サラとシルビア 2
「どういう事よ、サラ。魔王と会ったことがあるなんて!」
サラお姉ちゃんがシルビアさんと会ったことがあると言ったことに師匠が問いだした。
魔族は人の国に入れないから、サラお姉ちゃんが魔族の国に入っていったって事になる。だから、師匠は声を大きくして問いだしたんだと思う。入国規制される前にシルビアさんが人の国に入ってきて、サラお姉ちゃんと会ったって可能性もあるけど、それなら師匠はその事を知ってると思うし。
「エルくんたちが魔王城を攻めた事あったじゃない?それがある程度収束した後、ギルマスと2人で行ってきたのよ。仕事としてね。まあ、そのころはギルマスではなくて、指名依頼を受けたSランク冒険者なんだけどね。」
「っな…2人で行ったの⁉︎ そんな危ないところにサラを連れて行くなんて、あいつ何考えてんのよ!」
確かに、シルビアさんはギルドマスターより強いと思うから、もし戦いになったりしたら危険だもんね。そんなことは起こらないと思うけど。
「心配性ね。あんなことがあったから私も行くのが凄く怖かったんだけど、実際に会ってみるとヴィオラが思っているほど危険な存在じゃなかったわ。」
「危険な存在よ!何をしでかすか分かったもんじゃないんだから!」
師匠がそう思うのは仕方のないことだって分かってはいるものの、シルビアさんやリアちゃんも『危険な存在』の中に入っていることが納得いかない。だから私はある提案をした。
「じゃあさ、明日行こうよ!魔王城!私がサラお姉ちゃんに出張依頼出すからさ。」
冒険者は理由があれば、ギルド職員に出張依頼を出すことができる。以前ギルドマスターには、家でクッキーを作るって理由で受理してもらえたから、魔王城に遊びに行くって理由でもたぶん受理してもらえると思うんだよね。
「はあぁ⁉絶対嫌よ!」
「私も無理ね。何日も仕事を休む訳にはいかないもの。以前行った時も帰ってきたら仕事の山でたいへんだったんだから。」
2人の反応は予想通りだけど、私には秘策がある。私は収納袋からあるものを取り出し、見せつけた。
「サラお姉ちゃんはそんなこと心配しなくても大丈夫だよ。 じゃーん!!これなぁんだ!」
「「………。」」
何かしらの反応を示してくれると思ったら、なぜか2人とも固まったまま動かない。
「…ソラちゃん、話の流れからして、それってまさか…。」
「分かっちゃった?そうだよ、転移の魔石だよ。これで魔王城まで一瞬で行けるよ!」
サラお姉ちゃんは見ただけじゃ絶対に分からないと思っていたけど、感がいいのか分かっちゃったみたい。
「ソラぁぁ!どうやって作ったのよ!私も昔作ろうとしたけど、全然成功しなかったのよ!」
師匠は立ち上がり私に近づいてきて、肩を揺さぶってくる。
「私も何でもいいからアイデアを出せって散々振り回されたもの。でも、完成しなかったわ。それをまさかソラちゃんが完成させるなんてね。ヴィオラの上を行ったわね。」
「ちぃがぁうぅよぉぉぉ!貰ったのぉぉう。」
師匠が肩を揺さぶり続けるせいで、うまく声が出せない。
「貰ったぁ⁉誰によ!そんな貴重なものを!」
ようやく揺さぶるのを止めてくれたと思ったら、今度は目の前で大きな声を出してきた。耳が少しキーンとなっちゃったよ。
「シルビアさんだよ。初代魔王様が作った、世界に一対しかないものなんだって。」
「………な。」
師匠は口を開けたまま固まって、動かなくなってしまった。
「てことだからさ、明日魔王城行こうね!」
「まあ、それなら断る理由がないわね。いいわよ。明日ギルマスに出張依頼が入ったって言わなくちゃね。」
「うん!明日が楽しみだね!」
「ちょっ、私は行かないわよ!」
師匠が何か言ってるけど、それは無視して夕ご飯の続きを食べ始める。少し冷めちゃったけど、冷めても凄くおいしいな!
