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褒章

 それは最近主流になりつつある、金属製の馬車に似ていた。


 陽射しを受けて黒光りする車体は洗練された形で、流行に敏感な人たちが喜んで発注しそうだ。

 だがそれには、奇妙なことに馬車も御者も見当たらない。


 二人ほどが座れそうな車体部分に、一人の青年が乗っている。彼がこれを動かしているのだろう。


 近づいてきた車体に、王家の紋章が施されているのが見えた。

 通行止めになっている町中に入っても誰も引き止めず、道を開ける理由はこれか。


 奇妙な車はそのまま広場まで進み、俺たちの前で静止した。


 降りてきたのは、フワフワとした猫っ毛の若い男で、俺の顔を見ると嬉しそうに駆け寄ってきた。

「ノエル殿下、お久しぶりです!」

 ん、誰だったっけな。見知った顔のはずだが、ちょっと名前が出てこない……あ!

「ポール・フリントか」

 寄宿学校時代の一年先輩だ。

「すみません、名乗りもせず。ノエル殿下なら、顔をを合わせた程度の僕のことも覚えてるはずだって言われて、興味が湧いちゃいました。さすがです!」

 人懐っこい笑顔を浮かべるポール。


 褒めてくれるのは嬉しいが、三年後にも覚えている自信はないから、試すのはやめてほしい。


「おまえこそ、よく俺だってわかったな」

 俺いま、女の子の姿だから、寄宿学校時代の同窓は俺の姿を知らないはずなんだが。

「ああ僕、一応男爵家出身なんで。同窓のよしみでお呼ばれしてたんですよね。あの殿下のズボンずり落ち事件の時……」

「待って」


 いまナニ事件って言った?


 隣でロイドが咳払いする。

「フリント君、何をしに来たんですか」

「あっ、そうそう。勅書のお届けです!」

 ポールが手に持った筒を見せる。


 ロイドへの褒賞を知らせに来る伝令は、彼のことだったのか。


 だが俺には彼がここへ来た目的より、気になってしかたがないことがある。


「ポールが乗ってきたそれって、もしかして魔動車?」

 俺が尋ねると、ポールの目が輝きだした。

「そうなんです! 聞いてください殿下。王都からここまでどのくらいの時間がかかったと思いますか? なんと一日半です!」

 ポールは身振り手振りで感動をあらわにした。

「昼夜走り続けたわけじゃないんですよ。しっかり間に休憩を挟んで、です!」

「それは、すごいな……」


 開通された中央街道を使っても、首都からここまで馬車で五日程度だったはず。いったいどれだけの速度が出るんだ。


「魔動車の開発者多しといえども、ここまでの成果を出せる人はそうそういません。なんとこれ、かのエリアス・グラントが手掛けたものなんです!」


 エリアス・グラント。俺も名前だけは聞いたことがある。発明の量も速度も異常で、未来人なんじゃないかと噂される規格外の天才発明家だ。

 ポールが興奮するのも無理はない。発明とか機械とかそういうの、大好きなのが男という生き物だ。


 ポールは魔動車の前部分の扉になっている部分を開くと説明を始める。

「ここが動力源になっていて、こちらが冷却装置。仕組みとしては他の魔動車と変わらないのですが、ここがグラント博士のすごいところで。冷却装置の部分、進境ルーンでなく原初のルーンが使われているのはわかりますか? 通常は進境ルーンの「風」と「水」を刻むところを原初の「水」のみとすることで「流動」の概念を付加して効率化を――」

 おっと、よくわからない話になってきた。


「フリント君、そろそろ仕事に戻ってください」

 再度ロイドに促されて、ポールは「すみません」と謝罪しつつ勅書を広げた。


「ウェリスター侯爵家四男 ロイド・ウェリスター。ウェリスター領インベックにおける不穏分子の一掃および、これにかかる我が国とストラスランド王国の関係強化に貢献したことをたたえ、この者をノエル・ランドルフ・キャメロン王女の婚約者に認定する」


 ――――何て?


 ロイドを見ると、しれっとした顔で「なるほど、そっちで来ましたか」などと呟いてている。


 ポールが勅書を差し出すと、作法通り、

「謹んで承ります」

 と述べて受け取った。


 まてまてまて。


 謹んで承るな!


 ポールはにっこり笑って、

「ご婚約おめでとうございます」

 などと言ってくる。


「ロイド、何がどうなってる? なんで褒賞が俺との婚約?」

「べつに難しいことではありません。ウェリスター家くらいの家格になれば、金銭等での褒賞はかえって失礼になります。そうなると叙爵か、叙勲かという話になってきますが――兄三人の叙爵がまだですから、順序的にまずいと思ったのでしょう。残る選択肢のひとつとして、殿下の婚約者という名誉が選ばれたという話です」

「いや、そもそもなんで選択肢に入ってるんだよ。名誉? 何が? 誰が得するの?」


 これ、褒美だよな? 嫌がらせのたぐいではないよな?


「殿下こそ何を言っているんですか。王女との婚約が名誉じゃないわけないでしょう。得をするのは僕と殿下、両方です」

「俺がなんで得なんだよ!」

「それはもちろん、現宰相を(よう)するウェリスター家の後ろ盾が得られるからです。いいですか。そもそも、殿下がそのお姿で外出を許されているのは、婚約者候補の俺がいたからですよ」


 はじめから婚約者候補だった? そんな話初耳だぞ!


「殿下。これは俺への褒賞の名目で、陛下が殿下のためになさったことです。このまま女性として生きられるのなら、婚姻問題は最優先の課題だ」


 父上が俺のために?

 じゃあこれは、褒賞と称したロイドへの命令か?


 だったらむしろ、ロイドは被害者じゃないか?


「ロイドは、嫌だと思わないのかよ。権力うんぬんはさておき、俺が婚約者だぞ?」

「嫌だとは思わないですね」


 そ、そうなんだ~、先進的な感性をお持ちで……。

 そこは嫌だと断って欲しかったなーー。


 そこへ空気を読まずにポールがはずむ声で言った。

「結婚式には、僕も呼んでくださいね!」


 ――結婚?


 ここへきて、俺はようやく気付いた。

 女の子として生きるって、そういうことだ。


 男でも女でも、俺は俺だし。そう思ってたんだ。

 女の子でいたほうが王位を継ぐ可能性も低くなるだろうという計算もあったし、なにより王城を出てからの生活が気に入っていたからこそ、こっちの姿のほうが合っているような気がしていた。


 だから、実際の男女の関係がどうことか、ほとんど意識していなかった。

 結婚となれば、俳優に憧れるような気持ちでフェリクスを眺めていたのとはわけが違う。


 俺、ロイドに対してそういう意味で愛情を向けられるか?

 結婚して、キ、キスをしたりとか、それから、その……

 ちらりとロイドを見て、俺は叫びそうになった。


 ――――やっぱり、絶対に無理だ!

次が最終話です。

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