トンネルを掘ったら埋蔵金だった
駄菓子屋の前には、町じゅうのむくつけき男たちが集合していた。
俺は作業用の木材の上に立って、声を張り上げた。
「みんな、準備はできてるか」
おおーー! と野太い声歓声が上がる。
「男爵から話は来ていると思うが。俺が現場責任者のノエルだ。といっても、俺は工事のことはからっきしだ。詳しいことは国から派遣された街道整備の作業者に聞いてくれ! 何か質問は」
はい! 年若い青年が手を挙げる。
「工事のことは専門家の人に聞くなら、現場監督は何するんですかー」
「いい質問だ。俺はおまえたちが何か困ったことがあったときなんかの相談役だ。えらい人に話をつけるのが俺の得意分野だ。まかせてくれ。あとはそうだな……それ以外は暇だから、おまえたちの作業を全力で応援する!」
適当なことを勢いで言い切った自覚があるが、作業員たちはやる気満々で持ち場に入った。
ばあちゃんのためなら、そりゃあ張り切るよな。わかるよ。
俺は男爵と、街道工事に派遣されていた責任者に掛け合い、ばあちゃんの店から道路脇に向かって通路となるトンネルを掘る計画を持ち掛けた。
トンネルを通れば、馬車の危険を心配せずにばあちゃんの店に行き来できる寸法だ。
全道開通式までに工事を間に合わせて、なおかつ住民の不満が出ない折衷案だ。
これは「一時的な対策」だということを強調した。
ばあちゃんの息子が見つかれば、その時には立ち退いてもらう。
街道工事の責任者は、当然ながら渋い顔をした。
時間も、作業員も足りない。
そこで、町の人たちをひとりひとり説得して回った。ばあちゃんの店を残すためならと、みんな喜んで協力してくれた。
作業員たちは街道の脇と、ばあちゃんの店の軒先の二手に分かれて穴を掘り始めた。
本格的な工具の数は少ないが、人数でカバーだ。交代で昼夜作業してもらう。
俺は素人考えで、土の中をくり抜くように掘り進めていくのかと思っていたが、違うんだな。
専門の工員たちの説明では、トンネル分の面積の溝を掘ってから、トンネルの骨組みを作る。そして蓋をするように天井部分を埋め直すのだそうだ。
「おつかれさま。冷たい水と、ばあちゃん手製の菓子を貰ってきた。そろそろ休憩はどうだ」
険しい顔で作業にあたっていた男たちが、笑顔で振り向いた。
「ノエルちゃん! 待ってました」
「ノエルちゃんが、その小さな手でお水を酌んできてくれたの?」
「俺頑張るから、『頑張って』って言ってくれない? こう、胸の前でグーをつくる感じで」
「ノエルちゃんの笑顔のために仕事をしてる」
お、おう……。
なぜだか男たちから、妙な反応が返ってくる。
よくわからんが、役に立ってるなら良かった……のか?
着工当初は、少しぐらいは俺も手伝おうと、近くにあったツルハシに手を伸ばしかけたが、ロイドに背中を引っ張られて連れ戻された。
俺は抗議したがどうしても許可が降りなかったので、しかたなく現場に飲み水を運んだり、休憩時間を知らせたりする役に徹した。
最初の演説通り、応援ぐらいしかできていない。
「ノエルさん、すみません。ちょっとご相談が」
お、とうとう俺に相談役という役目が?
