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おっさんといっしょ!!  作者: 晴本吉陽
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第2話 おっさんと親友

「んー、変な夢見たー!」

 私、沙織、17歳の女子高生。

 昨日の夜、見ず知らずのおっさんが私の背後霊になった夢を見たの。けど、一晩明けた今はもう

「おはよう、沙織」

 なんでか正面に座ってた。

「嘘ぉ!?」

 私は目をこすってみたけど、そこに座ってる着物に鬼の仮面のおっさんは消えない。

「なんでいるのよ!?」

「なんでって、俺だってわからねぇよ」

「こういうのって一晩明けたらいないってお約束でしょ!?」

「だから、たぶん俺の目的が達成できるまでだって」

「あぁ、そういう話デシタネ」

 昨日一度済んだ話とはいえ、実際に背後霊のいる生活っていうのは不安の方が多い。一応このおっさんは私の世界のものには触れないらしいから、変なことは起こらないと思うんだけど、そもそもこのおっさんがいること自体すごい変なことだから、やっぱり不安は多い。

 でも、いくら不安はあっても結局学校は行かなきゃいけない。私は布団から頑張って出て、布団をたたみ始めた。

「ねぇおっさん、布団畳むの手伝ってよ」

「悪いな、俺は布団にも触れないんだ」

「そーでしたー」

 私はふて腐れながら布団を畳む。

 そんなことをしてたら、いきなり部屋の入り口のふすまが開いて、ママがやってきた。

「沙織、今日朝練でしょ?今何時だと思ってんの」

「え?」

 ママに言われて、勉強机の上に置いてあるデジタル時計を見る。大きく7:15って書いてあった。

 朝練が始まるのは7:30から。自転車で行けるけどフツーにやばい。

「うわああああ!!!」

「ほら、急ぎなさい!お弁当とバナナは玄関に置いとくから!」

「はいぃ!!」

 ママはそう言って一階に戻っていく。私はもう大急ぎでパジャマを脱ぎ始めた。

「あぁもうサイアク!おっさんも6:30に起こしてよ!」

「知ってたらやったんだがな」

「こっち見ないで!」

 おっさんを叱りながら大急ぎでユニフォームを着る。おっさんは私に背中を向けてくれてるけど、なんかチラチラこっち見てる気がする。

「ねぇチラ見してないで私の教科書カバンに詰めてよ!」

「だからできないんだよ」

「あんた何ができんのよマジで?」

「それよりも早く着替えてくれ、目のやり場がないんだよ」

「このスケベ!」

 私はおっさんを罵倒しながらユニフォームに着替え終わる。そうして雑に教科書と制服をカバンに突っ込むと、部屋を飛び出た。

「行ってまいりまーす!」

 私はそう言いながら階段を駆け下る。背後からおっさんが階段を転がり落ちる音と悲鳴が聞こえてきたけど、私はさっさと無視して玄関まで走ってお弁当をカバンに突っ込むと、バナナを剥きながら玄関を飛び出た。

 バナナを口に含みながら自転車のナンバーロックを解除してると、おっさんが息を切らしながら私に話しかけてきた。

「はぁ、はぁ…おい沙織、まさかこの後」

「そ!自転車!飛ばしてくよ!」

「勘弁してくれよ…」

 私はおっさんの言葉を無視して自転車にまたがる。そのまま思い切りペダルを踏んで走り始めた。

「ちょっ」

 私が勢いよく走り出すと、少し離れて後ろにいたおっさんの悲鳴が聞こえ始めた。

「あばばばば」

 私が一瞬後ろを見ると、おっさんが自転車に引きずられるような形で地面を転がっていた。顔面が地面にこすりつけられていて、仮面がコンクリートとの摩擦で火花が散ってる。

「ぎゃああ!!死ぬぅうう!!」

「もう死んでるでしょ!」

 おっさんの悲鳴に軽く優しい言葉をかけつつ、私は全速力で学校を目指した。


 おっさんの悲鳴を聞きながら自転車を走らせること十数分、私の高校の校門にやってきた。

 スタイリッシュにブレーキをかけながら駐輪場に自転車を停める。おっさんもその勢いで私の足元に転がり込んできた。

「はぁはぁ…仮面がなかったら即死だった…」

 おっさんはそんなことを言いながら、地面に転がってる。悪いけど、私は今めちゃくちゃ急いでるからおっさんにいちいち反応している暇はない。私は体育館を目指して大股で走る。おっさんはやっぱり地面を引き摺られながら私の後ろをついてきていた。

 駐輪場から走ること100メートル、私は体育館までたどり着くと、スニカーを体育館用のシューズに履き替えながら、もう朝練が始まってる体育館の中に滑り込んだ。

「すみませーん遅くなりました!」

「遅いよー沙織!」

 うちの顧問の若い女の先生、武田先生が怒鳴ってくるけど、それを聞き流しながら私は軽く屈伸を始めた。

 もうすでにコートでは何人かがレシーブとかトスの練習をしてる。私は準備運動を軽く終えると、武田先生のところに駆け寄った。

「武田先生」

「沙織、レンと組んでレシーブの練習!レン!沙織に付き合ったげて!」

 武田先生は短く私に指示を出し、脇に抱えてたボールを私に投げ渡してくる。私はそれをキャッチすると、走ってきてくれたレンと合流して体育館の隅でレシーブの練習を始めた。

