ものすごいフリフリでリボンで
びしょ濡れになった俺は、店主のお婆さんに引っ張られて店の奥へ連れて行かれた。
「あたしの若い頃の服しかないからね。悪いけどそれで我慢しな」
そう言って濡れた服を着替えさせ、暖炉の火まで点けてくれた。
「あら、良いじゃないかい」
俺の着替えた姿を眺めてご満悦そうなお婆さん。 隣でロイドが声を潜めて笑っているが、見なかったことにした。
庶民的な綿製のワンピースはゆったりとして着心地が良い。草木染めの落ち着いたローズピンクの色合いも感じが良い……だが、少々、装飾過多ではないか。
ギャザーのたっぷり取られたスカート部分は何十ものレースになっていて、襟や袖口にもレースがあしらわれている。
小ぶりのリボン飾りがスカートにたくさん付いていて、極め付けに腰と襟元にも大きなリボンがある。
お婆さん、これを若い頃に着ていたのか……。
お婆さんは俺のことを「偉い人に無理矢理交渉に連れてこられたかわいそうなお嬢さん」認定したらしく、やけに気の毒がられた。
「まったく、あたしの同情でも買おうとでもしたのかね。こんないたいけなお嬢さんまで巻き込むなんて!」
お婆さんはプリプリ怒りながら、良かったらこれ、食べな。と、俺にあたたかいハーブのお茶とヌガーを差し出した。
一口食べて、あまりの甘さに衝撃を受ける。駄菓子っていうのは、なかなか刺激的だな。
一口お茶を飲んで落ち着くと、もう一口食べたくなってきた。これは、癖になる味だ。
カラン、と扉が開いて、子供たち数人が店内に入ってきた。
「ばあちゃん、俺レモンのキャンディ」
「ばあちゃん、僕はナッツのヌガー」
「えーと、ばあちゃん! ぼく、リコリス菓子がいい」
ぴょんぴょん飛び跳ねて口々に訴える子供たち。
「はいはい、こら、ちゃんとお並び。順番だよ」
お婆さんから菓子を受け取った子供たちは、きゃっきゃと笑いながら外へと飛び出して行った。
「店主さん、俺もばあちゃんって呼んで良いか」
「呼び方なんか、好きにするが良いさ」
ばあちゃんは肩をすくめる。
「ばあちゃんはこの町の、みんなのばあちゃんなんだな」
外から、去っていった男の子たちの笑い声が聞こえてくる。
たぶんずっと前から、この町ではこんな光景か続いているんだろう。
「俺、ばあちゃんのヌガーが大好きだったって大人の人に会ったんだ。子どもの頃、何度もばあちゃんとこに買いに行ったって」
「トーマス坊っちゃんのことだろ」
「! ……知ってたのか」
「この町で育った子で、あたしが知らない子なんていないさ」
知っていてあえて、知らない振りをして追い返していたのか。
「ばあちゃん。男爵……トーマスさんは、ばあちゃんの店が大好きで、思い出の店を無くしたくないんだよ。そうじゃなきゃとっくの昔に、無理矢理立ち退かされていたはずたよ」
「……悪いけど、説得しようとしたって無駄だよ。あたしは何もかも知ってて、それでもここを動かないって決めてるんだ」
ばあちゃんはテコでも動かないといった様子で、テーブルのふちを握り締める。
やっぱり、そう簡単にはいかないよな。
「この町の人がばあちゃんを説得できないのに、俺にできるはずもないよ。だけど、教えてほしい。ばあちゃんがここを動きたくない理由って何なの」
じっとばあちゃんを見つめて答えを待っていると、威風堂々としたばあちゃんの雰囲気が、ふと弱まった。
「……息子をね、待ってるんだ」
ばあちゃんの旦那は、生まれたばかりの息子とばあちゃんを置いて、どこかへ行ってしまったそうだ。
商売をすると言って出て行ったけど、
「浮気だよ。愛人とどこかへ行っちまったのさ」
ばあちゃんはそう考えている。
ばあちゃんは旦那の残した雑貨店を改装して、駄菓子屋を営むことにした。菓子を買いに来てくれる子供たちは、いつも嬉しそうだ。息子、ナッシュも大きくなったらあんな風にに楽しそうに菓子を食べてくれるだろうか。
