モテ期(権力的な意味で)
とにもかくにも、大勢の観衆の前で婚約破棄に成功した俺。
処分が決まるまでは謹慎ということで、公務もなく現在部屋でのんびり軟禁生活を満喫中である。
俺はだらしなくベッドに寝そべり、鼻歌交じりに愛読書『スローライフを成功させるための1000の方法』のページをめくっている。
あれだけの人々の前で無能を晒したのだから、王位継承権剥奪、待ったなしだろう。
追放後の目標、のんびり田舎暮らしスローライフに向けて、俺は脳内準備に余念がない。
ガチャリとドアの開く音がして、補佐官のロイドが入ってきた。
俺の顔を見るなり苦虫をかみつぶしたような顔をしたあと、廊下に出て扉を閉めた。
コンコン、扉を叩く音がして、
「ロイドです。入室の許可をいただけますか」
何やってんだあいつ。
「入れ」
返事をすると、再び入ってきて、間髪入れずに言われた。
「殿下、身だしなみを整えてください」
ん?
あ、スカートめくれてた? 悪い悪い。
俺は急いで裾を整える。
「そこだけではないです」
とロイドがため息をつく。
「まあいいです。次から気を付けてください。僕もいつもの癖で勝手に入ってきてしまいましたから」
癖になるほど勝手に入ってくるなと言いたいが、正直俺も慣れっこなので、いまさらどうということもない。
「これが本日分の書類です」
数枚の紙を渡される。
俺は謹慎中の身で公務ができない。
だから執務室も閉じているのだが、どうしても急ぎの決済書類だけは、ロイドが私室に運んで来ることになっている。
内容を確認したら、決済日を空白のまま、サインを書く。
空白の日時は、のちほど担当者に俺の謹慎期間外の日付を埋めてもらうという手筈。
ぶっちゃけ、ちょっとしたズルだ。
だが、残念だったな。あと何枚かのサインを済ませたら、俺は晴れて追放の身だ。日付は未来ではなく過去の物にしてもらう形でよろしく担当者さん!
サインを書き終えた俺は、ロイドの淹れてくれた紅茶を一口飲み干す。
旨い。ほんとになんでもできる奴だなこいつ。
「それで、フェリシアのほうはどうなった」
パーティー後の混乱に乗じ、俺たちは聖女フェリシアをひそかに隣国に亡命させる手筈を立てていた。
俺がこんなことになってしまい、見送りはおろか最後に顔を合わせることもできなかったので、気になってたんだが。
「……ええ、きのう無事に王都を脱出しましたよ。問題ありません」
うん? 妙に歯切れが悪くないか。
まあロイドが問題ないと言うんだから、大丈夫なんだろう。
幸せになれるといいな、フェリシア。
「ところで殿下。陛下との謁見も控えていますし、そろそろ侍女を正式に決めてください」
「ああ、それ侍従たちにも言われてたんだよな……」
まもなく国王陛下――つまり俺の父上から、俺の婚約破棄騒動の処罰について、呼び出しがある。
予定されている出席者の顔ぶれから言って、家族会議みたいなものなんだが、一応公式の謁見扱いなので正装を身に着ける必要がある。
今はテキトーに自分で着られるワンピースとか用意してもらってるからいいんだけど、ドレスの着付けに化粧に……となると、さすがに男の使用人には任せられない。
「べつに専属で雇う必要はなくないか? どのみち――」
軽く見積もっても王位継承権はなくなるだろうし、そうなればどっかに軟禁とかされる前にさっさと城を出ていく予定だし。
辺境に追放が第一希望だけど。
なんて言うわけにもいかない。
「――うゔん、どのみちこの姿のままでずっといるつもりもないんだ。何とか元に戻る方法を探さないとな」
「……殿下」
ロイドが疑わし気な目を向けてくる。
「本当に早く男性に戻りたいと思ってますか?」
「…………は?」
あ、あたりまえじゃないか、何を言ってるんだろうなこの補佐官は。
「なんだか、妙に満喫してるように見えるんですよ」
いやいやいやいや。
「あ、焦ってもしょうがないだろう。アナベル嬢に謝罪して魔術を解いてもらうにしても、もう少しほとぼりが冷めてからのほうが良いだろう。あれだけ怒らせたんだから……そう思うよな?」
俺ができるだけ冷静に考えた風に告げると、「それもそうですね」とあっさり引き下がった。
