聖女の行方
出がけには不機嫌だった俺が、帰ってきたら浮かれていたためか、ロイドは着くなり俺を見て怪訝な顔をしていた。
いかにも胡散臭いものを見る目で嫌な感じだが、俺はいまとても気分が良いので許す。
すでに夕方だったので、外食をすべく俺とロイドは町に出た。
一軒の洒落たレストランを見つけて入る。
何も言わないうちに、個室に案内された。
どうやら俺たちのことを知っているようだ。
「伯爵様にはいつもご贔屓いただいておりまして……」
と言われたので、伯爵経由で伝わっているみたいだ。
伯爵の行きつけなら、味に間違いはないだろう。楽しみだ。
メニューは家庭料理をベースにしているようだが、ひとつずつ手が込んでいて、料理人のこだわりが感じられた。
メインディッシュの魚のパイ包みが俺好みの味付けだった。ホワイトソースの絡み具合が絶妙。毎日これでも飽きないな。
カフェもそうだけど、けっこうレベルの高い店が多いんだよな。
人口の割に、町全体が垢抜けているというか。
ふと気になってオーナーはこの町出身なのかと給仕に聞くと、わざわざオーナーシェフが顔を出してくれた。
彼は別の地方出身で、料理人を目指して王都に上り、何年か修行をしたあとこの町にきたと答えた。
オーナーも田舎暮らしを求めてこの町に来たんだろうか。俺みたいに。
「聖女様に、会ってきました」
デザートが運ばれてきて給仕が下がったころ、声のトーンを抑えて、ロイドが言った。
「え、領内にフェリシアが? なんで」
あのドタバタだった俺の誕生パーティーのあと、俺たちは聖女フェリシアを国外に逃がす手配をしていた。
国内にいると、あの王都の大主教に見つかってしまうかもしれないからだ。
計画が変わったのは、ヘイゼルヘイム侯爵令嬢が絡んできたからだとロイドは嫌そうに答えた。
「アナベル嬢が?」
俺の元婚約者。
結果的に痛み分けになったものの、俺が彼女の名誉を傷つけることをしたのは事実で、それには聖女フェリシアも関わっている。
「それで、フェリシアは無事なのか」
アナベル嬢は怒って俺に古代魔法をかけ、女の子の姿にしてしまった。
フェリシアは俺の計画に巻き込まれたようなものだが、アナベル嬢が敵視しても不思議ではない。
「お元気にお過ごしでしたよ……あれを無事と言っていいのかはわかりませんが」
なぜか後半を口ごもるロイド。
「侯爵令嬢は、聖女様が国内でうまく逃げおおせる方法を提案して、それに聖女様が同意した。というのが現在の状況です」
敵対しているわけではないのか。それならいいんだが。
国外に出てしまうより、国内で保護できるならそれに越したことはないだろう。
俺に黙っていたのは、フェリシアの居場所を知られないようにするためか。
「それで、王都の大主教に見つかる可能性はないのか?」
「確認してきましたが、まず見つかることはないでしょう。もし居場所がばれたとしても、ブレンダン氏にはどうすることもできないと思いますが。ですが、用心に越したことはないので、来年までは秘密にするつもりです」
「来年?」
「新たな総主教を選ぶ選挙があります」
王都ウェラスバリーの大主教、ブレンダンは、ヘイゼルヘイム侯爵令嬢に罪を着せ陥れようとした疑いで、現在謹慎中の扱いになっている。
だが、俺たちができたのはそこまでで、まだ教会内の権力を失ったわけじゃない。
落ちた評判をふたたび持ち上げるために、聖女を取り戻そうとするかもしれない。
だが、来年の総主教選で、教会のトップが変わる。
有力な候補者は革新派の人物だ。
現総主教派のブレンダンは影響力を失い、地位を追われるだろう。
そうなれば、法による罪の追求もやりやすくなる。
「ブレンダンが今の地位を失うまでの間、隠しておくってわけか」
「はい。聖女様は殿下にお会いしたいとおっしゃっていました。侯爵令嬢からの伝言があるとか。お会いになりますか」
「伝言?」
なんだろう、怒りが収まらないから、殴られに来いとか、そういう話じゃないといいけど。
「聖女様と会うかどうかは、殿下におまかせします。それより殿下――いつ男性に戻るおつもりですか」
そ、それは……。
「このままずっと女性でいるつもりですか」
「いや、そんなことはない。時期を見てだな……」
ずっと女の子のままでいるつもりなんてない。
ただ、今の状況が居心地が良くて甘えてしまっている部分はある。
この姿でいるあいだは、俺はノエルであってそうではない。そんな感じがするのだ。
そもそも、俺は逃げ出したかった。自分の地位から、未来から。
そんな俺にとって、女の子の姿になったのは都合が良すぎたんだ。
「時期というのは、アナベル嬢に会いに行くのをいつにするのか、という意味しかありません。――殿下、これは俺の直感に過ぎないのですが。あまり長い間その姿のままでいてはいけない。そんな気がします」
戻るつもりがあるなら、ちゃんと期限を決めるようにと言われた。
ロイドも「直感」なんて言い方をするんだな。
男に戻るのはいい。でも、戻ってからどうしようか。逃走を許してくれるほど目の前の補佐官は甘くなかった。
さっさと俺のことなんか見限って、叔父上たちの誰かにでも付いてくれれば良かったのに。
国民に見限られようとして失敗したこのうえは、この補佐官を失望させるべきかもしれないな。
――というか俺、失望されるほど信頼されてたか?
逆になんで今まで俺でいいと思ってたのか問いただしたくなってきた。
あれか、有能な上司より無能な上司の方が扱いやすいってやつか。
となると、有能な上司に変わった方が失望されやすい……?
いやそうじゃない! そもそも有能だったら逃げようとか思わなかったし。
どうしよう、何をやってもロイドは諦めないとなると……俺詰んでないか?
「ところで殿下。例のミミという女性について、どうしたいとお考えですか」
「ど、どうって……」
べつにどうこうなりたいとか、そんなことは……。
「単刀直入に言います。妾にする意思がありますか」
「思ってない! ミミは友人だ」
庶民の女性を娶るというのは、イコール妾にするということだ。
歴史をたどれば貴族以外を妃に迎えた王や王族もいるが、よほどの有力者の家の娘だったはずだ。
無理をして王妃に据えたところで、いい結果にならないことは明白だ。
そこで妾ならば……という話になるのはわかる。
だけど、ミミは繊細な子だ。それさえも耐えられないだろう。
はじめからわかっていたことだ。だから俺は、彼女を見守るしかない。
恋の芽生えの自覚があったとしても。
「わかりました、信じましょう。ですがその友情は、男性に戻った時にも続くものですか」
「……!」
続きはしないだろう。向こうは俺を一般人の女の子だと思っていて、俺は彼女への本当の気持ちを隠している。
――実は男で、王子で、きみに恋していたけどこれからも友人でいてくれる?
そんなムシのいい話はない。
「ちゃんと、考えてください」
答えを先延ばしにするな、とロイドは釘を刺したかったのだろう。
ほんとうに痛いところを突かれた。
男に戻るべき、なんだろう。
そのためにも、フェリシアに会いに行く必要がある。




