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スローライフを成功させるための1000の方法

 宿で過ごした翌朝。


 俺がバッグからおもむろに取り出したのは、一冊の本だ。

『スローライフを成功させる1000の方法』

 表紙にはそう記されている。

 革張りの装丁は重く分厚く、正直持ち運びには向いていないが、これは俺の聖典なので持ち出さないという選択肢はなかった。


 基本的に本って重いし、旅向きじゃないよな。

 もし俺が将来出版業を営むことになったら、旅に手軽に持ち歩ける、小さくて軽い本を開発したい。

 旅行記を持ち歩きながら旅に出るとか、楽しそうじゃん。


 おっと、妄想はここまでにしておこう。

 俺が目指したいのは出版業界の改革ではない。


 早速捕まって監視対象に収まった俺だが、この程度の失敗で追放スローライフを諦めるつもりはない。


 狙ってやったことではないが、「王太子として大々的に活動しなければ多少のことには目を瞑る」という譲歩を引き出したからには、これを利用しない手はない。

 田舎暮らしが許される今のうちに、スローライフの地盤を固めていくのだ。


 何度も読み返して開き癖の付いた一章のページを飛ばし、二章のページを開く。


『第一章 千日のスローライフも一日から』

 という見出しから始まるこの章は、「忙しくてとてもじゃないがスローライフできない」や「田舎暮らしにあこがれるが家族の説得が難しい」といった、世知辛い現代のお悩みの回答として、「週末、もしくは月一ではじめるスローライフ」や「今すぐ、この場で始められるスローライフ習慣」などについて書かれてる。

 実に素晴らしい内容で、俺はかじりつきで読んだものだ。


 週末でも、一日からでも、王太子でも始められるスローライフ。なんという良い響きだろう。


 だが現在、王太子業はお休み、王都を飛び出す一歩手前だ。

 さらにステップアップした本格的スローライフを実践していくチャンスの到来だ。


======


~第二章 スローライフの前に、ひと仕事しよう~


やあ、諸君はこの第二章の見出しを読んで、なにごとかと思ったかもしれない。


「せっかくスローライフをはじめる心の準備ができたのに、今度は仕事をしろだって?」

「どうせ大金持ちじゃなきゃスローライフなんか無理なんだろう、わかってたさ」


ちょっと待ってくれ。君たちがこの本を窓から放り投げる前に、ひと言弁解させてほしい。


たしかに、スローライフに限らず、人間が生きていくためには多少の金銭が必要になるね。

これはしかたのないことだ。


だけど、私が言いたいのはこういうことなんだ。

君たちがうんざりしている「労働」というものだって、「スローライフ」の楽しみごとの一部にできるってこと!


もちろん、今の仕事が楽しくて仕方がないっていう人たちは幸運だ。

仕事とスローライフは両立できるってことは、前の章でも言ったよね。大いに楽しんでほしい。


だけど、現状に不満を抱えている諸君には、よりスローライフ向きの仕事がたくさんあるってこと、知っておいてほしい。


次の章からも詳しく説明するけど、ここではいくつかの職業を紹介していくから、君の人生設計ににピッタリ合いそうなものをチェックしていってほしい――


======


 たしかに、スローライフには資金が必要だ。

 俺みたいに追放、または逃亡後に目指すスローライフならなおのこと。

 最低でも、しばらくは働かなくても何とか食べていけるだけの貯金が必要だろう。

 そうでなければ俺みたいな凡人は即日路頭に迷ってしまう。


「仕事かあ。俺、何が向いてるんだろ」

「あなた、王子が仕事でしょう」

 小さな独り言をロイドに聞きつけられてしまった。耳聡いやつめ。

「そっちは今営業停止中なんですーー。いやその、旅の資金とかさ。いろいろ物入りじゃん」

「心配しなくても、旅費も生活費も国庫から支給されますが」

「うーーん、そういうことじゃなくてだな……」


 まさか、いつか来るチャンスのために逃亡資金を溜めたいなどとは言えない。


「ほら、アーサー叔父上だって貿易商やってるじゃん。王族だからってお金儲けしちゃいけないわけじゃないだろ。俺は自分で稼ぎたいの」

「稼いでどうするんです」

「ど、どうもしないけどーー? ほら、ちょっとあの店に旨そうなもの置いてるなとか、これちょっと高いけど欲しいなとか、そういう物欲を満たす体験を予算とか気にせず気楽にしたいわけよ俺は」

「ふむ、お小遣い稼ぎですか……」

 ロイドはちょっと考えて言った。

「ありますよ、ちょうどいいお仕事が」




 宿のチェックアウトの時間が迫っていた。

 朝食がてら詳しい話を聞くことにして、俺たちは部屋を出た。

 受付で鍵を返却すると、例の魔動人工知能が挨拶してきた。

「おはようございます。ゆうべはおたのしみでしたね」


 ――!?


