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ごめんねニャミィ

作者: 文月みつか

 しずくは45リットルのゴミ袋の口をしばって息を吐いた。これで6袋目になる。着なくなった服、壊れたドライヤー、買ってみたもののほとんど使うことのなかった小顔ローラーや、ダサかっこいいけどやっぱりダサいもらいものの時計などを、きっちり分別して詰めてある。ほかにも、不要になった本や雑誌、折りたたみ椅子などが雑然と並んでいる。


 仕事を辞め、惰性で付き合っていた彼氏にも別れを告げ、疲弊した心をなぐさめようと久しぶりに実家に帰省した雫だったが、近況を報告する間もなく、部屋の片づけを命じられた。近々弟夫婦が初孫を連れて遊びに来るので、彼らが泊まっていけるようになるべく場所を空けろとのお達しだった。


 両親にまったく歓迎されていないことに傷つきながらも、雫は片づけに取りかかった。そして始めてしまえば、夢中になった。些細なミスを執拗に責めてくる上司のことや、別れようと言ったら驚くほどあっさりと受け入れた男への怒りを忘れ、片づけに没頭した。一つ一つ手に取り、手放すことを決心するたび、心は軽くなった。


 いよいよ、片づけも最終段階に入った。押入れの段ボール箱の最後の一つ。ぬいぐるみが入っている箱だ。


 カバ、うさぎ、犬、ネコ、ハムスター、オウム、ゲームのキャラクター、クマ、怪獣、アザラシ……こんなに集めていたのかと思うほど出てくる。思い入れの少ないものはすんなり袋に入れられるのだが、かわいがった記憶がしっかりと残っているものはどうしても捨てる決心ができない。


 中でも、ニャミィは特別だった。猫が飼いたいと駄々をこねたが、弟がネコアレルギーのため許してもらえず、その代わりに与えられたのがニャミィだった。


 これは本物の猫じゃないと拗ねていた雫だったが、両親と弟への当てつけで、とにかくどこへでも連れて行った。ご飯も、トイレも、寝るときも一緒。幼稚園にも持っていく。家族でレストランに行ったときも、テーブルに座らせる。そのうち、雫にとってニャミィは本物の家族になった。


 一度、電車に乗ったときにニャミィを置き忘れて大泣きしたことがある。遊園地に向かう途中だったが、それが中止になるほどの大事件だった。雫は泣き出すと手が付けられない強情さを持っていた。遊園地に行けなくなって泣き出す弟よりも、ずっとずっと激しく泣きわめいた。両親は雫に根負けし、駅員さんにニャミィの捜索を依頼した。家族の団らんどころではなく、いつまでもぐずる雫をなだめるのに両親は必死だった。半日以上かけて無事にニャミィが戻ってきたとき、雫はまたしても泣いた。泣いてニャミィに謝った。もう絶対に離さないと、固く心に誓った。


 今、雫はニャミィを手放そうとしている。大事な大事な家族を、燃えるゴミに出そうかどうかと考えている。床において、また手に取って、ちぢれたヒゲを引っ張って、背中をなでたりしている。へその辺りを押すと、空気の抜ける音がした。昔はこうするとパプーと鳴いたのだが。さすがにもうお役御免か。

「ごめんねニャミィ」

 雫はビニール袋にニャミィを入れた。




 数日後、弟夫婦と姪っ子が実家を訪れた。両親は彼らを、特に孫を盛大に歓迎した。雫が来たときと打って変わってテーブルにご馳走が並んだ。あまりの落差に雫は呆れたが、父と母のとろけそうな笑顔を見ると、まあいいかと納得した。姪っ子はじいじとばあばにちやほやされてたいそう楽しそうにしていたが、雫にも興味津々の様子だった。前に会ったときは歩いてもいなかったので、ほとんど初対面のようなものだったが、姪っ子はかまわず雫の膝の上にも座ってきた。まるで警戒心がない。雫の顔は自然とほころんだ。


 すっかり懐いた姪っ子を、雫は自分の部屋に案内した。ジャングルジムとすべり台の遊具を見て、姪っ子は歓声をあげてはしゃぎまわった。前日、父と二人で組み立てたものだ。これをやりたいがために場所を空けろと言われたのだと、雫はそのとき知った。


 何度かすべり台を周回したあと、姪っ子は本棚の上に並べてあるおもちゃやぬいぐるみに興味を示した。ほとんど母が買いそろえたものだ。

 姪っ子は新しくて清潔なクマのぬいぐるみを取って、ぎゅっと抱きしめた。途端に、そばでスマホを構えていたじいじとばあばの撮影会が始まる。


 やはりそっちがよかったか。

 雫はふっと笑って、クマのとなりに並べておいたニャミィを手に取った。一度はゴミ袋に入れたものの、どうしても捨てられなくて戻したのだった。だってニャミィは、雫の本物の家族だからだ。


「それ、なーに?」

「ん? お姉ちゃんの宝物」

「かーしーて」

「えー、どうしようかなぁ」


 両親がしかめ面でにらんでいるのを雫はひしひしと感じる。


「そっとね。やさしくするなら貸してあげる」

「あいがと」


 姪っ子は、ニャミィを赤ちゃんのように、そうっとやさしく抱っこした。


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