行きますよぅ」

「あっ、待ってください~」

 二人はそう言って、既にジェイクとマリエラが救出作業を始めている次の場所に急いだ。


 今度の怪我人は、崩れた防護壁の下敷きになっていた女性だった。大穴が開いてユリたちが使っていたエリアと繋がった壁とは、ちょうど反対側だ。リーダーとジェイクが瓦礫をどかして助け出したが、既に虫の息になっている。腹は破れてこそいないが、多分、内臓破裂もしているだろう。

「この方の治癒は難しいですよぅ」

「とにかくやってくれ」

 ミラが、再び歌うように詠唱をすると、患者は今度も淡い光に包まれる。


(この人はエティスの加護だけじゃ無理そうね。内臓は私が治しちゃおっと)


 ユリは、ミラの治癒魔法に割り込んで、患者の肝臓と脾臓と腎臓と大腸の破損個所を修復し、腹腔内に溢れた汚物と血液その他を抜き取って洗浄した。

 やがてミラの詠唱が終わり、患者を覆っていた光が収まると、女性は顔色も良くなり、静かに寝息をたてていた。黒い司祭服を着た女性だ。


(あ~良かった、上手くいって。

 あっ、この女性、さっき私の胸を睨んでた人だ)


 ユリがそんなことを考えていると、ミラがユリをじっと見つめて微笑んでいる。

「今度はユリさんも魔法を使いましたねぇ。ふふっ」


(なんで分かるの~)


 その遣り取りを断ち切るようにリーダーが声を掛ける。

「さぁ、手遅れにならないうちに全部済ますぞ!」


 ユリたちは同じような作業を繰り返し、全ての怪我人を救い出して治療した。

「怪我人は全部で六人か。朝会ったときは八人いたよな」

「向こうの壁に肉塊が張り付いてたから、少なくとも一人は死んでるわね」

 マリエラが冷静に恐ろしい指摘をする。

 指し示された方向を見て、ユリは絶句する。

 そこには、元は人間だったとは思えない四散した肉塊が、泥団子をぶつけたように、防護壁の残骸にべたべたと張り付いていた。完全なミンチだったらまだ良かったのだが、髪の毛とか耳とか、判別可能な部位があるのがユリには衝撃だった。


(ううっ、見なければ良かった……)


「そうか。なら、死体の捜索はハンターギルドの職員たちにまかせよう。

 それより、何をしたらこうなるんだ?

 ユリの魔法だって、こうはならなかったぞ」

「わ、私が酷いことしたみたいな……」

「ユリは黙ってて!」

「……くしゅん……」

「ここにも中央に巨岩が置かれてたとするならぁ、この地面の抉れ方は異常ですねぇ」

「そうね。ミラの言う通りで、向こうでユリが吹き飛ばしたときとは全然違うわね。岩を掘り出した後か、岩の下で爆裂魔法(エクスプロージョン)を発動させないと、こうはならないじゃないかな」

「そんなこと出来るのか?」

「『岩の下で』なら無理ね。岩が邪魔になるもの。

 あぁ、あらかじめ岩の下に何か仕掛けておいたんなら別よ。

 むしろ、それしか考えられないわね」

「ねぇウルフ。二番目に助けた女性ですけどぅ、壁際にいましたよねぇ?」

「あぁ、そうだが」

「中央の岩の爆発で壁際まで吹き飛ばされたわけじゃないと思うんですぅ。

 怪我の仕方が違うんですよぅ。あの怪我は、最初から壁際にいてぇ、予想してなかったの壁の崩壊に巻き込まれて下敷きになったように見えますねぇ」

「それはどういうことだ?」

 ウルフの疑問に、状況を理解したマリエラが答える。

「爆発に巻き込まれたんなら、他の怪我人みたいに四肢が欠損するとか、肉塊になってるでしょ?

 あの女はね、岩が爆発すると分かってて、一番遠い場所で爆発を見てたのよ。

 つまりね、ミラは、その女が仕組んだんじゃないかって言ってるの。

 そうでしょ?」

「マリエラさんの言う通りですねぇ」

「だが証拠はないぞ」

「そんなの、全員目を覚ませば好きなだけ取り調べできるでしょ。

 生き残った人たちは、みんな元気そうだし」

 マリエラの言う通り、死んでいなかった六人の肉体は傷ひとつ無く、完全に健康状態に戻っている。区画割の平面図の前でリーダーに声を掛けていた男の頬に残っていた傷跡もきれいさっぱり消えているぐらいだ。後で恨まれるかもしれない。

 一方ユリは、マリエラの説明を聞いて、別の事を考えていた。


(この(ひと)が私の胸を睨んでたのは偶然じゃなかったの?

 それって、つまり、私のイオトカ君の影響を受けて悪いことしたってこと?

 でも、この(ひと)がやろうとしてたのは皆殺しだよね?

 皆殺しにするって、普通は復讐だよね? それともお金儲け?

 復讐だったら、イオトカ君のすることと違うよね?

 復讐も悪いことだけど、イオトカ君が呼び覚ます悪意とは違うでしょ?

 この(ひと)が企んだ悪事って何?)


    *    *    *


「ハンターギルドの聞き取り調査は、何を訊かれるかと思って身構えてたんですけど、あっちのパーティーの事ばかり訊かれて拍子抜けでしたね~」


 ユリとラッシュ・フォースよる救護作業の後、駆けつけてきたハンターギルドの職員たちに捜索と怪我人の救護を引き継ぐと、そのまま街のハンターギルドに連れていかれて、隣のエリアの大事故についての聞き取り調査を受けていた。そのため、ユリの放った大魔法はとくにハンターギルドから詮索されることも無く、そのまま解放されることになった。


「いや~。私の使った魔法が有耶無耶になったようで、なによりです」

 そう、ユリは安心しきっていたのだが、リーダーはそうではなかった。

「何、能天気なこと言ってんだ。こっちのことを聞かれなかったのは優先順位の問題であって、そのうち呼び出されて問い(ただ)されるから覚悟しておけ」

「でもほら、不幸中の幸いっていうか、私たちがいたエリアにも被害が出てるから、多少は誤魔化せるんじゃないですか?」

「そうだといいがな」

「はいはい、ウルフもユリも、戯れ合いはそこまで~!」

「マリエラさん。私たち別に、戯れ合っちゃいないですよ~」

「いいからユリは静かにしてて」

「ぶぅ~」

「で、ウルフ。何か分かったの?

 あたしを担当したハンターギルドの職員は、あっちのことは何も教えてくれなかったけど、ウルフは『訊かれたことに答えて終わり』ってわけじゃなかったんでしょ?」

「俺も大したことは訊けていない。教えてもらえたのは、吹き飛んだ連中が、セーフ・ゾーンって名前の八人構成の中堅パーティで、死んだのが調査係(リサーチャー)のディックと会計係のギールだったってことくらいだ」

安全地帯(セーフ・ゾーン)とはまた、随分と皮肉な名前ですね」

「あんた、何いってんの?」


 ユリの自動翻訳では、名前は翻訳されないので、ユリがセーフ・ゾーンを「安全地帯」と直訳しても通じなかった。そもそも“safe zone”は英語にない言葉であって、『安全地帯』も日本の道路交通法用語であるから、聞いた人間に通じないのは当然だった。


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