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違う、そうじゃない

 その数日後、公務が終わり私室に戻ると、俺のベッドの上で誰かが蹲っていた。

 不審者かと一瞬身構えるが、教会であった聖女フェリシア、その人だった。


 ただでさえ布の少ないナイトドレスから肌が透けて見えており、俺を誘惑する目的で送り出されたのは明らかだった。


 俺も男なので聖女のあられもない姿に思うところがないではないが、それよりも、聖女をけしかけたであろう、大主教ブレンダンに対する怒りが突き抜けた。


 気の毒なフェリシアは、王太子の私室に侵入した罰で処刑されるかもしれないと考えたのだろう。

 俺の姿を見ると真っ青になり、謝罪の言葉も震える唇では紡げないありさまだった。


 実際、部屋に侵入したのが賊であれば、厳しい処罰は免れない。

 まあ、最近ロイドなんかは俺に慣れ過ぎてノックもせずに入ってくるんだけど。不敬。


 俺は急いで女性の使用人たちをかき集め、ひとまず彼女にまっとうなドレスを宛てがってもらう。そして客間へと聖女を案内させた。

 気持ちが落ち着くまで、しばらくそこで休んでいてもらおう。


 ロイドの調べにより、聖女を引き取ってから十年、教会の連中は聖女のことを、最低限の世話しかせずに放置し、何も教えずに飼い殺していたことがわかった。


 聖女は貴重な聖魔法の持ち主で、強力な防御魔法の発動が可能だといわれている。

 このため、平和の象徴として人々から信仰の対象になっている。


 だが、現在の彼女は簡単な結界ひとつ張れないありさまだった。


「教会は聖女がいるという事実さえあれば、権威を保てる。聖女に知恵と力を付けさせて、思い通りにならなくなったら困ると思ったんでしょうね」

 淡々と語るロイドだが、報告書を握る手に力がこもっている。


「彼女を教会には戻せないな」

 だが、王城にずっと居てもらうわけにもいかない。

 大主教に、聖女様が王太子に気に入られたなどと言いふらされてしまってはたまらない。


 聖女フェリシアの取れる選択肢はそう多くない。

 俺たちはその中でも最も安全と思われる策を、彼女に提案した。




「他国への亡命?」

 聖女フェリシアは目をぱちくりさせた。

「ああ。国内はどこも教会の影響力が強いから、逃げきるのは難しい。だが、国外であれば話は別だ――きみは、自由に生きられる」

 他国では、聖女信仰のようなものは存在しない。

 聖魔法が使えることを隠す必要さえないのだ。


「自由……」

 その言葉をかみしめるようにフェリシアは復唱する。

 この十年、自由なんて言葉の存在しない世界に住んできた彼女に、その言葉はどう映るのだろう。

「もちろん、国内で身を潜めてもいい。機会があれば、きみの生家に帰ることもできるだろうからね」

「……」

 その返事は、聞くまでもないようだった。


 貧しい家に生まれ、売られるようにして教会に来たフェリシアにとって、実家とはそんなに良いものではないのだろう。


 彼女は少し考えた末、頭を下げて頼んできた。

「他国への亡命を、助けて」


 その時、俺の胸のうちから、羨ましいという感情が湧きあがった。

 俺だって王太子なんて肩書を捨てて、どこか遠くへ行ってしまいたい。

 俺も一緒について行けたらどんなにいいか。


 そうして閃いてしまったのだ。


 ――いっそ国外追放されるような何かをしちゃえば良いんじゃね?




 思いついてからの俺の行動は早かった。


 まずは大主教ブレンダンの懐柔から。


 ブレンダンを呼び出した俺は、フェリシアを気に入ったように見せかけ、美辞麗句を並べ立てた。

 このおっさん、みごと美人局に引っかかったスケベ王子だとでも思ってんだろ。

 あとでぜったいぶっ飛ばすぞ。妄想の中で。


 そして、婚約者について少々愚痴った。堅物だの、フェリシアと違って愛想がないだの言って。

 むしろ俺にはもったいなさ過ぎて泣きそうなんだけど、そこを愚痴るのはやめておく。


 それに加えて、「もしかしたら、アナベル嬢が俺とフェリシアの仲に嫉妬しているかも……!」という偽情報をほのめかすのも忘れない。


 実際のところ、俺が誰かを好きになったとして、アナベル嬢が嫉妬してくれるイメージがミリほども浮かばない。つらい。


 うまい具合に引っかかったブレンダンは、俺が婚約者を疎み、聖女を妃に迎えたがっていると信じて、アナベル嬢の悪口を吹き込み始めた。

 その悪口が犯罪の捏造にまでエスカレートしたところで、捏造の証拠をきっちりと回収。


 これはコトが終わった後で暴露する予定だ。


 王権は教会の人事に介入できないが、評判を落として大主教の座から追い落とすことぐらいはできるだろう。ざまあ。


 ロイドにはフェリシアを無事他国に逃がすための準備を命じ、――というか命じる前にもう取り掛かっており――母上には、教会に頼まれたと言って聖女のマナー教師になれる人材を後宮から寄越してもらった。


 そして勝負の日程を、俺の誕生パーティーに定めた。

 このパーティーは王太子の成人記念でもあるし、結構な人数を招待する。

 だが、別に政治的に大事な式典でもないし、ぶっちゃけあってもなくてもどっちでもいいから、バカをやらかすにはちょうど良かった。

 自分の誕生日なのにどっちでもいとか、言ってて空しくなってきたけど。


 ちなみにこの計画は、フェリシアと俺しか知らない。

 ロイドはただ、少し騒ぎを起こして大主教の目を逸らし、フェリシアを亡命させるだけの計画だと思っている。


 俺がバカをやらかして追放されるための計画を、ロイドが邪魔しないはずもない。だから細心の注意で秘密裏に進めてきた……つもりなんだが、なんか、勘付かれてる気がするんだよな。


 何も言ってこないし、大丈夫だということにしておこう。うん。




「殿下のお望み通りに、なりましたでしょう?」

 鏡の前で()めつ(すが)めつ自分の姿を確認している俺の脳内で、アナベル嬢の言葉がリフレインしている。


 父上譲りの鮮やかなブロンド(と言っても父上はすっかり白髪だが)と、母上から受け継いだエメラルドの瞳。ここだけは変化がない。


 髪は、若干伸びているように見えるが、これは顔のサイズが小さくなった、というのが正しいかもしれない。


 元々身長は平均値くらい、体格も……残念ながらマッチョメンではなかったよ……平均的……な俺の体はすっかり縮んでしまった。

 ……ズボンもずり落ちるわけだ。


 背は低く、顔つきも幼い。体は折れそうなほど華奢で……。


 俺は周囲に目がないことを確かめる。


 これはただの確認作業だ。

 男のロマンとかそういうやつでは断じて、いや、多少はある。


 恐る恐る、両胸に手を当てた。


 はい残念、みごとなまな板です。

 おっぱいなど最初からなかったよ。


 まあつまるところ、せいぜい十二、三歳くらいの女の子にしか見えなかった。


 いや、「お望み通り」って。たしかにそれは、そうなんだけどさあ……。それって、


 女の子になったから、もう『王太子』じゃないもんね☆


 ってことで合ってるかな? いや、そうなんだけど、違う、そうじゃない。

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