「行くよー沙織!」

「バチコーイ!」

 レンはそういうと、軽くボールを叩いて私の方に飛ばしてくる。私はそれに腕を合わせると、レンの方へボールを跳ね返した。レンはその場から動かないでボールをキャッチした。

「やっぱ沙織うまいねー」

「はは、ありがと、レン!」

 レンは私の親友で、体育推薦でここにきたこともあってめちゃくちゃバレーが上手い。背も高くて、他校に彼氏もいて、次期部長とも言われてる、私から見たら完璧な女の子。

「強く打つよー!」

「うい!」

 レンがそう言うと、ジャンプして強いボールを私に打ってくる。すっごい速い球だけど、私もビビらないで踏ん張ってレシーブした。

 ボールは上手いことレンの方に飛んでいく。レンはニヤッと笑ってボールをキャッチした。

「すっご、完璧じゃん沙織」

「まぁね!レンのアタックもすごいよ!」

「ははっ、何、次はレシーブさせないから!」

「望むところ!」

 レンが威勢よく言うと、私も身構える。

 今日の朝練の内容は、だいたいこんな感じだった。



 1時間くらいの朝練が終わって、私たちはヘトヘトになりながら更衣室にやってきた。

「あ”ー、づがれだぁ」

 私はつい野太い声を出しながらユニフォームを脱ぐ。その隣でレンもユニフォームを雑に脱ぎ捨ててロッカーに投げ入れた。

「沙織、すごいね。私全然手抜いてないけど、全部レシーブしてたじゃん」

「そう?レンにそう言ってもらえると嬉しいわぁ」

「やっぱうちのチームで一番運動神経いいの沙織じゃない?」

「そんなことないってぇ」

 私が謙遜してると、レンが急に私に近づいてくる。私はよくわからなくてレンの顔を何度も見た。

「え、ちょ、なに?」

「沙織ってもっとオシャレしたらモテそうじゃない?」

「えぇ?」

 モテるとかそういうの考えたことなかった。

「そう。スポブラじゃなくて、もっとオシャレなブラつけて、お化粧したら絶対モテると思うんだけどなー」

 確かに私のブラに比べたら、レンのブラも下着もすごく派手でセクシー。でも、私にはちょっと恥ずかしい。

「いやぁ、私には似合わないよぉ」

「そうかなぁ?まぁでも考えてみてよ。私もオシャレするようになってから彼氏できたし」

「彼氏かぁ」

 私はふとそんなことを言われてレンから目を逸らす。そしたら、ふと私の背後霊であるおっさんと目が合った。更衣室の隅に座って、口元がニヤついてる。ああいう彼氏は嫌だ。

「沙織?」

「へ?」

 レンが声をかけてくると、私は我に返る。私以外におっさんは見えない以上、私は普通の表情を取りつくろった。

「あぁ、ごめんね」

「沙織は彼氏欲しくないの?」

「いやー、私はまだいいかなー。だって、彼氏ができたら、やっぱ尽くしてあげたいけど、今はバレーしたいし…」

「あーら、いい女じゃん、沙織」

 レンはそう言って私をからかう。

「私も…尽くしてあげなきゃいけないのかな」

 レンはふと私から目を逸らして呟く。私は、こんなレンの横顔を初めて見た気がした。

「レン?」

「ん?あぁ、なんでもない。ほら、さっさと行こ」

 制服に着替え終えた私たちは、更衣室を出て自分の教室へ歩き始めた。


 レンや他の女の子と一緒にだべって歩きながら教室を目指す。もちろん、おっさんも私の後ろにいる。だけどいろんな人たちとすれ違っても、誰も私の背後霊のおっさんには見向きもしない。やっぱり私にしかおっさんは見えてないんだ。

 そんなこと考えてたら、もう教室についてた。

 2年6組の教室の私とレンの席は窓際の後ろの方。私が1番後ろで、レンが一個前。

 朝のホームルームの始まるチャイムが鳴ると、ジャージから薄いTシャツ1枚に着替えてきた武田先生が入ってきた。

「はいはい座って座ってー」

 武田先生が言うと、全員慌てて席に着く。全員が席に着いたのを見計らって武田先生は教卓で出席簿を広げて、出席を確認し始めた。

「おい、沙織」

 みんなが暇してざわついてるこの微妙な時間、いきなりおっさんが窓に寄りかかりながら話しかけてきた。私はカバンの教科書を取るふりをしながらおっさんと話し始めた。

「何?」

「ここは先生も含めて女のレベルが高いなぁ」

 おっさんの口元がニヤけてる。朝練終わって疲れてるのに、おっさんのこんな下世話な会話に巻き込まれるとかホントに最悪。

「はぁ。それだけ?」

「ん、まぁ」

「あのさ、みんなの前で話しかけるんだったら、重要な話だけにしてくんないかな。すごい変な目で見られるから」

「じゃあひとつ。お前のお友達の、レンって言ったっけ?なんか悩んでそうじゃないか?」

「レンが?」

「呼んだ?」

 私がヒソヒソおっさんと話してると、レンが振り向いてくる。私はそれを誤魔化そうと、適当に話題を作った。

「あー、うん。今日の部活って、格技室?」

「いや?普通に体育館使えると思うよ」

「だよね。サンキュ」

「うん。ふふ、沙織ってホントに部活好きだね」

「そう?」

「おん」

 そう言って笑うレンが悩んでるようには私には見えなかった。私も愛想笑いを合わせると、レンはもう一度正面を向いた。

「悩んでるようには見えないけどなぁ」

「じゃあ俺の思い過ごしかもな」

 私の言葉に、おっさんはあっさりと引き下がる。かと思ったら、おっさんはレンの正面に回り込んでレンの顔に自分の顔を近づけてまじまじと見始めた。レンはそれに気づくわけもないけど、絵面的には仮面をつけた不審者が女子高生に顔を近づけてるヤバい状況だった。

(ちょっと、おっさん!何やってんのよ!)

