3 リリスというパイロット
「本気ですか!?」
話を持ちかけられた瞬間、ラッセン・クロッサスは大きな声をあげた。
「本気も何も、向こうがそう言ってきたから、しょうがないじゃない」
フェリアシルも溜息を吐く。
「無謀もいいところですよ……」
「ラッセンもそう思うでしょ? でも、リリスは『これから』必要だからって言っていたのよ」
コンピューターにデータを入力しながら、フェリアシルは声を返す。
「どういう編成にしているんですか?」
ラッセンの言葉にフェリアシルはモニターを指差す。
「標準の三個艦隊。一応、各艦隊の旗艦は第一遊撃艦隊旗艦、イクスプローダーと同じものを使っている。艦隊総指揮旗艦は第三艦隊の旗艦にしておいた」
「なるほど……」
フェリアシルの言葉に頷くと、差し出された一枚の紙を手に取る。
「これは?」
「リリスのアルテミスに積み込まれている兵装データ。ここまでわかっていて、私が負ける訳無いじゃないの……」
そのデータを見ながら、ラッセンは小さく溜息を吐く。
「私が言っている無謀とは、あなたの方ですよ、フェル」
「え?」
呆れかえった声に、フェリアシルが間抜けた声をあげる。
「まず言える事は、このままでは確実に負けます。こっち側が」
きっぱりと言われたセリフにフェリアシルは息を呑む。
「フェルはリリス・ヒューマンというエースパイロットの実力を過小評価しすぎです」
「どういう意味よ?」
抗議の声をあげるフェリアシルに、ラッセンは紙を返す。
「データを読み返してください。特にリリスさんのアルテミスの方」
「え、と……。スーパーロングバレル二丁。メガブースターキャノン二門。ブースターキャノン一門。ロングライフル二丁。ミドルレンジマテリアルライフル一丁。レールガン二丁。後は近接戦闘用に、申し訳程度でヒートダガーが数本とヒートソードが二本。どう見ても長距離砲戦仕様。どこかおかしいところがある?」
不思議そうに読み上げる声にラッセンは少しだけ頭を押さえる。
「……フェルの思う様に指揮をしてください。私が言えるのはそれだけです。そして、確実に負けます。そのデータの意味を理解していないのであれば」
「どういう意味よ、それ?」
不機嫌そうにしながらも手は休めずに声を出す。
「言ってもわかりません。勝つ見込みとしては、こっちのHATが近接戦闘に入る事ですけど、まぁ、無理ですね」
「なに? ラッセンはもしかして、リリスの言っていたイレギュラーという言葉の意味を知っているの?」
手を止めて顔をあげるフェリアシルに、ラッセンは小さく頷く。
「知っています。ですが、それを話しても信じません。百聞は一見に如かず、という言葉を実感して下さい。私はフェルが助けを求めるまで指示を出さない方向でいます」
「……ヤケに引っ掛かる言葉ね、それ」
フェリアシルはそう言うと再びデータ入力を開始する。
「HATの射撃システムは……これでいいし、白兵戦用プログラムもこれでよし……」
『フェル、準備できた?』
「もうちょっと」
不意に反対側のシミュレーターから掛けられた音声通信にそれだけ答えると、再びデータの入力を開始する。
「……よし。準備は完了よ。いいわ。始めましょう、リリス」
『わかった。いい? 完膚なきまでに『躍らせてあげる』から、覚悟しなさい』
強調された言葉にフェリアシルは一瞬だけ息を呑みながらも、シミュレーターのスイッチを入れる。
「その言葉、当分言えない様にしてあげる!」
フェリアシルはそこまで言うと、通信回線を切る。
「全艦艇HAT部隊展開。スーパーロングレンジだからって……」
言葉途中でシミュレーターのランプが一つ赤く光る。
「え……?」
「第一艦隊のHAT十二番機が発艦と同時に撃墜されました」
事務的に言うラッセンにフェリアシルはレーダーモニターを見る。
「ちょっと待った! 何で、いきなり……」
その言葉も終わらないうちに、新たなランプが点灯する。
「今度は第一艦隊HAT十八番機ですね」
「レーダーに反応ないわよ!」
大声をあげるフェリアシルに、ラッセンは頷く。
「射線方向からの逆算……」
それもみなまで言うより早く。
「今度は駆逐艦の動力炉ですね。第一艦隊の駆逐艦一隻、戦闘不能です」
「レーダーに反応ないのに、何で当てられるのよ!」
叫ぶと同時に、四個目のランプが点灯する。
「第一艦隊の巡洋空母、撃沈です」
淡々とラッセンが戦況を報告する。
「射線からの逆算は!?」
「無理ですね。向こうはどうやら移動しながらの狙撃の様です」
その言葉にフェリアシルは息を呑む。
「全艦艇、散開……」
更にランプが一つ点灯する。
「……第一艦隊の旗艦、撃沈です」
「ラッセン! どういう事よ!? とにかく……」
フェリアシルが半分混乱をしながら叫び始めた瞬間、追い打ちの様にランプが一気に点灯し始める。
「な、な、な……」
「右翼はほぼ全滅です。残りは第二、第三艦隊のみと考えた方がいいですね」
ラッセンの言葉にフェリアシルは声を失う。
「フェル? 指示を出して下さい。このままでは的ですよ?」
「……スーパーロングバレルの弾数って幾つだった?」
フェルの小さな呟きにラッセンは溜息を吐く。
「一丁に付き百です」
「まずい! まずい、まずい、まずい!」
混乱した思考を、それでも最高速で回転させながらフェリアシルは声をあげる。
「あっちが撃ちつくす前に、こっちが半分以上落とされる! ラッセン、お願い! アドバイス! 何でもいいから早く!」
その言葉にようやくラッセンは頷く。
「では、索敵をします」
「だから、レーダー範囲外からだって……」
「索敵レーダー、オーディンに移行して下さい」
落ち着いた声にフェリアシルは唖然とする。
「え、あ……」
「向こうは初めからそうしていますよ。いくらリリスさんの腕が凄まじいと言っても、目標位置がわからない状態での狙撃は無理です」
急いでシステムの切り替えを行うフェリアシルに、警告が響き渡る。
「やはり、不利ですね。第二艦隊も半数を失っています」
その報告と同時にフェリアシルはレーダーモニターに映る反応を見つける。
「な……相対距離四十二万キロ!? ラッセン、超短距離ワープ!」
「……もう、無理です」
ラッセンの言葉と同時に、フェリアシルのシミュレーターのメインモニターに撃沈の信号が点った。