それを楽しみに、ばあちゃんは頑張った。
願いは叶って、ナッシュは孝行者の良い子に育った。
だか、商売人だった父親の血がそうさせるのか、「町の外で大きな商売がしてみたい」と言って、旅に出ることが多くなった。
ナッシュの口癖は「将来母さんをきっと楽にさせてあげるから」だったが、あまり成功した様子もない。
寂しかったし、心配だったばあちゃんは、そろそろ町に腰を落ち着けてはどうか、商売ならこの町でもできるだろうと説得したが、ナッシュは首を縦に振らない。
「大丈夫、今度こそうまくいきそうなんだ。少し遠いところへ行くからしばらく帰れないけど、心配しないで。必ずここに帰ってくるから、どこにも行かずに待っていて欲しい。お願いだよ」
そう言って彼がこの町を出たのが五年前のことだ。
「息子がこんなに長い間、便りも寄こさないなんて初めてさ。本当はあたしだって、薄々わかってる。もうあの子は、帰ってこないかもしれないって。だけどあたしは、あの子のたった一人の親なんだ。偉い人に逆らった罪でしょっ引かれたって構わない。最後のさいごまで、ここであの子を待ち続けたいんだ」
ばあちゃんは息子の姿を探すように、窓の外を眺めた。
窓枠の板の上の花瓶に、あの黄色い花束がきれいに整えられて挿してあった。
みんなばあちゃんが大好きで、幸せでいて欲しいだけなのに、どうしてこんなことになっちゃうんだろうな。
また来るよ。そう言って俺は店を出た。
インベックの街に通された中央街道は、ばあちゃんの店周辺を除いて完成していた。
確か早ければ来月にも、全道開通式が行われると聞いている。本当のところ、立ち退きに一刻の猶予もない。
男爵は間も無く、やむを得ず強権を発動して店を取り壊すことになるだろう。
だけどそれじゃあ、みんなが悲しい思いをすることになる。誰も悪くなんてないのに。
「なあロイド、この道、結構広さがあるよな」
大型のの馬車が四台横並びになって、まだ余裕がある程度の広さだ。
「道の真ん中に店だけ残そうと考えていますね。一時的な折衷案としては妥当ですが、住民が納得しないでしょう。馬車がかなりのスピードで通ることが予想されますし、安全面に懸念が残る」
うん、ばあちゃんも心配だし、何より子供たちの店だからな。安全は重要なことだ。
「息子さんがすぐに帰って来てくれればなあ、万事解決なんだけど」
「一応調査はしてはみますが、……あまり期待は出来ないかと」
「うん?」
ロイドは少し店の方を気にして、「あとで話しましょう」と言った。
本日の宿の受付は魔動人工知能ではないらしい。 俺はなんとなくほっとした。
宿で出された夕食はスープとパンという簡素なメニューだが、量も味も満足のいくものだった。
これだけ大きい宿場町だと、宿同士の競争でそれぞれの店のサービスが良くなったりするんだろうか。
「さっきの話の続きですが」
おっと、そうだった。
「息子さんが帰ってくるのは期待できないってことだったな」
「はい。男爵は言葉を濁していましたが。あの老婦人の息子は、良い評判を聞きません」
「なんだって」
ばあちゃんの孝行息子だったんじゃないのか。
「外からきた怪しげな連中とと酒を飲んだりしているところを、多くの人が目撃しています。近い将来大金を手に入れると大声で自慢することもあったようで。後ろ暗い商売にでも手を出して、帰るに帰れなくなったのではないかというのが、大半の町の人たちの見解のようです」
「わあ……それは……」
限りなく黒な気がするなあ。ばあちゃんの為にも息子さんを信じてやりたいけれど。
ふと見下ろすと、手慰みにブスブスとフォークで刺していたスープのじゃがいもに穴が空き、皿の底が覗いていた。
「あ、そうだ……」
良いことを思いついたかもしれない。