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王城脱出

 十二病と呼ばれる病がある。


 おもに思春期を迎えた少年が罹患するもので、やたら古代の呪いの品を欲しがったり、シルバーのあしらわれた黒い服ばかりを好んで着たり、意味のないナンセンス詩文をさも重要な言葉であるかのように唱えたりするという、心の病だ。


 将来俺の側近になる、と紹介されたウェリスター家の四男ロイドは、俺より二つ上の十二歳だった。 オリーブブラウンの髪に金の瞳の、やたら顔のいい少年だった。


 教師にこれからは二人で一緒に学ぶのだと説明された。

 そして互いの自己紹介にと「将来どのような大人になりたいか」を発表させられた。


 俺はたしか、「父上のような立派な王になる」とか定型句を述べていた。

 その頃の俺は、うすうす自分が大したことのない人間だと気づきはじめていたが、とりあえず無難な回答を考えた結果だった。


 ロイドはその問いに、

「権力者の陰で権勢を振るい、人々に気づかれないままに国内全てを掌握する人間になりたいです」

 と返した。


 俺は隣で、少しかわいそうな目でロイドを見ていたと思う。ああ、このお兄さんは十二病を患っているのだと。




 今ならわかる。あれは若気の至りの発言なんかじゃない。

 奴は本気で権力に執着しているのだ。


 俺はロイドの前で二度と見合いの話などしないと誓った。

 本気で王配の座を狙いかねない。




「れ、レインズ夫人。もう少し、もう少し緩くならないか?」

「まあ殿下、デビュタント前の令嬢でもこの程度で音をあげたりいたしませんよ」

 俺はコルセットの締め付けに、ぜえぜえと息を切らしていた。


 レインズ夫人はベテランの侍女で、よく仕事ができると評判の人だ。

 母上の側仕えだが、しばらく俺専属として付いてくれることになった。

 ありがたい、ありがたいことだが、いまは素直に感謝できない。


「さあ殿下、これでお支度が整いましたよ」

 姿見に誘導された俺は、その仕上がりに驚いた。「おお、髪が、伸びてる!」

 つけ毛でございますよと夫人が困ったように笑う。


 いやしかし、我ながら化けたもんだ。


 少々ぼんやり気味だった顔立ちが化粧のおかげで華やかになっている。

 濃いブルーのドレスが金の髪を引き立てていて、洗練された令嬢の雰囲気を醸し出している。


 文句のつけようもない美少女だ。


 やっぱり伸びしろがあったじゃないか俺!

 レインズ夫人の腕があってこそだが。


 そこへ文官の正装に身を包んだロイドが入室してきた。「ほう」と感嘆の声を漏らすロイドに、俺はしたり顔だ。

 そらみろ、これなら文句も言えまい。


 ロイドは俺の前までくると、恭しく一礼した。

「殿下、本日は不肖のわたくしに美しいあなたのエスコートをお許しください」

 作法に則った誘いにレインズ夫人は満足げだが、「え、嫌だよ」

 別に随伴まで必要なくない?


 祝い事じゃなくて罰を受けに行くんだしさ。だいたい、ロイドの介添とかむず痒いったら。


「殿下」

 ロイドはぐっと距離を縮めると、耳打ちした。

「コルセットで息が詰まり、気絶するのはよくあることです」

 よくあるんだ。怖。

「支えになるものは必要かと」


 そっかー。ぶっ倒れて頭でも打ったら危ないもんな。

 わかった。こいつは杖だ。突っ張り棒だ。


「よし、許す」




 俺は廊下を歩きながら、ロイドに文句を垂れていた。

「コルセットは良くない文化だ。これは健康に悪いものだ」

 女性はみんなコレをつけたままパーティーでにこやかに笑ってるのか? 強すぎない?

 こんなものに耐え切れる精神力と体力、尋常ではない。女性全員がコルセットを外したら、最強の部隊でも作れるんじゃなかろうか。


「なあロイド、過度なコルセットを規制する法整備とか、誰に相談したらいいんだろうな」

「そうですね。上院なら人権派のグラス氏でしょうか。彼ならうちの父が懇意なので、すぐに話が通ると思いますよ」

「女性議員はどうなの。ほら、女性の社会進出に力を入れてるあの」

「バーレンフォート女伯ですね。人選としては悪くありませんが、性格的に、この件には不向きかと」

「性格?」

「彼女、体型維持のために三日間絶食とか平気でする人です」


 みっかかん。

 修行僧か何かか?



