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乙女心

 元聖女のフェリクスと黒服たちは、ロイドからの打診を受けて、リンデンコットにひそむ盗賊たちの捜索のため、応援として駆けつけたそうだ。


 そして、スパイが紛れている可能性のある俺たち調査団の見張りと安全確保のために、ダンジョンへ向かっていた。そこにドラゴンが出現し、急いで助けに入った。




 それにしても、フェリシアは変わったな。

 見た目だけの問題ではない。その態度や話しぶりから、以前は見られなかった聡明さと余裕が感じられる。

 王都の教会と違って、こちらでは良くしてもらっているというのは、間違いないようだ。


「俺に話があるって聞いてたんだけど」

「あ! そうそう! アナベル様から言伝(ことづて)があるんです。『いつでもお待ちしております』だそうです」


 じつに簡素な言い回しだが、俺は針でつつかれたような心地だ。


 俺はアナベル嬢がまだ怒ってるかもしれないからと言い訳して、訪問を先延ばしにしていた。

 だが、アナベル嬢としてはもっと早くに俺を元に戻すつもりだったのだろう。

 俺を女の子に変えたのは、王太子の座を嫌がる俺への皮肉だろうが、まさか俺がそのままで良しとするとは思わなかったはずだ。


 婚約を解消した手前、いち令嬢であるアナベル嬢の方から俺との面会を希望するのは難しい。

 だから俺から、あるいは王室から面会を打診しないと、会うことはかなわなかった。

 だが俺は逃げることしか考えておらず、さっさと王城を飛び出してしまった。

 アナベル嬢は、しかたなく身分や権力などのしがらみから遠いフェリシア嬢に伝言を頼むことにしたのだろう。


 こんな手を使ってくるということは、アナベル嬢は焦れている。

 婚約解消うんぬんより、俺の対応の遅さで怒りをかっている可能性が高い。

 なにせ迅速かつ完璧、がモットーの令嬢だ。


 俺は軽く身震いをした。


「お会いしたかった理由は、殿下にお礼を言いたかったというのが一番なんですけどね。――それでロイドさんに打診したところ、殿下のほうに足を運んでいただく、という話になったんです。俺は一応、素性を隠してるので、その方が良いと。ですが、数日前ロイドさんからお手紙をいただきまして」


 手紙の内容は、盗賊の件で少し危険な状況が考えられるから、神聖守護隊の隊員を連れてリンデンコットに応援に来てほしいという打診だった。


「それで準備を整えて出発したんですが、きのうの夜、宿にロイドさんが駆け込んできまして。まずい状況だから、急いで来てくれって」


 なんでまだスパイが紛れている確信のない、あのタイミングでロイドがあわてて出て行ったのか疑問だったが、それに関してはなんとなく想像がついている。


 たぶん、調査が順調に進みすぎたせいだ。


 シトリン博士がいない場合、もっと何日もかけて最下層に到着したはずだ。

 事前に予定の説明はあったが、予定通りには進まないのが世の常だ。

 だが俺たちは、予想を裏切り最下層にさっさと辿り着いてしまった。

 スパイを通じて状況を把握した盗賊が動くとすれば、このタイミングだろう。


 しかし、まだ起きていないことを警戒して、警邏や伯爵の私兵を借りるのは難しい。


 その点フェリクスは、裁量権のある部隊の隊長で、俺に恩を感じている。それに彼が聖女時代に受けた仕打ちについて、負い目のある教会なら動いてくれるという考えもあったのだろう。


 さすがのロイドも、ダンジョンを守るドラゴンが目覚めるとまでは、思っていなかっただろうが。


 結果として神聖守護隊に来てもらえたのは、本当に幸運だった。


「それでロイドは、一緒に来たんじゃないの?」

「たしか伯爵に会いに行くとおっしゃってたので、そっちに行かれたんじゃないでしょうか。砂漠の組織がどうこう……とか」

 インベックでばあちゃんの息子が関わっていた、隣国の犯罪組織のことか。


 だけど、改めて考えても、テントでの盗難騒ぎのことはともかく、調査隊の中に犯罪組織のスパイが紛れていたって証拠なんかないよな。

 ドラゴンが目覚めるなんてとんでもないアクシデントはあったけど、全員で無事に外に出てくることができたし。

 良からぬことを考えている人間がいるなら、あの時点でひとりぐらい居なくなっていてもおかしくないはずだ。


 いなくなった人間……ひとりだけいるか。ロイドだ。


 まあ、さすがにロイドがスパイは無理筋にも程がある。スパイがいると唯一主張している本人がスパイだなんて。


 だけど、ほかにおかしな点なんて……。


 俺は、ふと思いついた疑問を口にした。

「ドラゴンは、なんで目覚めたんだろうな」

 フェリクスは小首をかしげる。

「さあ……俺はダンジョンやら古代魔術のことはよくわからないのでなんとも。ドラゴンって遺跡の宝物を守ってるんですよね。それが怒って出てきたってことは、誰かに宝物を奪われたんでしょうか」


 宝物を奪われた?


 俺はドラゴンが目覚めるまでの状況を思い返す。

 最下層には、祭壇のようなものがあって、扉のような絵が描かれた壁画があった。

 ドラゴンがいたとすれば、おそらくあの壁の向こうだろう。

 となると、ドラゴンが守る宝物も同じ最下層にあったと考えるのが自然だ。

 最下層の部屋には、いくつかの祭具が置かれていた。

 シトリン博士は、遺物を持ち出さないよう注意していたが、もし、誘惑に駆られて最下層から何かを持ち出した人間がいたとしたら?


