神の言葉
ある街に神の教えを厳格に守る一人の信徒がいた。
その信徒は街の現状について強い不満を抱いていた。
禁じられているはずの賭け事が毎日のように夜遅くまで行われ、女たちはまだ若いうちから娼婦のような恰好で出歩いては毎夜のように男に体を許し、男たちは小さな諍いからすぐに暴力を振るった。
聖職者たちはそれらを止めるどころか進んで享楽にふけり、神聖な日にのみ振舞われるべき酒を片手に大騒ぎをしている。
街のあちこちは不潔に汚れ、どこにいても悪臭が漂ってくる。
ほんの数年前までは街は清潔に保たれ、住民はみな神の教えを守っていたはずだった。なぜこんなことになってしまっているのか、信徒は不思議でならなかった。
信徒はことあるごとにほかの住民に目を覚ますように、神の教えを守るようにと説き、いまに神罰が下るぞと言葉を荒くした。しかし常に返ってくるのは、冷ややかな視線だけだった。
ある時信徒は、現状のあまりの堪え難さについ家に置いてある酒に手を付けてしまった。やがて前後不覚になるまで酔いが回り、意識を失うようにして眠ってしまう。
ふと気が付くと信徒の前に、一人の人物が立っていた。年齢の見当もつかず、男性か女性かの区別もつかない。
信徒はそれが人ではないことを直感し、そして神秘的なまでの美しい顔を見ていま目の前にいるのが神だと判断した。
信徒はすぐさまその人物の前に平伏すると、なぜこの街の者たちに天罰を下さないのか、と尋ねる。
その人物は道に転がる石でも見るような冷ややかな眼差しで信徒を見ると、ただ一言こう答えた。
「きょうみがない」
信徒は、神がすでに人に興味を持っていないという確信とともに目を覚ます。そしていままでの信仰を捨て去ると、彼もまた酒を片手に享楽の渦へと飛び込んでいった。
同じ頃、地獄の底に帰って来た悪魔は、あの街にいた最後の一人を堕落させたことに静かな満足感を覚えていた。
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