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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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いしのなかにいる

作者: さば缶

俺は死んだ。どこかの踏切で、不注意な運転手が急ハンドルを切った車とともにあの世行き……と、そうなるはずだった。ところが次の瞬間、奇妙な淡い光が視界を奪い――俺はどうやら、いわゆる「異世界転生」というやつをしてしまったらしい。


 ――ただし。普通の転生者のように、草原や町外れ、はたまた王城の床に降り立ったわけではなかった。視界が、ない。呼吸ができない。何かが俺の全身を押し潰そうとする。


 自分の存在が石の中にあると気づいたのは、たった数秒後のことだ。しかしその間にも、体中に走る痛みは容赦なく襲ってきた。石というのは、固く、そして冷たい。それが体表だけでなく、腹の奥深くまで浸食してくるなど、想像すらしていなかった。だがこれは、ただの物理的な圧迫感とは違う。まるで身体が、内部まで石に取り込まれている――。


 気づけば、口という口、鼻孔、耳、そして目の裏側まで、押し広げられるような鈍痛に苛まれていた。呼吸したいのに、肺が圧迫され空気を吸い込めない。いや、そもそも口腔内は固まった砂利の塊のように動かない。


 目は閉じているのに、瞼の裏がざりざりとした何かに削られているようだ。耳の奥には石の欠片がねじ込まれ、無理やり固められている。喉を鳴らそうとしても声帯が振動しない。なにか重い異物に取り憑かれたように、声が出せない。


 痛い。痛いのだが、どこが痛いのかがわからないほど全身が痛みに染まっている。まるでひとつの大きな痛みの塊が、俺の形をしてそこに存在しているようだ。幾度か体をひねろうとしても、石の壁が容赦なく押し返してくる。自分の骨を通して伝わるきしむ音と、石が砕けるような硬質な感触が混じっていて、どちらがどちらの音なのか区別がつかない。


 さらに最悪なことに、臓器が悲鳴を上げ始めたのが分かった。もう隙間なんてないはずなのに、容赦なく入り込んでくる岩の塊。それは直腸から胃、肝臓、心臓――ありとあらゆる臓器を貫いていく。通常であれば身体を構成する細胞と、外部からの異物はまったくの別物であるはずだ。だがこの異世界の「石」は、何かしら魔力めいたものを帯びているのか、臓器を傷つけながらもとけ合うように融合していく。その合間合間、まるで腸をわしづかみにされたような激痛が何度も襲来する。


 脳まで痛覚で真っ白になりかけたところで、唐突に思考がクリアになる瞬間があった。こんな地獄絵図のど真ん中で、俺は自分が「小説の中の存在」だと、なぜか悟ってしまったのだ。痛みに歪んだ意識の奥で、「これはいわゆる“転生もの”のはじまり」などと、どこか客観的に理解するもうひとりの自分が存在している。


 ――けれど、その認識がどうなる? 主人公が石の中に出現したら、どう足掻いても詰みじゃないのか? 石化した臓器は、ありとあらゆる医療魔法を受けても元には戻らないのでは? 現に今、肝臓と腎臓に走る強烈な刺痛は、もうそれらが石に侵食されつつある証拠だ。血液がろ過されるべき部分が岩に変わっていく感触がわかる。せめて痛みを和らげる術でもあればいいが、俺には魔法も使えない。


 ただただ、融解するように俺の全身が石へと変貌していく……。心臓がどこまで石化しきったら「死」になるのだろう。血液の代わりに砂利が流れるような感覚は、もはや想像を絶する苦痛だ。


 脳裏にはもはや、悲鳴のような雑音しか残らない。ちぎられる臓器、石に削がれる筋肉、皮膚の裏側から砕ける骨。そのすべてがリアルすぎる感触となって存在を支配する。どうしてこんな、目も当てられない転生をしてしまったのだろう。とにもかくにも、あまりに始まりが早すぎて、こんなにも終わりが近いなんて。


 苦しみの極限で、意識が白濁していく。気が遠のいていくなか、最後に脳を侵食してくる冷たい石の感触だけが、いやに鮮明だった。


 ――俺は世界に受け入れられる前に、世界そのものの一部になってしまったのだろうか。


 ここが「異世界」の最初で最後の光景なのだと、反射的に理解している自分がいた。そして、呪いのように小さく思う。


 (頼むから、せめて次に生まれ変わる時は……普通の場所に降り立たせてくれ)


 カリカリ……石が新たな傷を刻む感触のなか、意識は深い奈落へ沈んでいく。もう、あとはこの濃密な痛みと石の闇に溶けていくだけだった。

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