 ――いや、だとしたら、時間が合わない。


 俺たちが最下層の部屋から出たのが夕方ごろ。ドラゴンが目覚めたと思われるのが翌日の明け方。

 ドラゴンは眠りこけていたせいで、宝物が紛失したことに気づくのが遅れた。というのはなかなか物語性があるが、そうではないだろう。

 あの魔動生命は、自分の意志で動いているというより、何かの条件で発動するトラップのような仕組みに思える。


 では、明け方に、俺たち以外の何者かが最下層に侵入した?


 ――それも無理がある。


 中層には常に人がいて、誰かひとりは監視として起きていたから、外部から調査メンバー以外の誰かが侵入するのは難しい。


 俺たちが中層に到着するまでに、誰かが侵入していた可能性。


これもまずないだろう。シトリン博士がいなければ、最下層に到着するのは名うての冒険者でも難しい。


 ……そうなると、条件の方が間違っているのか。

 最下層から宝を持ち出すのは、ドラゴンの目覚めの条件ではない。

 とすると。


 ――ダンジョンから外へ宝を持ち出すのが条件!


 それならば話は変わってくる。

 不本意ながら、最下層から俺たちメンバーのうち誰かが宝を持ち出したとしよう。

 そして、夜が明ける前にその宝をダンジョンから持ち出した。

 それができたのは――


「あ、ロイドさんこっちです!」

 フェリクスが手を振って手招きする。

 気が付いたロイドが、俺たちの方へと駆け寄ってきた。

「聖女様、いえ、フェリクス。間一髪で殿下を助けていただいたと聞きました。本当にありがとうございます」

「いえいえ、お礼なんてそんな。当然のことです!」

 深々と頭を下げるロイドに、フェリクスは謙遜しながら、目線ではもっと褒めてくれとねだっている。

 あとでもう一回お礼を言っておこう。あとお菓子もつけよう。

「殿下も。ご無事でよかった……なんですかその疑わしげな目は」

 ロイドが眉間にシワを寄せる。

「ロイドおまえ、誘惑に駆られてお宝を……」

「何を言っているのかわかりかねますが……」

 ロイドは俺のすぐそばまで顔を近づけると、

「イテっ」

 バチン、と勢いよくデコピンをした。

「とりあえず、違います」

 あきれた様子で返答した。


 容赦がなさすぎだろ! 俺いま、かよわい女の子なんだぞ!


「ロイドさん、レディに対して乱暴ですよ!」

「……あなたにはコレがレディに見えていると?」

 驚愕の表情をフェリクスに向けるロイド。

「あたりまえです! 女の子の顔は宝石のように大切に扱わないと。殿下、まだ痛みますか?」

「ひょあ?」

 フェリクスは俺の頬を手のひらで挟んで、覗き込んだ。

「ああ、可愛そうに。赤くなっているじゃないですか。すぐに冷やさないといけませんね」

 俺がポカンとしていると、肩を抱き寄せられた。

「歩けますか? いいえ、聞くまでもありませんね。殿下はこんな華奢な体で、大変な思いをされたのですから」

 フェリクスは重力をものともせずに、俺を持ち上げた。

「フェ、フェリクス……」

 俺は歩けると断ろうとしたが、フェリクスは器用にも抱き上げた状態で人差し指を立て、俺の口を塞ぐ。

「大丈夫。殿下はお疲れなのですから。あとのことはすべて俺がやりますから、安心して身を任せて」

 とろけるようなイケメンスマイルで甘やかし発言をされ、俺の脳は沸騰して思考を放棄した。


 この姿になってから、正当にレディとして扱われたのは初めてな上、相手は命の恩人の超ハンサムメンズである。

 イケメンにちやほやされ、甘やかされたいと思ったことは一度もないが、されてみると良いものである。

 舞い上がった俺は、ちょと自分を見失っていたかもしれない。




「俺、フェリクスになら抱かれてもいいかも……」

 教会から宿へ戻る道程で、俺は沸騰した脳のまま、益体(やくたい)もないことを呟いた。


「抱かれればいいんじゃないですか?」

 そっけなく返答するロイド。

「はあ!? 抱かれませんけどお?」

 こいつめ、本当にそうしたいならそうすればいいと思ってそうな顔だ。


 ぜんぜん、わかってない!

 実際に抱かれるとかそういうのじゃないから!

 憧れの対象への胸キュンが凝縮した結果の最上級の比喩表現だから!

 その辺の乙女心がわかんないからロイドはダメなんだ――


 ちょっとまて、いま俺、何考えてた?

 乙女心?

 そんなもの、俺にはない、はず……だ。


 背中にじんわりと汗が滲んでくる。


 俺は、俺は男だ。

 たとえ姿かたちが変わったとしても、それは変えようのない事実……のはずだった。


 ――もしかして、体だけじゃないのか? 魔術の影響は。


『――殿下、これは俺の直感に過ぎないのですが。あまり長い間その姿のままでいてはいけない。そんな気がします』


 ロイドが言っていた言葉を思い出す。


 聞き流していたつもりはないが、いまはやることがあるからと最優先に考えていなかったのは事実だ。

 もしも、アナベル嬢の魔術が、外見だけでなく精神にも影響を及ぼすたぐいのものだとしたら?


 ーー急がなければ、取り返しのつかないことになるかもしれない。


 そう焦る反面、どうしてか俺は踏ん切りがつかないままだった。

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