「んー、思春期なんてこんなもんか」

 おっさんはそんなことを呟くと、レンの前から離れて好き勝手に教室を歩き始めた。

 何もかも好き勝手やるおっさんの姿に少し胃が痛くなるのを感じながら、私はホームルームと連絡を聞き流した。





「おい、沙織、起きろ」

 どれくらい時間が経ったのかわからないけど、私は気づいたら寝てた。起きたのはおっさんのそんな声が聞こえたからだった。

小崎こざきさん」

 私の名前を呼ぶおばさんの声。私は嫌な予感がして机に突っ伏していた顔を上げた。

「はいぃ!」

「サインの2倍角の公式、言ってみて」

「さいんのにばいかくのこうしき?」

 ヤバい、訳がわからない。しかも今気がついたら4時間目だった。3時間くらいずっと寝てたってことだ。

「えっと…」

 私は何もわからずについ言葉を詰まらせる。しかも今手元にあるのは1時間目の物理の教科書、カンニングもできない。

「いいか、沙織。今から俺の言う通りに言え」

 おっさんの声が耳元から聞こえてくる。私はその声に耳を傾けて集中した。

「2サインシータ、コサインシータ」

「ええと、に、さいんしーた、こさいんしーた」

 私はとりあえずおっさんが耳元で言う通り呪文を唱える。先生は怪しそうな表情で私をみて、うなずいた。

「いいでしょう」

 なんとか凌ぎきった。

 レンも私の方を向いてニヤニヤしてる。私がこんな風に答えられるなんて思っていなかったからだと思う。

「ふーっ、ありがとおっさん」

「おう」

 私は声をひそめておっさんにお礼を言った。

 同時に、4時間目の終わりのチャイムが鳴った。

 先生も荷物をまとめて、さっさと教卓から去っていった。


「はー終わった終わった」

 レンはそう言って私の机にお弁当箱を広げる。私もママに作ってもらったお弁当を広げて、お弁当を食べ始めた。

「あ、そうだ、今日私サボるわ」

 急にレンがそう言って話題を切り出してきた。私はちょっと驚きながら聞き返した。

「え?なんで?」

「ん、デート」

「ほわぁ」

 私は思わず変な声を出してた。けど、すぐに元の私に戻って話を続けた。

「でも、試合まぁまぁ近いよ?」

「言うて2週間後っしょ?今日ぐらいサボってもいーじゃん」

「…そーか、わかった。武田先生にはテキトー言っとくね」

「サンキュー」

 レンの表情は笑顔なんだけど、何か暗いようにも見えた。すごく漠然として、なんの根拠もないけど、レンは何か抱えてるのかも。確かにおっさんの言う通りかもしれないと思った。

 私がそうやって真面目に考えてるのに、その横でおっさんはレンがいじくるスマホの画面を覗き込む。いや、流石にデリカシーなさすぎる。ありえないんですけど。

「沙織、どうした?すごい顔してるよ?」

 私がおっさんを睨んでると、客観的に見ても様子がおかしかったらしく、レンが私に尋ねてくる。私はまた普通の様子を取りつくろった。

「マジ?」

「おん。大丈夫?今日なんか変だよ沙織?普段あんなにできない数学の公式とか答えちゃって。変なものでも食べた?」

「いやいや全然。バナナ一本です」

「オトコの?」

「ねぇコイツサイテー!」

 レンはゲラゲラ笑う。元々レンは容赦無く下ネタを言うタイプで、よく私にエロ本のURLとか送ってくる。だからやっぱりレンは平常運転なのかもしれないと思った。

 ふと気になっておっさんの方を見ると、おっさんも腹を抱えて笑っていた。元々おっさんがレンの様子が変だって言うからレンを心配したのに、本当になんなんだろう。ちょっと頭に来ながらママの作ってくれたタコさんウィンナーを口に運んだ。



 お弁当を食べ終えて、5、6時間目の授業も睡眠学習で聞き流してホームルームを終えると、レンはバックを持って私に挨拶した。

「じゃあねー沙織ー」

「お、じゃねー」

 レンは軽く手を振って教室を出ていく。私も掃除を始めようとしてる他の子に軽く挨拶をしながら教室を出て体育館に向かった。

 放課後っていうのもあってみんなワイワイ言いながら廊下を歩いてる。私はそんなみんなと逆行するように廊下を歩いてると、おっさんが話しかけてきた。

「おい沙織、レンがサボる理由、なんて言うつもりなんだ?」

「あーそうだった。なんて言おう。体調不良でいっか」

「それで帰らせてくれるのか」

「ま、ウチの部活まぁまぁ緩いしね」

 隣を歩くおっさんと小声で会話をしながら、すれ違っていくみんなの表情を見る。やっぱりおっさんには誰一人気づく様子はない。みんな友達との会話に夢中で、私には見向きもしなかった。





