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第一回ドラゴン祭り

 その後、ウィルムグレン領の治安隊の努力の甲斐あって、数名の盗賊が拘束された。


 発掘品は戻り、盗賊は隣国ストラスランドの捜査員に引き渡された。

 砂漠の犯罪組織の一味だとみなされたからだ。




 彼らはリンデンコットから南下して、ラヴァデール男爵の領地に向かうところだった。


 陸路でストラスランドに抜けるルートは、公式にはウィルムグレン領の関所のみとなっている。

 だがラヴァデール領もウィルムグレンと同様、山脈を挟んで隣国に接している土地だ。

 一般には知られていない抜け道があっても不思議ではない。

 山脈を抜け、北の砂漠地帯の根城に盗難品を運び込むつもりだったのだろう。


 時をおなじくして、インベックの方でも犯罪組織の一味が拘束された。




 ダンジョンは崩壊してしまったが、盗まれた発掘品は戻ってきた。


 落ち込んでいた調査団のメンバーも、この知らせにやる気を取り戻したようだ。

 冒険者たちは、むしろトラップの心配がなくなって楽だと、順調にダンジョンの掘り起こし作業を進めている。

 シトリン博士は、発掘品が戻るとすぐに、盗難で準備が遅れていた論文の発表のために王都へと向かった。


 俺はといえば、なぜだかウィルムグレン伯爵にいたく感謝されていた。


「ノエル殿下! なんという聡明な方でしょう。拙老めの願いなどはじめからお見通しだったのですね。そのうえで、このような素晴らしいものをお贈りいただけるとは!」

 よくわからない話をして、伯爵はダンジョンのある丘の方角を見上げた。


 崩壊したダンジョンの入り口前に、空に向かって首を伸ばしたドラゴンの姿。

 平和なリンデンコットの町を見下ろすように動かぬドラゴンが鎮座している。なんとも奇妙な光景だ。

「この町にこのドラゴン以上にふさわしいものなどありません! さっそく有効に活用させていただきましょう」

 そう言ってほくほく顔で帰っていった。

 相変わらず、話が見えてこない人だ。




 その数日後。

 俺は発掘整理のご婦人方に誘われ、菓子の封入作業に追われていた。


「まさかノエルちゃんが王女様だったなんてね。びっくりよ」

「あら、王様のお子様は王子様おひとりじゃなかった?」

「ばかねえ、王子様がおひとりなら、王女様が別にいたっておかしくないじゃないの」


 奥様方の情報網には、微妙に曲解された俺の情報が伝わっているようだ。


「でもいいのかしら? 王女様にこんなことお手伝いさせて」

「あ、いや。好きでやってるんで。あと今まで通りノエルでいいですよ」


 俺はいま、リンデンコットはじまって以来かもしれない、大きなイベントの準備を手伝っている。


 ウィルムグレン伯爵と会ってすぐあと、リンデンコットの町中に、大きな祭りの開催告知のチラシが配られた。

 その名も、『第一回 ドラゴン祭り』。


 あまりにもシンプルな命名かつ、今後も継続して続けるという強い意志を感じるこの祭りは、伯爵の発案だ。

 あのドラゴンとダンジョンを観光資源に、リンデンコットに人を呼び寄せようという算段だそうだ。その宣伝を兼ねての、祭りの開催だ。


 伯爵が俺に頼みたいことというのは、リンデンコットの観光地としての知名度向上だったみたいだ。

 俺にいい印象を持ってもらい、静養で訪れたリンデンコットは素晴らしい町だったと、王都で宣伝してもらうのが目的。

 いや、それは察してと言われてもわからないよ、伯爵……。


 ともあれ、フェリクスたちが封印してくれたドラゴンは、()しくも遺跡の町にふさわしいオブジェだと伯爵に認定され、町の名物になった。

 古代王国人もこれにはびっくりだろう。


 しかし、ちょっと気にる点がある。

 俺は作業中の自分の手元を見る。

 以前テントで奥様方からごちそうになった、硬めの焼き菓子だ。

 日持ちが良いらしく、土産物として祭りで売り出す予定だそうだ。

 ……それはいい案だと思うんだが。俺は隣のロイドに耳打ちする。

「なあ、この菓子袋に書いてるやつ、問題ないの?」

 袋には、大きく宣伝文句が記載されている。


 リンデンコット名物焼き菓子

 ノエル殿下御用達(ごようたし)


