特別な冬の日のPM 7:45
帰りの電車に揺られながら、俺はさっき後輩の女性からもらった紙袋の中身をじーっと眺める。そして、その中身のものを包む包装紙は少しはがされている。まあ、それは俺がさっき家に着くまで我慢できずに気になって開けてしまったからだけど。
とりあえず、確かにそこに入っていたのはチョコレートだった。
会社の人気者美女、今田結衣からのバレンタインチョコレート。
ただ、ネットで調べるとそのチョコレートの値段は4,000円。
確かに値段的には特別...だな。多分。
が、駄目だ。だからこそ、わからない。さっきもつい、少し勘違いして顔の表情が緩みかけてしまった自分がいるが、どうしても素直に喜べないと言うか、やはり不思議だという感情の方に強く追いかけられている自分がいる。
何だ、やはり皆目見当がつかない。
俺、彼女に何かしたか? 付き合い自体が長いのは長いから、仕事的でちょくちょくフォローなどをした記憶はそれなりに多少はあるが、そもそも彼女は優秀。ここまでの値段のものをお礼としてもらうほどのことをした記憶はない。そして、今後のことを考えてもこの値段に見合うほどのリターンを仕事上で返せる価値が俺にはないことも彼女ならわかっているはずだ。
だからと言って、彼女が俺に好意をもつなんてことは...さすがに。都合いいを通りこして痛い妄想だ。
さっきも無意識にではあるが、もし、彼女が毎年、元日に俺の夢に出てくる未来の奥さんだったら、どれだけ凄いことかと考えてしまったりもしたが、さすがに、それこそ妄想するのもおこがましいことでしかないだろう。絶対に叶わぬ、それこそ夢の中の話だ。
なんせ、かたや、長年付き合っていた彼女にプロポーズの後に浮気をされていた上、一緒にいても退屈な未来しか見えない的なことを遠回しに言われてしまうようなアラサー根暗の俺。
そして一方は才色兼備、容姿端麗な25歳の美女。その愛想のよさや気配りの良さからも彼女に転がされる上層部の人間は数知れず。少し童顔であどけなさの残るその容姿はまさにアイドルを彷彿とさせ、誇張抜きに社内外問わず様々な男からアプローチを受け続ける完璧すぎる女性だ。日々のお昼ご飯も自分で作ってきた心底美味しそうな手作り弁当と料理もできる。
どう考えても釣り合う訳がない。
言い方は悪いが、その甘い声や女性らしさを極めたあざとい仕草に勘違いをし、彼女に特攻して玉砕してきたモテない男たちをこの目で嫌と言うほど見てきたからな。
なんて、言いながら、前に目を向けると、真っ暗な夜空。そしてその電車の窓に反射した俺の姿が視界に入る。入るが、俺、やばいな。
無意識にニヤけていたよな....今。
まあ、男だから。やっぱり裏がある可能性がものすごく高いとはいえ、嬉しいのは嬉しい。彼女みたいな女性にチョコをもらえて嬉しくならないわけはない。もらった時もドキッとしたかと言われれば、めちゃくちゃドキッとしてしまったし。
それは仕方がない。何度も言うが、彼女からチョコをもらうとなれば、それが義理であれ何であれ誰だって男はそうなる。
そうなるが、でも、そうだよな...。
本当、勘違いをするのは妄想の中だけにしておかないといけないよな。
実際、彼女も言っていたしな。あの時のことを思い返しても、今田さんは別れた後の俺を励ましてくれているつもりだったのだろうけれども
『私は将来的に成宮さんみたいな人と結婚したいです。優しいことの何が駄目なんですかね。最高じゃないですか』...か。
本人に悪気なんて一ミリもないことはわかっているし、俺がひねくれていることも自分でわかっているが、やはり今の俺の耳には、結局は俺のことを退屈な男だと言っているようにしか正直聞こえない。
こんな男だから、本当に駄目なんだろうな。
さっきから一人で、気分が舞い上がったり、落ち込んだりとジェットコースターみたいに気持ちが浮き沈みしているところも自分で自分が気持ち悪くなる。
でも、何であれ、こんなに高い値段のチョコをもらったんだ。今日は金曜日で月曜日まで会うこともないし、お礼のlineでも先に入れておくか。
と言うか、地味に仕事外のことで今田さんにlineするの初めてかもしれない。
って、何だ。誰からか通知がlineが来てる。
まあ、どうせ飲食チェーン店の公式lineとか...じゃないな。
同期の新木からだ。
一体どうしたのだろうか。最近ちょくちょく来るな。