8.必要
私は使えない人間だ。
「ほら、シオン! そこ片付けて!!!」
「はい!!!」
私は何もできないグズ人間だ。
「お母さん〜!シオンがまたお皿を割った!」
「ヒナ! ちょ、ちょっと待って!!!」
私はダメ人間だ。
「ごめんなさい……」
「いいのよ。休んでいて? リンちゃんは借りるわね」
「……はい」
本当に最悪だ。
なんの戦力にもなれない。
どうしようもない私がそこにはいた。
「どうしたんですか?」
「リン。私が使えなくて、クズで、ダメ人間でごめん」
「姫は存在が尊いので、ここにいるだけで大丈夫です!」
つまり私は本当に使えないってことね。
自覚はあるけど、はっきりと突きつけられると心にくる。
ヒナと名乗った幼女に引っ張られていったら、成り行きで飲食を振る舞うお店のお手伝いをすることになった。
なんで私に声をかけたか聞いたところ、
「お姉ちゃんが暇そうで、優しい感じがしたから」
とのことだった。
悪い気はしないし、上機嫌でついていった。
リンも旅っぽいっていってたし、気軽にやってみるかぐらいな感じ。
正直な話、余裕だと思ってた。
でも、現実は非情だった。
人で溢れた激混みの店。
ヒラヒラの動きにくい服。
単語の羅列は呪文のようで、全く頭に入ってこない。
慣れない接客対応はとても疲れた。
「次はこっち!」
「はい〜」
「まだ?」
「お待ちください〜……」
こんなことになるとは思わなかった。
自分が不器用だとはじめて知った。
私が戦うことしかできないと思い知った。
こんなに普通に働くことが疲れるなんて思わなかった。
この途方もない無力感。
この感覚はあの2人に捨てられて以来かな。
さすがにちょっとヘコむ。
それに比べてリンは素晴らしい。
「リンちゃ〜ん」
「はい!」
「あの、いいですか?」
「はい! なんでしょうか?」
「これとこれを頼みたいんですけど……」
「はい! 確認しますね〜」
ほらみてよ。
私とは大違い。
明るくて、仕事ができる人気者。
私は必要のないお荷物。
まさかの立場が逆転した。
明るいことが取り柄だと思ってたのに、こういうことはまるでダメ。
自分の弱さに気付かされて、気持ちが暗くなる。
まぁ、何事も経験だ。
それでも辛いものは辛い。
今ではこうして、完全に戦力外で裏口に座り込んでる。
まさに典型的な仕事ができずサボってる、ダメなやつ。
「ね〜、クロ」
「にゃあ」
クロに慰めてもらう。
コイツは勝手なやつだけど、優しいところもある。
私が辛い時にはちゃんと側にいてくれる。
「にゃ!」
「おい、こら! どこいくの?!」
どっかいっちゃった。
まさかそのクロにまで見捨てられるとは。
「はぁ……」
「どうしたんですか?」
いつの間にか横にいたリンに話しかけられる。
可愛くて眩しい、笑顔を振りまく女の子。
そりゃ人気にもなるわな。
それは私の取り柄だと思ってたのに。
「いや、リンって可愛いなと改めて思っただけ」
「…………」
ほんと可愛いな。
そう思っていると、私ではないお皿を割る音が聞こえる。
急いでリンと覗いてみる。
「ごめん……」
「またやったの?」
「ボクが片付けを……」
「いいよ。私がやっとく」
「……ごめん」
さっきもみたやりとり。
ユズキ・ハツメさんというらしい。
年齢は私よりちょっと上かな。
黒い髪は珍しいからすぐに覚えてしまった。
「ユズキさんはここで働いて、3年ぐらいらしいですよ」
「……そうなの?」
「可愛いのに残念って、ヒナちゃんがいってました!」
あの子はほんとなんでも言うな。
そして結構、言ってることが酷い。
本当に将来が楽しみだ。
「まぁ、人には向き不向きがあるしね」
「そうですよ! だから、姫は大丈夫です!」
この短時間でもわかる。
私も人のことは言えないけれど、彼女は不器用だと思う。
そして、これは私の勘だけど、この仕事は向いてない。
夜になって、尚更そう思う。
「お姉さん〜」
酔ってダル絡みをする客。
「すいません……」
「痛い痛い!」
それを謝りながら撃退してる。
ここにいるのは、きっと役割があるからなんだろう。
でも、それは彼女にとって幸せなんだろうか。
