閉店セール
俺は冒険者登録することの必要性を、ロイドに滔々と語った。
冒険者なら、見える形で武器を携帯していても怪しまれない。良からぬことを考える輩には多少の脅しになるだろう。ロイドの腕を信じていないわけではないが、自分で身を守れるに越したことはない。
それに、冒険者ギルドに行けば色々な情報が入ってくる。周辺の情勢を知るのにうってつけだ。
お忍びで動くには、冒険者というのはちょうどいい肩書になる。
今回インベックの町に来たのも、お忍びでの視察という名目になっているのだから。
そんなこんなで、尤もらしい説得を重ねてロイドを納得させた俺は、古着屋へと向かった。
「お、なかなか品ぞろえがいいじゃないか」
俺がほくほくと店内に入ると、店主が誇らしそうに迎えた。
「品揃えだけなら、インベックいち、いや、ウェリスターいちだと自負してますよ」
うっかり男性服の棚に行きそうになって向きを変えると、急にロイドがこちらを振り返ったので驚いた。
「おおう、どうした?」
「ちょっと気になる店を見つけたので」
通りの向こうを指さす。
「ああ、行ってくるといい」
「ここから離れないでくださいね。絶対ですよ」
そんな心配そうに。……子供のお使いじゃないんだから。
ん、この場合どっちが子供だ?
ロイドと離れて女性物の売り場に向かう。
お、このシャツはいいな。頑丈そうな上に、形も感じがいい。
下のズボンだが……結構ダボっとしたのが多いな。
今の俺は女性の中でも細身だからな。
合うベルトを探すのも難しいし……サスペンダーにするか、それとも手製で腰ひもを作るか。
うん、ズボンはこの膝丈のやつがいいな。長めのブーツと合わせるか。
一セットを揃えた俺は、他にも野外活動用のスペアや普段着を迷いなく揃えていく。
必要なものが一通り揃ったところで、棚の上に飾ってある服が気になった。
淡いブルーと白が斜めにセパレートされたシャツだ。
アクティブな印象だが可愛らしさもある。
庶民の流行にそれほど詳しくないが、結構今の流行を突いているんじゃないだろうか。
黒いパンツに合わせるのがいいか、ふわりとした淡色のスカートに合わせても似合うだろう。
うーん。元の姿なら気にも留めないが、今の俺には結構魅力的だ。
だがなあ、別に庶民の女子的に可愛い服を着て歩く理由も機会もないんだよな。
諦めるには少し惜しくて眺めていると、隣で同じようにシャツを眺めている女の子に気付いた。
「あのシャツが気になる? 良かったら俺が取ろうか」
あとから考えると俺の方が背が低かったので赤面ものだが、女の子は嬉しそうににっこり笑った。
「いいえ、ステキだと思うのだけど、私には似合わないかなって」
女の子は、ダークブロンドの巻き毛を恥ずかしそうに弄った。
なんていうか、仕草がすごく可愛い。
「似合わなくなんてないよ! だけど、そうだね。君には太陽みたいに明るい色がよく似合いそうだ。……これなんかどう?」
「わあ、可愛い。可愛いわ!」
「店主さん、試着いける?」
ロイドが戻ってきたので、俺は勘定を済ませて店を出ることにした。
「本当にありがとう。私、お洋服を選ぶのが苦手で……。こんなに楽しかったお買い物は初めてよ」
女の子は、試着したヒマワリの柄のワンピースを着て帰ると言った。
「お役に立てたのならよかったよ」
「ものがたりのお姫様になった気分よ。素敵なドレスを見立ててくれてありがとう、魔法使いさん」
魔法使いときたか。王子さまじゃないんだ……そりゃそうか。
ヒマワリのワンピースはあの娘に本当に似合っていて、いつまでも目に焼き付いていた。
宿に戻る前に、ばあちゃんの様子が気になって駄菓子屋を覗いてみた。
「これは一体……ばあちゃん、何があったんだ」
所狭しと並べられていた色鮮やかな菓子たちが、今は半分くらいしか置かれていない。
ばあちゃんは忙しなく小物を箱に収めたり、家具を移動させたりしていた。
「なに、店を畳もうと思ってね」
「畳むって……急にどうしたんだ。息子さんをここで待ってるんだろう?」