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「お母さん!置いてくよぉ?」
「私、行かないって言ったじゃない!」
3人で朝ご飯を食べた後、一番早く家を出るサラお姉ちゃんと一緒に、私もギルドに向かおうとしていた。けれど、師匠はまだ行かないつもりでいるみたいで、動こうとしない。
「ヴィオラ、一緒に来ないなら、今日からあなたの分のご飯は作らないわよ?」
「はあぁぁぁ!それはずるいわよ、もう!」
どうしようかと思っていたら、サラお姉ちゃんが動かざるを得ない言葉を発したことで、師匠はすぐに準備を始めた。昨日も、1日2食はサラお姉ちゃんのご飯を食べないと生きていけないって言ってたから、師匠にとっては死活問題なんだよね。
その後も、ギルドに着くまで師匠はグチグチ言いながらも、しっかりとついてきた。朝早くだったから、ギルドには誰の姿もなく閑散としていた。
「じゃあ私は最低限の仕事を終わらせておくから、ヴィオラとソラちゃんでギルマスに出張依頼の事伝えてきてくれる?ギルド長室にいると思うから。」
「うん、行ってくるね。行くよ、お母さん!」
「はぁい。」
そして、あんまり乗り気じゃない師匠を引っ張って、私はギルド長室に向かった。冒険者だけで行っていい場所なのかと疑問に思ったけど、師匠が一緒だから大丈夫なんだよね?
コンコンコン
「おう、入っていいぞ。」
ドアを叩くと、中からギルドマスターの声が聞こえてきた。
「失礼しまぁす。」
「ん?どうしたんだ、ソラ。こんな朝早くから。ヴィオラまで。」
ギルドマスターは少し驚いた様子で私を見て、尋ねてきた。
「今日、魔王城に遊びに行くので、サラお姉ちゃんを貸してください。これ、出張依頼の代金です。」
そう言って私は、ギルドマスターに金貨2枚を渡した。師匠みたいに白金貨を渡してもいいけど、あんまり渡すとサラお姉ちゃんに怒られるからな。
「…魔王城に行くんだろ?出張依頼の料金は1日金貨2枚だぞ。」
「あ、日帰りで行ってくるので大丈夫です。」
「…は?」
案の定、ギルドマスターに疑問に思われてたから、私は転移の魔石の事を話した。
「な…。そんなものがあるのか。分かった、許可する。ヴィオラをしっかりと見張っておくんだぞ。」
「はい、ありがとうございます。」
遊びに行くって理由でも、出張依頼を無事に受理してもらえ、私はギルド長室を後にした。師匠を残して。
ギルド長室からは少し言い争いが聞こえてくるけど、どうせすぐに終わると思うし、余り気にせずに私はサラお姉ちゃんのもとに向かった。
「サラお姉ちゃん、ギルドマスターに許可貰えたよ!」
「なら少し待っていてもらえるかしら。仕事の引継ぎをしないといけないのよ。」
「うん、分かった。」
そして、私は適当な椅子に腰かけ、サラお姉ちゃんを眺めていた。少しすると、他の受付嬢さん達が来て、サラお姉ちゃんと話を始めた。サラお姉ちゃんはこのギルドの受付嬢のトップだから、たくさんの仕事を持っているはずだからね。その仕事を他の受付嬢さんにお願いしているみたいだ。
よくよく考えたら、昨日も私のためにサラお姉ちゃんの仕事を引き受けたのに、今日もまるまる任されるって大変だよね。私は少し申し訳ないなと思い、席を立ち受付嬢さん達のもとに向かった。
「あの、ごめんなさい。私のわがままで、サラお姉ちゃんの仕事を押し付ける形になっちゃって。少ないかもですけど、これで美味しいもので食べてください。」
私はそう言って、収納袋から大金貨を1枚取り出した。金貨をたくさん出すか迷ったけど、足りないより余ったほうがいいと思い大金貨にすることにした。金貨だとかさばるからね。
「え⁉いいの?こんなに貰っても!」
「はい。」
「ありがとっ!みんな、今日はソラちゃんのおごりよ!高級店で食べ放題よ!」
