11.大したことじゃない
「ほら、終わったよ」
「うん」
一瞬で終わった。
ただ歩いて、切りつけただけ。
助けた男の人にはお礼を言われて、フォローして、私はなにもしていない。
結局は役に立ってない。
ユズに教えられたことなんて、なにもなかった。
彼女は自分自身の力で乗り越えた。
ほんの少し、手伝っただけ。
「お願い」
「え?」
「叶えてくれるんでしょ?」
「あぁ……」
そういえばそんなこと言っちゃったな。
「いいよ! ほら、言ってみ!」
できるだけ明るく、なんでも言いやすいようにする。
これが唯一のあげられるものかもしれないから。
「そっか、じゃあ遠慮なく」
「……?」
どんどん近づいてくる。
足を一歩引いた時には、もう目の前にユズがいる。
背が高いな、なんてどうでもいいことを考える。
「リンに聞いた。旅をしてるんでしょ? ボクも連れてってよ」
「……え?」
「ボクも一緒に連れていってほしい。それがお願い」
予想外すぎて、言葉を失う。
でも、それだけは叶えてあげられない。
平和な世界で必要とされること。
それは望んでも手に入らないものだと思うから。
一時の気の迷いで、選んでほしくはない。
私は、なにも大したことはできなかったんだから。
私といても、なにもあげられないかもしれない。
むしろ、奪ってしまうかもしれない。
「……それは、ダメだよ」
「なんで? ボクはシオンの役には立てない?」
「そんなことない!!!」
つい、声が大きくなる。
そこだけは勘違いをしてほしくないから。
「ここに居場所があるでしょ?」
「言ったよ? 居場所を決めるのはボクだ」
「で、でも……」
「でも?」
咄嗟に考えつくようなことをとりあえず並べる。
「別に何か大きな目的があるわけでもない……」
「それでいいよ」
「なにをしたいかも決まってない……」
「なら、それも一緒に決めよう」
「付き合わせるのも、悪いし……」
「ボクがそれをしたいんだ」
口にするのが怖い。
認めるのはもっと怖い。
でも、伝えなくちゃならないから。
「きっと、ユズはここで必要とされるよ」
「そうかな? 完全にお荷物扱いだったけど?」
「これからは違うでしょ?」
「そうかもね」
ユズは力の使い方を覚えた。
もう、迷惑をかけることもないはず。
不測の事態には頼りにもなる。
必要としてくれる人たちがここにいる。
「だったら!」
「君のために何かがしたい」
「な、なんで……」
「救ってくれたから」
「……それは、勘違いしてるだけだよ」
偶然、私だっただけ。
偶然、出会っただけ。
偶然、気づいただけ。
結局はなんの結果も残ってない。
「勘違い……、ね」
「そ、そうだよ! ほら、結局はなにも大したことはできてないし、私じゃなくても――」
「シオンだけだったよ」
「……え?」
「本当の意味で向き合ってくれたのは、シオンだけ」
そんなつもりはなかった。
ただ、ちょっと同情したから。
ただ、ちょっと可哀想だったから。
それだけのつもりだったのに。
いつのまにか、私と勝手に重ねてしまった。
違いに気づいて、勝手に傷ついた。
「シオンは大したことしてないっていうけど、その大したことの基準って、なに?」
「……」
リンの時みたいに、劇的な出会いがあって、救って助けて、そういうことが必要だと漠然と思ってた。
「ね? 答えられないでしょ?」
私は黙ることしかできない。
言い返す言葉を持ってない。
言い訳を探してるだけの私に、恐れているだけの私にはなにもない。
「それを決めるのも、きっとボクだ」
「でも、本当になにも……」
「シオンの中ではそうなのかもね」
「でも……」
「他の人から見ても、そうなのかもしれない。なんでこの程度のことでって言われるのかもね。でもさ、」
私の手を握ってくれる。
とても安心する。
姉とはこうあるべきなんだと思う。
「ボクがそう思ったからそれでいい、ボクがわかっていれば、それでいいと思うんだ」
私は、まだなにも知らないただの子供なんだと思う。
あれだけ、リンに偉そうなことを言っててこれだ。
「もしかしたら、いつかシオンじゃない誰かが、シオンより綺麗に救ってくれたのかもしれない。でも、その誰かも、そのいつかも、私の人生にはなかったよ」
私もそれを知ってるはずなのに、
「未来はわからない。くるかも知れないし、2度とこないかもしれない。だからこそ、ここで勇気を出さなかったら、一生過去に縋って、存在しない未来に縋って、後悔すると思ったんだ」
私も思い知ったはずだったのに、
「もちろん、あのお店の人達には感謝をしてる。身寄りのないボクを受け入れてくれた。優しくて、暖かい人達だと思ってる。それにボクが使えなかったのは本当だしね」
私も経験しているはずだったのに、
「それでも初めて私に本当の意味で向き合って、救ってくれたのはシオンだったんだ。そんなこと、思いもしなかったかな?」
