ダンジョンにお宝を期待するのは間違っているのか
賊たちを縛り付けたあと、護衛たちは周囲に残党がいないか念入りに見て回った。
幸いにも追加で襲撃される気配はなかった。元から三人だけだったのか、残りは逃げ出したのか。
それは彼らを警邏に突き出したあとに調べられるだろう。
安全確認を終えて再び出発をするかに思われたが、突如、護衛たちの間でどよめきが起こった。
「殿下、こちらを見てください」
ロイドが示す先は、崖の真下の苔むした岩がゴロゴロしている場所だった。
ミミと俺が腰かけていた場所の後方にあたる。
岩の死角になった場所、崖の側面に、人工的に模様が描かれたような場所があり、細い隙間が空いていた。
「これってまさか……」
「ダンジョンの入り口、ですね」
「ダンジョン」というのは、古代王国時代に建造された遺跡のうち、地下や崖の横穴など、地面の下に作られたものの俗称だ。
ダンジョンの中には古代魔術の仕掛けがあったり、珍しい遺物が眠っていたりするという。
さっきの襲撃者たちは、このダンジョンの中に隠れていたのだろう。
ダンジョンの入り口は、少し離れるとたちまち周囲の景色に溶け込んでしまい、周囲と見分けがつかなくなってしまう。
「専門家ではないのでわかりませんが、もしかすると、認識を阻害するような古代魔法がかけられているのかもしれません」
なるほど、ジリアン師匠をはじめとするベテランの護衛たちが警戒していたのに、存在に気づかないわけだ。
「中を調査するのか?」
まだ賊が奥に隠れている可能性がある。放っておくのは危険だろう。
「いいえ。一般の乗客がいる以上、深追いは危険です。警邏に報告して、あとから調査を派遣してもらいます」
そっか、調査しないのか。
――がっかり。
「不服そうですね」
「べつに不服ってわけじゃ」
ミミが危ない目にあったところなんだ。早く立ち去るのが正解だってのはわかってる。
「気になるのは仕方ないだろ。ダンジョン探検といえば、冒険者の花形だろ。……ここにいる冒険者の連中は、気にならないのか?」
入口の場所を確認だけで、意外とみんなあっさりししたものなんだよな。
もしかして、ベテラン冒険者の勘で危険な気配がするから近寄らないとか?
だったら余計に中が気になるんだけど。
「殿下、もしダンジョンに眠るお宝を見つけたい、なんて考えているんでしたら、早々に諦めてください。物語のようなことはあり得ません」
なんだと。
いやしかし。
『スローライフを成功させる1000の方法』にも、「素人にはおすすめしないが」と注釈付きではあるが、ダンジョン探検で生計を立てる冒険者の話があったはずだ。
俺は俺のバイブルの正しさを信じるぞ。
「冒険小説がそのまま真実だと思ってるわけじゃない。だけどその手の自伝だってよく見かけると思うんだが」
冒険者の書く自伝はよく売れる。特にダンジョン探検で成功を収めた冒険者の話は大人気だ。
「殿下、このあたり一帯の土地、どこの領にも属していないのはご存知ですか」
「ああ、もちろん。たしかここから北部の高地にかけて、王室の直轄地になってたはず……あっ」
「お気づきになったようですね。そう、王室の直轄地内にあるダンジョンの発掘品の所有権は、当然王室に属します。ダンジョンの八割は、直轄地内にあると言われてます。あとの二割は高地の麓沿いにある領の所有地ですね」
あまり確認したくない真実にたどり着きそうだが、俺は聞かずにはいられなかった。
「つまり、ダンジョン探検の自伝の作者って……」
「話ごとでっち上げてる詐欺師か、王室の所有物を持ち出した窃盗犯かのどちらかですね」
世知辛い現実! この世に夢はないのかよ!
