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16 初めての異世界【初心者教育2】

 ラッシュ・フォースに連れられて行ってみると、それは街を出て三十分ほど西に歩いたところにあった、大きな建造物だった。

「ハンターギルドの技能試験場だ」

 そう、リーダーのウルフは言った。その巨大建造物の北にはユリが通ってきた広大な砂漠草原が、南にはユリの知らない森が広がり、東には今出てきた街が、そして西には小高い山がある。その山には人が植林でもしたのだろうか、砂漠草原のすぐ近くだと言うのに、そこそこ木が生え繁っている。


(技能試験場? 外側の見た目は陸上競技場、っていうかコロシアム?

 私としては、あっちの山の方が興味深いんだけど。だって不自然よね。

 まあいいや。あっちは今度行ってみよ)


 建物の中に入ると、エントランスの正面の壁に区画割の平面図が張られている。その平面図の前は、先に来ていたらしい八人のパーティーが陣取っていた。

「結構早く来たつもりだったが、俺たちは二番目か」

「先を越されたらまずかったんですか?」

「いや、俺たちが使用するエリアはギルドで予約済だから関係ない」

「こうして見ると、ここには随分といろんなエリアがあるんですね」

 壁の平面図は大きく、今のユリは視力もいいので、離れていても大体のことは分かる。各エリアの具体的なサイズは書かれていないので分からないが、大きいエリアが五か所、小さいエリアが十か所あった。まず最初にトイレの場所を確認しようとしていたのは内緒だ。この世界のトイレは、現代人のユリにとって苦痛の場所でしかなかったが、それでもいざというときに駆け込まなければならないから、調べるのは当然だった。


「終わったようだな」

 大して待たないうちに、先行グループが動き出した。

「すまん、邪魔したようだな」

 先行グループのリーダーらしきトゲトゲ頭の男が声を掛けてきた。その男の頬には、獣の爪で削られたような大きな二本の傷跡が残っていて、ユリはその傷跡を不思議そうに眺めていた。


(あの傷って(わざ)と残してるのかな?

 大体あんな傷、何にやられたか分からないんじゃ意味ないのにね。

 浮気したときに奥さんに引っかかれた傷かもしれないじゃない。

 治癒魔法で簡単に消せるのに、何で消さないんだろ?)

 ユリは、そういったことを口に出して言わないくらいの分別はあったが、チートな自分を基準に考えてはいけないということは分かっていなかった。


「なに、急いでないから別に構わん。俺たちもゆっくり見させてもらう」

「じゃぁな」

「あぁ」

 ユリにはよく分からなかったが、リーダー同士の挨拶で済んでしまったようだ。ただ、向こうの残る七人のうちのひとりの女が、ユリの胸のあたりを深刻そうな顔でじっと見つめていた。

(えっ、なんで見つめてるの? 私の胸ってそんなに悲惨なの?)


 場所を譲られて、ユリが平面図に近づいて繁々(しげしげ)と眺めていて、奇妙な点があることに気がついた。

「あれ? 救護所っていう部屋が四つもあるんですね」

「あぁ、ここは広いからな。

 何かあった時、すぐに対処できるようにしてあるんだ」

「それって、ここが危険地帯ってことですか?」

「危険地帯ってことはない。(たま)に上から岩が降ってくる程度だ」

「十分危険じゃないですか! 死人が出ますよ!」

「冗談に決まってるだろ。常識で考えろ……って、おまえには無理か」

「無理ってどういう意味ですか!」


 そんなユリの抗議を無視して、ウルフが話を続ける。

「俺たちが使うのはこのエリアだ」

 リーダーはユリの言葉をスルーして、大きいエリアのひとつを指さすと、すぐに移動を開始した。

「行くぞ。こっちだ」

「ちょっと、待ってくださいよ~。まだ話が終わってないじゃないですか」

 がやがやと騒ぎながら、リーダーに連れられていって、その一区画に入る。


「うわぁ、広いんですね~」

 そこは野球場くらいの広さがあった。中央には巨大な岩が三つ配置されていて、三方を高い防護壁で囲われているが、北側の壁は腰の高さまでしか無く、奥には砂漠草原が広がり、遠くに地平線が見えている。

