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4 イレギュラーの意味

 壁に寄りかかりながら宙を見上げて呆けるフェリアシルに、リリスはスポーツドリンクを持って近づいて行った。


「わかった? 私の言っているイレギュラーという言葉」

「……おかげ様で」


 ドリンクを受け取りながら、フェリアシルはそう絞り出すのが精一杯だった。


「私さぁ……」


 フェリアシルに並ぶように壁に背を預けると、やはり同じように宙を見上げる。


「自分の最大射程がどの程度か、知らないのよ」

「え……?」


 その言葉にフェリアシルは驚いた様にリリスに視線を移す。


「さっきのは両方ともが動いているという条件での射程距離。あんたがどう動いても、私の方はそれに合わせて距離を開くだけの話。短距離ワープの可能性も考えたけど、それをされても、一気に後方加速して、ミドルレンジまで開くつもりだった。もしも相手が動かない、こっちも動く必要が無い、そう言う条件だと、私、スーパーロングバレルの最大射程でも当てられるのよね」


 だから自分の最大射程がわからない、そう小さく続ける。


「スーパーロングバレルの最大射程ってどのくらい?」

「馬鹿げているわよ? 宇宙空間での最大射程は約五十五万キロ。二光秒先まで届く実弾兵器。冗談抜きで、戦艦の主砲ですら全く届かない位置から狙撃できる。誰がどこを間違えて考えたのかは知らないけど、あれを通常兵装にしているバカは私くらい」


 そこまで言うと、視線を床の方に落とす。


「だから、私の乗る機体に射撃システムは積まれない。機械よりも正確に目標を撃ち抜けるから。それでも、昔はこれほど異常な射撃能力を持っていた訳じゃない」

「……どういう事?」


 小さく尋ねる声にリリスはフェリアシルの方に顔を動かす。


「第一遊撃艦隊で、私の前衛が都合三人替わったのは知っているわね?」

「ええ、もちろん。この間、フォボスで話していた事でしょう?」


 フェリアシルの言葉にリリスは頷く。


「一人はリョウ。最後の前衛ね。その前の前衛はナッシュ・ローゼン。シリウスとの戦闘で失った。そして第一遊撃艦隊で初めての前衛はレイ・マクトリウス。レイは哨戒任務中だった時にプロキオンのある部隊とぶつかったの」

「ある部隊?」


 フェリアシルの声にリリスは小さく息を吐く。


「私が初めてイレギュラーという言葉にぶつかった、その相手」

「奉龍教団にリリスが躓く程の相手がいたの?」


 信じられない、という感情がその声に含まれる。


「指揮官の名前はブラウゼン・ハワード。このご時世に傭兵なんかをやっている、珍しい奴よ。二つ名は『プロキオンのハイエナ』だったかな。金さえ払えばどのような仕事も完璧にこなす、思想も主義も持たない男。けど、金だけは自分を裏切らないと言う信念の持ち主でもあった。当然そういう信念があるから、凄腕のパイロット。そして、私がロックオンシステムを使わなくなった、根本的な理由を作った男」

「どういう事よ?」


 フェリアシルの質問にリリスは再び宙を見上げる。


「避けるのよ、全部」

「はぁ?」


 リリスの言葉の意味がわからず、フェリアシルは間抜けた声をあげる。


「ロックオンシステムの原理って知っているでしょう?」

「こちらから指向波を発信して、相手に反射して返ってきた瞬間、ロックオンの完了」


 フェリアシルの答えにリリスは小さく頷く。


「じゃぁ、ロックオン・サーチャーの原理は?」

「相手からのロックオン指向波を受けた瞬間に反応」


 フェリアシルは当然、といわんばかりに声を出す。


「それってどういう事だかわかる?」


 自嘲気味に笑みを浮かべ、フェリアシルの反応を待つ。しかし、答えが返って来ないのを見ると、もう一度視線を床に落とした。


「向こうは、こっちよりも早く『ロックオンされた事』がわかるのよ。ほんの一瞬だけどね。そして、あの男は『それ』を本能的に感じて、サーチャーが鳴った瞬間には急速機動をして、こっちのロックオンを外してくれたわ」

「……随分と無理やりな話ね」


 フェリアシルの感想にリリスは静かに頷く。


「私は、そのせいでレイを殺された。ロックオンシステムを使っているうちは勝てない相手だった。私はあいつの部下を全部撃墜したけど、あいつだけは墜とせなかった。あいつだけが、私のスナッピングを全弾回避して逃げ切った。私が敵として出会った、本当の意味で最初のイレギュラー」