 断じておたのしんでなどいないが!?


「あとでオーナーにクレームを入れておきましょう」

 隣でロイドも顔を引き攣らせていた。


「またのお越しをお待ちしております〜」

 二度と来ないと思うけどな。


 宿から大通りに向かって歩いていると、朝食の看板を出している店があり、入ることにした。

 お、斜め向かいの古着屋、良さそうだな。あとで立ち寄ろう。


 クロワッサンとコッペパンの中間みたいなパンに、卵とベーコン、キュウリが挟んである。塩気たっぷりのベーコンがアクセントになっていてうまい。

 思ったよりグレードの高い食事に一瞬懐事情が頭をよぎるが、そういえば今日はお財布ことロイドがいるので安心だ。

 店内は賑わっている。人気の店なのだろう。


「ウェリスター領に?」

「ええ、以前から殿下に頼みたいと思ってた仕事がありまして。受けていただければ、当家から報酬を出しましょう」

「だけど俺いま公務は……」

「『ただし、静養先で特に要請がある場合は、王族として可能な限りこれに応えること』――昨日お見せした殿下の静養に関する王令にあったでしょう」

「そ、それはいくらなんでも屁理屈では」

 あれって有力諸侯を敵に回すくらいなら、謹慎中の建前とかいいからご機嫌取っとけっていう予防線では。

「実際気軽な話なんです。殿下の謹慎なんて罰としてはオマケみたいなものですからね。ヘイゼルヘイム侯爵家とは和解済ですし、多少殿下が表に顔を出したところで、『ああ、もう謹慎解けたんだな』ぐらいにしか思われません」


 そうなの? 世間の関心ってそんなもん?

 一応それなりに有名な自覚があるので、もう少し注目されてると思ってたんだが……。


「というか、大半の人が今の殿下を見て思うことはひとつです。『あの人誰だろう』」


 ――たしかに!


 そもそも俺、この姿で人前に出たこと無かったわ。

 なかったはずだ。三秒まではセーフだからな。


 この姿の俺の知名度は限りなくゼロ。そうとわかれば、こうしちゃいられない。

 俺は庶民らしくかっこよく手についたパン屑を払うと、立ち上がった。

 ロイドが微妙な顔をする。なんでだよ。


「よし、じゃあ支度するぞ」

 どうやら寄宿学校のちょいワル王子と言われた俺のアウトローぶりを発揮する時が来たようだな。




 鏡に映る俺は、どこからどう見ても一介の町娘にしか見えない。

 城のメイドたちが用意した女性用の普段着の中でも、できるだけ地味なものをカバンに詰めて飛び出してきた俺。

 だか、あくまで王子もとい王女に与えられた服である。普段着でも上質なことには変わりない。

 良いところのお嬢さん丸出しのため、ともすれば家出少女として職務質問コースに向かうところだった。


 天才的なコーディネートで町娘に扮した今の俺なら、人混みの中で完全に気配を消せる!


 いやー、寄宿学校時代を思い出して懐かしいな。 友人であるクリフとアルフィと三人で、しばしば寮を抜け出して街に繰り出したもんだ。

 古着屋に何度も通って、庶民に偽装する方法を覚えていった。いまや俺は達人だ。

 あいつらどうしてるかな。また会って話したいな。

 また会えたら――


 ――とりあえず先日俺宛に釣書を送ってきた件について、どういうつもりか正座で小一時間問いただして足が痺れたところで膝カックンの刑に処してやろう。


 それにしても、だ。

「これもダメだな、次」

「殿下」

「これもダメか、こっちはどうだ」

「殿下、これでもう五十着目です」


 信じられん。こいつ、変装の適性がなさすぎる……!


 何着ても良いところのぼっちゃんのお忍びにしか見えん…。

 ぐぬぬ。こいつさえ地味で平凡な容姿になってくれれば、目立たず騒がれずに行動できるのに!

 平穏なスローライフを目指すためにも、今後目立った行動は控えたい。

「おまえの見た目じゃ辻馬車になんて乗れないだろ! カモだと思われて強盗か誘拐コースまっしぐらだわ」

「ウェリスター領までは当然うちの馬車を出しますが……どうしてもお忍びの体裁を取りたいなら、僕に考えがあります。とりあえずは領に向かいましょう」


 そして昼前には早くもウェリスター家の家紋がついた馬車が手配された。

同じ設定で、アナベル嬢視点の短編をアップしました!


『侯爵令嬢は悪い魔女なので、浮気した王子を「消して」しまいました』

https://ncode.syosetu.com/n0624if/


お話の流れやキャラクターの性格は少し違いますが、

「イケメンキラキラ王子ぶってるけど、ノエルって『アレ』なんだよな~」

なんてツッコミを入れつつニヤリとしていただけると思います。


読み比べて楽しんでいただけると嬉しいです!

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