「あれが降ってきた岩なんですか?」

「いや、あれは職員が設置した岩だ」

「ふ~ん」


(平面図にはここと同じ区画が五つ書かれてたけど、どんだけ広いのよ)


 ユリがそんなことを考えていたら、隣の区画から「ポンッ」とか「ドンッ」といった音が聞こえてきた。

「あっちでも試験を始めたみたいだな。こっちも始めるか」

「始めるって、リーダー、何するんです?」

「ユリの魔法の技能試験をする。

 おまえ、魔物相手の攻撃魔法はまだ使ったことがないんだろ?」

「えっ!?」


(えっ、何? 私が魔法使うってバレてる? なんでぇ~!?)


 ユリはいきなり浮足立ち、視線がふらふらして手をわきわきさせて挙動不審になるが、リーダーはそんなことを気にせずに指示を出す。

「さぁ、こっちからあの岩に向けて、おまえの渾身の攻撃魔法をぶつけてみろ」

「えっ、いやっ、あのっ」

「どうした。さっさとやれ」


(どうしよ? やった振りして出来ませんでしたって言う?

 砂漠草原じゃ防護魔法とアイテムボックスばかり使ってて攻撃魔法は石槍、焔弾、ブラスターを一回ずつしか使ってないし。

 第一、力加減が分かんないよ~)


「いやっ、でもっ、ほらっ、やったことないんで、やり方が分からないっていうか、何が起こるか分からないっていうか……」

「ほ~ぅ、何か起きそうっていうのか」

「あぇ、いや、そういうわけでは~」

「これは技能試験なんだ、何の魔法でもいいから思いっきりやれ」


(思いっきりですか~。

 魔法の威力って、昨日は大きい的が無かったから、まだ試せてないんだよね~。いや、大きい魔物(モンスター)はいたけどさ、試し打ちの的は無生物じゃないとね。

 さて、どうなんだろ?

 しょぼいかもしれないし、やってみるかな~。

 一応、手加減してやってみよ♡

 ど~なっても知~らないっ)


 ユリも本当のところ、本気の魔法か、せめてその半分ぐらいの魔法を撃ちたいと思っていた。今までは丁度いい標的がなかったのと、何かあったときに責任を取りたくなかったからやらなかっただけだ。今回は、リーダーから「やれ」と言われたので、何が起きても、その責任はすべてリーダーにある。そう考えたユリは、念のため口に出して言っておく。

「じゃあ、やりますけど、何かあったらリーダーが責任取ってくださいね」

「は? ちょっと待て、おい……」

 リーダーが何か言いかけたのを無視して、中央の岩の南側の壁ぎりぎりのところに移動すると、岩と対峙して、おもむろに右手を肩の高さに上げ、杖も持たずに掌を岩に向ける。

「あっ、危ないから私より前に出ないでくださいね」

 そう言って、四人が壁際に移動したのを確認すると、岩と四人の間に防護障壁を張る。準備OKだ。

 そして定番のセリフを言った。


「ユリ、いっきま~す!」


 みょんっ!


 気の抜けるような電磁誘導の音と同時に、ユリの手の少しばかり先から青白く輝く荷電粒子の塊が直径三メートルの超極太の光線状となって打ち出された。宇宙戦艦並みの荷電粒子砲だ。三つあった大岩がその光を浴びると、音も無く打ち砕かれて光の先にあったものすべてが閃光を放って蒸発し、そして開口部の向こう、砂漠草原の遙か彼方で大爆発するのが見えた。

「「「「なっ……」」」」

 その数秒後、足元が揺れたと思ったら……。


 どっぐぉーーーん!!