喜び勇んで声をかけてきた青年について行く。
青年は、ばあちゃんの店側の入り口すぐ近くのトンネル内の壁を指さして言った。
「ここだけ、妙に土が緩くてですね。今にも崩れそうなんですよ」
「街道工事の人たちには?」
「はい、聞いてみました。先にここから壁を補強していくといいけれど、何か掘り起こしたあとのように思うから、一応心当たりを店主さんに確認してみてはどうかって」
俺は早速、ばあちゃんに聞きに行った。
「庭に掘り起こした跡? あたしは何も知らないねえ」
「心当たりがなければ補強して塞いじゃうけど、いいかな」
「ああ、子供たちが危なくないようにしてくれるなら、構わないさ」
ばあちゃんの許可が降りたので、入り口の壁を補強することにした。
まずは木で枠組みをつくり、そこを石で埋めていくそうだ。
「わわっ!」
先程の青年が声を上げる。
「大丈夫か!」
木枠を組み立てている最中、壁が一部崩れてしまったようだ。
青年に怪我がないことを確認し、崩れた壁の方を見る。
「え、なんだこれ……」
壁の先がぽっかりと空洞になっている。
覗き込もうとした俺を、ロイドが静止した。
「崩れるかもしれません。人を呼んできましょう」
街道工事の責任者に相談すると、作業員二人とともに明かりを持って慎重に穴の中に入っていった。
間もなく戻ってきた彼らは、青い顔をしていた。
「我々には手に負えません。殿下のご判断を」
俺はロイドと顔を見合わせ、穴の中に入った。
穴の中は、かがんだりする必要がないほど天井が高く、小さな物置小屋ぐらいの大きさだった。壁は意外としっかりしていて、これ以上崩れてくる心配はなさそうだ。
燭台が据え付けてあり、手持ちのランプから明かりを移す。
まだ薄暗がりだが、穴の中の全体像が浮かび上がった。
「なんだこの箱…」
いくつもの箱が天井高くまで積みあがっている。
「何かの倉庫みたいですが。駄菓子屋の主人は知らないと言ったんですよね」
「ああ」
ロイドは近くの箱に手をかけると、簡単に蓋が開いた。
中は乾燥した植物がぎっしり詰まっている。
何だこれは?
何かの商品だろうか。
ロイドは眉間に皺を寄せて、
「他を見てみましょう」
と促す。
チャリン、と何か金属質のものを踏んだ音がした。
「コイン……?」
手にとってみれば、10万クローフ金貨だ。
何でこんなところに大金が落ちてるんだ?
足元前方に明かりを照らすと、箱の下側に穴があいて、金貨が数枚飛び出している。
まさか……
心臓の激しい鼓動を感じながら、その箱の蓋に手をかける。
俺の脳裏に『スローライフを成功させる1000の方法』の一節がよぎる。
『自由への一歩として、冒険者という職を選んだ諸君。まずはおめでとう。
失われた古代の遺産を探し求めたい気持ちでうずうずしていることだろう。だけどここは、ひとまずこらえて、堅実に進もう。
――もっとも私だって、いつでも冷静なわけじゃない。
かの高名なシトリン博士が発見した、古代の石碑に刻まれた言葉を君たちも知っているだろう。
「黄金は土深くに眠りて待つ」
これに胸がときめかないほどの世捨て人ではないからね。夢は夢として、先の楽しみに取っておこう』
箱の蓋は簡単に開いた。
「こ、古代の、埋蔵金……!」
ぎっしりと箱を埋めつくす金貨に、俺は動転する。
「殿下、落ち着いて。こんなところに古代の金貨は埋まっていません」
ロイドはこれでもかと渋い顔を作っている。おまえだってそんなに落ち着いてないだろう。
「古代どころか。この金貨に描かれた横顔は?」
非常に見慣れた顔だ。
「父上……だな」
「その通り、現国王、ランドルフ陛下です。つまりは?」
「最近ここに置かれたものってことか」
「ええ。ですが、もっと面白い話もありますよ」
ロイドがやけに凄みのある笑顔を見せた。暗がりで怖いんだが。
「この金貨、すべて偽造です」
やめてくれ! 怖い怖いこわい!
俺はたまらず穴倉を飛び出した。
トンネルの入り口で、少し落ち着いたがまだ顔色の悪い工員たちが待っていた。
俺の方がもっと悪い顔色をしているだろう。
「……と、とりあえず、手に負えないってことはわかった。け、検討しよう」
それだけ言うのが精いっぱいだった。
ひとまず穴倉は板で隠してもらい、男爵邸に言づけてもらった。
「父に相談します」
「ああ、助かる。そうしてくれ」
宰相の判断が仰げるなら、それに越したことはない。
ロイドが早馬を王都とウェリスター邸に手配するのを見届け、俺たちは一旦宿へと戻った。
俺は部屋に着くなり酷い疲労を感じて、布団にうつ伏せに突っ込むとそのまま気を失うように寝てしまった。




