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6 禁句

 そのビルを見上げると、リリスは感嘆の息を吐いた。


「ずいぶんと、立派なビルね……。どのフロア?」


 傍で満足そうに鼻歌を歌っているフェリアシルに声をかける。


「どの、って、このビル全部だけど?」


 あっさりと答えると、フェリアシルはゆっくりビルに入っていく。


「さすが、ミョウジン財団の一人ですねぇ……」

「……ミョウジン財団? あの、太陽系随一の?」


 感心するように呟くキリコに、リリスは疑問を投げかける。


「あれ? 知らなかったんですか? フェリアシルの母方のお爺さまはミョウジン財団の前総帥で、一番上の伯父さまが、今は後を継いでいます。フェリアシルは、先日お母さまから持ち株と財産の全権委任をされたそうで、その一つとして、このビルが入っているそうですよ?」

「全然知らなかった……。フィンクス家の跡継ぎだと言う事以外」


 キリコにそう答えると、もう一度ビルを見上げる。


「七十五階建て、敷地面積もバカみたいに広い」

「一瞬で、そこまで数えられるのはさすがですね。地下も二十二層です。地下階層の上半分がリリスの持ち場だそうですけど?」


 資料を読みながら、キリコは楽しそうに頷く。


「十一フロアが私? 戦闘用の訓練施設がそれだけあるの?」

「はい。シミュレーター訓練施設から射撃トレーニング施設、格闘戦用の道場、基礎体力用のトレーニングルームもあります。一応、名目上は社員の運動不足解消用、と書いてありますけど、実際に利用する人がどのくらいいるのか、私には想像できませんね」

「キリコの担当は?」


 リリスの声にキリコは笑みを浮かべる。


「全フロアのセキュリティパスを貰っています」

「え?」

「この敷地内で私が入れない場所はありません。同様のパスは社長のフェリアシルと、副社長のラッセン。それから、一応はリリスや他の幹部にも渡されるはずですが……」


 そこまで言うと、キリコはリリスの服の袖を引っ張る。


「私、楽しみなんですよ、この会社。だって、自分たちで創って、自分たちの夢の為に働くんです! リリスはそれが楽しそうだと思いませんか?」

「で、何でキリコが全フロアのセキュリティパスを貰うの?」


 袖を引っ張られながら、リリスは体勢を崩す事無く歩き始める。


「え? いやぁ、思いっきり、フェリアシルに『どう考えても無駄だと思ったから、先に渡しておく。ついでに不公平が出ない様に、幹部全員を同じ扱いにする』なんて言われちゃいました」


 照れ笑いをあげながらキリコが答えた瞬間、リリスは呆れた表情をする。


「……タイ焼き」


 空気が震えるかどうかさえ怪しい呟きに、キリコの足がピタリと止まった。


「何か言いました?」

「タイ焼き、って言ったわよ?」


 リリスが今度はハッキリと口にする。


「……暴露話がいいですか? それとも、猫耳姿のリリスの生写真、社員全員に配った方がいいですか?」

「猫耳姿は、多分、ミツルかイワン辺りが見せて回っているから、効果ないわよ? 暴露話にしたって、今の私に暴露話は切り札になりえない。今は少しだけキリコより立場が上なのよねぇ」


 一瞬だけ怯んだかのように身を引くと、キリコは新しい悪戯を考えついた子供の様な笑みを浮かべ、リリスに向かって口を開いた。


「わかりました。では『コレ』を等身大にまで引き延ばして、全身プリントで抱き枕を大量生産させていただきます。リリスは人気者ですから、シャレ抜きで飛ぶように売れると思いますよ。そうですねぇ……。せっかく広報も担当している事ですし、社外にもグッズとして販売促進を働き掛けてもいいんですよね?」