その言葉を聞き、受付嬢さん達の歓喜の声が上がった。美味しいもののためなら仕事が増えても頑張れるもんね。それに、受付嬢さん達がみんな笑顔になって、私まで嬉しくなってくる。
「ソラちゃん、一応言っておくけど…出しすぎよ!」
「えへへ。」
サラお姉ちゃんに少し諦め気味に怒られたけど、出したのが大金貨だったからか、それ以上は言われなかった。白金貨を出してたら、絶対にもっと怒られてたな。危ない危ない。
それから少しすると、師匠も戻ってきて、サラお姉ちゃんも準備ができたみたいで私の方に来た。
「じゃあ行くよ!2人とも魔石に手を置いてね。」
「ええ。」
「うん。」
2人が手を置いたのを確認して、私は魔石に魔力を込め始めた。転移の魔石は、魔力を込めることで対となる魔石が反応して、引き合うことを利用する。魔力による空間の膨張と収縮、この2つを利用して転移できるみたいだ。仕組みは収納袋と同じようなものだけど、収納袋とは比べ物にならないくらいの規模の魔力反応みたい。それを実現する強固な魔石と膨大な魔力、この2つが揃ってようやく転移できるみたいだ。
魔力を込め続けると、急に視界が揺れ、逆らえないくらい強い力でどこかに引っ張られているような感覚になった。師匠とサラお姉ちゃんもそれを感じたようで、空いている手で私を掴んできた。
そして、ギルドから私たちの姿はすっと消えた。
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「ソラお姉ちゃん!!」
「あ、リアちゃん。昨日ぶりだね。」
声が聞こえた方を見てみると、そこにはリアちゃんとシルビアさんの姿があった。どうやら無事に転移できたみたいだね。
「はぁ、良かったぁ。ソラちゃんが来てくれて。セフィリアに転移の魔石の事を教えたら、朝からずっとここで待ってるのよ。昨日の今日で来るわけ無いって言っても動こうとしないのよ。でもまさか本当にこんなに早く来るとは思わなかったわ。えっと、その2人は…ってサラちゃんじゃない!大人になったわねぇ。」
「久しぶりね、シルビア。あなたは全く変わらないわね。」
シルビアさんとサラお姉ちゃんが再開の挨拶を交わす。2人が会ったのは何年も前のはずだけど、お互いの事をちゃんと覚えてるってことは、それなりに印象的な記憶に残る出会いだったってことみたいだね。
「私は寿命が長いものね。数年でそんなに姿が変わったりしないわ。と、もう1人は…ソラちゃんのお姉さんかしら?」
「お母さんよ!」
シルビアさんが尋ねると、師匠はなぜか切れ気味に訂正した。せっかく若く見られたんだから、そこにこだわらなくてもいいのに。
「…という事は、あなたがとんでもなく強いソラちゃんの師匠ってことかしら?確かに魔力は強大ね。でも、ソラちゃんが言うほど強そうには感じないわね。」
「あ?じゃあ、一回死んでみる?」
「ストォォォップ!!ちょっと、お母さん!仲良く!ね?」
師匠は冗談抜きで殺ってしまいそうだから、注意しとかないと。ギルドマスターにも、師匠を見張っておくように言われているからね。
「そうよ、今日は遊びに来たんだから物騒なのは無しよ。 ごめんなさいね、シルビア。ヴィオラは魔族を憎んでいるのよ。心の底から。」
「ソラちゃんの母親、そしてその髪色はクラウドの町の生き残りなのよね。憎んで当然よ。全面的に魔族が悪いんだもの。」
シルビアさんはそう言って、私にした時と同じように師匠に対して深々と頭を下げてきた。
「…それはどういうつもり?あんた魔王なんでしょ?何簡単に頭下げてんのよ。」
「簡単じゃないわよ。…でも、魔族があなたたちに与えた苦しみを考えれば、こんなの大したことじゃないわ。私の同族が、とんでもないことをしたのは事実。本当に申し訳ないと思っているわ。」
「じゃあ死んでよ。一族もろとも。」
「…っ。私の命だけで、どうか許してほしい。」
だから、どうしてそうなるの!シルビアさんだって謝ってくれてるし、たくさん苦しんでるのに。どうして分からないの!
