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冒険者資格試験対策教本

説明多めの回になりました。

ロイド先生の講義が眠くなる人は、次回まで飛ばしてもらっても読めると思います(☞゜ヮ゜)☞

 気がついたらばあちゃんの店のベッドに寝かされていた。

 目が覚めたあとの体調は悪くなかった。むしろよく寝てスッキリした気分だ。

 何で倒れたんだろうな。知らないうちに疲れでも溜まってたのか? 宿のベッドが合わなかったとか。


 元気になったのでばあちゃんにお礼を言って退散しようとしたが、まだ動いてはだめたと引き留められた。

 丸一日ベッドに寝かされ、甲斐甲斐しく世話をされてしまった。


 まったく、最後まで締まらないな、俺は。

 ばあちゃんに申し訳ないやら情けないやら。


 ばあちゃんの作ってくれたミルク粥は、優しい味がした。

 小さい頃、俺が熱を出したときの乳母もこんな感じで世話を焼いてくれたな。

 俺の正体を知らないばあちゃんは乳母よりもっと無遠慮で、距離が近い。それが恥ずかしくてむず痒くて、心地よくて。

 俺は体調不良からくるものではない顔の火照りを隠すために、布団を深く被った。




 ロイドの手には古ぼけた赤い皮表紙の本があった。

 古着屋で別行動になった時に、見つけて買ってきたのだという。

「では、講義をはじめましょう」

「いや、ちょっと待て」

 俺は荷物の中から銀縁の丸眼鏡を取り出してロイドに掛けさせた。これでよし。

「……どういう意味があるんですか、これ」

「特に意味はないが、気分の問題だ」

 慇懃無礼を地でいくロイドに教えを乞うと思うと、イラッときていつもの調子で言い返しそうになるし。ちょっといつもと雰囲気を変えてもらおうとしたのだ。

 なんか眼鏡かけてると先生っぽい感じするもんな。賢そうに見えるし。

 例の古着屋で見かけて買ったんだが、俺が掛けても特に賢そうにはならなかった。解せぬ。


「この本が『冒険者資格試験対策教本 〜過去問題集付 改訂24版〜』、通称赤本です」

 表紙を指さしてロイドが説明する。

「数ある冒険者資格対策本の中でも、定番かつ最もおすすめできる内容です。最新版ではありませんが、各年の試験内容に大きな違いはないので大丈夫です――」

 この手の本は一度古本市場に出されると、受験者が購入し、合格したら古本屋に売り、また次の受験者が買う。という流れが長年繰り返されるという。

 古本でなら、お金に余裕がなくても安くで買うことができるからだ。

「そういうわけですから、次の受験者のためにも大切に扱ってください」

「はい、先生」

 俺が挙手する。

「なんですか、殿下」

「だったら金銭に余裕のある俺たちみたいなのは、新品を買って貢献すべきでは?」

「そうしたいのは山々なのですが。いま市場に出回っている最新版の内容が稀に見るハズレで。どういう事情かはわかりませんが、次版は良書に戻してもらうためにも売り上げに貢献しないと決めました」