 私、レン。沙織の友達。

 今日は部活をサボった。ホントは練習試合も近いし、みんなに迷惑かけたくないから部活に出たかったんだけど、彼氏のセイ君に呼び出されて部活の時間にこの駅前の繁華街にいる。

 ここはいつも賑わっていて華やかなイメージがあるけど、同時に治安も悪い。

 この町自体がすごく平和っていうのもあるけど、高校生でここに近寄るのは不良とか、ヤンキーとか、そういう学校じゃいい目で見られないような人ばかり。

 私もそう見えてるんだろうな、なんてことを思いながら、スマホでみんなのインスタやツイッターを見てセイ君を待った。

「レン」

 バレー部の後輩のインスタを見てたら、横からセイ君の声が聞こえてきた。学ランの前を開けて、金髪に染めた、いかにもヤンキーって感じの他校の先輩。女にしては背の高い私よりも背の高い人で、多分180センチ後半くらいあると思う。

「もー、遅いよ」

「悪い悪い」

 私は甘い声を作って、セイ君の腕に自分の腕を巻きつけて自分の体を寄せる。そうするとセイ君は喜ぶから。

「わざわざ部活サボったんだよ?用事は何?」

「ラブホいこーぜ」

 私はちょっと落ち込んだ。別にそういうことはよくやってるから何も思わないけど、急用だって言われてきたのに、さすがにこれはないって思った。

「マジ?そのために呼んだん?」

「そこで話した方が早いから。いいじゃん、いこーぜ」

「しょーがないなぁ」

 私は流されるままに、セイ君と一緒にラブホへと歩き出した。

「ねぇ、レン」

 セイ君が急に尋ねてくる。

「なに?」

「最近金足りなくてさぁ、今度出るゲーム買う金ないんだ。だからさぁ、ウリ、やってくれね?」

 セイ君は平気な表情で私にそう言ってくる。この間も言ってたし、きっとこれは冗談だろう。

「えー、ヤダー。セイ君以外の男となんかしたくなーい」

 こう言っておけば嫌われないだろうし、売春なんかもしなくて済む。

 セイ君も私の言葉に気を良くしたのか、ニヤッと笑った。

「ははっ、そーだよなぁ。俺様のが1番だよな」

「うんうん」

「真面目にバイトすっか」

「そうしてー。バイト頑張ったら、いっぱいご褒美してあげるから」

「ん。あれ、前もこんなやりとりしなかったっけ?」

「わかんなーい」

 私がふざけてそう言って誤魔化すと、セイ君も大笑いした。


 10分も歩かずに、私たちはラブホに着いた。

 いつも通り受付に行くのかと思ったら、なぜかセイ君は私を部屋の方に引っ張った。

「ねぇ、受付は?」

「もう部屋取ってるんだ」

「あ、そう?」

 セイ君は最初から私をここに連れてくるつもりだったんだ。でも、こんな事前に準備するなんて珍しい。

 私は彼にされるがままにラブホの個室までやってきた。

「ちょっとレンに会わせたい人がいるんだわ」

 扉を開けながらセイ君はそう言った。

 なんか嫌な予感がした。

 

 個室の中に入ると、知らない男の人が4、5人いた。ほとんどの人はスーツ姿だけど、真ん中に禿げたバスローブ姿の白髪のオジサンが座ってた。

「どうもっす、煙塚けむづかさん」

「やぁセイ君。その子が噂の彼女だね?」

 オジサンとセイ君が会話を始める。私にはワケわかんない会話だった。

 オジサンが立ち上がって私の方に向く。私は怖くて思わず後ろに下がった。

加藤かとうれんちゃんだね?」

 このオジサン、私の本名を知ってる。すごいヤバい気がする。

「そ、そうですけど」

「いやぁ、かわいい子だねぇ。君のことはセイ君からよく聞きましたよ」

 オジサンはそう言いながら近づいてくる。私が下がるほどオジサンは距離を詰めてきて、私のアゴを掴んで上に上げさせてきた。

「ぃゃ…っ…」

「へぇ?あんなすごいことをするのに、意外とうぶなんだね?」

「…え?」

「おや、セイ君、話してないのかい?この動画のこと」

 オジサンがそう言いながらスマホを取り出す。オジサンのスマホから、なぜか私の声が聞こえてきた。

「ねぇ〜、セイ君〜、やろーよー」

 私には今そのオジサンが何を流しているのかがすぐにわかった。

「ちょっと…!」

「いやぁ、とても17歳とは思えないテクだよねぇ」

 オジサンはそう言いながらスマホを操作する。スマホからは、私の喘ぎ声が聞こえてきた。

「待って!セイ君!なんでこの人があの動画持ってるの!?」

 私は思わず声を上げる。セイ君が誰にも見せないって言うからこの動画を撮ったのに、なんで見ず知らずのこのオジサンが持っているのか、私は不安な気持ちでいっぱいだった。

 なのに、セイ君はニヤニヤしてるだけだった。

「バイトだよ、バイト。いやぁ、レンの腰使いスッゲェからさぁ、めっちゃ高く売れたんだよねぇ」

「意味わかんない!あれは誰にも見せないって約束でしょ!?」

「あぁ?自分で金稼げっつったのはテメェだろ?あるもの使って何が悪いんだよ?」

「そんな!」

「まぁまぁ」

 私とセイ君が言い合いをしてると、オジサンが割って入ってくる。オジサンは私の肩を両手で掴んだ。

「レンちゃん。彼を責めないでやってください。悪いのは私なんです。私はね、君みたいに若くて綺麗な女の子の、淫らな姿がたまらなく好きでね。そして動画を見ているうちに、私自身も君を味わいたくなって…へへへ」