ばあちゃんは大した事なさそうに首を振った。
「あたしも歳だからね。そろそろ引退したって罰はあたらないだろう。年寄りが細々暮らしていく程度の蓄えはできたし。親類んちの離れを貸してもらえることになったから、いい機会だと思ってね」
ばあちゃん、店を畳むだけじゃなく、ここを出ていこうとしているのか。
「あんたたちには色々頑張ってもらったからね。それは悪いと思ってる。……皆気を遣ってはっきり言わないけどね。あの子が……ナッシュが何かやらかしたんだろ?」
「ばあちゃん……」
ばあちゃんには、息子が帰ってくるとしか伝えていなかった。いずれ本当のことを知ることにはなるだろうけど、とても言えなかった。
「まあ、あの子らしいっちゃらしいよ。気が弱いくせに強がりで。警戒心が強いくせに、一度懐くととことん信じちまう。いつか悪いことに巻き込まれやしないかと思ってた。命が残ってただけありがたいってもんだよ。――だけどさ、お天道様に申し訳ないことをしたくせに、いつまでも天下の大道のど真ん中で堂々としちゃいられないだろう」
ばあちゃんはウィンクする。
そんなの。ばあちゃんだって強がりじゃないか。
息子が生きてるってわかって声も出てこないくらい泣いたくせに。
「本当にこれで終わって、後悔しない?」
ばあちゃんは俺を見て噴き出した。
「あんたの方が辛そうでどうするのさ。店のことなら心配いらないよ。こう見えて結構まめなんだ。帳簿やら菓子のレシピやら、きっちり残してある。近くの商店にいくつか声はかけてあるんだ。その気があれば、すぐにでも仕事を引き継げるようになってる」
「ばあちゃん、それは……」
ばあちゃんはそんな気遣いができるのに、わかってないよ。駄菓子屋はだれかが続けてくれるから大丈夫だなんて。そうじゃないんだ。
「よし、ばあちゃん。俺も手伝うよ」
俺は笑顔をつくって。腕まくりをした。
「ちょっと、手伝うってあんた。どうしてせっかく片付けたものを出してるんだい?」
商品を棚に戻し始めた俺に、ばあちゃんは慌てる。
俺はにやりとして答えた。
「なあばあちゃん。せっかく長年働いたんだし、退職金ぐらいあっても良いって思わない?」
何か、目立つ格好をせねば。
少し悩んだ末、俺はばあちゃんが若いころ着てた真っ赤なフリフリを借りて、店から町の広場に向かって練り歩いた。
「閉店セールだよ。ばあちゃんの駄菓子店の閉店セールだよ。ヌガーが半額、他にもお得な商品が目白押しだよー」
俺は声を張り上げて宣伝をする。
「えっ、ばあちゃんとこ閉店するの」
「売り切れる前に行かなきゃ」
「ばあちゃんにお礼言わなきゃね。何かお祝いの品を持っていこう」
町の人々は口々に声を掛け合って、ばあちゃんの店に吸い込まれていく。効果はばつぐんだ。
きりの良いところで店に戻ると、店内は足の踏み場もないほどの人でごった返していた。
人をかき分けてカウンターに入り、会計の手伝いを始めた。
入り口ではロイドが交通整理を請け負ったようだ。よしよし、やるじゃないか。
途中からはばあちゃんのお別れ会みたいになり、笑いあり、涙ありの様子だった。
「ノエルちゃん、ありがとうよ。最後に楽しい思いをさせてもらった」
「大したことはしてないよ」
本当にたいしたことではない。
ばあちゃんはこれから息子の罪と向き合っていかないといけない。
そう仕向けたのは、俺みたいなものだ。
だからこれは、俺の自己満足なんだ。
それにしても、日が暮れるのが早いな。
もうこんなに時間が経っていたかな?
急に暗くなってきた周囲を見回す。
「――、――ノエルちゃん」
「え?」
あれ、今呼ばれてたか?
「顔色がおかしいよ。あんた具合が悪いんじゃないのかい?」
そうだろうか?
パタパタ。
口周りに生暖かい感触がして、音のした床の方を見る。
あれ、俺、鼻血が――。
視界が徐々に塞がっていく。
体がぐっと傾いたところで、何かに支えられる感触があった。
ロイドか、グッジョブ。
ばあちゃんの方に倒れたらどうしようかと思った。
汚した床の始末、頼むな。
そこで俺の意識は途絶えた。




