17 初めての異世界【初心者教育3】
ユリの解説は意味不明だった。そもそも、未来の科学兵器を魔法で実現していることが異常で、科学知識のない人間にそれを解説する術など最初からなかった。「簡単な言葉で説明できなければ、理解しているとは言えない」と、ファインマン先生が言ってたって? いや、それは意味が違うから。
「難しいことはよく分からんが、おまえが使った魔法が、俺がこれまでに聞いたことも無いような、とんでもなく極めて高度な技だということだけはよーくわかった。
マリエラ、おまえ、ユリが言った六つの魔法は全部使えたと思うが、同じことができるか?」
「できないわよ! 悔しいけど。
さっきのユリの魔法の威力、しっかり見たでしょ。
私の実力を知ってて、態々訊かないでよ」
「そうは言うが、マリエラだって普通の魔術師には使えない魔法を使ってるんだ。魔法の威力と技量は違うだろ。
しかし、マリエラが認めるんなら本物だな。
そうか、これはユリが攻撃魔法を使えるかどうかの試験だったんだが、まさかの結果だったな」
「えっ? 私が魔法使えるって知ってたんじゃ……」
「魔法が使えることは最初会ったときから分かっちゃいたんだ。
魔物が出る砂漠草原を一人で手ぶらで歩いて来たんだ。だったら剣闘士か魔術師なのは明らかだ。そしてジェイクのような剣闘士でないことは見て分かる。だったら、誰がどう見たって魔術師だろ。
ただそのときは、何が出来るのかまでは分からなかった。
でもな、うちの連中には昨日おまえが部屋に戻った後で話してあるんだが、俺はおまえが昨日、子供を治療するときに、ミラが使うような治癒魔法と解毒魔法、それに防御魔法を使ったと確信している」
「私の使うものとは根本的に違いますよぅ」
ミラがそれとなく否定するが、話の本質には関係ない。
「うっ(バレてた?)」
「おまえが使った軟膏は、俺の腕の引っかき傷には何の効果もなかったからな。それに商業ギルドで、馬車で引き摺られても、怪我ひとつ汚れひとつなかったろ。それで気づくなって方が無理だ」
「あぁ~、私、魔法で治癒や回復のポーションは作れないんですよ~。
いや、作れるかもしれないんですけど、まだ試してないんです~。
治癒能力を付与したポーションや軟膏が作れてたらバレなかったのに~。
でも塗っただけとか飲んだだけで治すのって、ナノマシンとか使えば出来るかもしれないですけど、それでも血流を無視して一瞬で治るとか有り得ないから、やっぱり無理ですよね。ポーションよりは、ナノマシンを使った血仙蟲の方が、まだ実現の可能性があります。
あ、それと、服については、汚れたら困るじゃないですか。街の中なら新しいのを買えるかもしれないけど、買えなかったら下着姿で洗濯しなきゃいけないんですよ。そんなの嫌じゃないですか。それに街中の店だって、泥だらけの服じゃ、中に入れてくれないかもしれないじゃないですか。だから普段から汚れないようにしてるんです」
「いや、今のあんた見てたら、バレない方がおかしいわよ。っていうか、もうちょっと分かる言葉で話してくれない?」
話がだんだんずれてきたので、ウルフが強引に軌道修正する。
「要するに、おまえが治癒や防御の魔法を使うのは分かっていたが、攻撃魔法については、多少使えるかもしれないし、全く使えないかもしれない。使う魔法がミラと同系統なら、使えない可能性が高い」
「あら。わたくしだって攻撃魔法は使えますよぅ。
精霊たちが嫌がるのとぉ、詠唱に時間が掛かるから使わないだけですぅ」
「……ミラのように使わない可能性が高いから試験をした。
俺自身、半信半疑だったが、これほど凄まじいとは思っても見なかったな」
「騙すようなことしてごめんね。
ウルフが、どうしてもユリの腕試しをしたいって言うもんだから」
(やっちまった~~~!!
だって、この世界、魔物がうじゃうじゃいるんだよ。
ドラゴンが跨いで通るような魔法使いも普通にいると思うじゃない。
この程度の魔法、小説じゃ常識の範囲なんだし)
そう考えている時点で、非常識なユリであった。
「あの~~ぅ、他の人には内緒にしていただけると嬉しいんですが~……」
ユリは、手でゴマすりポーズをして懇願したが、ジェスチャーは自動翻訳対象外なので、ラッシュ・フォースの四人には通じず、彼らには変なポーズにしか見えなかった。余計に胡散臭いやつと思われたに違いない。
そんな怪しさ満点のユリであったが、ウルフは誠実に答えた。
「俺たちは、知人の能力を態々他人に話すことはない。だが、ここの職員に、あれのことを聞かれたら、どう隠すかが問題だな」
あれというのは、目も前に広がる大惨事の痕跡のことだった。
ユリは、なんとか誤魔化せないかと、すっとぼけたことを言う。
「え~っと、ここは、北側に魔法を打ち出せる構造になってますよね。
つまりこれって、この施設の想定内の事象ですよね?」
そんなユリの発言にリーダーが反論する。
「俺たちの中で攻撃魔法が使える……、使うのはマリエラだけだ。そしてマリエラの魔法には、これほどの破壊力はない。そこにあった岩にしたって、魔法か何かで爆破することはできるだろうが、周囲に影響を与えずに吹き飛ばすなんて、聞いたことがない。それに向こうに地平線まで続く痕跡がはっきりと残ってるんだ。後で必ず何か聞かれるぞ」
それでもユリは悪あがきする。
「そ、そんなことないですよ。あっちの砂地の跡は、天気が悪くなったらすぐ消えちゃいますよ。冒険物語なら、砂漠で毎日砂嵐とかあったりするじゃないですか。一気に街が砂に埋まっちゃうのなんて、日常茶飯事ですよ」
ユリがそう言うと、リーダーが反論する。
「そんなわけあるか!