 気持ち悪い。最悪すぎる。私は思わずおっさんの手を払い除けていた。

「早くその動画消してください!今すぐ!け、警察呼びますよ!」

「ふふ、呼んで構いませんよ。私は君の体を味わえればそれでいい。警察のみんなとも仲がいいのでね」

 スーツの男の人たちが近づいてくる。囲まれた。

「言うことを聞けないのなら…この動画をネットに流すだけですしね」

 オジサンは言う。

 人生最悪の2択だった。この知らないオジサンに無理矢理されるか、ネットに私のエロ動画を流されるか。

 ネットのエロ動画なんていくらでもある。だから、ここで下手に相手の要求を飲む方が絶対にまずい。

「いやです!警察行きますから!」

 はっきり言ってやった。

 オジサンの目つきがキツくなる。空気が変わったのがわかった。

「…抑えろ」

 オジサンが低い声で命令を始める。周りにいたスーツの男の人たちが私を取り押さえようと動き始めた。

 怖い。

 けどここで動かなかったら、何をされるかわからない。

 私はすぐ横にあったライトを手に取って振り回した。

 たまたま反応が遅れたスーツの男の1人にライトが直撃して、空気がざわついた。

 私はそのまま奴らに背を向けて逃げ出す。捕まったらタダじゃ済まない。本能的に私にはそれがわかった。

 ラブホを抜け出し、繁華街を走り抜けて、私はひたすらに走った。人混みの中に紛れて、さらにそれをかき分けて、追われないように逃げていく。

 なんとか人目につかなさそうな路地裏まで逃げ込んだ私は、スマホをカバンから取り出した。誰か助けを呼ばないと。

 手が震えてる。呼吸も落ち着かない。

 そんな状況で、一番上に見えたのは、沙織の名前だった。

 色々考えるのもすっ飛ばして、私は沙織に電話をかけてた。

「お願い…出て…沙織…!」




 私、沙織。今日も今日とで放課後のバレー部の練習中。

「OK!10分休憩!」

 顧問の武田先生がそう言ってくれると、私はレシーブの練習に付き合ってくれた子からボールを預かる。そのまま体育館の隅に置いたカバンのところまで歩くと、その中から水筒を取り出した。

