同期 新木 優香
土日が休日の社会人の場合、月曜日の朝は誰だって憂鬱になるはずだ。日曜日の夜からの名残や、これからまた一週間働き詰めなのかと想像して元気になる奴なんているわけがない。いたらそいつは狂っている。
狂っているがどうしたあいつ、とうとう本当に狂ったか...。
新木...。
お前は誰も見ていないと思って無防備になっているのだろうが、普通にそんなことはない。とりあえずお前のおかげで俺は今、給湯室に入れずに困りに困っている。
何をらしくもなく独りで鼻歌なんて歌っている...。
それも、甘ったるい声でフンフンと歌っているそれは、俺らが昔中学生の頃ぐらいに流行った恋愛ソングにのように聞こえるが、その軽やかに何か飲み物を入れているであろう後ろ姿からも機嫌がすこぶるいいことに違いはないだろう。
そして、もしこの状況を、俺が見ていることを知った場合。彼女がその恥ずかしさから、これでもかと顔を真っ赤にしてキレにキレてくることも間違いはないのだろう。
だからこそ、俺は給湯室の入り口の陰で身動きができずに困っている。それだけは死んでも回避しなければならない。
でも、あらためて、影を潜めて静かに新木のことを見ているが、こうやって見ていると、そのカジュアルなスーツを着こなしている後ろ姿から見てもわかるようにスレンダーで完璧なスタイル。そして、彼女のその肩までかかる綺麗な髪も普通に色っぽく、こう静かに外から見ていると、ただの綺麗で可愛い女性にしか見えないのだがな...。
それにチラチラと彼女の横顔も目に映るのだが、何かものすごく楽しそうと言うか、嬉しそうな顔で、微笑む様にひとりで何かを思い出すような感じで笑っている様子だ。
不覚にも、その普段は周りに中々見せることのない可愛らしく女性らしい表情にドキッとしてしまった自分もいなくはないが、それよりも今はとにかくその鼻歌を止めてくれという気持ちしか勝たん。でないと、俺は珈琲が無料で飲めない。
でも、本当に一体何があったのだろうな。
珍しい。
普段の新木は常に仕事モードで気を張っている人間だから。
一応、別に気を張っているとは言っても機嫌が悪いかそういうわけではない。よく意味もなく威圧感を出したり、後輩などに高圧的な態度を取ったりする奴も中にはいるが、彼女は決してそういうタイプの人間ではない。
同期ということもあって彼女とはそれなりに長い付き合いではあるが、むしろ後輩には好かていれるタイプの人間だと見ている限りでは思っている。
まあ、良い意味でも悪い意味でも、言いたいことは忖度抜きに言うタイプだから気が強いと周りからは見られてしまっていることは確かだろう。個人的には別に彼女が間違ったり理不尽なことを言っていることもないし、本当に悪いやつではない。
ただただ、裏表がないだけだ。
ただ、同期とは言え、もう少し俺の不手際に対する物言いに関しては手加減してほしいところはあるがな...。
でも、引く手数多だったわけだし、ほんとその感じで恋愛でも裏表のない感じでいれば、絶対に中には気の合う人だっていたはずだけど、何で今の状況なのだろうな。
もしかして、昔に聞いたあの噂は本当だったりするのだろうか?
何と言うか、同期の男の友達がたまたま昔に新木とマッチングをしたことがあったみたいな話をまた聞きで聞いたことがあるが、その時の彼女がかなり人見知りな感じで全然話が弾まなくてその後に会うこともなかったとか。
実は彼女は恋愛的な面ではかなり奥手と言うか、言いたい事とかが何も言えないタイプの人間だったりするのか...?しおらしく、借りてきた猫状態になってしまう感じの...。
にわかには信じがたいが、確かにもしそうだとしたら彼女の今の現状も辻褄が合わなくはない。
まあ、おそらく違う気はするけれど...。
そして、あらためて今の状況。もしかして、あいつにもとうとう彼氏ができたとか? それとも既に実は彼氏はいたけど、その彼氏と結婚が決まったとかそういう話か?
あの浮かれよう、それも彼女ならありえなくはない。
ただ、俺も実は今日は月曜日とは言え、いつもよりは元気だったりもする。
と言うのも、一昨日にマッチングアプリでいいねをもらった女性、【ゆう】さんと昨日もずっとアプリでメッセージのやりとりをしていたのだが、ありえないぐらいに話が合うと言うか、普通に楽しくて気が付けば、話が弾みに弾んで一日中やりとりをしてしまっていた。
そして、こんなにもスムーズに行くとは思ってもいなかったのだが、あろうことかもう今月末に実際に会うことになってしまった。
顔がわからずに怖いところは確かにあるし、どんな見た目の人が来るのかも全く想像がつかないが、例えそれを置いておいてどんな人が来ようとも、とりあえず友達になってずっと継続的に会いたいとは思うレベルで気があったのだ。
だから、もしかしたら俺の方も何だかんだでいつもより無意識に浮ついてしまっている可能性もなくはないのかもしれない...。人のことは言えないな。
って、しまった...。昨日のことを色々と思い出したりでぼーっとしてしまっていた...。
駄目だ。もう手遅れだ。
なんせ今、俺の目と鼻歌を歌っている女性の目が現在進行形で重なり合っている...。
そして、気が付けば、今も俺の視線の先に映る彼女の顔はものすごく真っ赤、さらに鬼の様な形相でこちらを睨んできている光景。
まあ、その表情はその表情で、いつもとのギャップがあって悪くはないかもな...。
「ね、ねぇ、成宮。いつからいた...のかな?」
ああ、とりあえず、終わった。
これはもう、完全に殺さ〇るな...俺。
助けて、【ゆう】さん...。