自給自足
結論から言って、俺は無事、冒険者資格試験に合格した。
今日は手続きのため、インベックのギルド本部に来ている。
「ノエル・フェアウォーターです」
フェアウォーターは偽名ではない。俺が公式に使っている呼称のひとつだ。
貴族であれば名前を聞いてピンとくるだろう。
ギルドの係員は、知ってか知らずか事務的に対応し、合格証の提示を求めた。
「資格証を発行します。館内でしばらくお待ちください」
俺はロイドと連れだって、本部内を見物して待つことにした。
本部の建物は二階建てで、外側の階段を上がって二階の部分に正面入り口がある。
入ってすぐ右側の壁は、かなり大きな面積が掲示板になっている。
冒険小説に出てくる、依頼の紙が貼ってあるアレだ!
おお……ここはあとでじっくり見にくるとしよう。
左側の壁際には本棚と背の低いボックスがあって、ボックスの中にはいくつもの大判の紙が丸めて立てかけられている。
広げて見てみると、地図だった。大きさからいって、貸し出しではなくここで閲覧する用なんだろう。
本棚の前には机と椅子が並んでいて、十歳前後の子供たちが熱心に何かを書いているようだった。
ここは自習スペースのようだ。子供たちはFランクからスタートした冒険者見習いだろう。
正面奥がギルド受付で、右が冒険者用受付、左が依頼者や一般の訪問者受付と分かれている。
受付の向こうに扉があり、そこから先が事務所スペースのようだ。
受付の左右に階段があり、一階の食堂に繋がっているようだ。
入り口から何人か冒険者が入ってきた。
「すみません殿下。知り合いに挨拶してきます」
へえ、ロイドは冒険者資格持ってるって言ってたけど、知り合いもいるんだな。ペーパー冒険者じゃなかったのか。
俺はひとりで見物を続けることにする。
冒険者が集う食堂……。
そこは荒くれ者たちが集う無法地帯。
新米冒険者は先輩冒険者に金銭を巻き上げられたり、力試しと称して一方的な暴力を受けたり、知識のなさを見透かされて詐欺の標的にされたりと、ありとあらゆる洗礼を受けるという……。
俺はゴクリと唾を飲み込んで、階下に足を踏み入れる。
そこは拍子抜けするほど綺麗なスペースだった。
広い窓が食堂内を明るく照らし、室内は手入れが行き届いて清潔だ。
なんなら壁際に観葉植物まで飾られている。
荒くれ者たちが昼間から飲んだくれる様子など見当たらず、感じの良い青年が食器をカウンターまで返却していた。
新米の洗礼など、ここには見る影もなく――
「キャー! 新米の、かわいこちゃん、ゲットだぜー!」
「お歳が近そうです。おいくつですか? トリさんは十五です!」
――いや、新米の洗礼あったわ。
おれは せんぱいぼうけんしゃ に かこまれた
おれは にげる を せんたくした
学生時代に流行していたテーブルゲームの有名な一節が頭をよぎる。
「あっ、ブレア姐! 見てみて、この新人ちゃん」
せんぱいぼうけんしゃ は なかまをよんだ
背の高い女性が、俺の前に立ちはだかる。
ギルド職員の制服を着ており、暗い髪色の手入れされた長い直毛が、清潔で真面目な印象を与える……が、その、鎖骨よりもう少し下のあたりが、それはもう、すごく、すごい。
俺は目のやり場に困って視線を逸らす。
「あらあら、良いわぁ。とっても好きよ、私」
長い手が伸びてきて、俺をひしと捕まえ腕の中に収めた。
おれは にげられない
彼女のご立派な豊満に、俺は顔を押し潰された。
男なら一度は憧れる状況だが、されてみてはじめて俺は思った。
窒息死を目前に、女性の体格の品評など意味はないと。
「あらあら、ごめんなさぁい。嬉しくなっちゃって、つい」
謝罪しつつもあまり反省のなさそうな様子の彼女は、ブレアと名乗った。
「ブレア姐はね、ギルド職員だけど、B級冒険者なんだよー」
「トリさんの憧れです」
活発で明るい印象の女の子は、イーナという名で、小柄な赤毛の女の子はトリシアだそうだ。
俺もノエルとだけ名乗った。
ブレアさん、B級冒険者だったのか。どうりの腕力の強さだ。
締め殺されると思った。
A級は特別枠だから、純粋な力の強さでいえばB級付近が最強なのだろう。
いやしかし……。
俺は男の子だから、異論はあるかもしれんが誰がなんと言おうと男の子だから、ついつい、胸の付近に視線がいってしまう。
いやこれは体格差のせいだし!