 試験対策本なんて受験者しか見ないだろうに、辛口の批評家がいたものである。

 ロイドのこき下ろしなんかにめげずに、出版社には頑張ってもらいたい。世の冒険者志願者のために。


 冒険者資格、というのが数十年前に国家資格になったのは知っていた。


 以前の冒険者ギルドは、フリーランスの傭兵やら何でも屋やらの互助組合みたいなものだった。

 だが、ギルドに護衛を依頼した貴族が、仕事を受けた冒険者に襲われ金銭を強奪される、などの事件が相次ぎ、問題になった。


 当時冒険者として身を立てたいと目論むのは、たいてい生まれ育ちが貧しかったり、元受刑者だったりと、社会からのはみ出し者だった。

 ドロップアウトした人間が狙える最後の一攫千金チャンスだったのだ。

 そんな背景があって、元々素行の悪い連中が冒険者を隠れ蓑に犯罪を繰り返す。そんな図式が出来上がってしまっていた。

 信用を失った冒険者界隈は、崩壊寸前だった。


 だが、冒険者の受ける仕事は幅広く、もはや彼らなしには人々の生活が成り立たない。

 そこで打ち出されたのが、冒険者の国家資格化だ。


 資格制度が始まり、教育を受けたまともな冒険者だけか、ギルドの依頼を受けられるようになった。


 こうしてギルドと冒険者の質が改善され、悪いイメージがなくなってきたところで、古代遺跡ブームがやってきた。

 未知への探検に胸をときめかせ、憧れる若者たちの中で、冒険者という仕事が脚光を浴びた。

 つまり、俺みたいな奴が急増したのだ。


「冒険者資格試験には種類があります。一般的にイメージするのは、殿下の受けようとしているDランク試験です」

 その下にFランク試験というのがあるらしい。

 これは正式な冒険者ではなく見習いの扱いで、子供や教育を受けていない大人が、ギルドの仕事を手伝いつつ正規試験の勉強をするために受ける試験だそうだ。

 奨学金制度みたいなものか。

「そして、上級資格試験。これは最上位のAランク直通の試験になります。これは推薦枠です」

「はい、先生。Aランク試験は俺でも合格できる可能性はありますか」

「はっきりと申し上げましょう。絶対に無理です」

「ロイド……先生でも?」

「……なぜ先生呼びにこだわるんです。もちろん、僕でも無理です。Aランクに所属する人間は、どういう者たちだと思いますか」

 Aランクっていうからには、すごい強いんじゃないか? あ、でも資格試験とかあるし、すごい頭いい可能性もあるか……?


 俺がぶつぶつ考えていると、「方向性としては合っています」とロイド……先生が言った。

「Aランク冒険者にはたいてい他の肩書きがあります。学者、博士、……あるいは職業軍人。彼らは、ギルドに所属するしないに関わらず、すでにそのあり方が冒険者そのものです。探検家、などと言い換えてもいいですが」

 Aランク冒険者こそ、本来の意味での冒険者ってわけか。

「でもさ、その学者先生とかは、どうしてわざわざ冒険者登録をするんだ?」

「いろいろな利点がありますが、一番は冒険者を『使いやすくなる』からですね。何かの調査で人手が必要なとき、外部の客として冒険者を雇うのと、Aランク冒険者として下位ランクの者たちを率いるのでは、統率力が違いますから」

 へー、よく考えられてるな。そりゃあ、憧れのAランク冒険者に『これから古代のダンジョンに潜るぞ!』って言われたら、やる気みなぎっちゃうよな。


「さて、導入はこのくらいにして、試験内容の話です。冒険者資格試験の学問分野は幅広いです。しかしそのほどんどが一般常識なので、対策は一部の分野で済みます。まずは一般常識と教養について。教養は初等学校程度のごく簡単なもの。一般常識については、普通のことを普通に回答すれば大丈夫です。まともな感性と判断力を持っているかを(ふるい)にかけるための問題ですから。少し対策が必要なのは歴史、地理、法律などですが、これも殿下なら知っていて当然なので見なくて良いです。次は――」

「ちょっと待とうか」

 できて当然とかハードル高いこと言われると逆に不安になるだろ!

「いや、できないとは言わない、できないとは。だけどその、一般常識的なものであっても、やっぱり改めて復習するのはいいことだと思うな、俺は」

 そうですか? と若干不服そうなロイド。

「それは後ほどとして、武術実技。殿下は剣の訓練を受けていますが、体格が変わったのでうまく扱えないかもしれません。あとで剣選びも含めて確認しておきましょう。それから薬草学と戦術論。この辺りは冒険者の界隈独特の内容になっていますので、参考書での対策が必須です。――さて」

 ロイドが一息おいて、

「ここからは面接対策のロールプレイです。あちらからどうぞ」

 部屋の外を指し示す。出ていくようにということのようだ。

 廊下に出て一度扉を閉め、再び部屋に入ると、ダメ出しが入った。


「ノックをして、『失礼します』と声をかけてから入ってください」

おまえがそれを言っちゃう?

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