表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/23

8.必要


 私は使えない人間だ。


「ほら、シオン! そこ片付けて!!!」

「はい!!!」


 私は何もできないグズ人間だ。


「お母さん〜!シオンがまたお皿を割った!」

「ヒナ! ちょ、ちょっと待って!!!」


 私はダメ人間だ。


「ごめんなさい……」

「いいのよ。休んでいて? リンちゃんは借りるわね」

「……はい」


 本当に最悪だ。

 なんの戦力にもなれない。

 どうしようもない私がそこにはいた。


「どうしたんですか?」

「リン。私が使えなくて、クズで、ダメ人間でごめん」

「姫は存在が尊いので、ここにいるだけで大丈夫です!」


 つまり私は本当に使えないってことね。

 自覚はあるけど、はっきりと突きつけられると心にくる。

 

 ヒナと名乗った幼女に引っ張られていったら、成り行きで飲食を振る舞うお店のお手伝いをすることになった。

 なんで私に声をかけたか聞いたところ、

 

「お姉ちゃんが暇そうで、優しい感じがしたから」


 とのことだった。

 悪い気はしないし、上機嫌でついていった。

 リンも旅っぽいっていってたし、気軽にやってみるかぐらいな感じ。

 正直な話、余裕だと思ってた。

 

 でも、現実は非情だった。

 

 人で溢れた激混みの店。

 ヒラヒラの動きにくい服。

 単語の羅列は呪文のようで、全く頭に入ってこない。

 慣れない接客対応はとても疲れた。


「次はこっち!」

「はい〜」

「まだ?」

「お待ちください〜……」

 

 こんなことになるとは思わなかった。

 自分が不器用だとはじめて知った。

 私が戦うことしかできないと思い知った。

 こんなに普通に働くことが疲れるなんて思わなかった。

 

 この途方もない無力感。

 この感覚はあの2人に捨てられて以来かな。

 さすがにちょっとヘコむ。

 それに比べてリンは素晴らしい。


「リンちゃ〜ん」

「はい!」

「あの、いいですか?」

「はい! なんでしょうか?」

「これとこれを頼みたいんですけど……」

「はい! 確認しますね〜」


 ほらみてよ。

 私とは大違い。

 明るくて、仕事ができる人気者。

 私は必要のないお荷物。

 まさかの立場が逆転した。


 明るいことが取り柄だと思ってたのに、こういうことはまるでダメ。

 自分の弱さに気付かされて、気持ちが暗くなる。

 まぁ、何事も経験だ。

 それでも辛いものは辛い。

 

 今ではこうして、完全に戦力外で裏口に座り込んでる。

 まさに典型的な仕事ができずサボってる、ダメなやつ。


「ね〜、クロ」

「にゃあ」


 クロに慰めてもらう。

 コイツは勝手なやつだけど、優しいところもある。

 私が辛い時にはちゃんと側にいてくれる。


「にゃ!」

「おい、こら! どこいくの?!」


 どっかいっちゃった。

 まさかそのクロにまで見捨てられるとは。

 

「はぁ……」

「どうしたんですか?」


 いつの間にか横にいたリンに話しかけられる。

 可愛くて眩しい、笑顔を振りまく女の子。

 そりゃ人気にもなるわな。

 それは私の取り柄だと思ってたのに。

 

「いや、リンって可愛いなと改めて思っただけ」

「…………」


 ほんと可愛いな。

 そう思っていると、私ではないお皿を割る音が聞こえる。

 急いでリンと覗いてみる。

 

「ごめん……」

「またやったの?」

「ボクが片付けを……」

「いいよ。私がやっとく」

「……ごめん」


 さっきもみたやりとり。

 ユズキ・ハツメさんというらしい。

 年齢は私よりちょっと上かな。

 黒い髪は珍しいからすぐに覚えてしまった。


「ユズキさんはここで働いて、3年ぐらいらしいですよ」

「……そうなの?」

「可愛いのに残念って、ヒナちゃんがいってました!」

 

 あの子はほんとなんでも言うな。

 そして結構、言ってることが酷い。

 本当に将来が楽しみだ。


「まぁ、人には向き不向きがあるしね」

「そうですよ! だから、姫は大丈夫です!」


 この短時間でもわかる。

 私も人のことは言えないけれど、彼女は不器用だと思う。

 そして、これは私の勘だけど、この仕事は向いてない。

 夜になって、尚更そう思う。


「お姉さん〜」

 

 酔ってダル絡みをする客。

 

