ただひとつの合法的なダンジョン攻略
とりあえず会ってみる。そうは言ったものの、まさかこんな大物だとは思わなかったんだよな。
「ノエル殿下、こんな遠いところまでお越しいただいて! おっと失礼。ご挨拶がまだでしたな。拙老めがケイデン・ウィルムグレンです」
伯爵じゃん。ウィルムグレン領の伯爵じゃん。
国内屈指の大貴族じゃん。
町の役場みたいな建物に案内されて、ラフな格好で出てくるものだから、町長的な人かと思ったよ。
伯爵、という称号自体はたしか十家ぐらいあったはずだが、その中でも領持ちの貴族は格が違う。
爵位の高さと序列は比例しないのだ。
たとえばウィルムグレン領の隣の領地を治めているのは男爵だが、影響力でいえば十指に入る有力者だったりする。
そのあたりの事情は結構複雑なので、俺は序列順に丸暗記で済ませている。語呂合わせで。
しかしウィルムグレン卿、随分腰の低い人だな。
王城の式典で見たときには、もう少しこう、厳格で落ち着いた感じがしたが……。
俺の戸惑いが伝わったようで、
「王都では余計なことを言わないよう猫を被っとるんです。どうも、なんでも自分でやってしまいたいタチでしてな。家族や古くから仕えてくれておる者たちは拙老のことをわかってくれておるというか、諦めておるようですが」
伯爵は照れたように薄めの後頭部をわしゃわしゃと掻いた。
「ところで伯爵、殿下に何かお話があったのでは」
ロイドが促すと、いやいや! と伯爵は大げさに恐縮した。
「こんな辺鄙なところにお越しいただいただけでも感謝の極みです。そうだ、近々町の者総出で歓迎会を開きましょう」
「いやいや、それは困ります」
俺は慌てて引きとめる。
一応謹慎中の身なのだ。そういう改まった場に顔を出すわけにはいかない。
「ここには静養で来てるので……」
「そうですか?」
伯爵は残念そうに食い下がる。
「ではせめて、我が家で歓迎の晩餐を。お隣のラヴァデール男爵も呼びましょう」
いやだから、そういうのダメなんだってば。
ご近所さんをホームパーティーに誘うノリで大物を呼び込もうとするのはやめてほしい。
「それより伯爵。大型のダンジョンの発掘作業が進んでいると聞き及んでます。かのシトリン博士を招聘されたとか」
ロイドが話題を逸らすと、伯爵は相好を崩して喜んだ。
「おお、おお。聞いてくださいますか。そうなのです。シトリン博士をご存知で? いやあ、聞きしに勝る天才です。まだお若いのに、あの恐るべき知識量と洞察力。我が領、いや、このリンデンコットの地で、必ずや世紀の大発見をしてくださるものと信じとります」
饒舌に語り出す伯爵。
シトリン博士……俺でも名前を知ってる有名人だ。名前しか知らないけど。
少し同情してしまう。伯爵の期待の大きさがプレッシャーになってなきゃいいけど。
「じつはノエル殿下は古代遺跡に並ならぬ関心をお持ちで」
え、俺?
「ダンジョン発掘に協力できるなら、殿下にとっては何にも勝る喜びとなるでしょう」
「なんと……! 殿下にダンジョン発掘の意義をご理解いただけるとは。願ってもみない幸運。さっそく手配させていただきましょう」
それではまたと言い、ウィルムグレン伯爵は飛ぶように去っていった。
……そういえば、結局何の話だったのか聞けなかった。
翌日、伯爵から連絡があり、俺たちは調査団の本拠地だという場所に向かった。
町のはずれの広場に、簡易のテントが建てられている。
テントといっても広さは相当なもので、面積は小ぶりの屋敷ほどもある。
いくつもの柱が立ち並び、布で天井と壁にあたる部分を覆っていた。
「まことに申し訳ない。そろそろシトリン博士が王都の学会から戻ってくる頃でして。迎えにいってきます」
伯爵は顔だけは出したものの、すぐに帰ってしまった。
一介の学者を伯爵様がお出迎えってすごいな。
大丈夫かシトリン博士。愛が重かったりしない?