「お疲れェ。ユニフォームを着てる女の子はえぇのぉ」

 私のカバンの見張り番をしていたおっさんが言う。私がこんなに頑張って運動してるっていうのに、おっさんは横になってお腹を掻いてた。

 私はそんなおっさんの態度を無視して水筒を飲もうとする。すると、おっさんが急に声をかけてきた。

「おい、沙織、スマホ鳴ってるぞ」

「え?」

 おっさんに言われて、私は一度水筒を置くと、カバンからスマホを取り出す。確かに振動しているスマホの画面を見ると、レンからの着信が来ていた。

 なんでレンが?私は不思議に思いながらその着信を受けた。

「はい、もしもし?」

「沙織!助けて、お願い…!」

 レンの切羽詰まった声。私も表情がこわばったみたいで、おっさんは不思議そうに私を見た。

「レン?どうしたの?今どこ?」

「駅の繁華街、ヤバい奴らに追われてるの、お願い、助けにきて…!」

 レンの声からしてこれはイタズラじゃない。本当に緊急事態なんだって気がした。

「ヤバい…!見つかった…!ごめん沙織!」

「レン!?」

 私が呼びかけても、返事は来なかった。レンの荒い息遣いと通話が切れる音が、スマホから最後に聞こえた音だった。

「おい、沙織、大丈夫か?」

 おっさんが尋ねてくる。

「大丈夫なワケない、早くレンを助けにいかなきゃ!」

 私はカバンにスマホを突っ込み、体育館用のシューズを脱ぎ捨ててカバンに突っ込んだ。

「休憩終わり!沙織!何してんの!?」

「すいません!じいちゃん死にました!」

「前に言ってたよそれ!」

「じゃあばあちゃんが死にました!」

 私はワケわかんないこと言いながらカバンを担いで体育館を出ていく。武田先生の声が聞こえた気がしたけど、そんなのに構う暇もなく、私は駐輪場へ走り出した。

「おい、沙織!沙織!」

 おっさんが私の少し後ろから声をかけてくる。息が切れてるみたいだけど私は気にしないで走りながら応えた。

「なにおっさん!?」

「何が起きてる?そんな慌てて部活サボっていいのか?」

「正直何が起きてるかは全然わかんない、けど助けないと!」

「具体的にどうするつもりだ?」

「チャリにレンを乗せてすぐ逃げる!」

 実はそこまで考えが回ってなかったけど、おっさんのおかげで今考えがまとまった。

 ちょうど駐輪場に着いて、自転車の鍵を外し、私も自転車にまたがる。

「飛ばすよ、おっさん!」

「しょーがねぇな…!」

 私が自転車に乗る間、おっさんは屈伸して準備運動を済ませる。私が自転車のペダルを全力で踏み抜くと、おっさんもそれに合わせて私の隣を走り始めた。

 正門近くの他の生徒の間をかき分け、校門を出て、生活指導の先生の横をかすめながら私たちは学校を出てレンがいるはずの繁華街に向かって走り出した。

「こら!小崎!」

「サーセンしたー!」

 生活指導の先生に怒鳴られ、私は逃げるようにしながら謝罪して走っていく。隣を走るおっさんはヘラヘラ笑いながら話しかけてきた。

「明日は先生方から大目玉だな、沙織」

「別にいいし。レンを助けられるならいくらでも怒鳴られてやるっての」

「いいねぇ。そうこなくっちゃな」



「はぁ…はぁ…」

 私、レン。今必死に逃げて、建物の陰に隠れてるところ。

「いたか」

「いや、手分けしよう」

 あのおっさんの部下たちが少し離れたところで作戦会議してる。私は口を両手で塞いで自分の息が聞こえないようにしてるけど、いつあいつらにバレるかヒヤヒヤしてる。

 私は目だけ出して様子を見る。見た感じ、私の追っ手はいなさそうだった。

 沙織はきっと私のことを助けにきてくれてるはず。だったら学校から近い方に逃げるべき。私はそう思って物陰から出て、大通りに出た。

 やっぱり今のところこの辺りに追っ手はいなさそう。私はそう確信して大通りを学校側に走り出した。


 そんな長く走らないで、繁華街は抜け出せた。人通りの少ない、川沿いの道。ここを進んでいけば、いつかは学校まで逃げられる。

「よし…」


「何が『よし』だ、あぁん?」


 背後から聞こえたのはセイ君の声だった。

 怖かった。その一瞬、私は全身動けなくなった。

 そんな私の腕を無理矢理掴んで、セイ君は私を振り向かせた。

「やめてぇっ!」

「うるせぇ!!」

 セイ君の怒鳴り声と拳が私に飛んでくる。

 口の中で血の味がして、私はそこに倒れた。

 初めての痛みと恐怖を感じながら、私はセイ君を見上げた。すごく鋭くて凶暴な表情で、私のことを見下ろしていた。

「テメェのせいで恥かいたじゃねぇかよ…!会での俺の立場も最悪だよクソアマ!」

 セイ君はそう言って私に馬乗りになってくる。逃げ出そうとしたけど、セイ君は私の首をすごい力で締めてきた。

「やめて…!先輩…!」

「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇ!テメェなんざただのオナホ代わりだ!」

 私の言葉にも、セイ君は乱暴に怒鳴ってくる。


 息ができない。意識が遠くなってきた。


「や…め…て…」


「だったらあのおっさんに抱かれて俺に金を貢げ!」


 私は首を横に振った。


「じゃあ死ね!」





「こらぁああああ!!!」

 レンが馬乗りにされて殺されそうになってた。

 私は自転車の後輪を若干浮かせて、急停止で回転をつけてレンに馬乗りになってる男の顔面を殴り飛ばした。

「っ!?」

 男もさすがに効いたみたいで吹っ飛んでいく。

 私は自転車を一旦止めると、その場に倒れ込んでいたレンのところに駆け寄った。

「レン!レン!大丈夫だった!?」

 レンは青白い顔をして咳き込んでいたけど、私の顔を見て安心してくれたみたい。

「沙織…!来てくれてありがとう…私は大丈夫!」

「じゃあ逃げよう!」

 私はレンの手を取って立たせると、自転車まで逃げようとする。

 でも、その瞬間、自転車と私たちの間に怪しいハゲのおじさんと、強そうなスーツの男の人たちが現れてた。

「おやおや、可愛らしい女の子がもう1人…へへへ…」

 おじさんが私の顔を見て薄ら笑いを浮かべる。私は背筋がゾッとする感覚だったけど、頑張って強気に行った。

「うちの友達いじめたの、あなたですか?さっさとやめてくれません?」

「おぉう、強気な子だ。ますますわからせ甲斐があるねぇ」

「そもそもおじさん誰です?そんな高そうなスーツ着て、平日の昼間から援交とか、他にやることないんですか?」

「罵倒のレパートリーが豊富だなぁ」

 私の背後霊のおっさんが呑気に感想を呟く。いや助けてよこの状況!

「失礼、申し遅れてました。私の名前は煙塚けむづか、普段はこの街のために政治家として働いているのですよ」

「それでどうしてうちのレンを狙うんですか!」

「政治家という仕事はストレスが溜まるものでしてね。それを女の子に抜いてもらい、対価を支払うだけですよ。特にそちらのレンちゃんは、そこに倒れているセイ君から、すごい動画を送られてきたこともあってね…」