「殿下が同じことをした場合は、どうでしょうね……王室の土地なので不法侵入の罪には問われませんが。親の財布から金銭を抜き取るタイプの犯罪って、なんて言うんですかね」
俗っぽい例えをしてくるロイド。
完全におちょくられている。なんて腹の立つ笑顔なんだ。
「ですが、そう落ち込むことはありません。なにごとも方法しだい。自伝を出すような不届き者たちは、やり方を間違えているだけのこと――おっと、そろそろ馬車に戻る時間ですね」
気になる言動を残して、ロイドは移動を促した。
二日ぶりにきちんとした宿に泊まることができた俺たち。
ささやかな規模の村だったが、それでも一軒酒場があった。
「おーし、おまえら、こいつで飲みに行くぞ!」
賊を警邏に突き出した報奨金の額が思ったより多かったのでホクホク顔の師匠。
希望者を募って酒場へと向かった。
俺を含むほとんどの乗客はくたびれていて、酒場には向かわず早々にベッドに入った。
翌日の昼過ぎ、一行は目的のリンデンコットに到着した。
いろいろあったが、無事にたどり着いて一安心だ。
町の入り口には、
『ようこそ 遺跡の町 リンデンコットへ』
と目立つように掲げられた看板がある。
古代遺跡を目玉に観光地化を目論んでいるのだろうか。
馬車は中心街を通り抜け、町の中央にあたる広場で停車した。
「ノエル、しばらくこの町にいるのよね。また会えるかな」
「ああ、もちろん。俺の方こそ、また会ってくれるなら嬉しい」
すっかり仲良くなったミミと別れを告げる。
友との別れ、その言葉で済ますには、あまりに名残惜しかった。
リンデンコットは、インベックに比べると小ぢんまりした町だった。
しばらく居ればほとんどの住民と顔見知り程度にはなれるんじゃないだろうか。それくらいの規模だ。
周囲を山麓に囲まれた静かな町だが、市場には外国人の姿もあり、なかなか活気にあふれている。
ジリアン師匠たちは、この町で一泊したあとすぐにインベックへ折り返すそうだ。
「師匠、いろいろありがとうございました!」
彼女とも、もうしばらく交流したかったのが本音だ。
「また、師匠に剣術を教わりたいです」
もっと時間をかけて教わりたかった。
旅の途中でも感じたが、豪快な性格とは裏腹に、師匠の剣術は美しく繊細だ。
近衛出身だから、というばかりじゃない。
強さを突き詰めた結果の、職人的な美しさなのだろう。
師匠は優しい目を向けて言った。
「女にとって最も大切なこと、覚えているな」
「はい! 筋肉です」
毎日腹筋百回を欠かしていない、と俺は答える。
師匠は深く頷いた。
「いいことだ。だがやりすぎは禁物だ。疲労や体調不良を感じたらすぐやめること」
「はい!」
師匠シンパとなり果てた俺には、全肯定の返事以外は存在しない。
「またそのうち、な」
そう言って立ち去る後ろ姿もカッコよかった。
小さな町ではあるが、宿の数はそれなりにあった。
関所から近く、商人たちがよく訪れるからだろう。
俺とロイドは宿を決めて荷物を解いた。
インベックで使っていた宿ほど設備は充実していないが、悪くはない。
食堂はないようだ。夕食は近隣の店が閉まらないうちに買い出しに行くか、近くの飲食店を使う形になるだろう。
早いうちに調べておくのが良さそうだ。
宿の部屋で少し休憩を取ったあと、
「会っていただきたい人がいます」
とロイドが告げた。
「前に言ってた、ロイドの知り合いのことか?」
「いえ、それとは別件です。先方が殿下にぜひお会いしたいと」
じゃあ、「王子」としての仕事の方か。
「正直なところ、用件がわかりません。あの御仁は、少々説明不足というか、回りくどいというか……」
悪い人物ではないと思いますが……とロイドが付け足す。
ロイドの苦手なタイプか。
「まあいいや、とりあえず会ってみよう」
手紙を何通もやり取りするより、顔を突き合わせたほうが早いこともあるだろう。