「あら、あんたたち新入りかい?」
地元の主婦って感じの女性たち数人が、俺とロイドを囲む。
とりあえず、調子を合わせとこう。
「そうなんだ。まだここに来たばかりで何も知らなくて。お姉さんたちはどんな仕事をしてるの?」
「やだよこの子、気を遣っちゃって。おばさんでいいよ」
ご婦人のひとりがケラケラと笑う。
「あらー、そっちの子、いい男ねえ。どこから来たの? 王都! やっぱりー。都会の子は洗練されてるわ」
俺も洗練された都会人のはず、なんだがな……。
彼女たちは、ダンジョンで発掘された出土品の整理を行っているそうだ。
地元の主婦たちが毎日四、五時間勤務の契約で雇われているのだとか。
「ノエルちゃん、そっちの土器はあのテーブルね。あとで組み立てるから、破片を落とさないように」
「はーい」
「三番机のとこ、右が一層で左が二層の出土品。紛らわしいからすぐ移動しちゃいましょう」
「やっぱり若い男の子がいると捗っていいわねー。私たちじゃ、力仕事でああはいかないもの」
賑やかに話しながらも、彼女たちはてきぱきと作業を続ける。これが仕分けのプロ……。
しばらく集中して作業をしていると、休憩にしようと声をかけられた。
あらやだおんなじお菓子をもってきてるじゃない。
などときゃっきゃと騒ぎつつ、地元の菓子店の焼菓子を振る舞われた。
味はいいが、クッキーにしては少し硬い。携帯食を連想させる。でもちょっと癖になるな、これ。
「ノエルちゃんの彼氏は冒険者かい?」
ロイドのことを言っているらしい。
「一応冒険者ですが、彼氏ではないです」
断じて違う。
「もう、このくらいの歳の子に、そんな風にあからさまに聞いちゃダメよ。大丈夫よノエルちゃん。ロイドくん、あなたに気があるもの。さっきだって作業しながらずっとあなたを見つめてたんだから」
なんで俺がロイドと付き合いたいと思ってる前提なんだ。
あとあいつがこっち見てるのは監視目的だ。
「きゃあ!」
別のご婦人が悲鳴を上げてすぐに口を手でふさぐ。
「両片思いってやつね。なんて甘酸っぱい!」
小声で喋ったつもりのようだが、ボリュームを間違えている。
「あ、そうそう。冒険者と言えば、表通りのところのマークくん。婚約者ができたって」
「あら、もう結婚したって聞いたわよ」
「まだよ! でもすぐにそうなるわ。なんでも初めてあった許嫁に一目ぼれしたらしくて……」
話が逸れたようでほっとした。
俺は休憩の輪をこっそり抜け出し、作業に戻った。
いつの間にか新入りの仕事仲間と認定されていた俺たちは、また来ることを約束させられてその場を立ち去った。
「よかったですね。合法的にダンジョン調査ができて」
「……思ってたんと違う」
「でも、明日も行くんですよね」
「そりゃ、行くけど」
発掘品の整理は思っていた以上に楽しかった。見たこともない形の、用途不明の品もあったりして。
やっぱりああいうものを見てると、古代のロマンを感じてワクワクするよな。
「ここで調査員たちと親しくなれば、ダンジョンにも入れて貰えるかもしれませんよ」
「まさか」
整理の作業員と冒険者を連れて行くようなダンジョン調査とではわけが違う。
「考えてもみてください。我々は冒険者資格持ちですし、ダンジョンに入る最低条件は満たしています。殿下が雇う側だとしたらどうです? 同じ条件なら、見ず知らずの人間より、顔見知りで仕事の内情も知っている人間に頼みたくはないですか」
うーん、言われてみればそうかもしれないが、すでにここで調査にあたっている人が、冒険者も含めてたくさんいるんだ。そう上手くいくとも思えない。
もちろん、王子の特権を使って……なんてのは論外だ。公式に王子として仕事をするなら、どんな危険があるかもわからないダンジョンにはそもそも入りようがない。
それはともかく、これだけ調査が盛んな町なんだ。可能性はゼロじゃない。
もしかしたら初参加OKのダンジョン調査の依頼が転がっているかもしれないし、ギルドには地道に通うことにしよう。
結局翌日は、ギルドはおろか調査団のテントにも行けなかった。
高熱を出して寝込んでしまったのだ。