「どういうこと、レン?」

 私は状況がよくわからなくてレンに尋ねる。レンは下を向いてモジモジしていると、私の耳に口を近づけた。

「エロ動画撮られた。そのおっさんがそれを持ってる」

「えぇっ!?」

 想像以上の出来事に、私は思わず声を上げる。同時に、私はこの煙塚とかいう男への憎しみが急に倍になった。

「今すぐレンの動画を消してください!」

「構いませんよ。お嬢さん、あなたが私の息抜きに付き合ってくれればね」

「ふざけないで!私はあんたの相手なんかしない!」

「じゃあ黙ってレンちゃんを引き渡しなさい」

「いやだ!」

 私がハッキリ言うと、煙塚は舌打ちしてくる。

「やれやれ…もの分かりの悪い子だ…分からせないとな」

 煙塚はそう言ってこっちをにらんでくる。私は嫌な予感がして、後ろのレンに叫んだ。

「レン逃げて!」

「ダメ、囲まれてる…!」

 レンが絶望したような声を出す。私もレンの方を見たけど、確かに四方八方スーツの男たちに囲まれてた。

「うそ…」

「怪我をさせない程度に抑えて車に乗せろ」

 煙塚の指示で、男たちが私たちの方に歩き寄ってくる。逃げ道なんて当然なかった。

「誰か!助けて!」

 私は声を上げたけど、構わずスーツの男の1人が私の腕を強引に掴む。私は振り解こうとしたけど、別の男が私を羽交締めにしたせいで、逃げようにも逃げられなかった。

 レンが抵抗してるけど連れていかれる。私も簡単に持ち運ばれて、すぐ近くにあった車に連れていかれる。

「やめて!お願い離して!」

 私は全力で叫ぶ。けど、誰も見向きもしない。

 でも1人だけ、なんとか私を助けようとしてくれてる人がいた。

「おい!テメェらそれが女にやることか!屈強な男で寄ってたかってJKをねじ伏せて誘拐か!俺が相手になってやる!ほらどうした、こっちを見ろ!やってみろ!かかってこい!」

 私の背後霊のおっさんだった。でもいくらおっさんが声を出しても、幽霊だからスーツの男たちには聞こえてなかった。




「お願い!助けて、おっさん!!」





 沙織が叫ぶと、俺の右手に何かが握られていた。

 見ると、それは黒い木刀だった。

 これがなんだかわからない。でも、やるしかない。

「オラァ!」

 俺は思いっきり目の前の男の背中めがけて振り下ろした。

「うぐぁ!?」

 さっきまで文字通り指一本触れなかった相手が、俺の木刀の一撃で怯んで、倒れた。

 異変に気づいた別のやつがこっちを見るけど、俺の存在には気づいていなさそうだった。

「どうした!」

 振り向いてきた男が状況を尋ねてくるけど、俺は構わずその男の顔面に木刀を思い切りフルスイングする。派手に吹っ飛んで倒れていった。

「おっさん!」

「今助けてやるよ、沙織!」

 沙織の明るい声が聞こえてくるのに従って、俺は沙織を連れ去ろうとする屈強な男たちに駆け寄り、木刀を振り下ろしまくる。

 当然向こうは俺の存在なんか知らないわけで、見えない攻撃に何の抵抗もできずにみんな倒れていった。

 沙織も男たちの手から抜け出し、立ち上がった。

「おっさん!ありがとう!」

「よっしゃ、レンも助けるぞ!」

 俺たちは短く目配せをしてうなずき合う。レンの方はすでにあと少しで車の中だった。

 沙織が真っ直ぐレンに向けて走り出す。俺は沙織の少し前を走り、レンを掴んでいる男の背中を狙った。

「レーン!」

 沙織が叫ぶと、何人かの男がこっちに振り向いてくる。男たちの動きが止まったその瞬間に、俺は木刀を、レンを掴んでいる男の頭に振り下ろした。

「ぐはっ!」

 俺が1人倒している間に、沙織も思いっきりダッシュの勢いがついたタックルでレンを掴んでいる別の男を吹っ飛ばす。意外に根性あるな、この女。

「レン、大丈夫!?」

 沙織はすぐに立ち上がると、レンに尋ねる。レンは素早く何度も頷いた。

「おかげで大丈夫!マジでありがとう…!」


「この無能どもが…!小娘2人どうして捕まえられない!」


 一連の流れを少し遠くで見ていた煙塚が言う。やつはポケットから棒を取り出した。

「こうなったら…私が力尽くでわからせるしかないようだね…!」

 やつはそう言って棒を振りかぶると、沙織とレンに向けて走ってくる。

 俺はさっさと2人の前に立ち、煙塚と向き合った。

「このガキ!」

 煙塚が俺の背後の2人に棒を振り下ろす。

 だが俺はそれを木刀で弾き返すと、木刀で煙塚の脇腹を振り抜き、ついでに胸ポケットに入っていたスマホも、木刀の先で取り出し、宙に浮かせた。

「しまった!」

「沙織、頼むぞ!」

 煙塚がスマホをキャッチしようとした瞬間、俺は木刀でそのスマホを沙織の方へ飛ばす。

 少し変な方向にスマホが飛んだけど、さすがバレー部の沙織は飛び込んでキャッチすると、スマホを操作する。

「レン!これ!?」

「そう!」

「よし、『削除』ぉ!」

 沙織はそう言って動画を消してみたいだった。にしてもそんなすごい腰使いだったなら一度拝みたかったぜ。

「ほら、おじさま、大事なスマホでしょ?返してあげるよ!」

 沙織はそう言って煙塚の顔面めがけてスマホを投げつける。縦回転の利いたいいスマホが煙塚の顔面に直撃した。

「くっ!」

 煙塚は悔しさで地面を殴りつける。そしてスマホを拾い上げ、沙織とレンを睨んだ。

「…どんなペテンを使ったのかは知りませんが、今回は見逃してあげましょう。ただ忠告しておきます。私たち『地獄の会』のメンツを潰して、ただでいられるとは思わないことですね」