「王家御用達って、記載の条件あったよな」

「王室の出入り事業者が、専門窓口に申請して許可が降りた商品だけが、記載を許される形になっていますね」

 やっぱ、そうだよ。俺が食べたことあるからって、御用達にはならないんだよ。

「まずくない? 一応注意したほうがいいかな」

「……まあ、いいんじゃないですか。『ノエル殿下御用達』なんて名前の認定は存在しませんし、田舎の庶民向けの土産なんて、買う方も眉唾でしょう」

 そういうもんなのかな。若干モヤッとするが、見なかったことにしよう。




 昼時になったので、俺とロイドは食事のために外へ出た。


 町を見回すと、あらゆるところで慌ただしく祭りの準備が進められている。

 飲食店も忙しそうで、開けてはいるが祭りの準備を優先している状態のところが多いみたいだ。


「あら、ノエル」

 ミミに声を掛けられた。

「やあ、今日はマークは?」

「祭りの手伝いよ。外食は無理そうだからって、お仲間の人の分もお弁当を持っていくところなの。ノエルは?」

 以前と同じように話しかけてくれるミミ。彼女には、まだ俺の正体は伝わっていないみたいだ。

「開いている店を探し中。マークが羨ましいよ」

 いろんな意味で。

「ごめんね、お弁当分けてあげられればよかったんだけど……」

「ううん、気にしないで。ちょっとアテがあるから」

「そう、じゃあまたね」

 またね、か……本当に「また」だといいな。




 以前ロイドと訪れた、伯爵行きつけのレストランに入る。

 満席だが、個室は空いていると案内された。

 富裕層向けの商売は、こういう時悠然と構えて、懐に余裕のある層を逃がさないはずだ。そんな予測が当たって良かった。


 少し贅沢なランチを食しつつ、俺はロイドに言うべきことを言おうとしていた。


 まだ心を決めたわけじゃない。

 だけど、いまの気持ちは伝えないといけないと思った。


「俺、女の子のままでも良いかなって、思ってる」 ロイドは、口に運んだものをゆっくり咀嚼したあと、カトラリーを置いた。


「それは、フェリクスに恋をしたから?」

 そういうふうに受け取ったのか。

「それは違う、あれはそんなんじゃない」


 あのことで、感性が女性に寄ってきているのではと心配はした。

 だけど、元の俺の考え方と違っても違わなくても、ほんのひととき浮かされた熱を恋という言葉で呼べるほど、俺は情熱的でも一途でもない。


「では、ミミとの繋がりを断ちたくないから?」

「それは……否定はしない。けど――」


 この姿のままなら、ミミと友人ではいられる。そんな未練にまみれた打算がないわけじゃない。

 だけど、それだけじゃない。


「なんか、こっちのほうが、『俺らしい』んだよ」


 王城を出て、ロイドに早速捕まって。

 二つの町の人たちを見て、一緒に苦労したり、笑いあったりした。


 相変わらず俺は凡人で、何かの役に立ったわけでもない。ロイドみたいに状況を見定めて人を手配したりも、フェリクスみたいにドラゴンを倒したりもできない。

 だけど、俺が関わったことで、ほんの少しでも誰かが幸せになるきっかけができたのなら、こんなに嬉しいことはない。


 正しいことをした結果だとは思わない。それどころか、人の命も巻き込んだ綱渡りだったとも思う。

 でも。だからこそ思うんだ。おれはやっぱり『王太子』の器じゃない。

 できることは、近くにいる人を、自分のできる範囲で手助けすることだけ。


 ロイドは、いつもの平静な顔を崩さずに言った。

「そうですか――僕はどちらでもかまいません」

 誰かに左右されたりしない、いつものロイドらしい答えだった。


 だけど俺は、突き放されたような気がした。


 叱ってくれればいいのに。王太子の義務を放り出して、何をやってるんだって。

 誰も俺のことを叱らない、身勝手だと怒らない。


 そう考えること自体、甘えた考えだってわかってる。

 だから結局、俺は向いていないんだよ、王には。




「ロイドさん! ちょっと露店の設営を手伝ってくれ」

 店を出てきた俺たちは、先日の調査隊メンバーのひとりに声を掛けられた。

 ちらりと横目に俺を見るロイドを促す。

「行ってきたらどうだ。俺はご婦人たちのところに戻ってる」

 力仕事みたいだし、俺が行っても邪魔になるだけだろう。




「ノエルさん!」

 ロイドと別れて歩き始めた俺を、少年の声が呼び止めた。

「メル! あれからどうしてたんだ。体調は? ケガはなかったか?」


 ドラゴンに襲われた広場で、手当のために連れていかれたメルを見送って以来、姿を見ていなかった。


「はい、もうすっかり良くなりました!」

「心配してたんだぞ。あれからテントにも顔を出してなかったろ」

「ええと、その。いろいろありまして……」

 メルは申し訳なさそうに目を逸らす。

「今日は祭りの手伝い?」

「あ、はい。ちょっと人手が足りなくて。ノエルさん、手伝ってもらえませんか?」

「ああ、かまわないけど。でもほかの手伝い中だったから、声をかけてから――」

「こっちです!」

 メルは勢いよく俺の腕を引き、歩き始めた。


 うーん。昼食後に戻ると言っておいたから、ご婦人方には一度挨拶してからにしたかったが。


 なんとなく小さな子供を拒否するのもためらわれて、引っ張られるままについて行く。

 あとで様子見に戻るか。


 メルはずんずん進んで、表通りから外れた静かな区画まで来た。

「こっちが近道です!」

 そう言ってメルが、狭い路地へと入っていく。

「あ、待って」

 俺はメルの曲がった路地を見て、一瞬ためらった。

 あまり良くない場所に思える。

 だが、先に走っていた少年を見失わないようにと、そのまま路地へと入って行った。


 十歩ほど歩いたところで、俺は背中に強い衝撃を受けた。

 つづいて、口を塞がれ、体格の良い男の腕に拘束される。


 ――やっぱり、まずいところだった。


 俺は自分の軽率さを恨むしかなかった。

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