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ドラゴン退治

 男は大剣を(かま)え、ドラゴンの炎を退(しりぞ)けていた。

 大剣で強力な炎を完全に防御するなんて、常識的に考えられない。


 だがさらに非常識なことに、男は大剣の一振りで、炎をドラゴンに打ち返した。


 ドラゴンはのけぞり、バランスを崩して地上へと落下する。

 十数人の黒衣の青年たちが円形に陣取り、ドラゴンを取り囲む。


「聖魔陣を展開! 全隊員、構え!」

 俺を(かば)った男が号令をかけると、ドラゴンの周囲に糸状の光が無数に現れる。糸は円を描くようにドラゴンの周囲をぐるぐると回り、糸が重なって紐になり、そして帯になっていく。


 ドラゴンは苦しそうに絶叫した。巨体は上から見えない手で押し付けられているように、胴体、足、首と、少しずつ地面に体が引き寄せられていく。


「一斉射撃!」

 号令とともに信じられない高さまで跳躍した男は、大剣の刃でドラゴンのこめかみを打ち据える。それと同時に、隊員たちからまた光の玉が発射され、ドラゴンを全方位から攻撃した。


 痛みにのたうち回るようにドラゴンは悶え、最後の力を振り絞るように立ち上がった。


 成り行きを息を殺して見つめていた周囲は、再びドラゴンが動き出すかと後ずさる。

 だが黒服の隊員たちは、勝利を確信してか微動だにしない。


 ドラゴンは長い首を空に向けて伸ばす。

 そして月に吠えるような姿勢のまま、動かなくなった。


 円陣を組んでいた隊員のひとりが、ゆっくりとドラゴンに歩み寄り、動かなくなったそれをじっと観察する。


 やがて彼は告げた。

「魔術生命の活動停止を確認。作戦の終了を宣言する」


 調査隊のメンバーから、最初はパラパラと、次第に力のこもった拍手が送られる。

 ある者は緊張が解けてへたり込み、ある者は抱き合って無事を喜んだ。


 俺の膝の上で倒れているメルを、一人の隊員が抱き上げた。

「大きな怪我はなさそうですが。念のため教会で治療しましょう」

 教会?


「まさか黒服が来てくれるなんて」

「俺たちは幸運だった」


 調査隊メンバーの言葉に俺はハッとする。


 そうだ黒服。俺はようやく、その組織の存在を思い出した。

 「神聖守護隊」、通称黒服と呼ばれる、特殊な部隊がある。

 教会に属してはいるが、単独で行動できる権限を持つ部隊。所属する隊員の身分は神官であり、かつ()()()()使()()()()()()()()だ。


 聖魔法の防御は、物理攻撃はもちろん、古代魔術にも効果を発揮するという。

 神聖守護隊もその名の通り守りに徹する部隊とばかり思っていたのだが……。

 さっきの彼らの戦闘からは、むしろ攻撃主体の印象を受けた。


 倒されたドラゴンはピクリとも動かず生気を失った様子だが、その体のどこにも傷は見当たらない。

 これが神聖魔法の「封印」というものか。


「貴女も、手を貸しましょう。立てますか?」

 隊員の一人が声をかけてきた。

 正直、腰が抜けたままでまだ動けそうにない。

「俺がお連れしよう」

「隊長」

 先ほど俺たち助けてくれた大剣の男だ。隊長だったのか。

 隊員と交代し、俺の前に膝をついた。

「殿下。失礼ながら、御身を運ばせていただきます」

 深く一礼し、俺を横抱きに持ち上げた。

 不名誉なことだが、まったく体が動かなかったし、男の俺への配慮を感じられたので、特に抵抗感なく受け入れた。


 大剣を構える力強い腕なので安定感はあるが、背が高いせいか、視界が高すぎて若干の不安を感じる。

「捕まっていただいて大丈夫ですよ」

 と男がにっこりと笑うので、遠慮なく胸周りの布を掴ませてもらった。

 うわ、胸筋すごいな。


 それにしても、相当なイケメンである。

 俺は男の顔を見上げて感心し、まじまじと見つめてしまう。


 ロイドやアナベル嬢はじめ、俺の周りには美形が多い。だがこの男は、かれらとはまた違う方向性の美しさだ。

 さわやかというか、ハンサムというか。


「教会にお連れして、念のため診察を受けていただきます。大丈夫、心配はいりません。俺にまかせて」

 安心させようと、羽を撫でるように優しい声で励まし、微笑んでくる。


 いや、さっきの戦闘の時の凛々しさとのギャップ。

 これはずるい、ずるいぞ。


 これはときめくしかない、胸キュンというやつだ。

 いやもう、これは不可抗力だろ。めちゃくちゃ強くてハンサムで、しかも紳士で優しい男で、俺の命の恩人だぞ。

 どんとこい吊り橋効果。


 この男がイケメンじゃなくて誰がイケメンだ。

 これが人類の頂点、至高の存在。

 よって俺が人類である以上、胸キュンしてしまうのは致し方のないことなのだ。証明おわり。


 そう、俺は正常だ。正常なはず……だよな?