「『地獄の会』…?」

「それでは、夜道に気をつけてお帰りください?お嬢さん方」

 煙塚はそう言って立ち上がり、スーツの男とレンの元カレと思わしき男を連れてワゴン車に歩いていき、車に乗って俺たちの目の前から去っていった。





「やったぁ!無事で良かったよ、レン!」

 私は声を上げながらレンに抱きつこうとする。でもそれより早くレンが私を押し倒した。

「うわぁああん…!ありがとう…!ありがとう、沙織…!」

 レンが柄にもなく声を上げて大泣きしてる。私も思わずつられて泣きそうになったけど、私の胸で泣くレンの頭を撫でた。

「本当に…もうダメだと思った…!沙織が友達で本当に良かった…!」

「レン、実は私1人でレンを助けたわけじゃないんだ」

 私はおっさんのことを話すことにした。信じてもらえなかったとしても、助けてくれたおっさんのことはしっかり伝えておきたい。

「え?」

 当然レンは戸惑ったような顔を向けてくる。私は気にせずに話した。

「信じてくれないかもだけど、昨日の夜から、私、おっさんの背後霊がついたらしくて」

「えぇ?」

「ずっと私についてきてて、話もできて、さっきも悪い人たちを倒してくれてたの」

 私の言葉に、レンは目を何度も閉じたり開いたりしてる。まぁ、信じられないのは当然だよね。

「沙織、本気で言ってるの?」

「うん。だから、一応、おっさんにもお礼を言ってあげて欲しいなって」

 私が言うと、おっさんがわざわざ私の前に回り込んできた。

「沙織、無理に言わせるなよ。俺のことなんていいって」

「でもおっさんがいなかったら、私たちどっちも誘拐されて何されてたかわかんなかったよ?それは事実じゃん」

 私とおっさんの会話を、レンは不思議そうに見ていた。

「沙織、マジで、『いる』の?」

「うん、今レンの横にいる」

 レンの質問に、私は普通に答える。レンは私の向いていた方向を見た。

「えっと…じゃあ、沙織、その人の名前、なんていうの?」

「あぁ、『おっさん』だよ。名前ないんだって」

「そうなんだ。じゃあ…」

 レンはわざわざ正座になると、おっさんのスネに向けて話し始めた。

「あの、『おっさん』さん、助けてくれて、本当にありがとうございます」

「あ、レン、それ、おっさんの脚だわ」

「えぇ?」

「あぁっ、おっさん!あんたレンに何させようとしてんのよ!この変態!死んじゃえ!」

 おっさんがレンに対していかがわしいポーズを取ろうとしたので、私は紳士的にそれを止める。すると、おっさんがにやけて謝り、私に提案してきた。

「沙織、レンに『地獄の会』ってのを聞かなくていいのか?」

「あ、そうじゃん。レン、さっき煙塚が『地獄の会』だとか言ってたけど、なんなの?」

 私が尋ねると、レンは暗い表情で話し始めた。

「そっか、沙織は越してきたから知らないのか…まぁ、簡単に言うとこの街をアジトにしてる犯罪組織。少し前に一掃されたって聞いたんだけどね…」

 レンはそう言いながら自分の鳥肌を抑えるように両腕を交差させて二の腕に触れた。

「かなり大きくて、警察も手出しできないんだって…それが復活して、しかもセイ君がそのメンバーで、挙句顔も名前もバレてるなんて…」

 レンは絶望したように言う。そんなレンを見て、私は考えるよりも先に口走っていた。

「大丈夫だよ、レンのことは私とおっさんが守るから!」

「え?」

 レンもおっさんも戸惑う。けど、私は迷わず話し始めた。

「朝は人目が多いから大丈夫でしょ?で、昼は学校で、私も一緒だから大丈夫、で、帰り道が1番危ないけど、私が一緒ならおっさんもいるし、大丈夫だよ!」

「でも…」

「ね、おっさん?」

 なんかレンが言おうとしたけど、私はおっさんに話を振る。おっさんは少し悩んでからうなずいた。

「まぁ、俺もやりようがあるってわかったから、ボディガードは引き受けるよ。任しときな」

「ほら、おっさんもこう言ってる。って見えないし聞こえないんだった」

 私はレンに対して言ったけど、言ってから気づいた。

「とにかく、警察も頼れないんだったら自分たちで自分の身を守るしかないっしょ?私とおっさんに任せてよ」

「…いいの?これ以上危ないことに巻き込んで」

 レンがしおらしく尋ねる。いつもイケイケなレンらしくなくて可愛かった。

「全然大丈夫だよ!私ら友達同士じゃん?」

 私は特に考えずにそう言った。そしたら、レンは下を向いて泣き始めた。

「…もう…泣かせないでよ…沙織…」

 レンがそう言ったのを、私は聞こえないフリをした。レンは割と強がりだから、こうやって泣いた顔も無理に笑顔にして私の方に向けてきた。

「それじゃ、これから毎日よろしくね」

「うん!こちらこそ!」

 私たちは笑顔を交わした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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