この辺りでは砂嵐なんて起きないし、雨もほとんど降らない。降ったとしても、あんなに抉れて熱で固まってたら、魔法の痕跡は消えないぞ」
「え~っ、そんなことないですよ~」
ユリがそう言うと、北の砂漠草原の一角にいきなり「ぶぅおぉぉー」っと砂嵐が吹き荒れ、魔法で抉れた跡を砂で埋めてしまった。ただし、その一帯の砂漠草原は、元々は背の低い草で覆われていたのだが、今では草ひとつない、ただの砂漠となっていた。
「ほら、もう消えちゃいました!
いや~、自然の力って、ホント凄いんですね!」
「「「「……」」」」
そうやって、無自覚で圧倒的な力を使うユリの前で、隠蔽工作するのはもう無理なんじゃないかとラッシュ・フォースの四人が悩んでいると、隣のエリアで戦闘訓練でも始めたかのように、轟音が響きだした。
どんどんどんどん!
がんがんがんがん!
どどーん!
ががーん!
ぼぼんぼん!
「なんだ? ちょっと、普通じゃないな」
自分たちのやったことを思えば、他人のパーティーのことは言えないと思うが、異常な騒音にリーダーが疑問を呈した。
「何あれ? 本格的な戦闘訓練でもしてんの?」
「ここは技能試験場であって、戦闘訓練する場所じゃないぞ」
そのときだった。
ずががーんっ!
隣のフィールドから、区画を隔てる防護壁を突き破って吹き飛ばされてきた十メートルサイズの巨岩が、八つに砕けて瓦礫と一緒にユリたちの上に降りかかってきた。
「マリエラ! 防護障壁!」
「無理よ!」
マリエラの詠唱魔法では間に合うわけが無い。長時間の詠唱が必要なミラならなおさらだ。それでも必死で防護障壁を張ろうと早口で詠唱を始めるマリエラ。もう駄目かと思われたとき、無慈悲に降り注ぐ割れた岩と瓦礫が、空中でフッと掻き消すように消失した。
「「「「……」」」」
再び訪れた静寂。その後、岩の消えた空間を凝視していた四人の視線が一斉にユリに向けられた。
「おい! 今何をやった!?」
今日、リーダーがこのセリフを放ったのはこれで二度目だ。
「えっ!? あのっ、何って、あの岩を飛ばしたのはお隣の人たちです。
私じゃないですよ」
「飛ばしたことは聞いてない。消したことを聞いている」
「……あっ、あれっ??」
(ダルシンに習ったアイテムボックスって、使ったらまずかった?
いや、まずいだろうから収納バッグ貰ってたんだっけ?)
「あの~ですね~。
あんまり人前で使うなとは言われてたんですけど~。
少し離れたところにある物を収納する魔法がありましてですね~。
収納バッグみたいに、入れたり出したりできるんですよ~」
モジモジしながら話すユリ。小さい子供ならともかく、見た目が十七の娘がやることではない。
「収納バッグ? なんだそりゃ?」
「何よそれ」
「初めて聞いたな」
「……」
ウルフとマリエラとジェイクには通じなかった。
ミラは首を傾げて何か思い出そうとしている。
「えっ、嘘! 収納バッグも知られてなかったの!」
「知らんな」
「知らないわよ」
「聞いたことが無いな」
「……」
ミラだけは、無言で何かを考えていた。
「え~っと、収納バッグっていうのはですね~。今私が腰につけているマジックアイテムのことでして、蓋を開けると、ほらっ、中がこんな感じになってるんですよ」
ユリが収納バッグの中でも一番小さい『携帯背負子』を開いて八十リットルほどある空間を見せると、ラッシュ・フォースの四人が中を覗き込んで目を点にしている。中には、金貨とか生活道具とか飴玉とかが乱雑に入っていたのだが、その無秩序な中身に呆れていたのではないことを願いたい。
「これじゃさっきの岩は入りきらんぞ。あの岩はどこに行った!?」
「ベースの魔法が同じってだけで、岩はこっちにあります」
そういうと、ユリは自分が吹き飛ばした岩があった窪みに、飛んできた岩を落とし入れて積み上げた。ユリが吹き飛ばした岩は、若干小さくなったが、元の姿に近い形になったようだ。
ついでに言うと、一緒に収納した瓦礫は、適当に地面に散らしてある。
「これで大体元通りですね。飛んできたのは瓦礫だけってことにしておけば、全てが丸く収まります」
「そんなわけあるか!」
これを言うのも二度目だった。
「それにしても、そんな魔法があったのか。
ミラ、マリエラ、おまえたち知っていたか?」
リーダーの疑問に、さっきまで首を傾げていたミラが答える。
「そうですねぇ、昔の文献で、巨龍を魔法で収納して運んだっていう話を読んだことはありますけどぅ、実際に見たのは初めてですねぇ」
「あはははは……(じつはデザートドラゴンも入ってるんですよね~)」
「ユリ、あんたいったい、どこの大魔術師なのよ?」
「た、ただの田舎者ですよ~」
「「んなわけあるか~!」」
リーダーとマリエラの突っ込みが入ると、ジェイクが冷静に指摘した。
「ウルフ、そんなことより隣のエリアだ。見に行った方がいい」
「確かにな。何をしたらあんなことになるってんだ。
ユリのことは後回しだ。隣の様子を確認しに行くぞ!」
そういうと、全員引き連れて足早に隣のエリアに向かうのだった。