 教会に着いた俺は救護の人の診察を受けた。


 異常なしと判断された俺に、水桶と布が渡された。

 部屋の隅に間仕切りされたスペースがあり、案内された。

 軽く体を拭いてサッパリし、間仕切りから出て近くの椅子に腰掛けた。

 そのまましばらく休んでいると、あの隊長の男が戻ってきた。

「お加減は大丈夫ですか」

「あ、ああ……」

 ちょっと正気に戻った俺は気恥ずかしくなって、少し目線を逸ら……したはずが、なぜか男が目の前に移動していた。


 なんだか、既視感があるぞこの表情……。

 犬のようにキラキラした目でじっとこっちを見つめてくるやつ。


 …………褒め待ち?


「あ、ありがとう。命を助けてくれて。本当に助かった」

 俺が礼を言うと、男は満面の笑みを浮かべた。


 ぐっ……眩しすぎる、さわやかイケメン……。


 そして嬉しそうに言った。

「改めまして。殿下、お久しぶりです」


 お久しぶり?


 ……おかしいな。俺、そんなに記憶力良くないけど、職業柄(王子だから)会ったことある人の名前と顔を忘れることはめったにないんだけどな。


 ハニーブロンドの柔らかな髪に、ターコイズの緑。


 言われてみると若干の既視感がある気がしなくもないが……やっぱりわからない。


 俺が何と返事していいかためらっていると、

「あれ、ロイドさんから聞いてませんでした? あ、そう言えば先に伯爵のところに行くって言ってたんでしたっけ」

 そう言うと男は、少しぎこちないカーテシーを披露する。

「あのときは教会から助け出していただき、ありがとうございました。聖女フェリシア、改め、神聖守護隊隊長、フェリクスです」


 フェ、フェ……


「フェリシアだって!?」


 開いた口が塞がらない、という言葉を聞くが、まさにその状態だった。俺の顎は驚きすぎて機能していない。


 フェリシアって、あのフェリシア?


 そんな、いつから女の子だと錯覚して……いや、フェリシアは間違いなく女の子だったぞ。

 女の子にしては背が高めだったけど、間違ってもこんな高身長マッチョイケメンではなかった。


 女の子が男にって、俺じゃあるまいに……って、


「もしかして、アナベル嬢が?」

 フェリシア……フェリクスは、嬉しそうに微笑んだ。

「はい、アナベル様のおかげで、元気に過ごしています」


 元気……いや確かに大剣振り回すぐらいだから元気には違いないが。

 そりゃ、この姿で聖女フェリシアを思い浮かべられる人なんていないからな。国内にいてもそう簡単にはバレないだろう。

 あえて教会のお膝元にある神聖守護隊に入れてしまうというところに、アナベル嬢の頭の良さを感じる。


 聖魔法は聖女が使うもの、とイメージがあるけど、男性にも聖魔法の使い手はいる。

 というか、女性で聖魔法を使える人がほとんどいなくて、運よく見つかった女性は能力が抜きんでていた人ばかりだったからこそ、聖女と呼ばれて特別視されてきたのだ。


 男女比率が違うのは、判定方法に問題があるせいな気がしなくもないが……とにかく、男の聖魔法使いは珍しくはあるが希少というほどでもない。

 木は森に隠せで、聖魔法使いの集団に入ってしまえば、聖女の能力を隠すのも難しくないという寸法だ。


 アナベル嬢の「性別を変化させる魔術」が使える前提の策ではあるが、俺が考えていたフェリシアの保護計画より、よほどよくできていると言わざるを得ない。

 そうではあるんだが……


「フェリシアは、それで良かったのか?」

 年頃のきれいな女の子が、これから男として過ごせと言われて、ショックじゃなかったんだろうか。

「それは――」

 フェリシアことフェリクスは、けぶるようなまつ毛をゆっくりと下ろし、噛みしめるように言った。

「それはもう、最っっっ高です!」


 ……え?


「この体、疲れ知らずで何日だって歩けますし、調子に乗ってスクワット千回チャレンジとかしてみたんですが、翌日ちょっと筋肉痛になった程度でしたし、隊員たちは良くしてくれますし、隊のごはんはおいしいですし、たまにタカりにやってきてた実家の人間とも縁が切れましたし、イーストフェルド教区の大主教はあのクズと違って超いい人ですし、勉強も教えてくれますし、あとごはんがおいしいです!」


 ごはんがおいしいって二回言った?


 いろいろ突っ込んで問いただしたい発言がないではないが、フェリ……クスが満足しているのなら良かった……のか?

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