2.幸せな音
「私はリンです!リン・イスカと申します!」
「リンちゃん、よろしく! こっちはクロね」
「にゃあ!」
「はい! シオン様!」
ちゃんと名前を聞いて、答えてくれる人でよかった。
邪魔するなよのパターンも想像してたからね。
最初に会うのが優しそうな女の子でよかった。
あと、可愛いし。
「先程は、助けていただきありがとうございました! えっと、シオン様!」
「うっ、うん」
近い近い近い、顔が近い。
一気に距離を詰めてくるリンちゃん。
勢いがすごくて、ちょっと引いちゃった。
まるで相手にされていないクロは、拗ねて離れたところで丸くなってる。
「そ、それで、リンちゃんは何でこんなところに1人でいるの?」
「あっ。それは……」
表情が一気に暗くなる。
この娘、わかりやすいな。
相変わらず顔は近いままだけど。
「私は魔物狩りが仕事なんです。私、貧乏で。」
「そうなんだ……」
その顔はどんどん暗くなっていく。
「両親も死んじゃってて……って何話してるんだろ。こんなことを話されても迷惑ですよね」
「そんなことないよ。リンちゃんのこともっと教えて」
少し戸惑った後に、ちゃんと話してくれる。
「今日もいつもみたいに、仕事をしにきてたんですけど、さっきの奴が出てきて、みんな逃げてしまって……。お前はお荷物だから、せめて役に立てって見捨てられました」
声が震えてる。
とても怖かったんだと思う。
私だって怖い。
形が少し違うだけで、同じ想いを経験してるから。
誰かに、人に裏切られるの辛い。
今でも忘れたいという気持ちで心が痛む。
「取り残された後、逃げきれなくてもうダメだって時に、シオン様がきてくれて……」
ついには涙が流れる。
ここで寄り添わなきゃ、きっと私は主人公になれない。
リンちゃんを優しく抱きしめる。
「辛かったね。もう大丈夫だよ。私がずっと側にいるから」
リンちゃんは全部を吐き出す。
ここは私と彼女の2人きり。
「大丈夫だから、ね?」
その涙ごと、全て受け入れてあげよう。
優しく寄り添うことが、今の私にできる唯一の事だから。
◇
「大丈夫?」
「大丈夫、です」
「よかった!」
顔を真っ赤にしているリンちゃん。
人に甘えるのは、やっぱり恥ずかしいものだよね。
「大丈夫! 誰にも言わないよ!」
「……?」
リンちゃんは首を傾げてる。
わかるよ〜、その気持ち。
私は恥ずかしくて、人知れずに泣いたもんね。
大丈夫、今日のことは2人だけの秘密だ。
「それはそうと……」
私は手を叩いて、次の話を切り出す。
「これからどうする? ていうか、近くには人がいるってことだよね?」
ずっと疑問だった事をようやく聞ける。
そう、人だ。
私は人に飢えてる。
待ち焦がれていたものが、続々と手に入りそうな予感。
「……はい。私の故郷があります。それに近くにも複数の壁があって、いっぱい人が住んでいます」
「ほんと!?」
ついに新しい場所に辿り着いた。
しかもそれが何箇所もある。
やっと旅って感じになってきた。
「じゃあ、まずはリンちゃんをそこまで送り届けて……」
「おいていかないで!」
突然の大声で、ビクッと体が震えた。
「ど、どうしたの?」
「おいていかないでください……」
「えっ、えっと〜」
「私を連れてってください!」
困った。
帰れる場所があるなら、帰りたいと思うはず。
私はそう思っていた。
私はそれを失ったから。
「でも、帰れる場所があるんでしょ?」
「ないです!」
涙を溜めて、そう言うリンちゃん。
「お父さんもお母さんも死んじゃって、仲間なんて思ってた人達にも裏切られて、もうあそこには私の何も残ってないです」
「……」
「あの人達の事を見返したい。なんで、あの時に見捨てたんだって後悔させてやりたい!」
これが当たり前の反応、なんだと思う。
「あんな人達じゃなくて、シオン様の為になりたい!」
そう言ってくれるのは本当に嬉しい。
「強くなって、お父さんとお母さんを、私を笑った奴らに向かって、ざぁみろって笑ってやりたい!」
でも、それがリンちゃんの本音なんだと思う。
「だから!!! 私を連れてってください」
その眼はリンちゃんの髪のように、燃えるように赤い。
それは私にもわかる誰かを恨む復讐の色。
私はそれを選んでもいいと思う。
その道を選ぶのは、きっと彼女だから。
でも、だからこそ教えたいって思う。