 そう言いながら、キリコは懐からあられもない姿で無防備に眠っているリリスの写真を取り出す。


「キリコ! あんた、いつの間にそんな写真を!?」


 素早く写真を奪い取るリリスに、キリコは勝ち誇った笑みを浮かべる。


「普段は隙らしい隙が全く無いくせに、気を許した相手のそばでは、すぐに『コレ』ですから。で、どうします?」


 キリコがどこから見ても優しく感じさせる笑みを浮かべながら、全く違う口調でリリスに質問を投げつける。


「……ポラロイドオンリーの訳、無いわよね。あんたの場合……」


 恨めしそうに声を絞り出すリリスに、キリコは会心の表情を浮かべる。


「今、リリスが持っているのはポラロイドですよ? こういう駆け引きの場に、相手が諦めたり、開き直れる物を持ちだす程、私は甘くないです」

「……メン」


 悔しそうに写真を握りつぶすと、震えながら声を出す。


「はっきり言って下さい」

「ゴメン、と言ったの!」


 リリスは大声で叫ぶと、大きな歩幅でビルの中に入って行った。


「……あなたたち、何、遊んでいるんだか」


 恐らくインフォメーションコーナーになるであろう一角で、リリスを出迎えたフェリアシルたちが呆れた声を出す。


「ん? まぁ、またキリコに弱みを握られたってところ」


 半分諦めた口調にフェリアシル達は声をあげて笑いだす。


「フェルたちも気を付けた方がいいわよ……。あの子、人の弱みを握るのが、物凄く上手いから」


 そこまで言うと、後ろから追いついてきたキリコに一瞬だけ視線を移す。


「で、こんなところで、何してんのよ、あんたたちは?」


 リリスは目の前にいる五人に向かって声をかける。


「え、と。元地球連邦軍、最強のトップエースを出迎えてるんだけど……」

「あ……」


 フェリアシルの言葉にリリスの表情が凍り、キリコが僅かに声をあげる。


「フェル……。今、なんて言った……?」


 震えた、静かな声にフェリアシルは僅かに表情を崩す。


「元地球連邦軍、最強のトップエースを出迎えている、だけど?」


 疑問形になりながらも再び口にされた言葉に、リリスはキリコの方を振り向く。


「キリコ……」

「……ハイ」


 リリスの表情に、キリコは覚悟を決めた様に目を瞑る。


「フェルたちに、私の『禁句』を教えなかったの?」

「……すみません。失念していました」


 答えが返ってきた瞬間、右の平手がキリコの左頬を捉えていた。


「ちょ……! リリス、あなた何やってるのよ!?」

「いいんです、フェリアシル!」


 唇から血を流しながらも、キリコが声をあげる。


「いい訳無いでしょう! 何の理由も無く、いきなり平手なんて、おかし過ぎる!」

「理由が、あります」


 フェリアシルの叫びに、キリコは静かに答える。


「私のオペレーターなら、私のテンションが下がる様な事は言うな! 私が嫌う言葉を言うな! 言わせるな! それが出来ないなら、私のオペレーターを辞めろ!」

「……申し訳ありません」


 捲くし立てるリリスの声に、キリコは静かに謝る。


「リリス……」


 今まで見た事の無いような激怒の仕方に、フェリアシルが息を呑む。


「それとも何!? あんたはHATのオペレーターとして、パイロットのテンションを下げてから、戦場に送り込む事が仕事だとでも言うの!? それだったら機械の方が数億倍はマシよ! 自分の仕事が、ただ単純に情報処理だけだと言うなら、私のオペレーターだけはするな! あんたの仕事は、私を気分良く戦場に送り込ませる事でしょう! それがあんたの一番重要なオペレーター技術だって、私は何度も言ったわよね!? それが出来ないなんて言わせない! それを何度言わせるつもりよ!」

