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薬草採取、ダメ、絶対

 資格証はバッジタイプの徽章(きしょう)だった。

 よく見ると、ギルド職員の制服の襟にも同じものが付いている。

 徽章のほかには、ギルドカードを渡された。

 紐が付いていて首から下げるようになっている。

 食堂の利用や、ギルドが提供するサービスを受けるのに必要なのだそうだ。

 冒険者番号という欄がある。徽章にも同じ番号が刻印されている。

「徽章の再発行には千クローフ、ギルドカードは五百クローフかかりますので、気を付けてください」


 俺は館内の説明や食堂の使い方などについて、ひととおり説明を受けた。

「朱色でしるしが入っている依頼票が、新人が受けられる仕事です。なかには講習や訓練を受けていることが、条件になるものもあります。依頼票の下の部分の添え書きを確認してください」


 俺はさっそく掲示板に向かい、どんな依頼があるのか確認した。

「護衛任務のたぐいは、戦闘訓練と上位ランク冒険者の推薦が必要みたいだな」

 いきなり護衛の仕事はハードルが高いだろう。


 他の仕事は、っと。

「丘の上のターシャさんの庭の手入れの手伝い、メリッサちゃん(2歳)のお守り、ジョンくん(犬)のお散歩に、理髪店のおじいさんの散髪……か」


 最後の依頼がどういうことだか気になるが、あまり冒険者らしい仕事ではない。

 どれも生活に密着した大事な仕事だとは思うんだが……もう少し、冒険者になったんだなーという感じのする仕事はないだろうか。


「そうだ、薬草採取は?」


 新米冒険者の定番の任務といえば薬草採取である。


 大ヒットした小説、「気弱な老年冒険者はいかにして成功したか」の影響もあって、そういうイメージが強い。

 苦節五十年の気の弱い冒険者が、薬草採取の任務だけで各地を旅して回り、長年培った知識と経験で人々を助けていくという、心温まる物語だ。

 最後は噂を聞きつけた王様に呼ばれて、王様の不治の病を治す薬草の採取を頼まれる。

 身分を超えた友情を育んだ王様のために、主人公は高地ウォルド・マグナの奥深くの崖の上にのみ生息する薬草を取りに行く。

 老体を鞭打ちボロボロになりながら薬草を持ち帰るシーンは、涙なしには読めない。

 約束を果たした主人公と王様は、生涯の友となる。


 この物語に出てくる王様のモデルは、賢王と謳われた俺の祖父、キャメロン二世だと言われている。

 実際の祖父は、生涯風邪ひとつひかずに百歳でコロっとお隠れになった羨ましいお方なので、元ネタとなるエピソードがあるわけではなさそうだ。

 主人公のモデル、いるなら会ってみたかったけど。


「うーん、ないな。薬草採取」

 掲示板を隈なく探すが、ひとつも見当たらない。

 薬草採取はトレンドではない?