彼女に選んでほしいと思う。
正直な私を教えて、こんな私を選んでほしい。
「……ダメ」
「そう、ですよね」
リンちゃんは一歩引く。
「無理を言ってごめんなさい。それじゃ――」
「その答えならダメ」
「……え?」
今から私を伝える。
「私と来たいなら、そんな顔をしてたらダメだよ」
「えっと……」
あなたに、その色は似合わない。
私を思い出してしまうから。
そう思ってて、今でも辛くなる。
「復讐に生きる。それでもいいと思う。否定はしない。それに私には、否定できないと思う。でもね、きっとつまんないよ」
「つまらない……」
そう、人生は一回だ。
その思いも、出会いも、全部が一度きり。
それはきっと何度だってある。
「今、抱えている辛い思い出でこの先を縛られるなんて、面白くないよ!」
「面白くない、ですか?」
よかった、怒ってない。
だからリンちゃん、あなたは大丈夫だと思う。
「そうだよ! 今は辛いと思う、今は苦しいと思う」
そうだ。
それを今の私自身にも言い聞かせる。
だからこの娘を、私が動かさなきゃならない。
「でも、この先もそうだなんて誰にもわからないよ! きっとリンちゃん本人にもわからない!」
リンちゃんの過去が、どれだけ辛かったかはわからない。
多分、気軽にわかるなんて言ってはいけないと思う。
でも、私もあの時は辛かった。
だから、苦しいって気持ちはわかってあげられる。
「だからね、そんな気持ちでついてきたいって思うならお断りします!」
「……」
彼女は下を向く。
そんな彼女を優しく抱きしめる。
「……え?」
「今は、その気持ちを忘れられなくてもいいよ。でも、その思いで心が支配されそうになったら、私を頼ってほしい」
きっと、今のリンちゃんにはそれが必要だ。
「今、抱えている思いを忘れられるように努力する。それが私と一緒にくるための条件」
「……はい」
そんなこと言いつつも、頭の中には過去が蘇る。
胸がチクチクと痛む。
そういうところも、一緒に成長していこう。
それが旅ってものでしょ?
私は完璧なんかじゃないんだから。
「だからね、私と面白おかしく旅をしよう? 全部を忘れられるとは言わないよ。でも、そうなれるように、私も頑張るから」
「……はい」
涙を拭ってあげる。
リンちゃんに、それは似合わないと思うから。
「リンちゃん! それでもいいなら私についてきてほしい」
私はさっきみたいに、手を差し出す。
彼女の運命を変える為に、運命が変わる瞬間を、思い出してほしい。
こんな考え方は傲慢かな?
「それに!」
「……それに?」
「お願いがあるならもっと可愛く! ……ね?」
「なんですか、それ」
そう、その笑顔でいいんだ。
あなたに、あの顔は似合わない。
「……リン」
「え?」
「リンってそう呼んでください」
本当に嬉しい。
今にも飛び上がりそう。
でも、それを抑える。
これはきっと、彼女の時間だから。
「わかったよ、リン」
「はい! シオン様!」
「あとそれなら、私の様も禁止ね」
「……え?」
私に様なんていらない。
期待の逸材でも、名門の生まれでもない。
私は、もうただのシオンなんだ。
「シオンって呼んで?」
「お、畏れ多いです……」
「いいじゃん。呼んでよ〜」
「ダ、ダメです!」
まさか、この流れで断られるとは思ってなかった。
絶対いけると思ってたのに。
「……昔はなんで呼ばれていたんですか?」
「いや、あんまり覚えてないな〜。昔の仲間には、姫とかなんとかって呼ばれてたけど……」
他をあまり思い出せない。
恩恵がなかったから、強敵相手にはお荷物だったからね。
そうだよ、皮肉だよ皮肉。
「……姫!」
「え?」
「素晴らしいですね! シオン様にぴったりです!」
「えっ、え〜っと、まぁいいか」
リンはいい意味で言ってくれてる。
それだけはわかるから。
「姫! 私を楽しい旅へ、一緒に連れてって!」
「……いいよ」
眩しいな。
私もそうなれたらいいのにな。
いつかなれるのかな。
2人の顔が浮かぶ。
なんでだろう、胸が痛い。
「じゃあ、いこうか。リン」
「はい!姫!」
「とりあえず、リンの家に荷物をとりにいこうか」
「はい!」
私の物語は進んでいく。
心地のよい、鐘の音と共に。
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