「もう!お母さん!いい加減にしないと私怒るよ?今日は遊びに来たって言ってるでしょ!どうしてもシルビアさんを殺すって言うなら私が相手になるからね!」
単純な勝負なら絶対に師匠には勝てないけど、師匠が私相手に本気で攻撃してくることはない。こういう言い方はずるいかも知れないけど、師匠を止めるためには手っ取り早い方法だと思う。
「どうしてなの、ソラ。ソラの家族が殺されたんだよ?」
「でも、お母さんが助けに来てくれたじゃん。私を大切にしてくれたじゃん。それに、みんなを殺したのはシルビアさんじゃないもん。」
「…ソラ。」
師匠は自分でもどうするのが正解なのか分からないかのように、顔をゆがめている。シルビアさんは、すごくいい人。それを分かってもらうために連れてきたのに、殺し合いなんて絶対にさせない。この機会に師匠が持っている憎悪の感情を少しでも減らせればいいんだけど…。
「ねぇ、ソラお姉ちゃんは遊びに来たんじゃないの?どうしてお母さんとけんかしてるの?」
「ごめんね、ちょっと昔の話をしていただけだから。」
とてもいいタイミングでリアちゃんが話に割り込んできた。このまま話を続けるよりも、私がリアちゃんと仲良しだって師匠に知ってもらった方が打ち解けるのに効果があると思う。
そして、私はリアちゃんに連れられて魔王城に入っていった。まだ師匠の事は心配だけど、ものすごく頼りになるサラお姉ちゃんがいるからたぶん大丈夫。きっとすぐに打ち解けて仲良くなってくれるはず。
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はあ、これ完全に面倒なことを押し付けられたわよね?ソラちゃんはあの子供に連れていかれるときに、私を見て微笑んだ。私にこの2人、というかヴィオラをどうにかしといてって事でしょうね。
「シルビア、久しぶりに来たんだから何かおもてなししてもらえないかしら?前回来たときは、ゆっくり話も出来なかったものね。」
「ええ、そうね。中に案内するわ。そちらの…ソラちゃんのお母さんもどうぞ。」
このまま立ち話を続けてたら、またいつヴィオラが暴れだそうとするか分かったもんじゃないものね。まずは、落ち着かせないと。
「…ヴィオラでいいわよ。」
「では、ヴィオラさんもこちらへ。」
「…あー、もう!気持ち悪い!何なのあんた、魔王なんでしょ⁉どうして魔王が人間にへりくだってんのよ!魔族なんて、最悪で最低で邪悪な存在でしょ!猫かぶってんじゃないわよ!」
はあ、めんどくさい。さすがにここまで言われると魔族に同情するわ。ヴィオラの気持ちは分かるんだけど、いい加減に魔族を一括りにするのはやめさせないといけないわね。
「ヴィオラ、何でそんな事で怒ってるのよ。あなたもいい加減分かってるんでしょ?ソラちゃんも言ってたじゃない。シルビアはいい人だって。自分の娘の気持ちくらい信じなさいよ。」
「そのくらい分かってるわよ!…でも、そんな簡単なことじゃないのよ。魔族はソラの本当の母親…私の姉さんを殺したのよ!許せるわけ無いじゃない!」
「…ヴィオラ。」
今にも泣きだしそうな、ぐちゃぐちゃの顔で叫ぶヴィオラ。一番辛いのは、幼いころに家族を殺されたソラちゃんでも、魔王として人間との壁をどうすることも出来ずに苦悩しているシルビアでもない。冒険者になって家を出るまでずっと共に生きてきた家族を友人を、家も何もかも壊されたヴィオラなんだ。そのことを本当の意味で理解できていなかった自分が恥ずかしい。
「ちょっと、どうしてサラが泣くのよ!分かったわよ。魔王だけは害のない奴だってことにしてあげるから。ねっ?」
「違うわよ…。ごめんね。ごめんねヴィオラ。私はあなたの事を本気で理解できていなかったわ。」
私は、自分の情けなさに涙が抑えられなくなり、その場にへたり込んだ。でも、そんな私をヴィオラはそっと抱きしめてきた。
「何言ってんのよ。サラ以上に私の事を分かってくれる人なんて他に居ないわよ。サラ以上に私のために本気で泣いてくれる人なんていないわよ。私の方こそ悪かったわ。いつまでも過去に囚われているなんて情けない。私は最強の冒険者、『深紅の魔導騎士』ヴィオラなんだから!」
「…懐かしいわね。でも今はドラゴンを倒した魔導士でも、王族を守った騎士でもない。ただの『ソラちゃんのお母さん』ソラママでしょ?あなたはもう、今を幸せに自由に生きていけばいいのよ。」
ヴィオラの昔の栄光がどうであれ、今はただのAランク冒険者でしかない。AランクとSランクでは、立場が全く違う。Sランク冒険者になるつもりのないヴィオラは昔より自由に行動できるし、そもそも冒険者にこだわる必要もない。
「私は昔から自由に生きてるわよ?」
「ふふ、そうね。ヴィオラ以上に自由に生きている人は他に居ないわね。」
そして、私とヴィオラは笑いあった。今ここがどこであるかも、誰かの存在を完全に忘れていることにも気づかないくらいに笑いあった。