たまたま、俺の目線のあたりに彼女の豊満な……
「うふふ、気になるかしら?」
「ひえっ、すすすみません! 失礼なことを……」
「良いのよ、何なら触ってみるかしら?」
いやいやいやいやいやいや。
えっ、ほんとですか? じゃあ遠慮なく。
良いですよね女同士ですもの。
とはならんわ、さすがに!
俺が男だとばれたら普通に犯罪だと思うし!
俺はブルブルと首を振る。
「気にしなくて良いのに。そのお年頃なら誰でも一度は悩むものよ」
うん? 悩み?
「お胸、大きくしたいのでしょう?」
――まな板を悩んで憧れの視線を向けていると思われてた!
「えっ違……いや、はい。じつはそうなんですーー」
まったくの誤解だが、スケベ目線を向けている中身男とバレるより、貧乳に悩む女子と思われてた方が一億倍ましなので、俺は誤解のままを貫き通すことにした。
「お胸のボリュームアップには、体操が有効よ。こんなふうに、両端から持ち上げて、手のひらを胸の中心から上に持ってきて、最後はデコルテから肩に向かって流して。これを朝晩10セットね」
体操で揺れるブレアさんのたわわが気になってしかたがない俺だが、
「トリさんもやるです!」
隣で張り切る少女。
……うん、これがごく普通の女の子の反応だよな。
「トリさんもいつかブレアさんのようになるです」
――ほほう。
継続は力なりという。俺も続けていればあのようなすごいアレに……?
試す価値はあるかもしれない。
人のものに触れるのは犯罪でも、自分のそれにちょっと触れるぐらいなら問題ないだろう。
いつか自給自足できることを夢見て、体操を……。
「何やってるんですか?」
戻ってきたロイドが、ない胸を持ち上げる俺を不審そうに見てくる。
いや、これはやましいことなど、多少、あるが。
「お胸を大きくするのです!」
言っちゃうんだ、トリシア……。
「そうですか、そのような願望が……」
やめろ、かわいそうなものを見る目を向けるな。
「あらまあ、彼氏がいたのね。残念」
彼氏ではないが?! というか何が残念なの?
すぐさま誤解を解きたいが、何となく深く突っ込んではいけない気がして口を噤んだ。
「ノエルちゃん、彼氏のために健気!」
ミーナが囃し立てる。やめて。
「ノエルさんの彼氏のひと、大きいお胸好きです?」
トリシアもやめて。
「特に大小にこだわりはありません。しいて言うなら、誰の胸か、の方が大事ですね」
そこはまず彼氏を否定しろ。さては面倒臭がって説明を省略したな。
「うひょー。ノエルちゃんにしか興味ないだなんて、一途ー!」
いや、いくら女の子の姿でも、俺の胸になんか興味ないって意味だと思うぞ。
ロイドは無反応で言った。
「資格証の発行が終わったそうです。受付に行きましょう」
ブレアさんは仕事に戻り、イーナとトリシアからは、あとで昼食を一緒にとろうと誘われた。
一旦別れて俺たちは階段を登る。
「殿下、胸の大きさにお悩みとのことですが……」
いや悩んでないし。
「太ればいいのでは?」
身も蓋もないことを言いやがって!
その日からロイドは微妙に俺の食事量を気にするようになった。
いや太らんから!
作中の体操は100%架空のでまかせであり、効果はブレアさんの個人的な感想です(*/ω\*)