 いやでも、資格試験にも薬草学があったし……。

「薬草採取がやりたいんですか?」

 ロイドが口を出してくる。

「なんで依頼がないんだろ。いまの冒険者って、薬草採取やらないの?」

「そんなことはありませんよ。これはおそらく土地柄の問題ですね。予想はつきますが、現地の冒険者に聞く方がいいでしょう」




 食堂に降りた俺とロイドは、昼食の約束をしたミーナとトリシアに合流した。


 食堂は利用者が自分で配膳を行う方式だ。


 まずはトレーを手にし、作り置きされている副菜などを選ぶ。

 メインディッシュは「本日のメイン」と書かれた黒板を見て選択し、カウンター越しの厨房に注文する。

 最後の仕上げ以外は調理済みのようで、すぐに注文したものが提供される。

 俺は牛肉の煮込みを選択した。

 ドリンクのコーナーもあって、日替わりでジュースやハーブ茶などが置かれている。


 夜は酒も提供しているらしい。


 なかなかの充実ぶりだ。母校の食堂より豪華かもしれない。


 すべてをトレーに乗せ終わったら、会計場所でギルドカードを提示して支払いをする。

 ギルドメンバーは割安になるが、食堂自体は一般にも開放されていて、定価で食事ができるそうだ。

 窓際に集まっている人たちは、ギルドに出入りしている業者のようだ。


「ノエルちゃん! と彼氏さん。こっちこっち」

 イーナに手招きされ、俺とロイドは席に着く。

 俺の補佐官は、「ロイドです」とあっさりした自己紹介をした。


 イーナの皿には、食べきれるのか疑わしいほどのロースト肉が積みあがっている。

 トリシアは豆のスープの豆を、フォークでひとつずつ突き刺して食べる気の長い作業に勤しんでいる。


「あー、薬草採取。ダメ、絶対」

 俺の疑問に、イーナは手をぶんぶんと振った。

「インベック周辺の農地は、薬草栽培が主力ですからね。地元住民と利益の奪い合いになってしまいますし、ギルドとしては避けているのでしょうか」

 ロイドの言葉に、「それもあるけど」とイーナは補足する。

「薬草に困ってない地域で薬草採取の依頼をするのは誰かって話よ」

「なるほど」

 ロイドは合点がいったようすで頷く。

「ん? どういうことだ」

 俺の疑問に、トリシアが答えた。

「あやしいおくすりの気配がするです」

 イーナが頷く。

「そういうこと。何か後ろ暗いところがある人間しか、そんな仕事の依頼はしない。知らずに禁止薬物の販売にでも手を貸してしまったら、あっという間に犯罪者よ。だから絶対に薬草関係の仕事は受けちゃダメ」

 禁止薬物、と聞いて例のトンネル工事で発見された穴倉を思い出した。

 意外と身近なところに、悪い道へ誘い込む落とし穴が用意されているのかもしれない。気を付けないと。


 しかしそうなると、初仕事をどうするかな。

「二人は普段、どんな仕事をしているんだ?」

「あたしは護衛専門。初心者の頃はいろんな仕事をしてたけど、今はそれだけで食べていけるから。実績をつくって、将来はどこかの私兵団に雇われるのが目標ね」

「トリさんはですね、なんでも屋さんなんです。血がこわいので、たたかいはやらないです。でもいつか、お商売のひとになりたいので、お商売やさんの仕事がカンゲイです」

 トリシアは商人志望らしい。仕事ぶりを認めてもらって、商家に雇われることが目標のようだ。


 冒険者ってひとくちに言っても、将来の目標は人それぞれなんだな。


「ノエルちゃんは王道冒険者を志すタイプ? だったら、インベックでの活動はあまり向いてないかもね。やっぱりダンジョンがある地域のほうが、そういう仕事は多いわよ。ヘイゼルヘイムとか、ウィルムグレンとか」


 う……ヘイゼルヘイムは、しばらくご遠慮したい。お怒り中の元婚約者、アナベル嬢のいる領地だ。


 となるとウィルムグレンへの移住か。


 辺境でスローライフを送りたい俺にとって、我が国最東部のウィルムグレンに向かうのは願ったりだ。


 問題は、隣の補佐官をどうやって説得するかだ。


 再び掲示板の前に戻った俺だが、良いアイデアが浮かばず、翌日もう一度来ることにした。


「それでは、よろしくお願いします」

 一般受付の方から聞き覚えのある愛らしい声が聞こえて、俺は振り向いた。


 ダークブロンドの髪の、陽だまり色が似合う女の子。

「君は……!」

 俺の声に、向こうも気が付いて笑顔で駆け寄ってきた。

 古着屋で出会ったあの子だ。

「あの古着屋の! あの時はほんとうにありがとう」

 頭を下げられ、俺は妙に照れ臭くなってしまう。

「いや、いいよお礼なんて。俺も一緒に選べて楽しかったし」


 彼女はミミと名乗った。その姿と同じように、名前も可愛らしい。

「ノエルは冒険者だったのね。すごいわ!」

 手放しに称賛されて俺は頭をかく。

「まだなりたての新米なんだ。そういえば、君は?」

「ええ、ここで乗合馬車の申し込みができるって聞いたから。リンデンコットに行くことになったの」

 ミミは少し寂しそうに言う。

 リンデンコットといえば、ウィルムグレン領にある町の名前だよな。

「もしかして、引っ越すの?」

「ええ、もうインベックには戻って来ないと思う」

 そうなのか。じゃあ、もうミミと会うことはないかもな。

 寂しいような、焦りのような気持ちがこみ上げてくる。


 ひとりのギルド職員が、俺たちの話す隣を通り抜けて、掲示板に依頼票を貼った。


 リンデンコット行きの乗合馬車の護衛任務だ。


「ぐ、偶然だな。俺、その乗合馬車の護衛任務を受けようと思ってったんだ!」

「え、ほんとうに?」

 ミミが目を輝かせる。

「嬉しいわ! ノエルと一緒に旅ができるのね」

 満面の笑みで喜んでくれるミミを見て、胸がキュウ、と収縮するのを感じた。


 楽しみにしてるわ! と手を振るミミを見送り、隣のロイド見る。

 さて、どう言い訳したものか。


「いいんじゃないですか」

 意外にもロイドはさらりと許可した。

「ちょうどウィルムグレンの知り合いを訪ねたいと思っていたところです」

 おお、そんなラッキーな偶然が?

「殿下にも関係がある人物ですよ」

 あ、さては、王子(そっち)のお仕事の関係か……。


「ですが、ここを発つ前に、会っていただきたい人がいます」

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