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冒険者マーク

 翌日、発掘調査のメンバーが通知された。

 盗難騒ぎのあとだし、偉い人の力で引き止められるんじゃないかと思っていたけど、偉い人がノリノリだったおかげでむしろ予定日が早まった。


 ーーまあ、ウィルムグレン伯爵にストッパーの役割を期待するのは間違ってたよな。




 俺は「助手君は当然俺と同行ね」と言われてシトリン博士に付き添ってダンジョンを降りることになってしまった。

 憧れだったダンジョン探検。嬉しいか嬉しくないかで言われれば嬉しいに決まってる。


 王子のままでいたら一生叶えられない夢だったかもしれない。そう思えば俺は幸運なんだろう。


 だが、それまでのいきさつが腑に落ちないと思ってしまうのは、仕方ないんじゃなかろうか。


 俺の想像のなかでは、輝かしい冒険の日々はこんなふうに始まる。

 王家を(男の姿のまま)追放され、市井へと(くだ)った俺は、冒険者として実力をつけ、いよいよダンジョンへと挑む。

 強敵であるモンスターたちをものともせず、やがて最下層の黄金の間へとたどり着く――。


 ダンジョンを攻略したいというのは、そういう英雄的シチュエーション込みでの夢だったのだ。

 なので、えらい先生に謎の気に入られ方をしたからダンジョン最下層を目指す、非戦闘員として。

 といういまの状況は、言葉にすれば同じでも、意味が全然違うと思うんだ。


 という俺の愚痴は、実利主義者のロイドに言っても共感を得られそうにない。涙を飲んで心の奥にしまい込んだ。


 ダンジョンに潜るメンバーは、数名ずつのグループに分けらた。

 冒険小説でいうところのパーティってやつだ。


 俺の所属するパーティには、シトリン博士のほかにロイド――同じパーティになったのは伯爵の取り計らいだろう――と、地元の冒険者マーク、それからメル少年の名前があった。

 まだ子供のメルが選ばれたのは、俺みたいな謎の贔屓の結果ではなく、研究者としての将来性を期待されてのことだ。すごいな。


 集合は二日後の朝、ダンジョン前。それまでに各自持ち物の準備を整えるように告げられ、その日は午前中で解散になった。




 昼過ぎ、ロイドと俺はダンジョン探検のための買い出しに町の中心街へと来ていた。


 目的のダンジョンは町からほど近い丘の中腹にある。今までの調査で、迷いなく進めば数時間余りで最下層に到着することがわかっている。

 だが、ただ最下層に着けばいいというわけではない。安全に最下層の調査を行うのが目的だ。

 最下層には複数のトラップが仕掛けられていることも多く、調査には日数がかかる。

 長期の調査にメンバーが耐えられるよう、三日潜ったら一旦外に出、別のメンバーと交代する。というローテーションのスケジュールが組まれている。


 そういうわけだから、三日分の野営をするイメージで荷造りをすれば良さそうだ。


 ただ、ダンジョンの中の環境がどうなっているのか、俺はよく知らない。

 暑いのか寒いのか、足元の状態はどうなのか、生き物やモンスターがいるとすれば、どんな性質なのか。

 それによって、揃える服装や武器が変わってくる。


 俺とロイドは、多少の環境の変化に備えられるよう、荷物多めの野営スタイルにしようかと話し合っていたところに、同じパーティになった冒険者のマークが通りかかった。


 マークは何度もダンジョンに潜っているらしく、俺たちの装備の相談を快く聞いてくれた。

「そうだね、最下層付近はわからないけど、空気は結構カラッとしているよ。冬並みに寒いこともあるから、毛布なんかも持って行った方がいいね。靴は登山用のブーツがいいんじゃないかな。武器は女性には重いから置いて行ったほうがいい。きみは非戦闘員だから、身軽さを重視して。戦闘は警護専門の仲間に任せるんだ」

 じつにわかりやすく教えてくれて、買い物にも付き合ってくれた。いい奴だ。

 俺たちがお礼を言うと、さわやかな笑顔で言った。

「役に立てたならなによりだ。二日後、よろしくな」

 にこりと微笑む白い歯がまぶしい。


 そこへひとりの女性が駆け寄ってきた。

「マークったら、どこにいたの! 探したんだから」

 プリプリ、といった擬音が似合う様子で、問い詰める。

「ごめんごめん。二日後のダンジョンのメンバーが困っているように見えたから、お節介を焼いてたんだ」

「もう、それなら仕方ないけど。ちゃんと声をかけてから離れてよね。心配したんだから――あら」

 ダークブロンドの柔らかな巻き髪が、こちらを振り向く。

「まあ、ノエルじゃない!」

 また会えてうれしいわ! ――そうミミが微笑んだ。


 俺は――うまく笑えてなかったと思う。




 ミミはインベックからリンデンコットに来た経緯を話してくれた。


 ミミの両親はリンデンコット出身で、マークの両親とは仲が良かった。

 その後、ミミの親の仕事の都合でインベックへと移り住んだが、彼らはお互いの子供が大きくなったら結婚させようと話していたという。

 インベックを離れたとき、ミミはまだ産まれたばかりで、大きくなるまでマークの存在すら知らなかった。


 ミミが十六になったとき、両親は許婚がいることをミミに伝え、結婚を勧めた。


 ミミには、断る理由がなかった。

 好きな人がいるわけでもない。

 今やっている裁縫の仕事だって、両親にすすめられるままにしていることで、思い入れがあるわけでもなかった。


 とりあえず一度会ってみなさいと言われ、両親とともに会いに行くのかと思っていたら、仕事があるからミミだけ先にリンデンコットに向かうようにと言われた。

 ミミは拒否することができず、けれど知らない場所の知らない男性に嫁ぐことに不安を持ったまま、旅路についた。


 話を聞いた限り、両親はミミに結婚を強制するつもりはなかったのだろう。

 だからあえて、彼女を先に行かせて相手を見てくるよう促したんじゃないかと思う。


 そのあとのことは、聞かなくてもわかる。

 マークはミミをとろけるような笑顔で見つめているし、ミミはその視線を向けられて恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んでいる。


 マークはいい奴だ。少し話しただけでも、人柄の良さが伝わってくる。顔だって悪くない。俺の方がイケメンだと思うけどな!

 ミミはきっと、こいつと一緒なら幸せになれるだろう。


 ケチのつけられない相手に、俺は安心すると同時に打ちのめされた。




 ダンジョンに潜るまでの二日間、俺は抜け殻のように過ごした。

 ロイドはなぜか焦った様子であちこちに手紙を送ったり、伯爵のところに出かけたりしていたが、気に留める余裕もなかった。


 ミミと俺の運命は、はじめから最後まで重なっていない。わかっていたはずだった。

 だけどいざ現実を目の前にしたら、どうしようもなかった。


 俺は夜、布団の中で少しだけ泣いた。

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