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9/21

派遣美女 戸田 舞美


 今日は朝の新木の件と言い、本当に災難な一日だと思う...。


 「本当にすみませんでした。成宮さん」

 「いえいえ、戸田さんは何も悪くないですよ」


 本当に。相手の方が明らかにおかしかっただけだ。いわゆる典型的なクレーマー。最早、回避しようのない巻き込まれ事故みたいなものと言っても過言ではない。


 そう。たまたま彼女が受けた電話が大外れで、相手先が無理難題を喚き散らして大ギレ。そして、俺が糞ハゲ(課長)に処理をして来いと駆り出されて今この状況。


 無事に解決して、とりあえず俺は今、とある女性と社用車で二人きり。


 まあ、今日は天気もいいし、ある意味ではこれもいい気分転換か。


 「本当についてきてもらわなくても大丈夫でしたのに。でも、結果として戸田さんがいてくれたおかげで向こうも思っているよりも早く静かになってくれたと思います。ありがとうございます」

 「いえいえ、そもそも成宮さんは関係ないのに。本当にありがとうございます。申し訳ないです」

 「いえいえ、戸田さんも運が悪かっただけです」


 そして、そんなことを話していると目の前の信号は赤信号。助手席に乗っている女性が女性なだけに、いつもよりかなり丁寧に俺は車のブレーキを踏む。


 そして、あらためて隣を見ると、社用車が軽自動車で狭いこともあって、すぐ至近距離には()()()()さんという名の派遣社員の美女がいる光景。座っていてもそのスラっとしたスタイルの良さと足の長さが一目で目に飛び込んでくる。


 俺よりも歳下ではあるみたいだが、恥ずかしくも良い意味で俺よりも大人っぽい美人な女性だ。


 そして、さっきから口を開く度にさりげなく、運転をしながらその彼女の方に目を向けているのだが、その度にまっすぐと俺のことを見つめてくるように視線を合わせてくる彼女に、俺は恥ずかしながらも普通に緊張してしまってたりする...。


 そう。その綺麗な黒髪が似合いに似合うまるで女優のような整った顔立ちに、その大きな瞳が、俺のことを少なくとも、さっきのクレーマーとのやりとりの十倍は緊張させている...。


 まあ、しっかりと相手の目を見て話す。これは確かに人間として当たり前のことではあるのだろうが、ただでさえクールな見た目の彼女みたいな美女に、あらためてそれをされるとギャップというと何と言うか、俺の方が目を合わせられない...。


 そう。色んな意味で俺の方は恥ずかしい男だ。


 「でも、本当に成宮さんって優しいですよね...。何でそんなに優しいんですか?」


 しかも、その細くて綺麗な指で髪を耳にかける彼女の仕草などに対しても、いちいちドキッとしてしまう中学生のような自分がここには居てしまう。


 駄目だ。言葉ではうまく合わらせないが、やっぱり何かがおかしい...。


 別に、彼女とは今までもビジネス上の会話を通してそれなりに長い期間一緒に仕事をしてきたが、今までこんな風に意識をしてしまうことなんて正直なかったはずだ。

 それが何でまたこんな...


 「いや、全然俺は優しくないですよ」

 「いやいや、優しいですよ。少なくとも私、成宮さんぐらい優しい男性にはまだ出逢ったことないです。ほんと今、成宮さんに彼女がいないのが不思議なくらいです」

 「いえいえ...」


 何でいきなり彼女の話が出てきたのかは正直わからないが、まあ、そうか。優しい...。

 本当に、普通であればただの誉め言葉なのであろうが、どうしてもその言葉を投げかけられる度にまだ何とも言えない気持ちになってしまう自分がいる...。


 一体、優しいって何なんだろうな...。


 とりあえず、今、俺はちょうど運転していて良かったと思う。運転に集中してなければ、また色々と考えなくてもいいことをバカみたいに考えてしまっていることだろう。本当、何かめんどくさい性格になってしまったな、俺。


 「実は、私も...1年前ぐらいに前の彼と別れてからは彼氏いないんです。って、ふふ、そんなの興味ないですよね。いきなりごめんなさい」

 「え...い、いや。それこそ不思議ですよ。戸田さんほどの女性、絶対男が放っておかないですよ。美人で性格が良くて、もう完璧じゃないですか」

 「もう、そんなことないです。私、何かクールだね、とか冷たそうとか、見た目で勝手に言われちゃったりすることが多いんですけど、普通におっちょこちょいですし、子供の頃とかも結構いたずらっ子でよく怒られたりしてたんですよ」

