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中層

 中層の広間は、調査隊メンバー全員が入っても窮屈さを感じないほどに広かった。

 屋根も高く、繊細な造りで世が世ならここでダンスパーティーでも開いたのだろうか? と思わせる。

 シャンデリア煌めくダンジョン中層……想像してなんとも言えない気持ちになったので、俺は妄想を中断した。


 補給メンバーは到着するなりテキパキと給水し、携帯食料の配布が始まった。


 おのおのが食事片手に交流を深める中、マークはミミに持たされたランチボックスを開き、周囲から冷やかされていた。

「お、愛妻弁当かい」

「いえ、まだ婚約者なんで」

「へー、可愛い子かい」

「はい、俺にはもったいないくらいの美人で……最高の恋人です」

 ぎぎぎ、のろけやがって、のろけやがって! この幸せ者が。


 見たくもない光景だが、彼の手に持つものにどうしても目が吸い寄せられる。彩り鮮やかできれいな料理が並ぶランチボックス。

 ミミ、可愛いうえに料理も上手だなんて。


「ノエルちゃんも、良かったらひとつどうだい?」

 俺の視線に気づいたマークはさわやかな笑顔でおかずのお裾分けをしようとする。

 俺はぶんぶんと首を振った。

 敵の情けは受けん!


 俺はそそくさと配給の列に向かった。




 食事を済ませた俺とメルを、シトリン博士が呼んだ。

「これを見てごらん」

 柱と柱のちょうど真ん中に、窓のような形でくり抜かれた台座があり、水晶のように透き通った石が鎮座していた。

 よく見ると、石の中に小さな星屑のような光がたゆたっている。

「メル、触ってごらん」

 メルが石に手をあてると、星屑の輝きが増して流れ星のように尾をひき、旋回しはじめた。

「わあ、すごいな」

 俺が美しさに感動していると、

「魔力に反応しているんでしょうか」

 メルがシトリンに尋ねる。


 ぐ……年上の俺の方が、反応がアホっぽい……。


「魔力であるには違いないが、現代でいうところの魔力とは少し違うかな。俺は魔術師じゃないからね。専門外の言及は控えるとしよう。つぎ、助手君触ってみて」


 またここでも発掘品に触る作業か……これ何の意味があるんだ?


 俺がちょっとうんざりしながら触れると、メルの時のように光が強くなり、その光が虹色に分散してカーテンのように揺れ動き、流れ星の光が複数現れてあちこちにに旋回した。


「博士、これって……」

 反応の違いにメルも目を丸くしている。

 シトリン博士は、満足げに笑った。

「うんうん、やっぱり助手君は、思った通り特殊だね」

 特殊と言われても。

 俺にかけられた、アナベル嬢の魔術に反応しているって話なんだろうけど、それがいったいなんだというんだろう。

「これって何の道具なんですか?」

「メルの言ったとおりだよ。魔力を視覚化する道具。視覚化することが、古代王国人にとってどういう意味があったのか。それはまだわからないけどね」

 光の消え始めた水晶を見ながら、さも名案を思いついたとばかりに博士は言った。

「助手君、やっぱりうちにお嫁に来ない?」

 だから、なんでそうなる。




 昼食タイムが終わると、広間には布が敷かれ、椅子や机も置かれて野営の準備が進められていった。

 簡易のトイレも設置されたのはありがたい。

 今夜はほとんどのメンバーがここで一夜を過ごすことになる。

 中層の待機メンバーはくつろぎはじめており、補給班は地上へと戻っていく。


 俺は博士や同じパーティの仲間たちとともに、最下層に降りるメンバーに加わっていた。

 午後から夕方にかけて、最下層まで降りてまたこの広間に戻ってくる。それが俺たち先遣隊のミッションだ。


 ここからの編成について、俺と違って本当に有能なシトリン博士の正規の助手が説明を行った。


 選ばれたのは十三名。

 腕ききの冒険者たちを先頭に、中央に俺を含む研究員チーム。後衛は護衛と後方との伝令役を兼ねた小柄な冒険者たち。


 先ほどと異なり、全員で固まって進むことになる。


 中層までとは違い、下層は未知数だ。

 危険な場所をしらみ潰しにしながら進み、危ないと思ったときはすぐに全員で撤退する。


「いいかい。最下層に無事にたどり着き、戻ってくることが私たちのミッションだ。それ以上は求めていない。古代のことわざは知っているね。『ドラゴンの炎は欲深い者ほどよく燃やす』」

「はい!」

 シトリン博士の激励に、一同真剣なまなざしで返事をした。

 こういう姿を見てると、さすがA級冒険者だなって思うな。経験者の貫禄がある。

 普段はなんか、わけがわからないけど。




 広間を出てしばらくは、まだ中層の範囲だ。

 先程と同じく、周囲は明るいままで本当に地下深くにいるんだろうかと不思議なくらいだ。


 しばらくすると、シトリン博士のいつものやつが始まってしまった。

「助手君、次はこっちの石を触ってみてくれ」

 最初のうちは何かのトラップが発動しやしないかとビクビクしたが、途中から無の境地になった。

 これは作業。


 たいていの場合、遺物は無反応なんだが、なかにはさっきの水晶のような石みたいに穏便な反応を返すものがあった。そのたびに博士は騒ぎ、メルはきゃっきゃと喜んだ。

「見ましたかノエルさん! いまこの壁面の文字が光ったの。もう一回だけ点灯お願いします! 光った箇所を書き止めるので!」

 まあ……喜んでくれるならいいんだが……。


 こういう時、からかいの言葉のひとつも飛んで来そうなものたが、ロイドはさっきからだんまりで警戒の姿勢を崩さない。

 護衛枠だから、というのもあるけど、やっぱりいつもよりピリピリしている。


 スパイが紛れているかもしれない。

 そう言っていたことを思い出す。


 この十三人の中に、盗賊の仲間がいると思ってるのかな。


 ロイドが警戒するのもわからなくはない。だけどやっぱ、俺は信じたくないな。


 護衛の人たちを含め、ここにいる人たちみんなから、ダンジョンへの情熱が伝わってくるんだ。

 それが冒険のロマンなのか、探究心なのか、生まれ育った町への愛着なのかは人それぞれだと思うけれど。

 それが見せかけの姿だなんて、どうしても思えないんだ。




「ここが中層の終わりだよ」

 シトリン博士の声は、さっきまでより周囲によく響いた。


 通路の行き止まりには、重厚なつくりの門がそびえていた。

 いままでの場所とは異なる様式の装飾だ。俺の気分の問題なのか、どこかおどろおどろしく感じる。

「では下層に進もう」


 そして扉が、開け放たれた。

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