「リリス!」


 さすがに見ていられなくなったフェリアシルが、リリスを背中から羽交い絞めにする。


「おかしいわよ! どうしたのよ!? 私が悪い事を言ったのなら、私に言ってよ! キリコは今のやり取りに全く関係ないじゃないの!」

「いいんです、フェリアシル……。私がいけないんです。目の前の、新しい仕事の事で頭がいっぱいで、一番肝心な事を、皆さんに言い忘れていたんです」


 キリコは頬を抑えながら、笑みさえ浮かべてフェリアシルに声をかける。


「拳で殴られなかっただけでも、運がいいんです」

「拳って、そんな事をしたら、あなた、その顔が崩れるじゃないの!」

「それでもいいんです! 私に非があります! その事を伝えていなかった、私に非があるんです! 私がリリスの心を傷つけたんです!」


 声を張り上げるキリコからフェリアシルが視線を移すと、瞳に涙を溜めているリリスの顔がそこにあった。


「リリス……?」

「……キリコ、ゴメン。頭に血が上り過ぎた。顔、大丈夫……?」


 静かに吐き出される声にキリコは微笑みながら頷く。


「フェルもゴメン。みっともないところを見せた。でも、私をこの会社に繋ぎ止めておきたいのなら、これから言う事だけは守って欲しい」


 体から力を抜き、フェリアシルが自分の身体を離すのを確認すると、リリスはフェリアシルたちの方に振り向く。


「……人には、誰だって言われたくない言葉があると思うけど……」

「リリス、私が言いましょうか? 辛いのでしょう?」


 後ろからかかるキリコの声に、必要無い、と答えると、リリスは静かに目を閉じる。


「私には、他の人よりも多く『禁句』という物がある」


 リリスはそう言うと、ゆっくりと目を開く。そこには恐ろしいまでに研ぎ澄まされ、射抜くように鋭い光を放つ瞳があった。


「私の前で『努力』をけなす言葉は言うな。それから、私の前で『命』と『心』を汚すような言葉も吐くな」


 美しいが冷たく響く声にフェリアシルは一歩下がる


「後、私の前で『父さんの悪口』を言うな」


 更に背筋が凍りつくような声に、フェリアシルたち全員が息を呑む。


「そして、私の前で『最強』という言葉を使うな」


 そこで初めてフェリアシルはリリスの怒りの理由に気付いた。


「……最後に、私に向かって『トップエース』という言葉を吐くな。もし、それで『私』を誉めていると思っていても、そこに悪意が無くとも『私』には『それ』が『お前が一番の人殺しだ』という言葉にしか聞こえない」


 リリスが最後の言葉を吐くと、キリコが優しく包み込むように背中から手を廻す。


「すみません。私はあなたを傷つけてしまった。本当にすみません。自分から『禁句』を言うのは、本当に辛いでしょう?」


 キリコの声にリリスは首を横に振る。


「もし、あんたたちに『禁句』があるのなら、先に教えて欲しい。私だって、気付かずに使ってしまうかもしれない。だから、先に知っておきたい」

「……リリス……私の配慮が足りなかった。ゴメン……」


 フェリアシルは頭を下げると、そう言葉を吐いた。


「特に『最強のトップエース』だけは使わないで欲しい。誰にもなれないし、誰が名乗っても、私が叩きつぶす」

「理由、いいかな?」


 フェリアシルの声にリリスは静かに頷く。


「……じゃぁ、仮に私が『最強』だとする」


 呟きにも似た、しかし全員の耳に入るような響きに全員が息を呑む。


「ここにいる全員に私は気を許している。だから、例えばフェル……」

「なに?」


 不意に声を掛けられ、それまで頭を下げたままだったフェリアシルが顔をあげる。


「もし、私が気を許した相手、つまり『フェル』が『私』を『油断した瞬間に殺した』場合、あんたは『最強』という存在になるの?」

「え……?」

「……なれませんね」


 フェリアシルの代わりにラッセンが声を出す。


「もし、なったとしても他の誰かが『そのフェル』を『殺した』瞬間、その誰かに『最強』という言葉が引き継がれてしまう。リリスさん、そう言う事でいいですか?」

「少しだけ違う。引き継がれるのではなく、その言葉だけは絶対に存在してはいけないものなの。その言葉を手にしたいのなら、全宇宙を死滅させる必要がある。いえ、例えそれが出来たとしても『時間』というモノの前では無力なの。永遠なんて言葉は感覚的にしか存在しない。全ての存在がそこに『生まれた』瞬間から『終わり』を内包している」


