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1.私の物語


 ゆっくりと目を閉じる。

 いつもと同じ、これをすると気持ちがすっきりする。

 力も湧いてくる。

 これでもう大丈夫。

 ちゃんと殺せる。


「よし! やろう!」


 私の旅に立ち塞がるモノを殺し尽くす。

 久しぶりの戦闘だったけど、なんとかなった。


「やっと終わった〜って、また血まみれじゃん」


 そんなことより、これは物語の1ページ目。

 必要なのは私の自己紹介だと思わない?

 きっとそうだよね。

 本にはそう書いてあったし。


 私の名前はシオン。

 この子はクロ。

 見ての通り、ただの女の子とただの猫。

 実は私、名前の一部を数週間前に失った。

 なので今は、ただのシオン。


 私はこの殺伐とした世界で、周囲に期待されてた。

 

 この、壁と呼ばれてる故郷を守り続けてきた名門の生まれ。

 受け継がれてきた、戦いの象徴である白い髪と青い目。

 そして、この家に生まれた私には、最も求められている戦う才能がちゃんとあった。

 それは2つのうち1つだけだったけどね。


 私は剣も魔法も優れている。

 だから、それだけでも戦えていた。


 でも、最も重要な才能である恩恵に恵まれなかった。

 

 恩恵は、一部の人だけに与えられた特別な切り札。

 人類の危機に、神から与えられた贈り物らしい。

 例えば身体能力を向上させたり、魔法の威力を高めたり、そんなことができる。

 

 私も、目の前で見たものしか知らないんだけど、それは私の力がちっぽけなものに見えるくらい凄かった。

 

 その恩恵があっても、勝てない相手がいる。

 今、戦ってるのはただの雑魚だ。

 お父様からはそう教わってきた。

 つまり、本来は持ってないと厳しいかもってこと。

 

 恩恵を持っているってことだけは、産まれた時にはわかっていて、詳細な能力が判明するのは10代前半ぐらい。

 私は恩恵を持っていて、人よりも才能があった。

 

 普通に考えて、期待されるのは当然だと思う。

 そんな私に与えられた恩恵、気になるでしょ?


 私の恩恵は『女に好かれる』だった。


 本当に終わってる。

 戦いに使える能力ではないし、そもそも私は女。

 どう考えてもいらないでしょ。

 それに、そんな恩恵は聞いたこともないらしい。

 

 じゃあ珍しくてよかったね、とはならない。

 

 期待に対する裏切りは、想像以上に私を追い詰めた。

 この恩恵が判明した時は凄かった。

 

 一緒に戦っていた仲間には要らないと捨てられた。

 お父様に家から追い出された。

 家を追われる時、最も大切だと思っていた妹には嫌いだったと言われた。

 エリは私と比べられていたから、それが本当は苦痛だったんだと思う。

 そのことはすぐに広まって、街を歩いている時は笑われていたような気もする。

 

 明るいことだけが取り柄の私も流石に傷ついた。

 2度と、笑えなくなりそうだった。


 壁の中は広いから、そこから離れて生きていくこともできた。

 でも、もうあそこには居たくなかった。

 もしかしたら、会ってしまうかもしれないから。

 だから、私は危険だらけの壁の外へ飛び出した。

 その時は、欲しくもなかった才能に感謝した。


 そしてなぜこの世界では、そんな物騒な才能が求められているのか。

 これは危険な場所に追い出されるほどの罪なのか。

 私にもわからないけど、少なくとも周りの人はそうだと思っていることは事実。


 遠い昔に魔物と呼ばれてる、何故か人だけを襲う生き物が大量に発生して、人は壁の中へ逃げこんだらしい。

 

 なんで世界がこんな状況になったのか、魔物はどこから現れているのか、なぜ人が存続しているのか、なぜ人にこんな壁が作れたのか。

 戦いの中で人が死にすぎて、よくわからなくなったと学校では習った。

 昔の人は、そんな暇はないほど必死だったんだと思う。


 でも今の時代は、安定した生活を送れている。

 壁の中はとても平和だ。

 多くの人がなに不自由なく暮らしている。

 

 この閉ざされた壁の外には、他にも人が暮らしている場所があるってこともわかって、今では人と人が少ないけど行き来をしてる。

 この世界がとても広いこともわかってる。

 世界にはいろんな場所がある。

 人の歴史、なんて呼べるものもできてきたぐらいだ。


 今があるのは、私たちみたいな戦える才能を持つ人間が、魔物を狩り続けてきたから。

 それでも、戦い続けないと数は増えていく。

 だからこそ、戦える才能は皆から求められているし、持っているものはみんなの憧れで尊敬の対象。


 私は、名門と呼ばれる家名を傷つけてしまったらしい。

 それは家を追い出されるようなことなのかとは思ったけど、私がどうこう言ってもしょうがない。

 現実は現実だ。

 

 戦うことさえできれば、1人と一匹で旅をすることもできるほど数は減っている。

 壁に閉じこもっていた人は、外の世界に出ていける。


 だから、私はすぐに切り替えた。

 

 故郷から追い出されて、大切な人達には裏切られた。

 けど、旅って面白そうだなって思った。

 知らない世界を知ってみたくなった。

 復讐とか、そんなものの為に生きたくない。

 日記を書きながら気ままな旅とか、憧れるでしょ?

