いざダンジョン内部へ
早朝、ダンジョン前には多くの人たちが集まっていた。
ダンジョンは町にほど近い丘の中腹にある。ダンジョンの入り口手前は、見晴らしの良い広場になっており、人が集まるのにもちょうど良かった。
町からも広場に人が集まっていく様子が見えるので、俺たちは迷いなく集合場所に到着した。
天気は快晴で、日差しが眩しいくらいだ。
「うん、ダンジョンに潜るには絶好の日和だ」
と調子を取り戻したシトリン博士はご機嫌だった。
ダンジョンに潜ってしまうのに天気のよさ関係ある?
俺は疑問に思ったが、きっと気分の問題だろう。口に出すのは野暮というものだ。
マークの姿が見えた。
丘を登ってきた彼は、俺たちに向かって笑顔で手を振る。くっ、さわやかな男め。
後ろからついてきたミミの姿も見えた。
向こうも俺の姿を見つけて、駆け寄ってくる。
「ノエル、気を付けて行ってきてね。応援してるわ」
にっこり笑って、俺の手をぎゅっと握りしめた。
やっぱり可愛い……ミミの優しさが胸にしみる。
「はいマーク、お弁当。腐らないように、今日中に食べてね」
ミミはきれいに布でくるまれたランチボックスを手渡す。
「ありがとうミミ」
嬉しそうに微笑んで、ミミの額に口づけをした。
ミミはくすぐったそうに笑う。
ぐぞゔ、いちゃいちゃしやがって……。
俺はさりげなく二人から目を逸らした、が、その先でロイドがこっちを見ていた。
「殿下、大丈夫です。最悪すべての男女に振られても、俺がついています」
それ慰めてる? というか全人類にモテない人間扱い、やめてくれない?
町の広場から、鐘の音が聞こえてくる。
「お、おまたせしましたー」
メル少年が息を切らして走ってきた。
「すみません、おまたせして、すみません」
「問題ない、時間通りだよ。では皆、行こうか!」
シトリン博士の号令で、一行はダンジョンに潜入した。
調査メンバーは全体で四十人余り。
パーティーごとに十メートルほどの間隔を空けて進んでいく。
俺がおっかなびっくり足元を気にしながら進んでいると、
「上層は警戒しなくても大丈夫です。調査はほどんど終わっていて、トラップも撤去されていますから」
メルが危なげない足取りで俺に声をかける。
「そういえば、入り口からずいぶん進んだのにまだ明るいな。なんでだろう」
「中層くらいまでは、このままの明るさですよ。壁に発光する成分が仕込まれているんですが、これはダンジョンの外に持ち出しても光らないんです」
「詳しいんだね」
「あ、はい。じいちゃんが発掘調査をしていたので……」
メルはおじいさんの影響で、発掘調査の仕事に申し込んだそうだ。
「じいちゃんとは会ったことないんです。ずっと早くに亡くなったので。でもじいちゃんの話を聞いて俺もやってみたくなっちゃって……あっ、すみません、ぼくなんかが偉そうに解説しちゃって」
「いや、すごく面白いよ。俺はまだあんまりダンジョンのこと知らないから、いろいろ教えてくれないか」
「……っ! はい!」
それから俺は、メルの説明を受けながら上層を歩いて行った。
「この通路の壁画は、四季をあらわしているんです。左側が春夏、右側が秋冬。暦として使われていたと言われています」
「そこの窪みには、宝石のついた水がめが置かれていました。宝石といっても、魔術で生み出されたもので……」
「この柱の文字、見てください! 他のダンジョンでも見られるので珍しいものではないんですが、これがいまの魔動人工知能技術のベースになったと言われる理論で……」
少しおどおどした様子があったメルだが、ダンジョンについて語る姿はオトナ顔負けの貫禄だ。
「助手君。いいだろう、彼。俺の後継者にと口説いているところなんだ」
前を歩くシトリン博士が声をかけてくる。
「そ、そんな、ぼくなんかが、恐れ多いです」