 そこまで言うと、リリスはようやく儚い笑みを浮かべる。


「何気なく使ってしまうかもしれない。だから、先に言って欲しい。この言葉を言われたら自分は絶対に怒る、という『禁句』を。アルバートはどう?」

「特にありません」


 アルバートはそう答えると、自分の横にいるミツルに視線を送る。


「自分、ですか? そうですね……。敢えて言うのであれば『マニア』ですか。言われると、怒りはしませんが、仕事に身が入らなくなります。長い時では数週間単位で」


 そこまで言うと、イワンの方を見る。


「知っている方もいますが、私は『マッド』です。自分の作る機体はそちらの方向性が強いので、勘違いされますが、私はあくまで『最高』の機体を作る事を目指しています」

「……私はフェルが全く非の無い部分で悪く言われれば怒ります。もちろん、非があれば怒りません」


 ラッセンの言葉にフェリアシルは視線を宙に泳がせた後、リリスの方を見る。


「私もラッセンと同じかな? 後、私のバックでもあるフィンクス家やミョウジン財団に媚を売って、私自身の資質を見ない発言にも怒るわ」

「わかったわ。気を付ける。キリコはどうする? 私はあんたの『禁句』を知っているけど、自分で言う?」


 リリスは自分の背中に抱きついたままのキリコに声をかける。


「……私は『腹黒』です」

「はぁ?」


 リリスを除いた全員がそろって声をあげる。


「私はよく茶化して『タイ焼き』という言葉を使う事が多いけど、直に『禁句』の方を言ったら、冗談じゃ無く社会的に死ねるだけの情報を暴露されるわよ」

「……本当に?」


 フェリアシルの言葉にキリコは困ったような表情をし、リリスは軽く天井を見上げる。


「私が知っている限りだと、キリコにその言葉を吐いた人間は二人。一人はイクスプローダーでHATのチーフオペレーターだった女。確か、直後にシリウス連合軍将校とのスキャンダルをスクープされて、軍から追い出されたわね」

「あの事件、キリコさんが絡んでいたんですか!?」


 アルバートが驚いたように声をあげ、リリスはそれを肯定するかのように頷く。


「もう一人は誰です?」


 ラッセンの言葉にキリコは僅かに逡巡し、舌を出す。


「シード・アルフェニー中佐です」

「それって、イクスプローダーの元副長ですか!?」


 ラッセンの声に再びリリスが頷く。


「あれはハッキリ言って、シード中佐の逆恨みが原因だったけど」

「え?」


 キリコとリリス以外の全員から驚きの声が上がる。


「振られた直後だったっけ?」

「そうですね。権力にモノを言わせて『俺と付き合え。付き合えば将来の軍総帥夫人にしてやる』とか言うものですから、思いっきり『権力で女性を釣る前に自分を磨いて出直して来い』的な事を叩きつけた後です」

「うわぁ……」


 感心したようにフェリアシルが声を漏らす。


「その後、どうなったんですか?」


 ミツルの声にキリコは少しだけ困った顔をし、意を決したように口を開く。


「……シード中佐は『お前みたいな顔と声しか取りえの無い、腹黒女を嫁にしてやると言ったんだ! それに感謝出来ねぇ様じゃぁ、お前、先は暗いぜ』と言われたので、怒りましたね」

「……最低。下衆ね、シード中佐」


 フェリアシルの言葉に、全員が示し合わせたかのように頷く。


「で、その後は軍の情報センターにシード中佐の問題行動をアナログオリジナルデータ付きで漏洩。シード中佐は身の置く場所が無くなって、軍を退役」


 リリスが止めをさす様に付け加える。


「決めた。キリコだけは敵に回さない。リリスを敵にする方がまだマシ」

「同感です」


 残った男性陣からも異口同音に声が重なる。


「……今、社則を作っている最中だけど、それらの言葉、明記しておく?」


 フェリアシルの声にリリスは首を横に振る。


「個人的な『禁句』まで社則に載せていたら、半端じゃない量になるわよ。それに社則に明記したら、それを『禁句』としている意味がなくなるじゃない。それらの言葉は、その個人が気付かないうちに、周りの人間が根回しする事。多分、それが一番正解に近い」


 リリスの発言に全員が頷く。


「わかったわ。じゃぁ、自分の部下たちの『禁句』も上司の管轄でいいわね?」

「フェル……。わかっていると思うけど、その上司の一番上、あんたよ?」

「う……。そうだった……」


 たじろぐフェリアシルに他のメンバー全員が声をあげて笑いだした。



 F&Lコーポレーションという名称が付けられた会社が設立したのは、その一ヶ月後のある晴れた日の事だった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

彷徨いポエットの感覚としては

1部→リリスにとってのバッドエンド

幕間1→イレギュラーという言葉の意味

2部→リリスにとってのノーマルエンド

・・・・という感じで作っています。

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