これはこれでなんか怖いんだよな。婚約破棄の件も何も言ってこないし。何考えてんだろ。
正直に言おう。
女の子になってちょっとラッキーと思っている。
まったくアナベル嬢の狙い通りで悔しいが、俺はもう『王太子』じゃないのだ。
だって、世間的には『王太子のノエル』は男なのだ。実は女の子でした、なんて通るはずもない。
まあ、喜んでるなんて知られたらどうなることかわからないから、絶対言わないけど。
「一時的にしろ、やはり侍女はつけるべきです。あなたは王族なのですから。私室であっても、もう少し身なりを整えた方がよろしいでしょう」
女性であるなら、白粉のひとつもはたくべきだとロイドは言う。
「嫌だよ。公式の場ならともかく、毎日化粧するなんて面倒な。――それに、化粧なんてしなくても割といけてると思うんだよな」
女の子になった俺の顔は、それぞれのパーツは小ぶりで、なんというか素朴で、少々子供っぽい印象だが、これは伸びしろがあるってことだと思うんだよな。いまに、きっとそのうちに、万人が振り向くようなモテモテの美女になるに違いない。おそらく。
「――確かに、女性の中には化粧など不要なほどの美貌を持った方もいらっしゃるでしょうが……。はっきり申し上げて、殿下の容姿は、そこまでではないです」
「そこまでではない」
なんだこの男。女の子に向かってなんてこと言うんだ。いや俺男だけど。
ちっ、これだからイケメンは。頭もいいし背も高いし。美女なんか選り取り見取りなくらい寄ってくるから、審査が辛口すぎるんだろうな!
俺だってな、金髪にグリーンアイで絵本に出てくるような王子様ですねって言われてたんだぞ。子供のころだけど。
学生の時には女の子にキャーって黄色い悲鳴を上げられたことだってあるんだぞ。おもに「王子」に対する悲鳴だったけど。
すっかりいじけた気分になってしまった俺に追い打ちをかけるように、ロイドは机の上にどさりと書類を置いた。
「ん? 今日の決済、さっきので終わりじゃなかったのか」
「いえ、これは釣書です」
つりしょ?
理解不能のまま、ロイドを見上げる。
「殿下への見合いの申込です。殿下、婚約破棄されましたから。今フリーじゃないですか」
いやいやいやいや。
おかしいだろ。俺、浮気した挙句、婚約者に無実の罪を着せて婚約破棄した男だぞ?
……いや、冷静に考えてまじでひどい男だな。性別変えられた程度で済んで良かったな、俺。
そんなひどい男に婚約を申し込んでくる家がこんなにあるとか、世も末だろ。
いったいどこの気の毒な令嬢だよ。醜聞まみれの王太子に嫁がされようとしているのは。
皮張りの釣書を一枚開き、二枚開き…………
「全員男じゃないか!!」
なんでだ! どうしてそうなる。
というかよく見たら知ってる名前がいくつか混ざってるぞ。あの悪友どもめ、絶対面白がってるだろ!
「そりゃあ、嫡男でない貴族子息にとっては、降って湧いた逆玉の輿のチャンスですよ。こうなるのは必然かと」
ロイドはニヤリと笑った。
「良かったですね。モテモテで」
希望するモテの方向性と違う!
いや、そうだとしてもおかしい。
「俺の評判、世間ではどうなってるんだ?」
俺は侯爵令嬢を陥れた罪人のはずだぞ。
いくら権力に目がくらんでたって、いや、権力を得たいならなおのこと、こんな不安定な立場の人間に近づこうとは思わないだろう。
ロイドは芝居がかった口調で答えた。
「『王子はどうしても女性を愛することができなかった。それで、婚約者をこれ以上苦しめないよう、嘘を言って遠ざけるしかなかった。心優しい令嬢は王子の思いに気付いて身を引いた。そして奇跡の魔法で王子の願いを叶えたのだ』――という美談になっているようですね」
んんんんん?
えっと、それって、俺がもともと女性になりたい願望があったって思われてるってこと?
戻りにくいよ! ほとぼりが冷めてから男に戻りにくいよ!
「それでこの釣書の山か……」
理解はしたが納得はいかない。結局のところ、中身は男だぞ? そんな理性的に割り切れるか?
「ロイド、おまえ、元男だとわかってて結婚できるか?」
ロイドは少し驚いたふうに軽く目を見開いて、顎に手を当てた。
「…………王配ですか、悪くない響きですね」
――――おい!!