 そこまで言うと、視線を前に向ける。


「だから、私もイレギュラーになるしかなかった。もし、ブラウゼン・ハワードともう一度対峙しても、スナッピングを避けられない様にする為に、ロックオンシステムを使わないようにするしかなかった。そして、気付いた時、私はバカみたいな射程距離と、機械を上回る程に精密な射撃を出来るようになっていた」

「……思い出した。ラッセンの言葉」


 不意にかけられた言葉にリリスは視線をフェリアシルに向ける。


「あなたの射撃能力は異常なまでに高すぎる。そしてその能力を持ってすれば、近付く事さえ困難だと」

「そうね。オールレンジで勝負した場合、私に近付ける奴は殆どいないわ。そう言う意味では、ハーデスは私にとって『天敵』そのものだった」


 リリスの言葉にフェリアシルは驚きの顔をする。


「ヘルメスでも勝てたかもしれない、そう言ったのに、その相手を『天敵』というのはおかしいと思っているでしょう?」


 フェリアシルが頷くのを見てリリスは笑みを浮かべる。


「ラッセンの言う通り、私に『近付く』のは困難。でも、ハーデスの場合、本人が『危ない』と思った瞬間、歪曲空間を展開できるから、私に『近付く』事が出来る。その先はわからないけどね。あれだけ大きな機体に私が的を外す事も無いし、向こうの攻撃も基本的には大振りになってしまう」


 そこまで言うと、表情が暗くなる。


「リョウの射撃能力は気にする程のものではない。私に比べたら、という話だけど。だから、私はリョウの射撃をかいくぐって、一気に接敵。大振りの一撃を避けて、胸元にアーム・レールキャノンの零点射撃を連発すれば、それで終わりだったと思う」

「でも、あの歪曲空間があるから……」


 フェリアシルの言葉にリリスは弱々しく首を横に振る。


「だから、どれだけ無茶な防御障壁も、装甲と射撃される銃口に空間が存在するから成立するの。零点射撃に関しては、武器の破壊力と装甲の厚さだけの純粋な勝負になるの」

「はぁ……」


 疲れた様に息を吐くフェリアシルにリリスは不思議そうな顔をする。


「どうしたの?」

「……本当にイレギュラーなのね、あなた。スナッピングマイスターのあだ名がよくわかった」

「スナッピングマイスター?」


 今度はリリスが首を傾げる。


「士官学校時代に、私たちの軍艦指揮教習課程で担当教官がリリスに対してそう言っていたの。リリス・ヒューマンという『スナッピングマイスター』等をうまく使ってこそ、真の指揮官になれる、とか言っていたわ」

「……気付かないところで、そんなあだ名が出来ていたんだ」


 苦笑すると、リリスはゆっくりと腰を下ろした。それにならう様にフェリアシルも腰を下ろす。


「ねぇ、リリス……」

「何?」

「リリスはこうも言っていたわよね? 他の星系国家に行ったら、数人は居るって」


 その質問にリリスは小さく息を吐く。


「プロキオンではさっきも言った『プロキオンのハイエナ』ブラウゼン・ハワード。直接対した相手としては『教団の一番槍』の異名を持つシ・チャウシェンというパイロットがいるわね。あいつは何とか退けたけど、後一歩のところでシリウス連合の横槍が入ったせいで止めを刺せなかった。あの後、どうなったかは知らないけど、あいつが生きているなら、私にとって脅威である事は確かね」

「シリウスでは?」


 フェリアシルの声にリリスは少しだけ宙を見上げる。


「……まず筆頭としてあげられるのが『シリウスの双頭竜』ロン姉妹。二人を別々に相手にしていいのだったら、パイロットの技量としては私の足元にも及ばない」

「引っかかる言い方ね、それ」


 フェリアシルの声にリリスは静かに息を吐く。


「彼女たちの役割は主にこっちの部隊の足止めか、あるいは補給線の寸断だからね。何回補給線を切られて、作戦失敗になったかわからないわ。そして何より厄介なのが、二人のコンビネーション。前衛の妹、メイ・ロンは典型的な前衛タイプ。でも隙が多いという弱点があるわ。で、その隙を埋めるのが後衛の姉、シェイ・ロン。隙を突こうとすると、シェイからの射撃が入って潜り込めない。かといってシェイの方に気をやると……」

