護衛任務(される方)
インベックからリンデンコットに馬車で向かうには、北側からぐるりと迂回する必要がある。
徒歩なら湖沼地帯を通って直接東に抜けられるが、足場が悪く起伏が激しいため、旅慣れた人でなければ厳しい旅程にになる。
中央街道が完成すれば、馬車で湖沼地帯を突き抜けることができるようになるが、いまは北に進んでウオルド・マグナ高地の麓の街道に入り、そこから東に向かうのが、最短ルートだ。
乗合馬車は五日程度でリンデンコットに到着する。
馬がバテてしまわないギリギリの時間を走り続ける強行軍なので、距離の割には早い日数だ。
なぜそんなに急ぐのかといえば、「ローワン道」と名の付くこの北の街道は、山賊に襲われるリスクが高いからだ。
街道沿いに集落はほどんどなく、途中休憩に向いた宿場もない。
しかも道の北側は森になっており、その向こうはほとんど未開拓の奥深い高地へと続いている。
山賊にとっては格好のねぐらだ。
だからとにかく足早に、ローワン道を抜ける必要があるのだ。
もしもの事態に備え、乗合馬車は十数人ほどの客を運ぶのに七人もの冒険者を雇い入れる。
馬車も小型のものを三台。複数台に分ける理由は、小回りがきくのと、一台が何かの事故にあっても他の馬車に乗り換えることができるからだ。
俺とロイド、それから尊敬するジリアン師匠は、その七人の護衛冒険者のメンバーとなった。はずだが。
あれ? 八人いない?
もう一度数えてみるが、やっぱり八人いる。
……何かのホラーだろうか。
ぞくりと鳥肌が立ったところでロイドに背中を押され、「ぎゃっ!」と悲鳴を上げる。
「殿下はこちらへ」
ロイドに促されるままについて行くと、乗客席に座らされた。
…………あれ?
俺はロイドの腕をツンツンとつつく。
「なあ、まさかと思うが……。俺、客側だったりする?」
ロイドはこくりと頷いた。
――やられた!
なんか変だなと思ってたんだよ!
俺を危ない目に合わせた、とかなんとか落ち込んでた割に、護衛任務への参加はあっさりオーケー出すんだもん。
俺の枠をこっそり師匠に入れ替えてやがったな。
俺はロイドを睨みつけるが、素知らぬ顔だ。
くそ、すっかり立ち直ってやがる。しおらしいうちに、もうちょっとイジっとけばよかったかな。
そこに愛らしい呼び声が聞こえて、俺の気分は一気に上昇した。
「ノエル!」
トランクを片手に、手を振るミミ。
生成りのレースをあしらった帽子が良く似合っている。
太陽の下で風に揺れる一輪の花みたいだ。
「ノエルもリンデンコットに行くことになったの?」
そうだ、ミミには護衛として参加すると言ってたんだった。
「ああ、知り合いを尋ねに。俺はついでに護衛を受けるつもりだったんだけど。護衛経験者のツレは、俺じゃまだ力不足だと思ってるみたいだ」
俺は不満たらたらにロイドを視線で示す。
「あら、大事にされてるのね。いいことだわ」
ミミがくすりとわらう。
大事に、ねえ。間違ってはいないが。
「そういえばミミは? インベックには戻らないって言ってたけど」
「え、ええ。ちょっとね」
あまり触れてほしくないみたいだ。
「今日はパンツスタイルなんだね。似合ってる」
「ありがとう。選んでもらったワンピース、このトランクに入ってるわ。向こうに着いたらたくさん着るつもりよ」
たわいもない話に花を咲かせるうちに、乗客は全て揃い、馬車が出発した。
俺とミミは真ん中を走る馬車に乗っている。
ロイドは俺たちと同じ馬車の前側、御者席のうしろで周囲の警戒にあたっている。
前を走る馬車の後方から、ジリアン師匠の顔が覗いている。
「ねえ、前の傭兵さん見た? ものすごくカッコいいわ」
内緒話をするように耳元で囁かれて、俺はドギマギする。
「あ、ああ。ジリアンっていって、俺の師匠なんだ。元女騎士の」
「女のひとなの?!」
ミミは目を見開いたあと、ほう、とため息を漏らした。
