出張当日 朝の駅ホーム
ここで間違いはないな。
昨日は何とか奇跡的に終電に間に合って家に帰ることが出来た。そして、何とか朝の新幹線の発車時刻にも間に合いそうではあるのだが。
どこだ、今田さんは...。
駅のホームを見渡すもそれっぽい人物が見当たらない。
もしかして俺の方が早く着いたとか?
「あ、成宮さん。こっちです。こっちです。おはようございます!」
そんなことを考えていると、俺の見ていた逆の方向からよく知っている甘い感じの可愛い女性の声が聞こえてくる。
すごく、眩しい...。
いや、太陽もそうなのだが。それよりも彼女の笑顔が...。
そう。俺の視界には今日一緒に出張に行く今田さんが、飛び跳ねるようにぴょんぴょんとしながら、俺に向かって手招きをしている光景が映り込む。
急遽俺と一緒に行くことになったのに、嫌な顔ひとつせずに全力で愛想を振りまいてくれている...。
本当にいい子...。いや、あらためて、いい子すぎるだろ...。
「おはよう。今日は何かごめんね」
「いえいえ、こちらこそ。今日はよろしくお願いします!」
そして、今度はそう言って、手に持っていたお洒落なドトールの断熱性カップを笑顔で俺に差し出してくる彼女。
「え?」
「はい。成宮さん、朝は珈琲ですよね。どうぞ!ブラックです」
え? そんなことまで?
「いやいや、そんな申し訳ない。それは今田さんが飲んで飲んで」
そんなことまで後輩にしてもらうのはさすがに申し訳なさすぎる。
「いえいえ、私の分は私の分でありますので。飲んでください。これは今日付いてきてくれているお礼です!私、ブラックは飲みませんし」
お礼? いや、本当にそんな。今のところ、ほんと俺、駅に指定された時間に来ただけだし。
「どうぞ!」
「え、あ、ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて。後で、お昼は、お昼は俺が奢るから。ありがとう」
本当に。何かこんなことまでしてもらって本当に情けない。その予約してくれたと言っていた中華は俺が確実に奢るから。
と言うか、彼女がこんなに何かお洒落で可愛らしいコートを着ている隣で、こんなあからさまなビジネス用のコートを着ていることも何か申し訳なく感じてしまうし...。
ほんと色々と申し訳ない...。
「いえいえ、そんな。ふふっ、でも中華、楽しみですね。成宮さんは中華街。行ったことありますか?」
「えーっと、あるのはある...」
元カノと...。まあ、そんなことまでは言わないけれど。
「そうなんですね!実は私、中華街は初めてなんです。また色々と教えてくださいね!」
「いえいえ、こちらこそ、そんなに詳しくはないから。よろしく」
彼女と行ったのも結構前のことだしな...。
「ふふっ、でも本当に楽しみです。成宮さんと横浜」
そう言って、隣に立つ彼女はより一層上手な笑顔を作り、俺に微笑みかけてくる。
「え...あ、ああ。よろしく」
そして、何かやばい。いや、やばすぎるな...。
やっぱり昨日の夜に根詰めすぎたせいで俺は頭がおかしくなっているのか。またバカすぎることを...
あろうことか一瞬、隣にいる彼女、今田さんとデートでもしているような錯覚に陥って...。
本当にバカすぎるな俺。なんて気持ち悪い。
何をとんだ勘違いを。バカすぎる。
ほんと何度同じことを言い聞かせればわかるのだろうか、俺の脳は。別に身長的にそうなっているだけで、別に上目遣いを向けようとして彼女が俺に上目遣いをしてきているわけではないと。
「でも、本当に良かったです。今日が晴れてくれて」
「確かに。それはその通り」
せっかくの遠方への出張だ。晴れるに越したことはない。
「でも、ふふ、あっちは夜から雨みたいですけどね」
「え? そうなの?」
「はい。天気予報でチェック済です!」
そうか。まあ、でも夜ならもうホテルにいるし、問題はないけどな。
と言うか、そう言えば、彼女は俺にどこのホテルを取ってくれたのだろう。
もしかしてあの高そうなホテルの別の部屋? いいところって言ってたしな。
ネットで見ていた限り、あそこはシングルでも相当なレベル。
それなら普通にテンションが上がってきたのだが。おそらく、今田さんなら後から普通にあのハゲのことも丸め込んで説得してくれるだろうし。
そうでなかったとしても、いいところとは言っていたし、楽しみだな...。
って、また何を考えている。まずは仕事だ。
一応、昨日も徹夜で資料も読み込んでおいたが、もう一度新幹線で読んでおこう。
「あ、成宮さん。来ましたよ。新幹線!」