襲来
その日、王都の門兵は確か恐怖を覚えた。遥か遠くからでも分かる、巨大な白い影。白きドラゴンと思わしき姿。
「お…おい。あれを見ろ!」
「ん?なんだ…あ、あれはドラゴン⁉︎」
王都の北門を守る2人の門兵はその姿を見ると、震えが止まらなくなった。
「ま、まさか再びドラゴンが王都を襲おうとしているのか…。」
2人の門兵に10年前の恐怖が甦る。かつて、王都を襲った恐ろしき事件の記憶が。
「俺は騎士団に知らせに行く。お前は急いで冒険者ギルドに連絡しろ!」
「は、はい…。でも俺、足が空くんで…。」
1人の門兵は恐怖で動けずにいる。彼にとってドラゴンは恐怖の象徴。幼き頃の消えることのない記憶。それ故に彼は動けなかった。
「しっかりしろ!大丈夫だ。何たって、今王都には10年前の英雄、『深紅の魔導騎士』ヴィオラが居るんだからな。お前は冒険者ギルドに行き、彼女に連絡してもらえば良いだけだ。お前の役目はたったそれだけだ。それくらい出来るだろ?」
「…っ。はい!すぐに連絡して参ります。」
そうして1人は王城の騎士団に、1人は冒険者ギルドに向かった。2人の門兵が居なくなった事で、この場に残されたのは交代勤務で睡眠中の門兵2人だけとなった。冷静に早急な行動を起こしたつもりの門兵も彼らを起こすという大事な事は忘れてしまっていた。
〜王城〜
「北よりドラゴンの襲来を確認。至急、国王様並びに騎士団長、魔術師団長に連絡を。」
「ドラゴンだと⁉︎了解した。直ぐに伝達する。」
すうぅぅ。
「騎士団長!!至急城門にお越し下さい!!!」
そして、王城の門番は大声で騎士団長を呼んだ。本来であればこんな呼び方は正しく無いだろう。だが今は緊急時。多少の近隣住民への迷惑で、多くの人の命が救われる可能性が上がるのなら、この方法もあながち間違いでは無いだろう。
さすがにこの方法で国王を呼び出す事は出来ない。しかし、この門番にとっては関係のない事だ。何せ、この国の国王は緊急時と判断すれば、勝手に出てくるのだから。
「どうした!何事だ!」
すると直ぐに騎士団長は走りながら大声で尋ねてきた。まだ数十メートル先に居るにも関わらず、その声は十分に聞き取れる。
「北よりドラゴン襲来です!至急戦闘準備を!」
「了解だ、先行する。団員達も直ぐにここに集まってくるだろう。来たものから順に住民の避難誘導にあたらせろ!」
騎士団長は止まる事なくそのまま北門へ向かい走り続けた。そして、いつのまにか国王も近くまで来ており、騎士団長に続いた。
「ボクも行ってくる。君達は急いでヴィオラを呼んできて。」
「すでに連絡に行かせております!」
「うん、優秀!無事にみんな生き残れたらボーナスだね!」
国王は走りながら軽く後ろを振り向き、そう言った。そして、本来なら止めるべき国王を止める者はここにはいなかった。なぜなら皆、国王がこの国でトップクラスに強い事を知っているからだ。
それから直ぐに、騎士団員・魔術師団員が到着し、住民の避難誘導にあたった。しかし、行動が素早く頼りになる団長・団員に関心しつつも、北門の門兵はある事を疑問に思った。
「魔術師団長は不在なのか?まだ姿を見かけないが。」
もしかしたら門兵が見逃しただけで、既に向かっていたかも知れないが、騎士団長と双璧となすこの国の魔術師団長に連絡が伝わっていない可能性を考え、疑問を口にしたのであった。
「魔術師団長は、あと数日で退職だ。今は有給休暇消化中でここには居ない。」
「………は?」
ある意味、門兵にとってはドラゴンの襲来よりも衝撃的な事だった。
〜冒険者ギルド〜
「北からドラゴンが接近しています。至急北門にお願いします。そして、『深紅の魔導騎士』ヴィオラ殿に連絡を!」
門兵はギルドの入り口から大声で叫んだ。時刻は夕刻、冒険者が依頼から帰ってくる時間であり、それなりの人数が彼の言葉を聞いた。
ドラゴンの襲来という低ランクの冒険者にはどうする事も出来ない案件。そして、『深紅の魔導騎士』ヴィオラという冒険者ならほとんどのものが聞いた事のある名前。
「…ドラゴンだってよ。」
「俺たちじゃどうしようもないな。」
「『深紅の魔導騎士』ヴィオラだってよ。どうやって連絡すんだよ。てか生きてんのか?」
「少し前にギルマスが抱きついてた女がヴィオラって呼ばれてたぞ?」
「はっ!そんな有名人が居たら、もっと騒ぎになってるだろ。」
冒険者は騒つくだけで、誰も動こうとはしなかった。信じない者、諦めている者、怯えている者。残念な事に、ここにはドラゴンに立ち向かうべき実力や勇気を持った者は居なかったのだ。
だが、そんな雰囲気の中、1人の女性が門兵の元に向かった。門兵は藁にも縋る思いで彼女に言った。
「お願いします。ドラゴンが…。」
だが、慌てふためく門兵とは対照的に彼女は落ち着いていた。
「ねぇ、そのドラゴンに女の子が乗ってたりしなかったかしら?」
「…え?そこまでは確認出来ていませんが…。」
彼女から発せられた言葉は思いもしないもので、門兵は動揺した。
「まあ良いわ。ギルドマスターは一応北門に向かって下さい。私はヴィオラを呼んできます。」
「ああ、分かった。…ソラなんだな?」
「ええ、おそらく。」
門兵は自分が慌ててたのが恥ずかしくなるくらい冷静な1人の女性とギルドマスターに不安を抱いた。だが自分の役割が終わった事に安心し、その場に腰を落としたのだった。