見ないふりをしてた。
「シオンだけじゃなくて、誰かが見ていたとしてね。たった数日で、ほんの少しの短い時間で、たったこれだけのことで、一体なにがわかるんだって思われるのかもね。シオンも気づいていないくらいだし」
知らないふりをしてた。
「でも、今までがどれだけ辛かったのか、この短い日々がどれだけボクを救ったのか。それは誰にも、きっとシオンにだってわからない」
私も数日で変わったはずだったのにね。
「それにわからなくてもいいよ。理由は自分がわかってる。ボクの過去はボクだけのものだから。なんでこんな気持ちになったのか、はっきりとわかる。それにシオンに救われたってことは覚えている」
私は傲慢だった。
「今言っても本当の意味で伝わることはないと思うから、いつか、話せる日がきたら聞いてくれると嬉しいよ。シオンの大したことないが、どれだけ私を救ったのかをね」
私は身勝手だった。
「だから、君のためになりたい。恩返しをしたい」
手伝いがもしできるのなら。
いや、これもただの言い訳だ。
「なにも決まってないなら一緒に決めよう。楽しいことを、これからをシオンと共有できるなら、ボクはなんでもいい。そして、辛いことがあったら一緒に乗り越えよう。その時にはなんでも話してくれればいいから。ボクはきっとシオンを支えてみせる」
拒絶はできたのに、それをしなかった。
本当は嬉しかったから、それをしなかった。
結局は上辺だけだ。
「それにシオンはボクを必要としてくれてるって思ってたけど、違ったかな?」
完全にバレてる。
多分、今の私の顔は真っ赤だと思う。
必要としていたのに、手放そうとした。
あの時みたいに、大切なものを諦めれば、なにも失わないと思っていた。
「……」
「なに、シオン? 聞こえないよ?」
「……ユズ! 一緒に、来てほしい!」
「その言葉を待ってたよ」
私は求めてもいいんだろうか。
こんな出来損ないの私でも許されるのだろうか。
「ほら! 戻るよ!」
「……うん!」
それを決めるのも、きっと私だ。
だから、これでいい。
気づけば、あのお店の目の前。
もう、とっくに遅刻してる。
「それで、最後にはシオンからボクに付いてきてほしいってお願いしてきたんだから、さっきのお願いはなしってことでいいよね?」
「え? うん。まぁ……」
「それに、ボクがシオンの願いを叶えたんだから、2つのお願いを要求する権利があるよね!」
「は? ……いいけど」
勢いで押し切ってくる。
こういうところも、私は学ばないとね。
ユズは歳上なんだなって感じる。
「なら、今すぐにでも叶えてほしいお願いがあるんだ」
「いいよ。私に叶えられるなら、なんでも」
私にできることならできるだけ、叶えてあげたい。
私はここからはじめなきゃならないんだと思う。
「それなら、ボクもシオンを姫と呼ぶことにするよ」
「え?」
「リンはそう呼んでるでしょ? あだ名で呼びあう関係って初めてだと思ったから」
「……うん、多分」
「なら、その初めてがボクは欲しい」
私には覚えがないから、そうだったと思う。
「嫌かな?」
「嫌ではないけど……」
「なら決まりだね!」
ユズにそう言われるのは、ちょっと恥ずかしい。
でも、きっと慣れていくんだと思う。
未来という、先の見えない時間は長いんだから。
この思い出も、よかったと思える日がきっとくる。
「それと、これから一緒に怒られてよ」
「……は?」
「実は全部バレてて、今日もシオンと……、姫とサボってるって言っちゃったし」
「なにを言って――、ひっ……」
「姫! 遅いお帰りですね!」
ユズが楽しそうに笑ってる。
それだけで、この現状に価値はあったのかも。
リンはめちゃくちゃ怒ってるけどね。
まぁ、楽しければいいよね。
必要とされなかった私を、必要としてくれる人達。
私にもこの2人が必要で、大切になった。
だから私達は、きっとまだ始まったばかりだ。
「姫!」
「リン、ほったらかしにして本当にごめんね」
「いいですよ。そういう人だって、もうわかってるので」
「……ありがとう」
「それよりも、これ書かなくていいんですか?」
本のようなものをリンがとりだす。
「ごめんなさい。少し見ちゃいました……。でもでも、悪気はなくて! ちょっと寂しかったので、姫の私物を……。だから、知るつもりなんてなくて……」
それはいいんだけど、1番聞きたいことがある。
「リン、ごめん。それなんだっけ?」
「……え?」
まぁ、大したことじゃない。
昔からよくあることだし。
私の旅は、きっと続いていく。
よかったなって、楽しかったなって、そう思える日が来ればいいな。
いや、後ろ向きな考えはやめよう。
だって、私らしくないでしょ?
だから、これからも、この先も、きっと楽しいはずだ。
2章 -終-
ブックマークと☆を入れていただけるとうれしいです。