 ユリたちの(もと)へ、地響きがとどき、続いて全身に響く大音響が聞こえてきたのだった。

 試験場には、大岩の地上部分は影も形も残っておらず、抉られた地面の窪みが地平線の彼方にまで続いていた。

 高エネルギーの荷電粒子砲で撃たれたものは、その場で爆発するようなことはない。横方向に爆発する前に、前方に弾き飛ばされるからだ。そして飛ばされた先で勢いを失ったときに改めて爆発する。その結果がこれだった。


「ふぇっ!?」

「「「「…………」」」」

 己の実力を知って驚いたユリが首を(めぐ)らすと、そこには、目を見開いて固まっている四人がいた。


「「「「…………」」」」

 何の反応もない。


 待ちくたびれたユリが声を掛ける。

「あの~~」

「おい! 今何をやった!?」

「これほどとはな」

「邪悪な力は感じられませんでしたがぁ、凄まじいですねぇ」

「ちょっ、なにあれ! あんなの見たことないんだけど!?」

 ユリが求めるまでもなく、弾かれたように、リーダーとジェイクとミラとマリエラが、沈黙中に貯めこんだ思い思いの意見を吐き出した。

「えっ? え~っと、ファイアーボール? かな?」

「なんで疑問形なのよ!

 んなわけないでしょが!

 何をどうやったら、詠唱も無しであんなの出せんのよ!?」

「え~と、その~、どっちかっていうと、詠唱すると出せないっていうか、詠唱しないから出せるのかな?」

「はぁ? どういう意味よ!?

 ちゃんと分かるように説明して!」

「ええっとですね、私がやったことを具体的に説明しますとですね。

 まず土魔法で砂鉄と塩を生成して、次に水魔法で練り上げて、更に火魔法と光魔法でプラズマ化したのを、最後に雷魔法の超電磁砲(レールガン)で打ち出したんです。普通の魔物(モンスター)相手なら直径三ミリでも十分なんですけど、今回は急所が分からない巨大ゴーレムを想定して、直径三メートルにしてみました。このとき風魔法を一緒に使うのが秘訣でして、それで爆発の破片がこっちに飛んでこないようにするんですよ♪

 全部平行して同時にやらないといけないんで、無詠唱が必須なんです♡」

「……あんたねぇ、無詠唱もそうだけど、六種類の魔法を一度に使うなんて聞いたことないわよ!」

「えっ、でもっ、一度に使った方が、一回の試験で済むからいいかなって」

「……」


(あっ、マリエラさんが頭抱えてる……。

 銅とマンガンとコバルトも生成したんだけど黙ってよっ。

 マンガンとかコバルトって、この世界の人には説明が難しいもんね。

 闇魔法を混ぜるのを忘れてたのは、使ってないから言わなくてもいっか)


 そもそも、今のユリの説明には、かなりの嘘が混ざっている。ユリには属性魔法という概念が無いので、土魔法だの水魔法だのという区別がない。やりたいことを実現するのに必要なことを、全て頭の中で平行して考えている。ただ、ユリが知っている和製異世界ファンタジーでは、属性魔法が普通だったので、そう言った方が通じるだろうと思って、それに合わせた説明をしただけだった。


「あっ、ほらっ、使う魔法をひとつだけにすると、例えば光魔法のレーザー光線だと岩を砕いたりできないし、ここで破裂したりして危ないから……」


 純粋な光だけのレーザー光線は、質量をもたないので、対象の表面にエネルギーを照射することしかできない。内部には熱伝導などの物理的要因でエネルギーが伝わるだけなので、岩だと表面しか焼くことが出来ない。攻撃対象に金属光沢があったりするとレーザー光線が反射されてしまうし、SF映画に登場するようなレーザーガンは、実は武器としてほとんど役に立たないのだ。大口径で高出力のレーザー砲であれば、遠距離にある物体を丸焼きにするような使い方はできるが、武器としては心細い。ユリならそういう魔法も使えたが、目の前の岩に対して使うものではないので、使わなかっただけだ。


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