 「えー、はは、絶対嘘ですよ」

 「もう、本当ですって」


 そして、気が付けば、今度は静かにバシバシと肩を優しく隣から彼女に叩かれている俺。


 でも、何だろう...。その照れているような表情。と言うか、気のせいなのかもしれないけれど。今までそういうことをする人ではないと思っていた分、最近の何か彼女からのボディタッチ的なものにも、いちいちギャップを感じてしまったりする自分がいる。


 こちらの彼女が、どちらかというと素の彼女の方なのだろうか? どちらにせよ破壊力がやばいことに違いはないが...。


 あと、彼氏いないのか。チョコはくれたが、何だかんだでいると思っていたから、普通にびっくりだ。


 「ところで、成宮さんはもう彼女さんとかはいらないんですか」

 「え?」


 そして何だ。またその質問。


 「いや、まあ、いらないと言うか、もうできないと思うので諦めているという意味でいらないですかね...ハハ」

 「えー、そんなこと絶対ないですよ。できますよ。絶対に。ちなみにタイプの女性ってどんな人なんですか?」

 「え? お、俺ですか?」

 「はい。すごく知りたいです」

 「えーっと、まあ、ちょっとやっぱり価値観が合う人ですかね...」


 前の彼女とのこともあったしな。と言うか、こういう当たりさわりのない、心底しょうものない回答しかできないところが俺は駄目なんだろうな..。


 「逆に戸田さんはどんな人がタイプなんですか?」


 そして一応、聞かれたから、そう彼女に対して条件反射的に質問を返してしまう俺。

 

 「私はまあ...やっぱり優しい人ですね。それこそ...ほら、成宮さんみたいな」

 「ハハ、ご冗談を。でも、お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」

 「フフッ、冗談じゃないですよ。やっぱり優しい人が一番ですから」

 「ハハ、そんなこと言っても僕からは何もでないですよ。あ、でもこの前のチョコ、本当にありがとうございました。それに関してはしっかりとお返しはするので安心してください」

 「いえいえ、それこそお返しなんていらないです。いつも本当にお世話になっているので」

 「いえいえ、そこはしっかりとお返しさせてもらわないと僕の気が済みませんので」

 「では...お言葉に甘えて楽しみに待たせてもらいますね。嬉しいです」


 そして、とりあえず、色々と会話をしているうちに、気がつけばもう俺たちは会社に帰ってきた様。


 俺は隣に彼女がいることもあり、いつもより慎重かつ丁寧にバックで駐車。


 「着きました。では戻りましょう。ありがとうございました」


 そう言って、俺は車のギアをパーキングに戻してドアに手をかける。


 「あ、成宮さん。ちょっと待ってください」

 「え?、あ、はい」


 ん? 何かあったか。もしかして忘れ物とかか?


 「もし、成宮さんさえ良ければなんですけど。line...交換しませんか。今さらですけど、ほら、やっぱり何かあったりした時の為と言うか何と言うか」

 「え、あ、はい。ぜひ」

 「やった。ありがとうございます」

 「いえ...こちらこそ」


 え...lineの交換。戸田さんと。


 ま、まあそうだよな。何かあった時のためのだよな。もちろんそれ以外には意味なんてないはずだ。わかっている。


 「ありがとうございます。では、戻りましょう。本当に私のせいですみません。ありがとうございました」

 「いえいえ、本当に戸田さんのせいじゃないです。あれはあっちが悪いです。だから全く気にする必要はないですよ」

 

 本当に。


 でも、あらためて思うけれども。


 最近は何故かやっぱり戸田さんとの距離が縮んだというか、仲良くなったと言うか、今みたいに今まで知らなかった戸田さんの一面を見る機会が増えたと思う。


 そう。例えば...思いっきり笑った時にあどけない子供のような表情をする一面や、照れて顔が赤くなったりする一面とか。


 あと、お世辞がうまい一面とか...。


 そう。お世辞...。まあ、だから...別に彼女の言葉にいちいち勘違いする気なんてさらさらないし、絶対にしない。


 しないけど、何だ。


 わかっているのに、どうしても無意識に...。


 実際、今も部署に戻ってきたが、彼女はやはりいつもどおりの彼女。つまり俺だけが一人勝手にウダウダと考えそうになってしまっているだけ。


 まあ、実際の俺は、彼女がいたことがあるとはいえ、本質はモテない男だからな。極端ではあるが、もしかしたら美女から言葉巧みにお金を貸してと言われれば、何だかんだで俺は貸してしまうタイプのバカすぎる人間かもしれない。


 でも、やっぱり本当に俺はどうかしているようだ。


 何で、こんなlineを交換しただけで...。


 真剣に中学生かよ...。俺。


 どうした...俺。


 ほんと、あんな夢を毎年見続けることと言い、今のことと言い、俺ってやばい奴だな...。


 本当に。


 まあ、とりあえず、あのハゲ(課長)にさっきのクレーマーの報告でも行くか。


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