「メイの方からの攻撃が入る、という訳ね?」


 途切れた言葉をフェリアシルが補足する。


「姉妹だから、息もバッチリ。冗談抜きで『阿吽の呼吸』という物を見せてくれたわ。他にも何人かいるけど、多分、フェルに言ってもわからない」

「……どういう事?」


 フェリアシルの鋭い視線にリリスは目を閉じて顔を上に向ける。


「地球連邦軍くらいよ、自分の軍隊のトップクラスのエースをプロパガンダに使うのは」

「え……?」

「逆に聞くけど、フェルは、今言った人間の名前を知ってた?」


 静かに目を開けると、リリスは真剣な眼差しでフェリアシルを見る。


「……そう言えば、聞いた事の無い人間ばかりね。私の知ってるエースと言えば、プロキオンでは『プロキオンの烈火』クラン・モーゼス」

「私が墜とした」


 フェリアシルの言葉に、リリスはあっさりと声を出す。


「シリウスなら『白銀の番犬』レアン・レグルス」

「……そいつも、私が墜としているわよ」

「じゃぁ『黒狼』ライル・ラル」

「撃墜自体はリョウがしたわね、そいつ」


 リリスの言葉に、フェリアシルは目を丸くする。


「どういう事?」


「エースの名前を知られると言う事は、同時にエースの命を危険に晒す事になる。普通の星系国家ではエースが墜ちれば、自軍の士気も墜ちる。逆を言えば、相手のエースを墜とせば、自軍の士気が上がる。でも地球連邦軍は人員が豊富な分だけ、それに拘らない」


 リリスはそう言うと、フェリアシルに微笑む。


「地球連邦軍の考え方では、エースパイロットは石ころの様に多くいる。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、そう言う考えでしかないの」

「私は、そう考えた事は無いわよ?」


 フェリアシルはそう反論する。


「フェルがそうでも、他がそうとは言えないわよ。でも、上の連中は本当の意味でのエースを知らなさ過ぎる」

「え……?」

「私の言っているエースとは、イコール、イレギュラーという事」


 リリスの言葉にフェリアシルは不思議そうに首を傾げる。


「たった一人のスペシャルやアブノーマルが出来る事なんて小さな事。でも、イレギュラーは文字通り、イレギュラー」

「何が言いたいの?」


 苛立ちさえ感じるフェリアシルの声にリリスは小さく首を振る。


「フェルは、私が出した条件を見て、どう思った? 正直に答えて」

「……ふざけるな。バカにするな。いくらなんでも、あの条件で、この私が負けるわけがない。その自惚れた考えを叩き直してやる」


 顔を伏せながら返ってきた答えに、リリスは頷く。


「それが普通の反応。普通の考え。で、結果は?」

「……あそこまで徹底的に負けるとは思わなかった」


 伏せたままの声に、リリスは再び頷く。


「それがイレギュラーなの。装備さえ整っていれば、私一人で三個艦隊を戦闘不能にする事さえ出来る。そんな人間を他のどういう括りで縛ればいいのか、私にもわからない」


 リリスはそこまで言うと立ち上がる。


「フェル……あんたは『私』というイレギュラーを手に入れた。文字通り、身も心も。だからこそ、あんたは『私』という存在と、その意味を知らなくてはいけないの。そして宇宙には、そう言うイレギュラーがいると言う事実を受け止めなくてはいけない。イレギュラーはその存在一つで、戦略や戦術を机ごとひっくり返す事が出来る」

「……私に、出来るかな……」


 自信の無さそうに呟くフェリアシルに、リリスは笑みを浮かべ、手を差し伸べる。


「大丈夫よ。言ったでしょう? あんたは『私』を手に入れたのだと。それも立派なイレギュラーの一つよ」

「え……?」


 ゆっくりと顔を上げ、リリスと視線を合わせようとするフェリアシルに、リリスはしっかりと視線を合わせる。


「他の誰もが欲しがるものを、その手に入れたのよ、あんたは。誰もが、欲しいと望んでも殆ど手に入らない、その存在を手に入れたのよ」


 視線を外す事も、差し伸べた手を引く事も無く、リリスはフェリアシルに声をかける。


「だから、自信を持ちなさい。私はあんたを守る。いいえ、少しだけ違うわね。私があんたたちを守る。これから、会社を立ち上げる上でこれ以上に頼もしい事、他にある?」

「無い、わね……」


 差し出されたままの手を握り返し、立ち上がると、フェリアシルはようやく笑みを浮かべた。


「じゃぁ、その期待を裏切りたく無いから、私はまず、あなたに地球で暮らす家をプレゼントする」

「……どういう事?」


 逆に小さく首を傾げるリリスに、フェリアシルは僅かに悪戯をする子供のような表情を浮かべる。


「フィンクス家の跡取りが、友情の証に、親友に家を一軒あげる、そう言っているのよ」


 区切りながら言うフェリアシルの言葉に、リリスは一瞬言葉を詰まらせた。


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