 俺とロイドは、楕円形のテーブルがある小さめの会議場に通された。

 大広間で臣下たちが見守る中、大々的に処罰が下る――そんなケースも覚悟はしていたが、予想通り、家族会議の様相だった。


 お、珍しい。アーサー叔父上がいるぞ。

 母上は欠席か。

 なんとなく父上がしょんぼりしているように見える。夫婦喧嘩かな。


 ディラン叔父上は、いつも通り穏やかに笑みを浮かべている。相変わらずの渋イケメンだ。


「ノエルーー! しばらく見ないうちに可愛く育って!! やっぱり僕の目に狂いはなかったね、可愛い子は大きくなっても可愛いんだ!」


 アーサー叔父上がいつも通りテンション高く絡んできた。ロイドが抱きつこうとする叔父を制しようとしたが、ロイドごと抱きすくめられた。

 俺、数日前までは可愛く育ってはなかったが?


 だがアーサー叔父上には何を言っても無駄だとわかりきっているので、とにかく営業スマイルで乗り切る。

「アーサー、あとにしなさい」

 父上に注意され、アーサー叔父上は、

「あとでチョコレートをあげようね」

 そう言って渋々離れた。


「さて、いやなことはさっさと済ませよう。ノエルは今回の罪により王太子の座を返上。繰り上げてディランを、継承権第一位、アーサーを第二位とする」

「えー、俺継承権なんかいらないよー」

「黙ってろアーサー。ノエルは継承権第三位に降格、一年の謹慎処分とする」


 は……? 嘘だろ。


 処罰が、甘すぎる……!


 俺の目論見では、王籍除外までいけば御の字だが、最低でも継承権十位以下までは落ちるはずだったんだが。

 これまでのロイドの落ち着きよう、さてはわかっていたんだな。大した罪に問われないと。


「し、しかし父上。継承権の繰り下げ程度では、ヘーゼルへイム侯爵家も納得しないのでは?」

「そちらは問題ない。理由は今のお前の姿だよ。痛み分けというわけだ」


 国内で最も有力な貴族であるヘーゼルヘイム家の令嬢に、一方的に婚約破棄を突きつけ、冤罪で名誉を傷つけたのだ。中途半端な罰では臣下を侮ったと暴動を起こされかねない。

 俺の狙いはそこにあった。

 いくら俺に甘い父上でも、臣下を蔑ろにするわけにはいかない。


 だが、アナベル嬢が俺を女の子に変えたこと。これはこれで大問題だったのだ。

 王太子の身を傷付けた、ということになる。

 ある意味そうとうな傷付けようだった。見た目がすっかり変わってるレベルだからな。


 そこで痛み分けという話になった。

 まさか女の子になったことが、そういう形で俺の不利に働くとは!


 父上は、仕事は終わったとばかりに椅子に深く沈んだ。

「グレンダに叱られてなあ、お前に構いすぎるからこういうことになると」

 母上は王妃の地位にふさわしい凄みのある人で、怒るとめちゃくちゃ怖い。しょんぼりして見えたのは気のせいではなかった。


「お前は妙なところで生真面目だから……まあ休みをもらったと思ってゆっくり過ごすといい」


「ノエル暇なの? じゃあおじさんと旅行行く?」

「アーサー」


 気が向いたらいつでも声かけてね、とアーサー叔父上は言うが、その日は当分来ないだろう。

 じっとしていられない性分なのだ。今日か明日かのうちはに船上の人となっているだろう。



 そのあと俺は突っ張り棒もといロイドに捕まりつつ、なんとか私室へと辿り着いた。


 いろいろ考えないといけないことはあったが、とにかくその夜はコルセットで消耗した体力の回復につとめ、爆睡した。




 翌日、俺は身の振り方を考えていた。


 あわよくばこのままディラン叔父上が王位を継いで……という流れを望んでいたが、どうにも雲行きが怪しい。


 ディラン叔父上は、俺が王太子のプレッシャーに耐えかねてこんな行動を起こしたのだと思い、同情的だった。

「無理せずやっていけばいい」

 と言ってくれるのだが、だったら叔父上が王になってくれと遠回しに言っても、のらりくらりと(かわ)される。


 父上は女の子になった俺の姿がお気に召したのか、

「息子ひとり生まれただけでも僥倖(ぎょうこう)と思っていたが、この歳になって娘を持った父親の気分も味合わせてもらえるとは」

 とのんきな子煩悩顔に戻っていた。

 そして去り際に、

「女王、というのも悪くないかもしれん」

 と不穏な言葉を漏らした。


 悪い兆候だ。


 わりと近いうちに王太子、いや王太女か……? に戻される気配が濃厚だ。



 ――よし、逃げよう。


 俺は学生の頃に使っていたショルダーバッグを探しあて、最低限の衣類や小物などを詰め込む。


 そして日が暮れるのを待って、脱出を決行した。




 王族よりも王城をよく知る臣下などいない。

 誰でも城内のすべての構造を知っていたら、いくらでも外部から狙われてしまう。

 その点王族は子供の頃から、いざという時敵から身を守るために、隠し通路や身を隠す場所などを体に染み付くまで覚えて回る。


 あっさりと脱出に成功し、城壁の外側のエリアまで行く。

 人の往来が多すぎず、少なすぎない通りを選んで進み、一軒の素朴な外観の宿屋に辿り着いた。

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