「すいません……」

「痛い痛い!」


 それを謝りながら撃退してる。

 ここにいるのは、きっと役割があるからなんだろう。

 でも、それは彼女にとって幸せなんだろうか。


「ユズキ、ありがとう!」

「……うん」


 今、決めた。

 とりあえず、仲良くなってみよう。

 正直なところ気になるし。

 これはきっと、お節介ってやつだ。

 でも、思い立ったらすぐに行動する。

 それが私でしょ。

 ちょうど、休憩らしいし。


「ユズキさん!」

「あっはい、シオンさん。なんでしょうか」

「敬語いらない! ユズキさんの方が年上でしょ?」


 上目遣いで印象よくを心がける。

 可愛い後輩のポジションを掴みにいく。


「はい。いや、そうじゃないね。うん。わかった」

「そうそう!」

「ボクのこともユズキって呼んで」

「いいの!?」

 

 一気に距離が縮む感覚。

 今のところはいい感じ。


「いいよ」

「ありがとう、ユズキ!」

「それでシオンは、私に何か用?」

「……ただユズキと仲良くなりたいだけ!」


 正直な本音を伝える。

 これでいいと思う。

 本当に裏とかないし。


「なにそれ」

「……」


 ユズキの笑った顔はとてもいい。

 この顔をもっとみたい。

 その時、お店の方で怒鳴り声が聞こえた。


「ごめん。いかなきゃ」

「……わかった」

 

 いいところだったのに。

 邪魔されて腹立たしい。

 

「ユズキ! 後で、いろんな話をしよう!」

「うん」

「約束、したからね」

 

 辛いだけだと思ってたけど、きっとそれだけじゃない。

 今やってることに意味を持たせるのはきっと自分。

 だって私達は何も知らない子供なんだから。

 これから自分を探していけばいいんだ。


 ホールに出てみると、客同士がめちゃくちゃ揉めてた。

 ユズキが必死に止めようとしてるけど、人が多すぎる。


「はぁ〜」


 大きな溜息が出る。

 こんなつまらないことで話を遮られた。

 でも、まぁこんなこともあるよね。

 

「あがっ……」

 

 そう思ってたら、ユズキが1人吹き飛ばしてしまう。

 そうか、加減を知らないんだね。

 こんな平和ならしょうがない。

 きっと経験が少ないんだろう。

 

「いつもこんなことあるの?」

 

 いつの間にか、後ろで震えてるヒナに聞く。

 

「ない……」

 

 そうなんだ。

 私はやっぱり運がいいらしい。

 きっとこれも、運命の出会いってやつだ。

 

「お前! ふざけるなよ」

「最初に仕掛けてきたのは、貴方達だ」


 でも、このままじゃヤバいかも。

 いつのまにか喧嘩の矛先はユズキにいってる。

 そしてユズキも頭に血が昇ってる。

 私がやるしかないかな。

 いつものをやろうと思ったけど、思い止まる。

 これは戦いじゃないから、必要ないか。


「こ〜ら、喧嘩はダメ」


 振りかぶった拳を受けとめる。


「シオン!危ない!」

「大丈夫!」

 

 ユズキを安心させるために余裕をみせないと。

 振り返って笑顔をみせる。

 

「んだよ、お前!」

「ほっ、よっと」


 集団で殴りかかってくる。

 マジで躊躇ないな〜。

 お酒で酔うと人ってこうなるんだ。

 私も気をつけないと。


「だからダメだって」

「うわっ!」


 1番マシなやつの額にデコピンをして転ばせる。

 それをみた彼らは、一歩引いた。

 屈んで、その男の顔を笑顔で覗き込む。


「仲良く……、ね?」

「はい……」

「……次はないよ?」

「はい!!!」


 そいつらは仲良く、一緒になって出ていった。

 これで大丈夫だろう。


「お姉ちゃんすごい!」

「ありがとう、シオンちゃん!」


 気分がいい、満たされる。

 こんな気持ちはここにきて初めてだ。

 でも、それよりもまずやることがある。


「ユズキ!」

「……なに?」

 

 そんな綺麗な顔で暗い顔をしないでよ。

 それに知らないことは悪いことじゃない。

 

「教えてあげようか?」

「……なにを?」

 

 これから学んでいけばいい。

 これから知っていけばいい。

 

「力の使い方、だよ!」

「……うん。教えてほしい」

「なら、そのかわりにユズキのことを教えて!」

「……え?」

 

 もっと知りたい。

 もっと聞きたい。

 それで十分だ。

 

「さっきの約束!」

 

 それだけで私には価値がある。

 

「わかった」


 そう、その顔だ。

 それがもっとみたい。

 その顔を最初にしたい。

 だって私達は、まだ始まったばかりなんだから。

 

ブックマークと☆を入れていただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