 

 ここだけが全てじゃないって思いたい。

 しがらみはなくなったし、自由気ままに過ごすのも悪くないなって思った。

 でも、そんな考えは甘かった。


 私は旅のやり方も目的も、よくわからなかった。


 考えてみれば、追い出されて強制的に始まった旅。

 目的も何もあったもんじゃない。

 私は気づけば、1人と1匹で何週間も歩いてる。

 

 この虚しい自己紹介は、心の中で何度も繰り返してる。

 いつか誰かにしようかなと思って、何日経っただろう。

 何度目かすら覚えてない。

 誰も聞いてくれない。

 

 そもそも、全く人に会わない。

 出会えるのは魔物と食糧になる動物。

 

 食べ物と飲み物には全く困らない。

 正直言って、生活に困ることは何もない。


 そう、本当に何もない。

 時々、魔物と戦うこと以外はただ歩くだけの時間。

 いつか物語にしようと書き始めた日記も、書いてあるのは最初の1ページにある、これまでの辛い出来事だけ。

 

 襲われてる人を助けるとか、運命的な出会いがあるとか、ここにはいないはずの強敵が出てきて苦戦するとか、そんなものを何度も妄想した。

 本で読んだ物語なら、すぐにそうなるはずだったのに。


「はぁ……」


 うまくいかないな、そんなことを思いながら汚れを魔法で落としてまた先へ進む。

 また、1人と喋れない猫との2人旅か。


「ね〜、クロ」

「にゃ」

 

 でも、運命の瞬間は突然やってくる。

 

「――けて!!」


 人の声がする。

 すごく遠いけど、確かに聞こえる。

 耳を澄ませる。


「誰か助けて!」


 ついにきた。

 はっきりと聞こえた。

 幻聴じゃない。

 誰かの助けを求める声。

 待ちに待っていた。

 命の危機に颯爽と登場する私。

 何度も妄想してた場面が現実になる瞬間がきた。


 目を閉じる。

 戦いに行く前の儀式。

 いつもより、気持ちが昂っている。


「よし! クロ、行くよ!」

「にゃあ」


 声の方向へ向かう。

 いつもよりも、スピードが出てる気がする。

 

「私、興奮してるんだ」

 

 口に出してそれに気づいた時、より気持ちが昂った。

 

 そうして走った先に、ようやくみえる。

 真っ赤な髪の女の子が襲われてる光景。

 

 転んでしまって、魔物に喰われる。

 もう諦めてるでしょ?

 でも大丈夫だよ。

 私は脅威を真っ二つに切り裂く。


「……え?」

「あはっ!」


 救世主みたいに、その娘の前に立つ。

 その顔はちゃんと驚いてた。

 今が最大のチャンス。

 

 これが本当の始まりということにしよう。

 私の旅のスタートラインはここから。

 それでいいじゃん。


「こんにちは! 私はシオン!」

 

 この出会いは運命的なものになったかな?

 私にとっても、彼女にとってもそうなったらいいな。

 尻もちをついている彼女に、私は手を差し出す。


「もう大丈夫! 助けにきたよ!」

 

 さぁ、散々してきた妄想通りにかっこよく。

 いつか読んだ、物語のヒーローみたいに。

 

「あなたのお名前は何ですか?」


 ちゃんと聞けた。

 私は答えを待つ。

 少し戸惑っていたけど、彼女は手をとってくれる。


「私は――」

 


 ようやく動き出した、私の物語。


 改めまして、私がこの物語の主人公。

 これからたくさんの仲間を作って、面白おかしく旅をしたい。

 

 いっぱい笑って、いっぱい泣いて、楽しいことも、辛いことも、思い出を残したい。

 最後には、私を故郷から追い出した奴らにざまぁみろって、私はこんなに人生を幸せに楽しんだぜって、笑ってやる。

 

 こんなことを最初に書いている時点で、心のどこかではあの人達を恨んでいるのかもしれない。

 私は、何も許せていないのかもしれない。

 

 でも、それでもいいじゃん。

 旅の終わり、その最後には楽しかったとそう思いたい。

 思い出を抱きしめて、これからできるはずの仲間と笑っていたい。

 そしていつか私は、大切なあの2人を許したい。

 この世界で唯一、血のつながりがある2人だから。

 

 そんな私の思いが、誰かを救うお話になりますように。

 だから、未来の私が描く、物語の始まりはきっとこうだ。

 

 これは私が世界を救うまでの物語。


 なんてね。


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