祭りの本番
その後、ウィルムグレン伯爵がメルを保護したと聞き、俺は伯爵に会いに行った。
伯爵はメルに考古学の才能があるとシトリン博士から伝え聞いていたので、大事に扱った。
母親には優秀な医者が紹介され、当面の治療や生活の資金も援助すると言われて、メルもようやく安心して、事情を打ち明けたそうだ。
伯爵から聞いたメルの事情はこうだ。
メルの亡くなった父親が、インベックで冒険者の仕事をしていた時に、一度だけ犯罪組織に関わってしまったことがあった。
メルはそのことで脅されて、言うことを聞かされていたらしい。
聞かなければ、このことを世間にバラすと。それだけでなく、母親をどこかに売り飛ばしてしまうとも。
母はメルの状況をはっきり理解していなかったが、周囲に不穏な空気を感じて逃げるように母親の出身地リンデンコットに来た。
だがメルは、ここでも砂漠の犯罪組織の一味に目を付けられた。
メルが調査団の手伝いをするようになったことで、彼らは発掘品の強奪を思いついた。
メルに情報を流させ、警備の薄くなる瞬間を狙ってテントに盗難に入った。
その後、ダンジョン最下層の調査メンバーに選ばれたメルに、何か価値のありそうな遺物を持ってこいと命じた。
俺たちとともに最下層に降りたあの時、メルは最下層にあった祭具をふところに忍ばせた。
最下層に向かうときに、メルの体調が悪そうに見えたのは、いよいよ盗みを働かないといけない緊張と罪悪感のせいだったのか。
そして中層まで戻ったメルは、トイレに抜け出すフリをして広間を出、中層まで来ていた盗賊の仲間に宝を預けた。
盗賊が宝を持ってダンジョンを出た瞬間、仕掛けが発動してドラゴンが目覚めたのだ。
ダンジョンが崩壊し、これ以上は発掘品を盗み出すことが難しいとあきらめた盗賊一味は、リンデンコットを離れた。
だがロイドたちに動きを読まれ、数人の仲間が捕縛されてしまう。
そして連中は、捕まった仲間を取り返すために、俺の誘拐を計画した。
はっきり言って、悪手ではないだろうか。
自分たちや組織の安全を考えるなら、捕まったものはしかたがないとして、他の者たちは早く逃げるべきだったのだ。
何かの思想を持った政治組織とかなら、仲間の身柄の引き渡しを要求するのはわかる。
だが、彼らからは盲信とか狂信のたぐいの雰囲気や統率力は感じなかった。
「そうですな。拙老にはそんな恐ろしい者たちの考えはわかりませんが、ストラスランドにいる組織の連中は、かれらに戻ってきてほしくなかったのかもしれません」
下手に本国に逃げ帰ってくれば、追手に本拠地を突きとめられてしまうかもしれない。そんなことになるくらいなら、フォルデニア国内の残党もろともまとめて捕まってくれたほうが良い。
末端の尻尾切りのために、わざと誘拐を指示したのでなはいか。
というのがウィルムグレン伯爵の考えだった。
穏やかでのほほんとした雰囲気の伯爵だが、その言葉には生き馬の目を抜く貴族社会で生き抜いてきた老獪さが滲んでいだ。
俺はちょっと怖くて泣きそうになった。
メルのことは、考古学者を目指せるよう、伯爵がパトロンになって支援していくそうだ。メルならきっと、高名な学者になれるだろう。
会って話をしたいと申し込むつもりだったが、メルが俺の正体を知ってひどくうろたえていたと聞いて、断念した。
いまはそっとしておいた方が良さそうだ。
「例の禁止薬物の件ですが、インベック内の薬草の栽培地と、そこからストラスランドへの輸出のルートがわかったようです」
宰相からの手紙を手に、ロイドが報告してきた。
「へえ、じゃあインベックではもう、犯罪組織は活動できないってこと?」
「そう言ってもいいでしょうね。結果的に砂漠の犯罪組織の一味を、国内から閉め出せたということになるので、殿下に褒賞をという話があるのですが……」
「え、別に俺なにもやってないじゃん。ロイドと宰相が動いてくれたから解決したんだろ?」
あとは伯爵とか、地元の警邏とか、治安部とかいろいろ。
断れないのかと聞くと、そういうわけにはいかないとロイドは言う。
「ですが、殿下は一応謹慎中なので、活動を公にはできません。そこで代わりに、補佐である僕に褒賞を与えてはどうかということなのですが……」
「それなら良いんじゃないか」
ロイドの働きで上司の俺に与えられる褒賞なら、ロイドが直接受け取った方が良い。
「殿下が構わないのでしたら、ありがたく受け取ることにします」
近々、伝令が勅書をたずさえてリンデンコットにやってくるそうだ。
そんなこんなで、バタバタと過ごすうちに祭りの準備期間は過ぎ去ってしまった。
さすがに誘拐されたあとすぐに町へ繰り出すわけにもいかなくて、最後の数日は祭りの手伝いにも行けなかった。
俺は発掘整理のご婦人方に心の中で謝罪した。
迎えたドラゴン祭りの初日。
普段の静けさが信じられないくらい、町は活気に満ちていた。
表通りは足元が見えないくらいに人で埋まっていて、市場のほうでは外国の商人たちが、いつもの三倍以上の店を連ねている。
商店街にはドラゴンの刺繍やらドラゴンのしっぽの形のキャンディやら、どの店もドラゴンにちなんだ製品を目立つ位置に配置し、飲食店もそれぞれ工夫を凝らしてドラゴンネタを仕込んでいる。
極めつけは町の入り口の看板、
『ようこそ 遺跡の町 リンデンコットへ』
の「遺跡の」の箇所が「ドラゴンの」に置き換わっている。
あまりに潔いが、町の人たちは本当にこれで良かったんだろうか……?
丘の方では、うろこが太陽の光をキラキラ反射して眩しいドラゴンが、観光客に囲まれて人気者になっていた。
足をたたいてみたり、尻尾に跨ってみたりとみんなやりたい放題だ。
まさかとは思うけど、また急に動きだしたりしないよな? フェリクスはあのままで大丈夫だって言ってたけど。
俺はあんまり近づく気になれない。
外部から来た馬車は町に入る前に止められて、近くの牧草地へと誘導されていた。
北側の街道はもちろん、今回はいままで出入りの少なかった南側の街道から、人が多く詰めかけた。
中央街道が使えるようになったからだ。
正式な開通式はまだだが、リンデンコット観光地化の大チャンスを逃したくない伯爵の働きかけで、東部ルートの使用が許可された。
中心街の広場には仮設のステージが設置され、町長、続いて伯爵が開会の挨拶を述べた。
俺とロイドが広場の隅で拍手を送っていると、ステージから降りてきた伯爵が声を掛けてきた。
「殿下! ようこそいらっしゃいました。ささ、壇上へ。皆も喜ぶでしょう」
「いや、俺は前も言った通り謹慎中なので……」
「まあまあ、そうおっしゃらずに……」
俺と伯爵が押し問答していると、南側の街道の方から何か機械じみた音が聞こえてきた。
「何だあれは……?」
見たことがない何かが、町の中心に向かって近づいてくる。
祭りに沸き立っていた人々は、未知への好奇心で騒然とした。
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あと2話で完結です。