「ユズキ、ありがとう!」
「……うん」
今、決めた。
とりあえず、仲良くなってみよう。
正直なところ気になるし。
これはきっと、お節介ってやつだ。
でも、思い立ったらすぐに行動する。
それが私でしょ。
ちょうど、休憩らしいし。
「ユズキさん!」
「あっはい、シオンさん。なんでしょうか」
「敬語いらない! ユズキさんの方が年上でしょ?」
上目遣いで印象よくを心がける。
可愛い後輩のポジションを掴みにいく。
「はい。いや、そうじゃないね。うん。わかった」
「そうそう!」
「ボクのこともユズキって呼んで」
「いいの!?」
一気に距離が縮む感覚。
今のところはいい感じ。
「いいよ」
「ありがとう、ユズキ!」
「それでシオンは、私に何か用?」
「……ただユズキと仲良くなりたいだけ!」
正直な本音を伝える。
これでいいと思う。
本当に裏とかないし。
「なにそれ」
「……」
ユズキの笑った顔はとてもいい。
この顔をもっとみたい。
その時、お店の方で怒鳴り声が聞こえた。
「ごめん。いかなきゃ」
「……わかった」
いいところだったのに。
邪魔されて腹立たしい。
「ユズキ! 後で、いろんな話をしよう!」
「うん」
「約束、したからね」
辛いだけだと思ってたけど、きっとそれだけじゃない。
今やってることに意味を持たせるのはきっと自分。
だって私達は何も知らない子供なんだから。
これから自分を探していけばいいんだ。
ホールに出てみると、客同士がめちゃくちゃ揉めてた。
ユズキが必死に止めようとしてるけど、人が多すぎる。
「はぁ〜」
大きな溜息が出る。
こんなつまらないことで話を遮られた。
でも、まぁこんなこともあるよね。
「あがっ……」
そう思ってたら、ユズキが1人吹き飛ばしてしまう。
そうか、加減を知らないんだね。
こんな平和ならしょうがない。
きっと経験が少ないんだろう。
「いつもこんなことあるの?」
いつの間にか、後ろで震えてるヒナに聞く。
「ない……」
そうなんだ。
私はやっぱり運がいいらしい。
きっとこれも、運命の出会いってやつだ。
「お前! ふざけるなよ」
「最初に仕掛けてきたのは、貴方達だ」
でも、このままじゃヤバいかも。
いつのまにか喧嘩の矛先はユズキにいってる。
そしてユズキも頭に血が昇ってる。
私がやるしかないかな。
いつものをやろうと思ったけど、思い止まる。
これは戦いじゃないから、必要ないか。
「こ〜ら、喧嘩はダメ」
振りかぶった拳を受けとめる。
「シオン!危ない!」
「大丈夫!」
ユズキを安心させるために余裕をみせないと。
振り返って笑顔をみせる。
「んだよ、お前!」
「ほっ、よっと」
集団で殴りかかってくる。
マジで躊躇ないな〜。
お酒で酔うと人ってこうなるんだ。
私も気をつけないと。
「だからダメだって」
「うわっ!」
1番マシなやつの額にデコピンをして転ばせる。
それをみた彼らは、一歩引いた。
屈んで、その男の顔を笑顔で覗き込む。
「仲良く……、ね?」
「はい……」
「……次はないよ?」
「はい!!!」
そいつらは仲良く、一緒になって出ていった。
これで大丈夫だろう。
「お姉ちゃんすごい!」
「ありがとう、シオンちゃん!」
気分がいい、満たされる。
こんな気持ちはここにきて初めてだ。
でも、それよりもまずやることがある。
「ユズキ!」
「……なに?」
そんな綺麗な顔で暗い顔をしないでよ。
それに知らないことは悪いことじゃない。
「教えてあげようか?」
「……なにを?」
これから学んでいけばいい。
これから知っていけばいい。
「力の使い方、だよ!」
「……うん。教えてほしい」
「なら、そのかわりにユズキのことを教えて!」
「……え?」
もっと知りたい。
もっと聞きたい。
それで十分だ。
「さっきの約束!」
それだけで私には価値がある。
「わかった」
そう、その顔だ。
それがもっとみたい。
その顔を最初にしたい。
だって私達は、まだ始まったばかりなんだから。
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