「なんて素敵なの」
……なんだろう、すごくモヤモヤする。
最初の二日間は、穏やかな旅路だ。
牛や山羊が草を食むのどかな田園地帯が続き、宿では十分に休みをとった。
二日目の宿で馬を交換し、ローワン道に入った。ここから二日は夜通しで走り抜く。
馬車に揺られながらの夜は、だいぶこたえた。
ミミは大丈夫だろうか。
吐き気を抑えながら隣を見る。
じっとして目を閉じてはいるが、ぐっすり眠れているわけではなさそうだ。
四日目の昼頃、ようやく開けた場所に出た俺たちは、やっと馬車の外に出て休憩をとることができた。
北側は崖になっていて、上からの襲撃は無理だろう。
南側には平原が広がっている。南東にあるなだらかな起伏の山地が湖沼地帯だ。
ロイドやジリアンなどの護衛たちは、まだ周囲への警戒を解いていないが、さきほどまでよりは、まとう空気が柔らかい。
崖の近くに良さそうな岩を見つけて、俺とミミは腰掛けた。
携帯食の硬いビスケットと水筒の水という簡素な昼食だが、明るい空の下で食べるせいか妙においしく感じた。
「世界って、広いのね」
あっという間に食事が終わり、のんびり景色をながめていると、雄大な景色に感じ入ったのか、ミミがぽつりとこぼした。
「きっと、世界から見た私は、小さな砂粒のようね。気にも留めないくらいの。……わたし、わたしって、なんなのかな」
最後のほうは消え入りそうなくらい小さな声で。
俺はミミの人生を知らない。どんな思いで生きてきたのかも。
だけど、そんなふうに言わないでほしい。
俺の目から見たきみは、とても輝いているのに。
「……たしかに圧倒されそうになるほど、すごい景色だね。……だけど」
俺はきみの価値を、示したい。
「この景色を見て、凄いと感動しているのはきみだ。ただここにあっただけのものを、きみが見出だしたんだよ。……俺はそのことに、意味があると思う」
ミミはすこし不思議そうにしたあと、ふにゃりと微笑んだ。
「ありがとう。ノエルはいつも、わたしに勇気をくれるのね」
ぎゅっと抱きしめられ、俺は硬直した。
抱きしめ返しても、いいんだろうか。
そのとき背後で、かさりと草を踏むような音が聞こえた。
俺は振り向き様にミミを後ろへと隠して庇う。
懐に忍ばせた短剣に手を伸ばす暇もなく、何者かの腕が襲いかかる。
とっさに防御姿勢を取るが、弾き飛ばされてしまった。
「ミミ!」
俺が転がされた状態で顔を上げると、ミミは後ろ手に捕まえられていた。
暴漢は見える限り三人。
「護衛の層が厚い。その女だけ連れてくぞ」
「そっちの女はどうする?」
「捨てておけ、そんなガキ。商品価値がない」
ああ? 誰に向かって言ってる? この美少女を捕まえて? 許さんぞ。
「こんな小さい子、かわいそうっスもんね」
許した。
いやだめだ許さない。ミミをおいてけ。
さてどうしたものか。
できるだけ抵抗して、仲間がくる時間稼ぎをするか。
それともこのまま動けないフリをして隙を見て助けを呼びに行くか。
いやだめだ、万が一やつらを見失ったら、ミミを助けられない。
俺が二者択一を迫られていると、
「相談中悪ィが、商品になるのはテメェらの方なんだわ」
言い終わる頃には、もう決着がついていた。
師匠の振り上げた長剣に打ち据えられ、あっという間に男たちは倒れる。
さすが師匠、圧倒的である。
「て、てめぇ……」
地面に沈んだ賊たちが、悔しそうに師匠を見上げる。
「手ごたえゼロだが……三人も居るんだ。今夜の酒のツマミくらいにはなるだろ」
警邏に突き出した時の謝礼を期待しているんだろうな。
師匠は妖しいまでの美貌で微笑み、作り物のように整った唇から、ペロリと赤い舌を出した。
「楽しみだなァ」
「ヒェ……」
賊たちの顔はみるみる青くなり、恐怖にすくんで動かなくなった。
……師匠、文字通り頭から喰われると思われたのでは。