途端に声が小さくなるメル。
これだけ目をかけられてるのに、どうしてこんなに自信がなさそうなのかな。
彼にもいろいろ悩みがあるのかもしれない。
俺にできることがあるかはわからないけど、ダンジョンにいる間はできるだけ仲よくしよう。
今の俺の姿なら、メルと歳が近そうに見える。メルもきっと、打ち解けやすいだろう。
一時間ほどかけてゆっくりと通路を進み、ひとやすみになった。
「あと半時間ほどで、中層の広間に到着するよ」
もう少しだ、とシトリン博士が言う。
ただ平坦な通路を進んでいるだけのように思えたが、床に軽い傾斜がついていて、これでも数十メートル地下に潜ったことになるそうだ。
俺は水筒で喉を潤した。
ダンジョンの中の空気は悪くないが、少し砂埃を感じる。
冷たい水を喉に流すと、少しすっきりとした。
水筒は、小さなものを持参していた。
俺たちの後ろには、食料や水を運ぶ補給班がいる。ほとんどの飲食物は彼らが運んでくるので、前の俺たちは重い荷物を持つことなく進んでいける。
休憩中、メルがシトリンに「少し見てくれ」と呼ばれて、通路の横穴に入っていった。マークがそれに続く。
俺も彼らについて行こうとして、ロイドに引き止められた。
「盗賊団のスパイ?」
「はい。今回の調査隊に、紛れている可能性があります」
ロイドは手紙や伯爵を通じて、今回の盗難騒ぎの情報を収集していたそうだ。
「状況からみて、かなり計画的なものでした。それで、大きな犯罪組織が関わっている可能性を探っていました」
「大きな犯罪組織って?」
「インベックで襲われそうになったこと、覚えていますか?」
俺は頷く。あれはびっくりしたな。目が合っただけなのに、殺されるかと思った。
「あの近辺は、すこし前までもっと平和な地域だったんです。だけどここ数年、怪しい連中がうろつくようになった」
たしか禁止薬物の取引をする連中がいるってことだったよな。
「僕は、今回の盗難にも、インベックの件と同じ国外の犯罪組織が絡んでいると考えています」
「国外の?」
シトリン博士たちの声が聞こえた。引き返してきたようだ。
「殿下も念のため気を付けておいてください。危険分子が近くに潜んでいるかもしれない」
横穴からメルを最初にシトリン博士、マークが順に現れた。
これからみんなで協力して最下層を目指そうって時に、なんだか嫌だよな。仲間を疑うなんて。
休憩が終わり、俺たちはまた歩き出した。
少しずつ道が狭くなり、枝分かれする道が出てきた。
「迷路といっても、迷わせる目的でつくられたものじゃない。ひたすら右に進めば目的地に着くようになっている」
「左に進むとどうなるんですか?」
間違った道だとわかっていても、何があるのか覗いてみたくなる。
「ただの行き止まりだよ。ただしトラップ付きのね」
ーー絶対に右へ進もう。
「でも博士、変じゃないですか。行き止まりならトラップを仕掛ける意味がないのでは?」
ダンジョンの守りを気にするなら、正しい道にこそ、トラップを仕掛けるべきなんじゃ……。
俺の疑問に、メルが楽しそうに答える。
「古代王国の人たちは、右側を生の領域、左側を死の領域と捉えてたんですよね。それと知りつつ、左を選ぶものは、神により死の道を選ばされたのだと」
ひえ、怖いなあ。神様、俺はまだ死にたくないから見逃してくれ。
「よく勉強していて結構。だが付け足すなら、この遺跡に限っては右側。というのが正しい。ダンジョンの入り口が、外から見て西側の斜面にあるのはわかるね。入り口から見て右側は、南。左側、つまり北という方角は、古代王国人にとって不吉なのさ」
シトリン博士とメルによる初心者にもやさしい古代王国講座を聴講しているうちに、俺たちは中層の「広間」と呼ばれる広いスペースに到着した。




